暫くサンマは食いたくない
ニャンコのかわゆさに騙されてはいけません。
爽やかな秋風に乗って、香ばしい匂いがジャックの鼻先をくすぐる。縁側で微睡んでいた彼は目を醒まし、庭先に立ち昇る煙を見つけた。
ほとんど手入れをしていない、鬱蒼と草木の生える庭の僅かに開けた場所に七輪を出して、魚か何かを焼いているのは、猫だった。それも、菜箸を片手に構え、後ろ足二本ですっくと立って、焼き上がりを今か、今か、と待っている。
「何してんだ?」
庭先に降りて声を掛けると、猫は彼を振り返って、機嫌良くにゃあ、と鳴いた。
網の上で焼かれているのは、サンマ――に、良く似た生き物だったが、尾ひれの代わりに足が生えている。それも、人間の男の足に良く似た形をしていた。
脛毛が焦げて縮れている。
ジャックは一瞬、見た事を後悔した。
じたばたしている。
足が、じたばたしているのだ。
「まだ生きてんじゃねぇかっ!」
思わず救いの手を差し伸べようとしたのは、本能的なものだったろう。しかし、素手で掴んだのは間違いだった。あまりの熱さに放り投げると、そのサンマの頭をした半魚人は芝生の上をふらつきながら二、三歩歩いて、ばたりと倒れた。
全身重度の火傷である。無理もない。
「にゃにするんにゃ!?」
怒ったのは猫だった。いや、正確に言えば、猫の着ぐるみを被ったニャントロ星人、ニャンコ・ニャントロヤンニである。仕事柄慣れたもので、ジャックは猫が立って喋っている事には何の抵抗も無かったが、さすがに生きた半魚人を火炙りにするのは納得いかなかった。
「お前、こいつを何処で手に入れた。こりゃ、異星人じゃないのか? 下手すりゃ国際問題だぞ?!」
倒れた半魚人を拾い上げるジャックに対し、ニャンコはふぅっと毛を逆立てた。
「それは田舎のマミーが送って来たサンマーマンにゃ。にゃーの星で普通に食べてる旬の半魚人にゃ!」
返すにゃ。と、言うニャンコに、ジャックは嫌だと答えて半魚人を庇うように抱え込んだ。瞼の無い潤んだ丸い瞳でジャックを見上げ、半魚人は助けを求めるように口をぱくぱくと動かしている。
みすみす殺されるのを、黙って見過ごす事など出来ない。ジャックは半魚人に憐れみと共に奇妙な友情を感じ始めていた。
「にゃーの星の食文化を否定する方が、よっぽど国際問題にゃ」
言うなりニャンコは鋭い爪でジャックの腕を引っ掻いた。
「痛ぇじゃねぇかっ!」
ジャックの長い足がニャンコを蹴り飛ばす。しかし大した手応えもなく飛んで行った猫は、空中でD難度の回転技を繰り出しつつ、見事に着地を決めた。
その首根っこを、ひょいと掴み上げた人物がいた。
「何を騒いでいるんだい」
優しげな顔を僅かに曇らせて、ニャンコの顔を覗き込んだのはこの家の主、英臣だった。
「ジャックがにゃーのサンマーマンをとったのにゃー」
ここぞとばかりに涙目で訴えるニャンコに、英臣はため息を吐いてジャックを見遣った。
「ジャック、大人気ないぞ。返してあげなさい」
「まてまてまて。この半魚人を見ろ。足は人間そっくりだぞ」
ジャックの言い分を聞いているのかどうか、英臣は彼の手から虫の息の半魚人を取り上げて、眉を寄せた。
「まだ生焼けじゃないか」
英臣の言葉に、ジャックは嫌な予感がした。更に二人の足元で、ニャンコが「レアがいいのにゃ。レアが」と、騒いでいるので、ますます落ち着かない。
「はいはい。仲良く分けようね」
実に穏やかな微笑みを浮かべて、英臣は半魚人を皿に横たえ、傍にあった包丁を手に取った。僅かに抵抗を見せる小さな足が痙攣を繰り返している。
「やめろーっ!!」
ジャックの叫びを尻目に、英臣は容赦なく刃を降り下ろした。
その瞬間、半魚人の断末魔の叫びが、秋風に乗って短く響き渡った。
「ぽにょっ……!」
〔終わり〕
元々この話のキャラクター達は別の長編ものに出てくるキャラクターだったのですが、現在そちらは滞ったままでして(汗)。いつか仕上げたいと思います。いつか……たぶん……きっと……