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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
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3・不器用な俺だ。だからヤクザにしかなれなかった。



 腹が減っては戦にならぬ、という訳ではないが、胃袋が空腹だと駄々をこねていた。
 コンビニに入ると、無糖のコーヒー缶と、おむすびを並んである順に三つ取った。梅、明太子、鮭だった。
「釣りはいらんぜ」
 千円札を置いて、レジを素通りする。店のドアを開けて、閉まろうとする頃に、「ちょっと!」という店員の引き留める声が聞こえてきたが、追いかけてはこなかった。
 歩きながら、おむすびを開封する。相変わらず上手くいかない。ノリがちぎれてしまった。コンビニのおむすびを食べるときは、いつも誰かにビニールを開けさせていた。姉貴によく「なんでこんなのできないのよ」と馬鹿にされていたものだが、あれから十年経とうと、おまえの弟はこんなのもできないままだ。
 不器用な俺だ。
 だからヤクザにしかなれなかった。
 これが最後の食事になるかもしれない。そう思いながら、大口を開けてむしゃむしゃ頬張っていく。仲間を殺され、ゾンビを殺して、この後も殺しにいく所だというのに、食欲は旺盛だ。我ながら図太い神経をしている。事務所で初めて死体を見たときに、吐いたのが嘘のようだ。
 ゾンビという非現実な存在を目の当たりにしたにもかかわらず、不思議なことに、これが初めてという気がしなかった。十年以上前に、似たようなことがあった錯覚があった。
『記憶が封じられて、かわいそうなことです』
『それがあなたにとっての、真実の扉を開く鍵だわ』
 あの二人が言っていたことは、嘘では無いのかもしれない。

――鏡明はあたしが守る!

 記憶上では存在しない姉貴の姿。
 毎日同じ夢を見るかのように浮かんでくる。
 謎だった。だがその姉こそが、俺を突き動かす原動力になっていた。
 記憶はなかろうとも、そのときの感情は残っている。それが俺を大きく支配していた。
 だからこそ知りたい。封印された記憶があるのなら、俺はその扉を開きたい。
 ぺろりと食事は終わった。
 手に付いたご飯粒を舌で取る。感じた塩分は、ご飯ではなく、俺の汗だろう。三つじゃ物足りない。唐揚げも買っておけばよかったか。
 神ノ山駅へと続くメインストリートを真っ直ぐに歩いていく。歩行者の方が幅のある、赤レンガで舗装された通路は、目的地を案内しているかのようだ。
 往来はかなりのものだ。夕暮れに近いのもあり、学校からの帰りの学生や、ママチャリに乗る主婦が多かった。
 背中に日本刀を携帯する俺に、不思議そうに一瞥こそすれ、警戒する人はいなかった。制服を着た警官が歩いてきたときは、軽く動揺したけど、無関心に通り過ぎていった。平和であるはずの日本だ。ヤクザがひとり、武器を持って堂々と歩いたところで、おもちゃかなんかとしか思わない。
 電気屋の前で足を止めた。
 店頭にあるテレビは、「暴力団事務所連続襲撃事件」を流していた。臨時ニュースとなっているようで、どの局もそれ一色だ。暴力団事務所が相次いで襲撃され、死傷者100人を超える大事件となっているようだ。犯人は逃走中。複数の犯行として調査をしているとのことだ。
 ありがたいことに、指名手配犯として俺の無愛想な顔写真が流されてはいなかった。
 さすがに死体の有様や、ゾンビのことは語られていない。爆弾やマシンガンで襲撃されたかのような報道だ。
 ヤクザが皆殺しにされた以外は、殆どが憶測。役に立つ情報はなかった。俺たちの組のゾンビは全滅したが、他の組はどうなっているのかは、テレビのニュースではさだかではない。
 マスコミも警察も、政府も、どこまでこの事件を把握しているのだろうか。姫さんが言っていた、闇世界管理組織が調査をしているのか。たとえそうであっても、俺以上に何も知らないのか、それとも真実を知っていて隠蔽しようとしているのか。
 ニュースの裏で、どんな動きがあるのかさっぱりだ。
 このような大騒ぎとなっているんだ。姉貴にバレているのは確実だ。まさか、俺が犯人だと思っちゃいないだろうが、行方不明となった弟と妹を捜すべく奮闘していることは間違いない。
 姉に連絡をするつもりはなかった。それをするのは澄佳を助け出した時だ。
 首の後ろにある柄を持つ。日本刀を抜き取った。構え。息を長く吐き、心を統一させる。空になった缶コーヒーを上に投げた。落ちる寸前にさっと斬る。
 真っ二つにはならなかった。
 刀身ではなく鐔にぶつかり、横に転がっていった。刃に触れても同じ結果だったかもしれない。
 本物の刀を持つのは初めてだ。中学時代に剣道を習っていたのが、多少は役に立ちそうだといった程度のもの。竹刀と真剣は違う。別物だ。それでも、経験ないよりはマシだろう。
 鞘に収めようとしたが、背中に付いた鞘に入らなかった。確実に使うものだ。剥き出しになったまま、目的地を目指すとしよう。
 さすがにこの行動は、周りの人々はびっくりし、早足になって逃げていった。
 警察が来そうだったが、気にすることもない。目的地は、ほんの50メートル歩いた先にあるのだから。

 ホテルアプロディーテ。
 美を司る女神の名だったか。愛だったかもしれない。神話については詳しくないが、このホテルがその名に相応しくないのは、誰の目からも明らかだ。
 神ノ山駅の東口を出た手前にある、十三階建ての中規模のビジネスホテル。一階にレストラン、二階にサウナがあるぐらいの質素なホテルだ。
 一階のレストランは、1000円のランチが安くて美味しいということで、何回か入ったことがある。相手は姉貴、妹、姉貴の親友とだ。懐かしいものだ。味はそこそこだったが、ドリンクバーなのが気に入っていた。ヤクザになってから、姉貴と入った店は、鉢合わせる危険があったから、一度も足を踏み入れていない。
 最後に入ったのは五年ほど前だ。ホテルはその頃とは様変わりしていた。いや、昨日と比べても様変わりしているだろう。
 正面玄関。赤いダイヤ柄の玄関マットの上に立つ。手前の自動ドアは、一向にお客様を迎えてはくれなかった。ドアの向こうは真っ暗だ。透明なガラスなのに、目をこらしても中の様子を確認できない。
 ドアの隙間から、黒紫色のオーラのようなものが、こぼれてきていた。ドライアイスの煙が黒くなったかのようだが、触れてみても、冷たくも熱くもない。
 電車が駅に止まったようだ。駅から人々が溢れるように吐き出されていく。その波に紛れて、警官が二人駆けてきていた。警棒を握っている。日本刀をブン回している危険な男がいると通報が入ったのだろう。こちらに近づいてくる。
 警官との距離は一メートル。止まらなかった。一メートル、三メートル、十メートルと、離れていった。
 日本刀を持つ俺が目の前にいたにも関わらず、警官は向こうへ行ってしまった。
 姿が見えなくなってから、俺は拳銃を取った。ホテルのドアを撃つ。ひびが入った。その部分を蹴り上げると、ガラスが粉々に砕けた。
 三発の大きな銃声がしたにも関わらず、周りの人々からの反応はなかった。無関心に日常を満喫している。
 つまりはこういうことだ。
 ここは現実ではない。
 俺は別世界の扉を開いたのだ。

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