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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
34/43

32・人と魔法少女、共に戦う時代がやってきたのかもね

「こっちよ」
 美桜が先導し、俺と澄佳で生徒たちを守っていく。
 突いた。ゾンビの胸を貫通する。斜め上に斬ったら、内臓とドロッとした血が出てきた。
「ひぃっ!」
 背中から悲鳴が聞こえた。おぞましい光景に、耐え切れなくなって、喉から発してしまった。
「吐いていいが、気絶すんじゃねぇぞ。見たくないなら、目をつぶっていろ」
「が、がんばります。あ、いえ、がんばってください」
「おう」
 場違いに感じるエールに、良い具合に緊張がほぐれた。
「俺も戦います。なにか武器ないですか?」
 樋村が近寄ってきた。澄佳が戦っているから自分もと思ったようだ。断ろうとしたが、返って無茶なことをしでかして、足を引っ張りそうだ。俺が、樋村の立場だったら、絶対にそうなっていた。
 リボルバーを持つゾンビの腕を切った。地面に落ちた銃を、彼に向けて蹴った。
「拾え」
 言うとおりにした。
「俺、銃を使ったことないです」
「ある中学生がいるほうがビックリだ」
「それも、そうですね」
 微笑を浮かべてから、銃口をゾンビに向ける。
「慎重にやれ。頭の中心を狙うんだ」
「はい」
 引き金を引いた。カチ。弾は出ない。「ハンマー」と俺が口にして気がついた。樋村は、親指で起こして、もう一度狙いを定めて、引き金を引いた。
 一人、倒れた。
 想像以上の銃の衝撃にビックリするが、俺でもやれると自信を持って、次のターゲットを狙おうとする。
「やめろ」それを俺は止めた。「弾の追加はないんだ。これ以上は撃つな。よほどの時に使え。おまえの仕事は、ゾンビを倒すんじゃなく、仲間を守ることだ。それだけを考えて行動しろ」
「分かりました。その通りですね」
 礼儀正しいし、判断力のある男だ。悪くない。
 さぞ、女にモテることだろう。
「澄佳のお兄さんですね」
 肩が触れあう距離にきたとき、澄佳に聞こえないよう、小声で呟いた。
「知ってるのか?」
「かっこいい兄がいるって、聞いています」
「それは違うな」ゾンビの血が顔に付着したので、スーツの袖で拭いた。「姉貴の影に隠れた、哀れな弟だ」
 出入り口は、手を伸ばせば届きそうなほど近くにあるのに、そこに中々たどり着くことができない。わらわら向かってくるゾンビから、十三人もの生徒を守りながらだ。一気に書き抜ければ、何人もの犠牲が出てしまう。だからと、慎重に進んだところで、ゾンビに追いつかれてアウトとなる。
 どうにもならない。走れば30秒で一周できる体育館のフロアが、こんなに広いのかと驚くぐらいだ。
「あっ」
 澄佳が転んだ。
 前方でシールドを続けざまに出すことで、ゾンビを押し出していたが、勢いを付けすぎて、足をすべらしてしまった。
 顔を上げた先。ゾンビが見下ろしていた。
「澄佳っ!」
 樋村が走った。俺と澄佳よりも素早かった。彼は澄佳を抱きしめて、勢いよく転がっていく。
 絶叫がした。澄佳のシールドを失ったことで、ゾンビが前にやってきた。樋村は、澄佳を胸に抱き寄せたまま、拳銃を撃った。
 四発で弾切れ。どれも脳みそに命中しなかった。
「澄佳っ!」
 二人はゾンビに取り囲まれてしまった。樋村は足を挫いたようだ。起き上がろうとして、激痛にしゃがみこんだ。
 澄佳を守りながら、ズルズルと尻餅をついて後退りしていく。
「くそっ!」
 対処しきれない。自分の周りにいるゾンビを片付けるので精一杯だ。助けたくても動けなかった。ゾンビはさらに増えているので、斬るのが追いつかない。
「逃げろっ! なにをしている、さっさと逃げろっ!」
