挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
25/43

23・魔法少女が救ったこの世界を壊す。ぶっ壊す。


 木村と呼ばれた男は、ヘイと呟き、締まりなく頭を下げる。
 見かけは俺と同じぐらいか、少し年上。茶髪にしたロンゲに、メガネをかけた、もやしのようにひょろっとした男だった。
 黒のトート型ボストンバックから、B5サイズのノートパソコンを取り出した。俺が座らされたパイプ椅子の上に置いた。
 ウィンドウズ起動画面が表示される。狼谷会は島が狭い分、インターネットで新たなシノギを開拓して荒稼ぎしていると聞いている。その仕掛け人が、木村という若造なのかもしれない。
 ブラウザーを起動する。YouTubeが出てきた。サムネイムは、白スーツの男の正面だった。
 角刈り。ギラついた目。頬に刃物で切られた傷跡があった。
 間違いない。狼谷敬司だ。
「いいですか?」
 良子は軽く頷いた。木村は再生ボタンを押した。
『うう……くっ、あっ、おっ、おめぇらに次ぐ。人、人間どもだ。おめえらに、いって、おきたいことがある。……くそっ、脳味噌が食いてぇ』
 頭を振りながら、浮かんでこない言葉を思い出そうと、じれったそうにしている。
「ゾンビね」と美桜がつぶやいた。
「それにしちゃあ、よく喋るな」
 澄佳のように知能はなさそうだが、「ノーミソ、ノーミソ」としか言わない奴らとは違っていた。
「ウィルスによる感染じゃないからね。私が澄佳にしたのと同じ方法で、ゾンビにしたのよ。イッヤーソンは光の力を持ってないから、当然失敗作だけど。魂は戻ってないわ」
「魂はない、ねぇ」良子が呟いた。「たしかに、あれはダンナであって、ダンナでないよ。癖はでているけどね。うちのダンナはもっと流暢に、担架を切った、べらぼうめ口調だよ。もっと、激しく、早いテンポで、わかりやすく喋るさ」
「生きてきた頃の情報を、脳細胞から無理矢理引き出しているの。その人の特徴はあっても、機能してない脳から信号を送っているから、喋りは下手クソになるわね。情なんて通用しないわよ。あなたの大事なダンナや親分だからって、躊躇しないことね。こいつは、動いた死体でしかないの。しつこくいいたくなることだけど、ちょっとでも遠慮をすれば、食べられてゾンビになるわよ。ひと思いに殺してあげるのが、むしろ組長のためよ」
 良子と、組員たちに忠告する。大事な親分だ。その覚悟ができずにいるのだろう。ごくっと喉をならす音がした。
「あのゾンビは、パーセンテージでいえばいくつだ?」
「テキトーだけど、70ぐらいじゃない? お父様ならスキップしながら歌って襲えるゾンビを作れるでしょうけど、イッヤーソンの魔力では不可能ね。あれが限界よ」
「限界というが、中々のゾンビじゃないか」
「小物界の大物とはいえ、長生きしてるだけはあるわね」
 イッヤーソンは、俺をこのような姿にしたがっていたというわけか。あれが自分だと思うとゾッとする。
『俺の名前は、なんだっけなぁ。くそっ、忘れちまった。ゴクドーってモンだ、はぁっ! 殺す、この世界を滅ぼす。ノーミソを食う、それが俺のしたい、ことだ。騒ぎは、俺がやった。わかったか。戦争だ。おまえたら、人類を、皆殺しにする。ジョーダンじゃ、ねーぞ』
 狼谷敬司の話は続いていた。
 人類への宣戦布告であるようだが、まとまりがなく、言いたいことが伝わってこない。
 薄暗い場所での撮影だ。狼谷敬司の後ろにあるカーテンは閉まっている。場所は不明だ。室内で撮影していることしか分からない。狼谷敬司がゾンビであるのも、顔の動きと、しゃべりから分かるぐらいだ。
 知らない奴がこの動画を見たとして、ヘンな奴がヘンなことを言っている、ぐらいしか思わないだろう。
 事実、再生数の少なさから、話題になってないのを証明している。
「姐さん」木村が言った。
「なんだい?」
「生放送が来ているみたいです」
