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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
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28・生き残ってやるさ。ついでに、世界も救ってやる


 悲しむ余裕はなかった。
 秋本の自爆で、通行の妨げとなったゾンビを一掃かたとはいえ、一部分のみだ。十いるうちの一割方のゾンビを始末したに過ぎない。
 前方で俺たちの行く手を邪魔するゾンビは三割ほど。やっと半分ほど進んだといったところだ。残りのゾンビも、生きた脳みそ目指して、わらわらと近寄ってくる。
 つねに警戒しなければ、秋本の二の舞だ。
 半端ない数のゾンビだ。十人程度の俺たちが突破するのは、無謀なことだ。前進しているようで、実際のところは追いつめられていた。
「お兄ちゃん、後ろや」
「おっと」
 澄佳はシールドを出して、ゾンビの足を止めた。ゾンビが、前へ、前へと、歩いて行くが、壁に激突しているようなものだ。びくともしない。
 三秒数える。シールドが消え、ゾンビが動き出す前に、素早く斬った。
「助かった。それ、いいな」
「スミカオーラルリングやで、さすがひびねぇ、役に立つもん、ありがとや」
 澄佳の武器は、予想以上に役立っている。どんな攻撃も無効化してくれるので、人間の何倍もの力のあるゾンビが束になっても、楽々と押し返すことが可能だ。俺がゾンビを斬っている間に、澄佳がシールドを発して、別のゾンビを足止めしてくれている。
 おかげで、ゾンビに取り囲まれることはなかった。
「こっちの斬れ味は悪いねぇ、あんたのが欲しいよ」
「特製品なんでね」
 俺たちの武器に、良子が羨んでいた。
「姐さん、危険です。後ろにいてください」
「バカいってるんじゃないよ。アタシも戦えるんだ。戦ってやるさ」
 部下を失ったことで、守られる立場でいるのが嫌になったのだろう。良子は、戦力として頼りないのは承知の上で、ゾンビに向かって、ドスを振り回している。
 威嚇にしかなってないが、目の前の刃物に、ほんの少しゾンビの足が止まる。そのわずかな隙に、島が脳みそを撃っていく。
「弾はどうだい?」
「やばいですね」
「だろうねぇ。いくらあっても足りやしないよ」
 周囲を見回す。
 バラバラに散っていたゾンビは、俺たちのいる一箇所に集まろうとしていた。
「ざっと百五十ってところかしら」
 数を聞いただけで、絶望的になる。
「こいつらを、別のところに移動させてくれ」
「そんな黒魔術があれば、言われなくてもやってるわ」
 美桜は、戦力にならない。俺たちの周りで、巻き込まれないよううろちょろし、ゾンビの位置を知らせてくれるぐらいだ。
「ここを突破する魔法だ。なんかあるだろ?」
「残念ながら」ないようだ。美桜は、横を指さす。「隣、きてるわよ」
 ゾンビが美桜を素通りする。俺は、そいつを斬った。
「姫さんを襲わないな。仲間だからか?」
「バカいわないで。奴らからは、私のことをアンデッドに見えるようにしてあるだけ」
 自分だけ、そういう魔法を使っていた。
「俺にもよろしく」
「わたし一人が精一杯」
「美桜ちゃん。私はどうなんや。なんか、ゾンビ、近寄ろうとしないねん」
「澄佳はすでにゾンビだもの」
 ゾンビが求めるのは生きた脳みそだ。同じゾンビである澄佳の脳みそは興味なかった。けれど、ゾンビがゾンビを食う光景を見ているから、安心はできない。
「お前たち二人で、先にいってもいいんじゃないか」
 律儀に俺たちに付き合わなくていい気がした。
「それこそ危険よ。敵はゾンビじゃない、イッヤーソンよ。ヤクザがいないで、どうやってイッヤーソンを倒すわけ? 私は攻撃できない。できるのは自分の身を守るのと、人質を束縛している結界を解除するぐらいよ。倒す奴がいないで、どうしろって言うの。死にに行くようなものだわ」
「一応は、頼りにされているわけだ」
「魔法少女には遠く及ばずだけどね」
 それは比較するほうが悪い。
 だが、姉貴たちがやってくる前に、出来る限りのことはしたかった。
 悲鳴がした。張り裂けんばかりの絶叫、腰が抜けたような曇った声の二つ。
「棚原っ!」
 組員の一人が、ゾンビに覆い被されていた。肩を食われる。サブマシンガンを撃ち抜いていった。胴体にいくつもの穴が開き、鳩尾から下がばっさりと取れていった。ゾンビは下半身を失ったのも気付かず、あばらや内臓を落としながら、むしゃむしゃと食っていく。
 付近にいたゾンビたちも「ノーミソだぁぁ」「オレもくわせろぉぉ」「わたしのノーミソぉぉぉぉ」と、落ちたアイスに群がる蟻のように、ふらふらと近寄っていく。
「くっ!」
 組員が、助けるべくアサルトライフルを向ける。
「やめな、弾の無駄だよ」
 良子はそれを止めた。
「畜生……」
 サブマシンガンの音が消え、腕がだらりと下がり、悲鳴も聞こえなくなった。
 ゾンビのうめき声と、人肉を食っていく嫌な音する。
「死を無駄にするつもりはないさ。おまえたち、捨て身でいくよ」
 周囲にいるゾンビを倒しながら、少しずつ進んでいくのは、弾切れになってゾンビに食われるのを待っているようなものだ。ゾンビの意識が棚原に向いているうちに、一気に突破することに決めたようだ。