 叫ぶしかなかった。生徒の何人かが逃げていくも、バラバラになっていた。連携が取れておらず、いいカモになっている。
 ゾンビが、男子生徒の腕を掴んだ。
「いただきまーす」
 引っ張って、生徒の肉に食いつこうとする。
 唐突に、ゾンビの体が吹き飛んだ。
 ジャンプキック。さらにキックが入った。すぐさまパンチをし、もう一体のゾンビの顔面を砕いた。ゾンビは綺麗にKOされていった。
 複数のゾンビを相手に、ジャブを連打する。すべて頭を狙っていた。そのすべてに、ダメージを与えていた。
 握り拳を作って、ハンマーのように振り落としていく。鉄球の衝撃を食らったかのように、頭蓋骨を粉々になっていく。
 素手の攻撃なのに、とてつもないパワーだった。
 人だ。自衛隊の迷彩服を着た女性。連獅子の毛振りのように長い髪が舞った。
「お、ま、た、せ」
 ニッと笑う。姉貴だった。
「赤沢先生!」
「お姉ちゃん!」
「やっほー、みんな、元気にしてたかな」
 ブイとピースする。ピースを返したのは澄佳だけだ。
「姉貴、なにやってるんだ」
「助けに来たに決まってんじゃん。魔法少女は来るなといったけど、赤沢菜穂香は来るななんて言ってなかったでしょ?」
 ゾンビが反撃するべき、頭突きをしてきた。姉貴は、上体を下げて避けると、そのまま掌底突きで顎を打ち込んだ。ひるんだところを、くるりと体勢を変えて、回し蹴りをする。
 ドサッと倒れると、「ねっ」とウィンクする。
 変身しなくても、相当な戦闘力だ。
「ならば、もっと早くに来てくれ」
「これでも早くに来た方だって」ゾンビにワンツーパンチを浴びせる。「来る途中にいたゾンビをやっつけながら来たんだもん。さすがのあたしも疲れたわ。明日は筋肉痛間違いなし、つーか、手が痛すぎてふくれちゃいそうだわ」
 手の平を振って、痛そうな仕草する。
「んでさ、あんたたち」
 バッと、生徒たちのほうを振り向いた。彼らは全員、姉貴を見て呆気としていた。
「なにをクズクズしてるのかな? 早く逃げるよ。あなたたち運動部でしょ。しゃきっとしなさい、こんなときに鳩が豆をつまんだ……だっけ? そういう顔してどうすんの」
「その、体が動かなく……」
 て……と女生徒が呟いた。
「情けないわねぇ。こっちはゾンビを倒さなきゃならないけど、あなたたちは逃げるだけじゃない。とってもイージー、簡単でしょ。野乃原中学の運動部の底力を見せなさい!」
「はい!」
 言っていることは無茶苦茶でも説得力があった。姉貴の一喝にビックリとして、生徒たちは呪いが解けたように立ち上がる。
「樋村先輩たてるか?」
「……なんとかな」
 澄佳は、足を挫いた樋村に肩を貸す。美桜は、そんな二人をじっと見ている。
「走れっ!」
 陸上競技のスタート音のように、生徒たちは一斉に走った。ゾンビが来る。それを姉貴が、キックで飛ばした。「ほらほら、キーンといきなさい!」と、走れない生徒の背中をグイグイ押していった。
「鏡明、ゾンビを引きつけるよ。あたしの背中になりなさい」
「うぃ」
「返事ははい!」
「へぃへぃ」
「そーゆうところ、昔っから変ってないんだから」
 俺はいつまでも、姉貴に素直にならない弟だ。
 姉貴は、ゾンビの前にくる。
「こっちこっち、あたしの肉はうんまいぞー」
 生徒を追いかけようとするゾンビを誘導させる。
「いただきまーす!」ピッチングフォームのように、体重を右拳に集中させて、大きく振りかぶる。「めっしあっがれーっ!」
 ストレートパンチを食らわせた。重いパンチだ。気持ちよくノックアウトされる。
「さすがは、百メートルを八秒で走る女だ」
「ごめん嘘ついた。七秒なのよね」
「サバを読む理由がどこにある?」
「いやぁ、あまりバケモノと思われたくないし」
「バケモンだろ」
「失礼ね、あたしほどの美女はいないっていうのに」
「そうだな」
