「よかったぁ〜。」
圭介はホッとした様な顔で胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ、またな!」
満足そうな顔をして圭介は、背をむけ歩き出した。
[……」
初めて出会ったその日、あぁ、これが恋に落ちると言う事か…と漠然と思った様な気がする。
恋は落ちるではなく”堕ちる”だな…なんて気が付いて一人で納得していた。
圭介の姿が見えなくなった。
”好きなんだよ。出会った時からずっと…”
愛理は笑った。
「マジうける…アハハ…そんなわけないじゃん。…バッカみたい。超〜アホじゃん。」
ー二人の出会いは3カ月前ー
お互い運命や奇跡なんて信じていなかった。
その日、愛理は親友の貴子に頼まれて新宿の居酒屋で合コンだった。
メガネデブ、ヒョロヒョロハゲ、不細工ロン毛…。
なんじゃこりゃ…口には出さないが心の中では、ため息と共に怒りさえ込み上げて来た。
愛理は貴子の頼みを何がなんでも断るべきだった。そう思った。
「ねぇ〜愛理〜お願いがあるの。」
友人の貴子が猫なで声で話しかけて来る時、たいてい愛理はこう言う。
「やだ!」
貴子はほっぺたを大きく膨らませて言った。
「まだ何も言ってないでしょ!」
「言わなくてもわかる。いや、絶対にいや。」
愛理は貴子の言いたい事が自分にとってプラスになるかマイナスになるか声のトーンでだいたいわかった。貴子とは幼稚園からの付き合いだからだ。
それでも貴子はめげずに話を続ける。何故なら貴子もまた、自分が必死に頼み込めば愛理が渋々でもOKしてくれることを知っているからだ。
「大学の友達に合コン頼まれちゃってさ、私、幹事なんだけどね、女の子一人足りないのよ…だからお願い!ね!いるだけでいいの。いやな奴いたら途中で帰ってもいい。とりあえず最初の乾杯だけでもいて。」
愛理は必死に頼み込む貴子を無視出来ない。
「………。だけど…」
愛理の言葉にかぶせるように貴子は言った。
「あたしと話してればいいじゃん。ね?」
顔を覗き込み必死にお願いされる事に愛理は弱い。困ったなぁ〜と言う顔をして黙り込んだ。
「よし!決まりね!」
そんな調子で決まった。
愛理は貴子につぶやいた。
「乾杯も終わったし、帰っていい?」
妙に盛り上がっている男達を横目でチラリと見ると貴子がため息をついて小さな声で言った。
「帰ってよし!」
愛理は様子を見てトイレに行く振りをして店を出た。
急いで帰ろうと走ったその時だった。
「ねぇ、おーい!!何か落としたよ?」
背中の方で声がして愛理は振り返った。
そこに居酒屋の場所と時間が記されたメモを握りしめた圭介が立っていたのだ。
圭介はサークルの飲み会の最中だった。
「飲みすぎた…少し風に当たってくるわ〜」と言い訳をする様にして外に出た。本当は圭介もまた、くだらない飲み会から開放されたかった。
その時、逃げる様に帰る愛理が何だか少し気になり、目で追っていた時、何かが落ちたのを拾い上げた。
もしもあの時、愛理が合コンに誘われなければ…飲み会が新宿のあの店で行われていなければ…圭介が店の外に出て来なければ…メモを拾い上げなければ…
二人は出会っていなかった。
ゆっくりと歩き出しお互い何かに引き付けられている様に距離が縮まる。
ずいぶん長い時間に感じられたが、二人が互いの顔を見ていたのは20秒、長くても30秒を超えることはなかったはずだ。
「あっども!」
愛理は圭介の指から引き抜く様にメモを掴みとった。
「急いでるようだけど…食い逃げ?」
圭介は真顔で言った。
愛理はおかしくて噴出してしまった。
「そうそう。逃げないと、捕まったらヤバイの…」
わざと言ってみた。
どんな反応をするか見てみたかった。
「よし、逃げよう!!」