「なんだいそれは?」
「いえ、だから、生放送なんです。USTREAMの。この動画を送信した奴の、奴というか、えー、ボスからの、いや、ボスじゃないのか、なんていえばいいんだろう、えっとボスゾンビかな……」
「別になんでもいいよ。さっさと言ってくれ」
「ボスが生放送を流しているとのことで。見ますか?」
「みるに決まっているじゃないか。早くしな」
 木村は、先ほどの動画を消した。
 ブラインドタッチして、新しい画面を表示させる。しばらく読み込んでから、動画が再生される。
 重かった。時折、モザイクがかかったように画面が悪くなる。だけど、何が映っているかは確認できた。
 放送は13分経過していた。視聴者は一万人超え。さきほどの動画より、けた外れに多い。
 Twitterのコメントが表示されていて、「これマジ?」「殺人ウィルスばらまき犯人がリアルタイムで放送中」「人質がいる」「助かるといいけど」と、次々につぶやかれていた。その影響だろう。どんどんと、人が集まってきている。
 カメラは、男の全身が映すために遠くにあった。ゾンビがカメラマンをしているのか、手ぶれが大きい。ジッと見たなら、酔ってしまいそうだ。それでも、どんな状況なのか分からないほどではない。
 遠すぎて、顔の確認はできないが、先ほどと同じ白いスーツ姿だ。
 狼谷敬司だろう。
 その後ろには、二十人ほどの人が横一列に座っている。
 場所は体育館。
 前に教壇があり、左右の窓はカーテンが引いてある。ゾンビなので光が苦手なのか、外部に中を確認させないためなのか。両方かもしれない。
「うちの学校よ」
「間違いないで」
 美桜と澄佳は言った。
「どうりで、見覚えがあるわけだ」
 先ほどの動画は、学校の教室で撮影したもののようだ。
『みての……だ……』
 声はする。パソコンのスピーカーからなので、音が小さかった。木村は、音量を最大にする。
『……た次第というわけだ』ノイズはあるが、聞きとれるレベルになった。『分かってるんだろ。フランジェスカ……ジェルカ……さんよう。くるなら、こい。来たら、俺は死ぬ……人質も死ぬで』
 さきほどと同じ声だ。狼谷敬司は、首を重そうに揺らしてはいるが、ゾンビで喋るのになれてきたのか、さっきよりもハッキリとした発音だった。
「イッヤーソンかしらね」
 俺が思ったことを、美桜がつぶやいた。彼女の口振りから察するに、可能性はあるが、確実ではないようだ。
『冗談じゃねぇ、ことを、教えて……や、やる。この俺が、ぜん、全部、やったってことをな!』
 人質の列を見回し、一人の女生徒を力ずくで立たせた。
 体操着のオカッパ少女。カメラが彼女の顔にズームした。涙と鼻水で濡らしながら、『助けて!』『殺さないで!』『何で私が!』『お母さんっ!』と叫喚している。
「休校じゃないのか?」
「してるわよ」響歌さんから聞いていたようだ。「それでもやってきたおバカさんが、いたってことでしょ。それもかなりの数で。あら、知っている顔もあるじゃないの」
 驚きもせず、冷淡と言った。
「呆れるわ。自分たちが被害に遭わないと思い込んで、休校なのをいいことに、伸び伸びと部活動をしてたんでしょうね」
 自業自得といいたげだ。
「友達だろ、冷静だな」
「動揺して救えるなら、やってあげるわよ」
 狼谷敬司が口をあけた。オカッパ少女の首の肉を齧った。
「救えるならね」
 激しい絶叫。地面に倒れて、大きく痙攣をする。
 10秒近く続いたあと、ピタッと動作が停止した。
 死んだのが分かった。
『くそっ、ノーミソが食いてぇぜ』
 狼谷敬司は引きちぎった肉を、まずそうに咀嚼する。
 生放送を見ているTwitter欄は、阿鼻叫喚と大量にメッセージが書き込まれていく。
『目ン玉、ひんむいて、よーく見てやがれ。これは、映画じゃねぇ、リアル、なんだぜ』
 少女の指が小刻みに震えた。
