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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
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8・全世界70億人の人が探そうとも、絶対に見つからない自信があるわ


 イッヤーソンに無茶苦茶に破壊された駅の近くにある駐車場にテントが設置された。パイプを組み立て、真っ白い帆布で覆っただけの単純なものだ。
 その中で俺は、折りたたみ式の救急用ベッドに寝かされ、手当を受けていた。病院に連れてかれそうになったが、澄佳を助けていない。ベッドでぐっすりとする時間はなかったので断った。
 打撲傷と擦り傷が至るところに出来ていたが、重傷というほどではなかったし、検査の結果、ゾンビウィルスに感染されていないのも分かった。美桜の魔法の副作用も、三十分ほどで切れている。握り拳を作り、ダンベルをあげるように腕を動かす。無茶をしなければ平気そうだ。体のあちこちが痛むが、動けないほどではない。
「すごい体つきね」響歌さんは、俺の鍛えられた肉体に感心していた。「子供のころは、女の子の格好が似合うほど可愛かったのに」
「俺の黒歴史を思い出させないでください」
 響歌さんに、女装させられたことが何度かあった。姉は爆笑するし、男からは惚れられるしで散々な目にあっていた。
「いつのまにか、鏡明くんは、一人前の男の子になってたのね」
「子って年じゃないですけどね」
 診察、治療は医師がしてくれたが、傷口を消毒し、包帯を巻く、看護師的な仕事は響歌さんがやってくれている。背中から感じる彼女の香りが、いい治療薬になっている。姉貴という凶器で怪我をしてもいいから、背中から抱きしめてくれとリクエストしたいぐらいだ。
「もう、鏡明くん、なんでヤクザになったのよ。菜穂香、すごい悲しんだのよ」
「申し訳ないです」
「仕事がないなら、わたしに言ってくれたら良かったのに」
「コネは遠慮します」
「コネじゃなくても、鏡明くんならスカウトするわよ。うちはいま、人材不足でモーレツに困っているところなんだし」
「どんな仕事なんです?」
「おっかないバケモノを監視し、場合によっては退治する仕事」
「すでにやっている気がします」
「だからスカウトしているの。安いけどくる?」
「事務所が全滅して無職になりましたから、元ヤクザでよければ、考慮に入れておきます」
「ふふっ、そのセリフ、覚えておくわね」
 この人には頭が上がらなかった。惚れた弱みというべきか、組長のおやっさん以上に腰が低くなってしまう。
「ったく、あんたって響歌には、むかしっから、デレデレしてたわよねぇ」
 姉は腕を組んで、テントのパイプに寄りかかり、不機嫌であるのをアピールしていた。
「姉貴と違って、女らしい人だからな」
「なんですってっ! あたしが女じゃないってぇーの!」
「まぁまぁ、菜穂香のそういうところは、わたしだけが見ていいものなんだから」
「だぁーかぁーらぁーっ!」
「俺が、響歌さんと仲良くしているから妬いてるのか?」
「違うわよ! 誰があんたなんかに!」
「それは逆。菜穂香は、鏡明くんとイチャイチャしたいのよ」
「んなわけないってば! いっとくけどね、あたしは鏡明のこと許したわけじゃないからね。勘当! 勘当! 勘当!」
「そういいながら、鏡明くんのことをいつも心配していたのは誰かしら?」
「響歌。これ以上言ったら怒るよ」
「とっくに怒ってるじゃない」
「なにをそんなに怒ってるんだ?」
「分ってないあんたたちの方が驚きよ。あたしはね、怒りたいことバッカで、なにから怒りゃいいか、分かんないぐらいよっ!」
「ヒステリックババア」
 ボソッと、美桜が言った。彼女は俺たちから少し離れて、テントの入り口付近にあるパイプ椅子に腰掛けている。
「小麦、いまなんて言った?」
 ひくついた笑み。殴りかからんばかりに、握り拳を作っていた。
 美桜は動じず、紙コップに入った煎茶を口に入れる。そしてふたたび、夜の景色を眺める。
 この辺り一帯、停電になっていたが、警察、消防、自衛隊など、活動する人たちのライトや、照明電源車の光によって、いつもの夜以上に明るく、騒がしい光景を見せている。
 テントの外では、全面マスクをした防護服の人たちが、噴霧器を使って消毒液を撒いていた。イッヤーソンの被害は大きい。町中が白い雨で染まっていく。
「あれ、効果あるのか?」
「気休めにはなるんじゃない?」
 響歌さんが答えた。
「その程度か」
「効果あろうがなかろうが、なにかしてなきゃ、色々うるさいのよ」
「うるさいって、上の連中がですか?」
「ええ。偉いというだけの、まったく物わかりのない人たち」
「政府はどこまで知っている?」
「残念ながら、なにも知りませーん。急なゾンビ騒ぎでてんやわんや、責任の押し付け合いで大忙し。そうこうするうちに、未知なる生命体を相手している、闇世界管理組織という、Xファイルのような行政機関が存在すると知って、これ幸いとばかりに司令官の私に丸投しちゃってるってわけ。無駄無駄無駄ぁって、予算削ったのはどこのどいつよ。まったく、腹が立ってくるわ」
「そのそ……」
「それよ、それっ!」
 闇世界管理組織について聞こうとすると、姉がビシっと指をさして遮った。