圭介は愛理の手を取り、走りだした。
「え?」
思わぬ行動に愛理は驚いていたが、足を止める事はなたった。
圭介も自分の行動に驚いていたが本能がそうさせた様に感じた。
心地良かった。
握りしめたその手が、冬の寒空にもかかわらず暖かかった事を今でも鮮明に覚えている…。
それから二人は近くの居酒屋に入った。
「走ったから喉渇いたよ。俺、ビール飲みたい。」
「じゃあ、私もビール」
圭介と愛理は驚く程、共通点があった。実は近所に住んでいたし、同じ大学に通っていた。好きな映画は岩井俊二の作品で、音楽はエグザイルが好きだった。
一番驚いたのは、物凄くマイナーな小説家の桜井広海を知っていると言うことだった。
「以外とおもしろいよね…あの微妙な所がいい」
「確かに…(笑)」
運命なんだと思った。
誰だっけか?アイドルだっけ?女優だっけか?ビビッと来た。ビビビ婚。なんて言ってたっけ?直感でこの人と結婚するんだって思った。なんていってたな…それに近いな。そんな風に思った。
まるで恋人同士の様にすんなりと互いを受け入れていた。
だから、その後ホテルに行ったのも、ごく自然な流れだった。酔っていたからなんて言い訳をするつもりはない。
この人を好きになった。
…直観だった。
やっと現れた。世界中にたった一人の運命の相手。
そう…信じてた。
その後も二人はメールや電話で連絡を取っていた。
居酒屋→カラオケ→ホテルというパターンが何回か続いた。
そんな普通の毎日が何よりも楽しくて嬉しかった。
どうしてだろう…好きなのに告白する勇気が出ない。正式に恋人として付き合いを申し込むのには順番を間違えていた。
二人はもうすでに寝ているからだ。
映画を見てお酒を飲んでセックスして…そうなった二人にお互い付き合っている。という確認は必要なのか?
妙に答えを聞くのが怖かった。それは今の幸せが自分の言った一言で、崩れてしまうのではないかと言う想いが多少なりともあったからだ。
お互いに会っていても何処か腫れ物にでも触るみたいな核心を避ける話題しかしなかった。
けれど、もういいだろう…誤魔化し切れない感情を押し出す勇気をくれたのは一本の携帯ストラップだった。
いつもの様に二人は居酒屋にいた。
行く所なんて何処でもいいのだ。二人でいると、ただ歩いていることさえ嬉しくて楽しい。
今ならば、小鳥の囀りに笑顔で微笑みかける。困っているお婆さんに優しく手を差し伸べるし、大嫌いな犬の頭だって撫でてやる。
人生はバラ色。楽しくて仕方なかった。
そんな風に幸せに浸っていた時だった。
「はい。これ。」
にやけていた自分に差し出された一本の携帯ストラップ。
薄い水色と鮮やかなブルーと鮮明な紺色のチューブの紐が三本ついたストラップ。
「…どうしたの?これ」
突然の出来事にビックリして声が裏返ってしまった。
「あげる。たまたま見つけて…そういえばストラップつけてなかったなぁって思ったから…ほら青い物好きだって言ってたし!」
そんな風にサラッと言いのけて、話題を変えていた。
「…ありがとう」
驚いてすぐに言葉が出なかった。
どんな話をしていたのか…たしかエグザイルの新曲が出るだとか、コンサートが近いとか、そんな話だったきがする。
嬉し過ぎて会話が右から左へと抜けていた。
「そろそろ出る?」
シャボン玉が弾けたようにパッと現実に引き戻されて、あぁと立ち上がった。
その後の行動はフワフワとしか覚えてない。
嬉しさのあまり飲み過ぎたせいもあって、記憶が曖昧だった。
目覚めた時は、もう朝で、新宿のラブホテルにいた。
それから、二人で手をつないで帰った。
朝もやに包まれた町は、いつも見る込み合った新宿ではなく、静けさの中に夜の匂いを残す新宿だった。