 スクッと頭が上がった。両手を前に出して、地面に張り付く。ゆるりと、自分の胸元にもってくると、上体を持ち上げようとする。足が動かず、顔を床にぶつけた。それで足の存在を思い出したのか、両膝をこするように上下に動かしていく。
『のーみそ、のぉぉみそー』
 声を発した。少女は、頭を重りのようにふらつかせ、何度も転びながらも、時間をかけて立ち上がっていった。
 俯いていた顔が上がった。
『のぉーみそ、ノーミソが食いたい、ノーミソ、ノーミソ、ノーミソたべさせてええええーーっ!』
 匂いがしたのだろう。後ろにいる生徒たちの方を振り向いた。
『ひぃっ!』『ぎゃあっ!』『いやあっ!』
 一斉に悲鳴があがった。
『ノーミソたくさん、いっぱい食べたあああい!』
 首から血を垂らしながら、近寄っていった。
『くるなっ!』『ありさちゃんどうしたのっ!』『誰か助けてっ!』
 魔法かなにかで、身動きをとれなくなっているようだ。生徒らは、両手両足をばたつかせ、必死になって逃げようとするが、殆ど動いていなかった。
『おっと、大事な、人質だ。ノーミソ、くっちゃはいけねぇなあ』
 ゾンビとなった女生徒の襟首を引っ張って、連れ戻した。
 狼谷敬司は、黒く光った首輪をかける。
『のーみそ、のーみそ、ノーミソたべたい、たべたいよう』
 歩いているようだが、一歩も進んでいない。
『動かねぇ、ようにしたが、この首輪をはずすとどうなるかは、分かってる、だろうな。はずしてもいいが、人質は、大事だ。ノーミソ、食っちゃいけねぇんだ。いい、見張りができあがる、ぜ。逃げたいなら逃げていいぞ。そしたら、こいつに食わせて、ゾンビにしてやる、からな。おい』
 カメラ目線になった。震わせながら、指を向ける。
『魔法……少女、フランジェルカ。分かったな。俺は、敗北した。おまえたちには勝てねぇ。圧倒的だ。来たら、俺は、死ぬ、だろう。蠅叩きに、追っかけ回される、ハエのようにな』
 人質のところに来ると、男子生徒の顎をつかんだ。
「樋村先輩っ!」
 澄佳が叫んだ。狼谷敬司が、口をあけて頭を噛もうとする。
「いやああっ!」
 仕草だけだった。狼谷敬司は手を放すと、カメラにむかって歩いてくる。
『殺しに、来るなら、人質を殺す。おまえが守りたい、人間どもを、片っ端から殺してやる。それが嫌なら、来るんじゃねぇ、来るんじゃねぇ』
 狼谷敬司が、手をあげた。
 待機していたのだろう。体育館の中に、ゾンビがわらわらとやってくる。何十、いや、百は超えているかもしれない。頭をふらつかせ、動きが鈍く、「ノーミソノーミソ」と唸りながら、軍隊のように整列していく。
 知能がそれなりにあるのもいるようで、銃を構えるゾンビもいる。
『俺の言うことを聞く、かわいい、子供たちだ。目的なんてねぇ。ただ、壊す。世界を壊す。魔法少女が救ったこの世界を壊す。ぶっ壊す。全てを、壊す。はかい、する。は、は、は、は、は……』
 ゾンビからショットガンを奪い取った。レミントンM870。海外の警察が良く使っている奴だ。
『ありがとよ』
 先台を上下にスライドさせると、お礼にと、片手で銃をぶっばなした。腹に命中。ゾンビは数メートル飛んだ。
 人質が悲鳴をあげるが、ゾンビは「ノーミソ、ノーミソ」と反応は変わらない。
 銃声がもう一度響いた。
 さきほどゾンビをした女学生が倒れた。さらに銃声。狙ったのはカメラだ。レンズではなく、撮影者に当たった。天井を見上げたカメラが地面に落ちていって、横に倒れていった。どす黒い血がレンズにかかった。画面は、巨大な目を映す。骨が見えるほど肉が削げていて、所々にウジが沸いているゾンビの顔アップ。カタカタとアゴを動かし、「ノーミソ、ノーミソ」と小声で呻いている。
 パソコンと繋いでいたケーブルが切れたようだ。プツっと画面が暗くなった。生放送の終わり。
 Twitterのコメント欄は、世界の終わりを目撃したかのようにパニックになっていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