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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
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12・知らなくて良かったこともある



 コンビニの店内は真っ暗だったが、駐車場内に販売スペースを作って営業していた。電灯に近寄る蛾のように、十数人もの人が集っている。
 売り物が並んだテーブルの隅に、携帯ラジオが置かれてあった。ニュースを流している。致死率100パーセントの未知のウィルスが発生し、神ノ山駅から半径1キロ以内の住民に避難命令が出されている、といったもので、俺たちが知る以上の、めぼしい情報はなかった。当然というべきか、ゾンビやイッヤーソンなどの非現実的なことは一切、触れられてはいなかった。
 店員と客たちはそんなニュースに真剣に耳を傾け、ここは大丈夫だろうか、と事件について話をしている。不安はあっても、逃げる気はないようだ。数キロ先で大惨事が起きようとも自分たちは被害にあわないと、信じ切っていた。
 俺と美桜が無言で歩いてくると、バーに主人公が入ってくる西部劇のワンシーンのように、好奇な目線をちらちら寄せてくる。若いカップル――または兄妹――ように映る俺たちが意味ありげに見えた、というよりも新手の客には誰だろうと同じ目線を送っているのだろう。
 クーラーボックスから、ブラックコーヒーを二本を取り出した。美桜は、30秒悩んだ末、イチゴミルクを選んでいた。
「釣りはいらんぜ」
 店員の手に千円札を一枚置いて、自分でレジ袋を取った。目線のシャワーでやかましいこの場から、さっさと去っていく。
「お釣りをいただくわ。あとこれもちょうだい」
 ちゃっかりしていた。美桜は、釣り銭を受け取り、コンソメ味のポテトチップスを両手で持ち、小走りで俺の隣にやってくる。
「お釣り」
「やる」
 小銭は増えるだけなので嫌いだった。
「サービスしないわよ」
「美少女と並んで歩くのは、最高のサービスになっている」
「ヤクザと並んで歩くだなんて、最低の罰ゲームだわ」
 俺はイチゴミルクの蓋をあけて、姫さまに渡す。
「休みたい」
「そんな時間はない」
 ぐいっとコーヒーを一気に飲み干した。運転席の三田村さんにもう一本のコーヒーを渡してから、コロナに乗った。
「ボロ車、嫌い。これ以上乗ったら、酔いそう」
 美桜は不満そうに、隣に座った。
 ピアノの音が聞こえてきた。年代物のコロナは、ボタン式のラジオしか付いていない。その代わりに、CDラジカセを助手席に座らせて歌わせていた。
「ブラームス」
「4つのバラードです」
「グールドね」
「良くお分かりで」
「うなりが聞こえるもの」
「確かに。ブラームスはお好きですか?」
「カザン?」
「ただの世間話ですよ」
「シンフォニーが好きだわ。いくつも全集を持っているほどよ」
「私はセルがお気に入りです」
「カラヤン最後の全集」
「1970年代でないとは。それは渋い」
「この車ほどじゃないわよ」
 俺には理解できない会話をしていた。
 交差点前でブレーキを掛ける。広い道に来た。停止した信号の代わりに、警察官が手信号で交通整理をしていた。
「左折」
 指示に従い、ウインカーを点滅させる。
「一体どこに向かっているんだ?」
「着けば分かるわ」
 唯一の切り札であるように、美桜は澄佳の居所を言おうとしない。頭のいい少女だ。場所を言えば、俺たちは美桜を捨てて、その場所に駆け付けることが分かっている。
 美桜はポリポリと、音を立てて、ポテトチップスを食べている。空腹なのだろう。消費ペースは速い。暢気なものだ。焦っているこっちのことなど、これっぽっちも気にしていなかった。
 だが、逆にいえば、澄佳は無事であるという証拠でもある。闇の王の娘であるとはいえ、澄佳の友達であるのは確かだ。危険がせまっているのなら、休みたがったり、お菓子を食べることなく、澄佳の救出へ向かっているはずだ。
「響歌さんは、いつから闇世界管理組織に?」
 俺は聞いた。関心があるのはそっちだ。クラシックミュージックじゃない。
「管理組織ができあがったのは、百日戦争の後ですので、響歌ちゃんたちが高校生のころです。二人には組織について、知らせませんでした。魔法少女だった過酷な日々を忘れ、ごく普通の女の子として過ごして欲しかったのでね。ですが、響歌さんが大学生のときに、組織に気付いてしまいましてね。自分だけの秘密基地をみつけたように、顔を出すようになりましたよ。大学を卒業と同時に、本人の希望で、闇世界管理組織に入ったのです。その頃の組織はまともに動いていたのですけどねぇ。ここはどっちに?」