「木村、案内して……?」
「う……あ……」
 口を開けて、放心状態になっていた。
「馬鹿野郎っ! ああなりたいのかっ!」
 島は、木村の傍にきたゾンビを撃った。体を引っ張って、強引に歩かせる。
「オレのせいなんです。オレが、気を許したら、近く、ゾンビがいて、それを棚原さんが助けて……」
 パン!と良子は頬を叩いた。
「落ち着いたかい?」
「助けられた命だ。無駄にすんじゃねぇ」
「わ、わかり、ました。分かって、います」
 冷静さを取り戻していた。
「うちにはあんたが必要なんだ。案内しておくれ。ただ森を突っ込むわけじゃないんだろ」
「はい」
 走った。俺たちも一緒になって付いていく。
 木村が目指す先は、ゆるいカーブのかかった道から外れた所にある、密集した樹木で隠れた神社だった。長いこと管理されず、放置状態になっている古びた神社だ。まだあったのかと驚くぐらいだ。
「よく知ってるな。母校か?」
「いえ。マップで、確認しました」
「そんなのも出るのか?」
「写真から、いけそうな感じがしたんで」
 なにか建物があると気づいて、そこから行けると確信したようだ。
「正解だ。神社の奥に獣道がある。そこを真っ直ぐいけば体育館だ」
「それ、うちも知らんわ」
「私も。よく知っているわね」
 美桜は、ひらりとゾンビを回避する。俺は斬った。右足が取れた。胸の部分をキックすると、バランスが崩れて、後ろに転倒した。それをジャンプして避けた。ゾンビの動きを止めればいい。わざわざ脳みそを破壊して、機能停止させることもない。
「中学時代、剣道部だった」走りながら、俺は話を続ける。「部室は、裏から回った方が近いんでね。朝練で遅刻しそうなときは、そっちから入っていた」
「なるほど、あなたの通学ルートだったのね」
「神社は彼女と、乳繰るのに使っていたな」
「かわいそうに。妄想を語り出したわ」
「あの巨乳はたまらなかった」
「はいはい。脳内彼女の紹介はしないで」
 組員の一人が転倒した。
 下半身を失ったゾンビに、両手でがっしりと、ふくらはぎの部分を抱きかかえられていた。走るリスクだ。ライフル銃を撃ちながら、周辺にいるゾンビを追い払うあまり、足下の警戒が留守になっていた。
「くたばれっ!」
 銃口をゾンビの額に当てて、引き金を引いた。銃弾は側頭部を出て行き、穿孔を作った。ゾンビの頭部は、ガクっと後ろに垂れていく。
「くそっ、離れろっ! 気色悪いんだよ!」
 しがみついたままだ。ガシガシと銃床で叩き続けて、剥がそうとする。首が切れて、頭が地面に落ちたときに、二匹のゾンビが彼を襲った。
 銃で撃った。右肩に当たった。もう一発。カチ、カチ。弾切れだ。懐から、手榴弾を取り出して、ピンを外した。両手で持って、祈りを捧げる形で、自分の胸に近づける。
「姐さん、後は頼みます!」
 爆発。ゾンビを巻き込んで吹き飛んだ。
 良子たちは、振り向かなかった。家族がまた一人失おうと、背を向けて走り続ける。先ほどよりも速度をあげて。それがせめての弔いだと言うように。
「なんでこうも死に急ぐのかしら? どいつもこいつも」
 美桜は足を止めていた。大事なものを守ったことを誇るように、自分の体を抱きしめる男を死骸を眺めながら。
「走れ、ゾンビにやられるぞ」
「理解できないわ」
 腕を引っ張るが、それでも美桜は動かなかった。
「俺たちは人間だ。弱いんでね。死ぬしかないんだ」
「だったら逃げればいいじゃない。死ぬことのなんの意味があるわけ? かっこつけたいの? これの、どこが? ダサいわよ」
「人間は魔法少女のように、しぶとくはいかないのさ」
「なら、その魔法少女さまである響歌の言葉を返すわ。『生き残りなさい』それが全てよ。生き残りなさい。ヤクザ、あなたに言っているのよ。生き残りなさい」
 俺が、死に急いでいるように見えるようだ。
「生き残ってやるさ。ついでに、世界も救ってやる」
「キザね」
「やり抜いたら、キザもキザじゃなくなるさ。伏せろ」
 美桜は体を下げた。
 ゾンビと対面する。日本刀を横に振って、首をはねた。
「バカよ、あなたは」
 転がってきた頭を、美桜は遠くへ蹴った。
「バカで結構」
 ニッと笑う。
 いたたまれなくなり、美桜は顔をそらした。
「どうした?」
「いまのあなた、赤沢先生と重なったわ」
 嬉しくないことを言ってくれる。
 姉貴のことだ。魔法少女時代、似たようなことを言っていたのは想像がつく。自分の身を犠牲にしてでも、大切なものを守っていった。
 守るために、魔法少女になった。守るために、強くなった。守るために、多くの敵と戦った。守るために、絶望に耐えた。守るために、最後まで諦めなかった。守るために、勝利を勝ち取った。守るために、この世界を救った。守るために、生き残った。
 すべては、守るためだ。

――鏡明はあたしが守る!

 その守るべきものとは、澄佳であって、この俺だ。
 俺の命。
 それは結局は、姉に守られてきたものだ。
 だからこそ、守られているだけだった子供の頃の俺は……。
「俺が魔法少女なら良かったのにな」
「気色悪いこと言わないで」
 弱い存在でしかない自分が憎かった。
+注意+
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