「なにが?」
「そのヤミセカ組織!」
「闇世界管理組織のこと?」
「あたし、響歌がそんなとこで働いているって知らなかった!」
「だって、言ってなかったもん」
「なんで言ってくれなかったわけ! 公務員だって言ってたじゃない!」
「だから公務員よ? 税金で働かせて貰っているんだし。それを言うなら、菜穂香だって公務員じゃないの」
「そ、そうだけど。あたしは体育教師って知ってるし」
「世間では公にされていない組織だからね。いわゆる闇組織ってやつ? んなもんだから、家族にも言ってはいけないって決まりがあるの」
「あたし関係者のようなモンでしょ。魔法少女やってたころは、コテンパーンをコテンパンに倒してたんだよ」
「ごめんね。あまり思い出したくないことだと思っていたから、言わないようにしていたの」
「だからって、響歌だけ、まだそういうのと戦っていたなんて、酷いよ。あたしたち隠し事しないって誓い合ったじゃない。なのに、あたし、知らないことばっかり」
「ごめんね。だから菜穂香は怒ってたんだね」
 ニッコリと微笑んで謝った。姉は、ご主人さまに叱られた犬のように、シュンとしおらしくなっていた。確かに、響歌さんの前では、女らしいところを見せているようだ。
「怒っているのはそれだけじゃないんだから」と、美桜を指さした。「こいつは?」
「小麦美桜。担任の子なんだし、菜穂香の方が良く知っているんじゃない?」
「ガディスの娘よ」
「知ってるわ」
「あたし、知りませんでした!」
「いう必要ないと思ったから」
「あります! ありあり、大ありのオオアリクイ!」
 プッと笑い声がした。美桜には受けていた。直ぐに無表情になり、空になった煎茶を飲もうとする。姉の低レベルなギャグに笑った自分に、恥ずかしくなったようだ。
「言わないほうが、一人の生徒として公平に相手してくれると思ったのよ」
「なんで、ガディスの子供が地上界にいるわけ?」
「わたしが連れてきたの」
「だから、なんで?」
「ガディスの娘だからよ」
「わかんないよ」
「闇の王ガディスが倒されたいま、闇の世界は権力争いで今なお混沌とした状態なのよ。ガディスの娘という地位が、どのような状況に立たされているか想像がつかない?」
「それは……」
 殺そうとしたり、利用しようとしたり、色々とあるのだろう。
「美桜は、闇の力を持ってないの。無力な存在よ。だから闇の世界では、ガディスの城で地下牢に幽閉されているような、孤独な生活を送っていたわ。見てられなかったのよ。美桜のためにも、地上界に連れてきた方がいいと思ったの」
「うちの学校の生徒で、あたしの受け持ちで、澄佳のルームメイトなのは、偶然じゃないよね?」
「私が、そのようにセッティングしたわ」
 やっぱりと、姉は大きく息を吐いた。
「ちなみに、小麦美桜という名前は、わたしが付けたの。小麦はね、お母さんの名字なんだ」
 懐かしむように言った。響歌さんは幼い頃に両親を失っている。孤児だった。
「美桜は?」と俺は聞く。
「彼女が地上界に来たとき、桜が満開の季節だったの。それをみて、綺麗っていったから、そう名付けたの。美しいに、桜、で『みお』。いい名前でしょ。美桜も気に入ってくれたわ」
 そっぽを向いている美桜を見る。
「名前なんて、ただの記号よ」
 照れで顔を見せようとしなかった。この世界に連れてきて貰った感謝の念があるのかもしれない。響歌さんの前では、年相応の子供っぽさを見せている。
「美桜は、昔の私を見ているかのよう。菜穂香と出会う前のね」
 思い出すのだろう。美桜をみる響歌さんの目線は優しかった。
「……響歌」
「だからかな、澄佳と友達になったら、美桜も変わってくれると思ったの」
「たしかに、小麦は澄佳にべったりよ。あたしたちのような間違いが起きるんじゃないかって心配になるぐらいに」
「間違いってなによ? 愛といってほしいわね」
「ノーコメント。その澄佳は、現在行方不明中。こいつの所為で!」美桜に指を向ける。「本当は、こう、のんきにダベっている場合じゃないの。澄佳がどっかで泣いているのよ。早く助け出さなきゃ!」
「むしろ急ぐ方が危険よ」
 美桜は冷静に返した。
「なんで?」と姉。
「澄佳は狙われている」
「だから、助けるんじゃない!」
「美桜。澄佳は安全な場所にいるのよね?」
「保証するわ」
「イッヤーソンに見つかる危険はないか?」
「全世界70億人の人が探そうとも、絶対に見つからない自信があるわ」
「そんな場所、どこにあるのよ?」
「私だけが知っている、特別な場所」
「迎えに行っても平気か?」
「問題ないわ」
「じゃあ、いこうか」
 起き上がろうとする。
 全身が痛んだ。体が休みたがっている。二本足に体重を込めると、生まれたての子鹿のように足が大きく震えた。
「大丈夫?」
 響歌さんの支えがなければ、立ち上がれなかった。
「平気です。澄佳の元気な顔を見ない限りは、治る傷も治りません」
「行くな、と言っても、行っちゃうのよね。そういうところ、菜穂香にそっくり」
「バカなのは自覚してます」
「なんで、バカイコールあたしなのよ!」
 足の震えは、暫くすると止まった。ゆっくりと腰を上下に動かす。スクワット。言うことを聞いてくれた。無理をしない程度なら、平気そうだった。

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