「へっへー、ついにあんたもお姉さんの美しさを認めざる得なくなったのね」
「姉貴、美しいぜ。惚れちまいそうだ」
「うわ、やめて、ゾッとしたわ」
 下らないやりとりをしつつも、俺は姉の背中をキープし、ゾンビたちを斬っていく。
 一人、二人、三人。勢いをつける。
 背中を気にせずに済むのは楽だった。姉貴も同じように思ってくれるとありがたい。
 拳銃をこちらに向けているゾンビがいた。引き金を引く前に、姉貴が前蹴りで銃を飛ばす。
 俺は、そいつの首を斬り落とした。
「やるじゃない」
「姉貴には敵わないさ」
 俺の背中と、姉の背中が合わさった。さすがに疲労はあるようで、肩で息をしている。
 ゾンビは俺たちの周りを囲んでいく。
「へっ」
 その光景に、俺と姉貴は同時に笑った。
「鏡明、怪我したらしょうちしないんだからね」
「姉ちゃんこそな」
「姉ちゃんねぇ」
 突撃した。
 形なんか気にしなかった。人間相手なら、力任せの攻撃は、ど素人でない限りは返り討ちに遭ってしまう。だが、相手はゾンビだ。数も多い。型にとらわれていたら、緊急時にマニュアルを意識して、咄嗟の対応ができなくなるようなものだ。間合いと、姉の位置を意識しながら、己の腕と、体力を信じて、がむしゃらに日本刀を振り回していく。
 背中から、ゾンビをKOする打撃音が立て続けに聞こえてくる。姉貴は計算して、殴っているのではなく、本能で動いている感じだ。格闘を学んでいるわけではない。魔法少女の経験こそ、全てだ。
「はぁ」再び俺の背中に体を寄せて、一呼吸をついた。姉の汗のにおいを感じた。悪い心地はしない。むしろ対等であることに、嬉しくなってくる。「まさか、弟と戦う日がくるとはねぇ」
「響歌さんと比べたら、役立たずだけどな」
「人間の状態での戦いなら、あんたの方が楽かもね」
 嬉しいことを言ってくれる。
「鏡明!」
 ゾンビの手が目の前にあった。打ち込まれる前に、上体を後ろに動かし、なんとかかわした。
 ハイキック。かまいたちが起きそうな風が来た。ゾンビが数メートル先まで飛んだ。
「すげぇ力だな」
 これほど頼もしい助っ人はいない。俺のほうが足を引っ張ってるぐらいだ。
「あたしって、魔法使うよりも、肉弾戦の方が得意なのよね」
「良く分かる」
「響歌が言ってた。これは人間たちの戦いであって、私たち魔法少女は見守っていくべきなんだって。たしかにあたしたちは引退の身よ。魔法少女っていったって十年前の話、もう少女って年じゃなくなっている。だけど、光の国が封印されている今、後継者はいなくなってしまっている。今回のように闇世界の新たな魔物が平和を脅かしてきたら、人間の力でやっつけるしかないのは分かっている。それをあたしは止めないし、止めることだってできない。でもね、見守るだけなんて、絶対に嫌。あたしたち魔法少女が救ったこの世界。新たな敵が現われたなら、戦ってやる。何度でもね。たとえ、お婆さんになったとしても、敵がくるたびに戦ってやるわよ」
「その時は一人じゃない。俺も戦ってやるさ」
 魔法少女に守られてばかりの人生なんて、俺はご免だ。行く先が地獄となろうとも、俺は戦っていきたい。
「人と魔法少女、共に戦う時代がやってきたのかもね」
 新しい時代の幕開けってところか。
「だとしても、次はない方がいいけどな」
「それは同意」
 姉貴は、休むことなくパンチを連打する。次々とゾンビを潰していく。突然、バランスを崩した。足首を捕まれていた。びくともしない。逆の足で、踏みつぶした。くちゃっと不愉快な感覚がしたようで、「うげぇ!」とと声をあげる。
「よしよし。全員、脱出できたわね」
 生徒たちの姿はなかった。無事に出られたようだ。
 ホッとしかけたとき、外から悲鳴が聞えた。

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