 コーヒーを飲みながら聞いた。
「斜めにある坂道を登るの」
「分かりました」
 美桜がどこに連れて行こうとしているのか分かった。三田村さんも分かったようだ。それ以降は聞くことはなかった。
「組織になにかあったのですか? 響歌さんは人材不足だって言ってましたけど?」
「二年前に政権交代があったことはご存じですよね?」
「ええ」
 政治に詳しくないが、その程度なら知っている。
「仕分けられて予算が十分の一に削られた、と聞いてるわ」
 愚痴をいつも聞かされているのだろう。うんざりとしていた。
「闇世界管理組織は、無駄削減の格好なターゲットにされてしまいました。響歌ちゃんは、予算を削ることの危険性を訴えたのですが、今まで起こらなかったから大丈夫だと、聞く耳を持たなかった。大丈夫だったのは、我々がしっかり管理していたからなのに、それを理解できなかったのですよ」
「新政権には、あなたや、篠崎黒龍のような、関わっていた人がいなかったんだな」
「現野党にはいるんですけどね。彼ができたのは、予算廃止を防ぎ、組織を残すことが限界でした。予算減少の影響で、人材が流れましてね。残ったのは響歌ちゃんと、定年退職を迎えて暇を翫んでいた元刑事のみ。響歌ちゃんは現政府を闇の者のスパイと疑っていたのですが、今回の騒動を見るに、ただの無知だったようだ」
 たった二人。
「それで、この有様ってわけか」
「光の世界が、人間たちのためと思って、記憶を消したものだけど、それはそれで問題があったわけね。三田村さんが言ったとおり、知らないよりも、知ってたほうがいいのかもしれない」
「三田村さんは、記憶を消されなかった」
「ええ」
「なぜ俺は消された?」
 俺は最大の疑問を聞いた。
「なぜ、とは?」
「魔法少女の弟。大きく関わっているはずだ。なのに俺は記憶を消されている」
「鏡明くんは、関わりがありすぎたんですよ。ありすぎたからこそ、消さなくてはならなかった」
「関わりがありすぎた。ありすぎたからこそ、消さなくてはならなかった」
 俺は反芻する。
「知らなくて良かったこともある」
 さっきと逆のことを言った。
――知らなくて良かったこともある。
 デジェヴ。
 俺は、このセリフを聞いたことがある。どこだったか? 思い出せ。誰かが、俺の頭に手を置いて、そのセリフを口にした。
 そのとき、その場所、どんなときに……。
「俺、三田村さんと会ったことがありますね?」
「ん?」
 ルームミラーから俺のことを見た。
「俺の両親の葬式です。あなたは俺の頭に手を置いて、知らなくて良かったこともある、と言った」
「覚えていたんですか?」
 やっぱりあれは三田村さんだったのか。
「あなたは刑事だ。そして俺の親は殺されている。その事件を調査をしているうちに、魔法少女のことを知った。それで、関わるようになったんだ」
「調査をしていたのも、それが切っ掛けでお姉さんの正体を知ったのも正解です。ですが、あなたの両親は殺されていない。あれは事故です」
「殺された。姉がハッキリと、殺人だと言っていた」
「闇の者と関わりがあるから、そのように言ったのです。事故です。そのように処理されています」
「処理はそうなっている。だが、本当のところはそうではない」
「事故ですよ」
「嘘だ」
「当時、台風が上陸してましてね。土砂崩れが起きて、ご両親は、鏡明くんと幼い澄佳ちゃんを庇って、亡くなられたのです」
「俺たちを庇って死んだ?」
「知らなかったのですね」
 分からない。
 記憶の中から探そうとしても、なに一つとして思い出せない。魔法少女については、うっすらとだがあった。なのに、両親の死については、綺麗サッパリ記憶から抜け落ちている。葬式のときしか浮かんでこない。
「姉はどうしていた?」
「修学旅行に出かけている最中に起きた不幸です」
「事故なら、なぜ三田村さんは、姉と関わることになった? それに、なぜ俺の記憶を消す必要があった」
 車が停まった。ブラームスのピアノが、心臓の鼓動のように聞こえてくる。
「着きましたよ」
 野乃原市立中学校の校門前。俺と姉の母校。澄佳の通っている学校。
 予想通りの場所だった。
「答えて下さい」
「妹さんを助けなくていいのですか?」
「答えを聞いたら、行きます」
「私が言えるのは、これだけだ。知らなくて良かったこともある」
 知ってて良かったことだってある。

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