ゴミをついばむカラス達、灰色のビル、がらんとした新宿はこの世に数人だけ取り残された戦士の様な感覚になった。
二人なら…そんな壊れた世の中でさえ、楽しいかもしれない。
「じゃあ」
「またね」
別れた後、一人になってマジマジとストラップを眺めた。
その時、決めたんだ。きちんと告白しよう。って…。
これ以上、自分の気持ちを隠しながら会うのは辛いと…笑顔を見るたび思い知らされる。好きだと言う感情を…
翌日、
決意して携帯を開いた。アドレス帳から名前を検索するまでは、すんなりいくものの、通話のボタンがなかなか押せない。
5分…いや10分だったか、しばらく名前を見つめていた。
このボタンを押せば未来が変わる。大袈裟かもしれないが、そう思いながらも、ギュッと目を閉じて通話ボタンを押した。
ツゥルルルル。
呼び出し音が鳴った。
もう引き返せない。
今電話を切った所で、相手の携帯に自分の着歴が残ってしまう。覚悟を決めた。
7度目のコールでカチャと言う音と共に「もしもし?」と言う声がした。
「あの、あのさ、えっと、あのね、あの、ちょっと話があるんだけど…今日、夜9時くらいに藤沢森公園に来れる?たいした話じゃないんだけど会って話たくて」
一気に言った。相手に喋らすスキを与えずに一気に…
すると、?が頭に浮かんでいる様な口調で、いいよ?と答えた。
「じゃあ、後で…」
それだけ言ってすぐ電話を切った。
その日一日は何をしていても夜9時が待ち遠しいくて怖かった。
早く来てほしいのか、もう少し待ってほしいのか自分でもよくわからなかった。
だが、時間は止まることなく予定通りにやってくる。
何からどう話そう?考えれば考えるほど焦ってしまう。パニックになっていた。
その時だった。
ザクザクとジャリを踏み歩く音が後ろから聞こえてきた。あぁどうしよう…。
頭の中は真っ白だ。
ゆっくりと振り返った。
「時間過ぎたぁ?」なにも知らずにとぼけた感じでやってきた。
この時はまだ、あんな風に笑われるなんて思ってもいなかったんだ。
「話ってなに?」
そう言って、やっぱりとぼけた表情をしている。
ここまで来てまさかこの場で大学の話など持ち出すわけないだろ…心の中でつぶやいた。
「話って言うのは…」
言いかけたその時だった。
「つうか、まさかとは思うけど、お前、俺に告白なんてしたりしないよなぁ?何回かセックスしたくらいで恋人気どり、とかないよな?それマジ勘弁。」
圭介は笑った。
その時、鈍器の様な物で頭を殴られた様な気持ちだった。
「やっやめてよ!そんなこと言うわけないじゃん」
愛理は泣き出しそうな自分に、まだダメだと強く言い聞かせた。
それから大慌てでバッグから携帯電話を引きずり出した。
「携帯ストラップ…もらったけどやっぱり返そうと思って…。」
愛理はストラップを引きちぎる形で圭介に差し出した。
「いらなかったら捨てていいよ?話ってそれだけ?」
圭介はそういって自分の携帯で時間を確認した。
「…うん。それだけ。」
「よかった〜」
圭介は胸を撫で下ろしている。
「じゃあ、またな!」
愛理は圭介が去って行く後姿を呆然と眺めた。
「マジうける。アハハ。そんなわけないじゃん。バッカみたい。超〜アホじゃん……超アホじゃん…あたし…」
運命の人だと思ったのに…圭介も愛理の事…好きでいてくれてると思ったから寝たんだよ…女がセックスしたいだけで寝るわけないじゃん。マジでいってんの?あのバカ…最低だわ…
あなたが…圭介が…望む事ならば受け入れようと思っただけなのに…人の体、散々弄んでさ、いらなくなったら捨てちゃうつもりだったんだ…見抜けなかった…
涙は滝の様に流れ出た。
愛理はその場に泣き崩れた。
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