拾いモノ in 公園
俺はよく風呂の後に散歩に出る。小さい頃から親のダイエットに付き合わされた行動を、今でもなんとなく続けているからだ。
その散歩の途中で公園に寄る。その公園は特に広いってわけじゃなく、団地とかにある一般的な広さ。
風呂に入るのは大抵夜だから、散歩も夜になるし、公園に寄るのも夜になる。いやダジャレじゃないよ?
公園というのはわりと落し物が多い。いろいろな人々が集まるから、うっかり忘れる人がいてもおかしくはない。俺だって忘れ物をすることはあるから、その人たちになにかを言えない。
んで、落し物は様々だ。よく見るのはスコップやボールといった遊具。時々、自転車も見るし、暑くなって脱いだのだろう上着も。少し珍しいものだとキックボードがあったし、財布も見つけたことがある。
ほんとにいろいろ落ちているんだ。俺はそういった落し物を見るのが少し楽しみだったりする。
「でもこれはねえよ」
誰だよこんなもの置いてったの!?
視線の先にあるのは銀色の物体。子猫や子犬を捨てるみたいにダンボールに入ったそれは、作り上げるのにどれくらいお金がかかるのかさっぱりわからない。
俺も男だ。こういうものに憧れがないといったら嘘になる。でも実物が目の前にあったら、喜ぶ前に驚くわ。
大きさはだいたい160センチ弱か? パーツの丸みがいい感じ、細部も凝っていて今にも動き出しそうだ。
「ほんとに誰だよ。アンドロイドみたいな人形置いてったのは」
特撮とかにサポートロボとかで出てきそうなそんな見事な造詣。
そんなものが、体育座りでダンボールに収まっている姿はシュールの一言につきる。
「警察に持っていった方がいいんだろうなぁ。重そうだ」
携帯持っていないから呼ぶことできないよ。ほったらかしてもいいんだろうけど……このまま見なかったことにしてほったらかすかなぁ。誰かが警察に連絡するだろうし。
「まあその前に少し触ってみようかな。どんな感じなのか興味あるし」
指先がちょんっと人形の肩に触れる。その部分は冷たかったが、それを合図にしたように人形の目の部分に明かりがともった。顔はのっぺりとしたお面のようで、バイザーのような目の部分が優しい黄色に光っている。次に人形の各箇所が細かく震えて、ゆっくりと立ち上がった。
そして片手を上げて、男とも女ともとれる声を発し、
「はろー、マスター」
「ハローがえらく日本語的なんだが!?」
そこはネイティブのような挨拶だろう。いやそうじゃないっ偉く高性能な人形に驚くべきだろうここは!
「え、えらくよくできた人形だな?」
「人形ではありません、アンドロイドです。人工知能搭載した、高性能人型ロボットです。名前はセルマ、以後よろしくお願いします」
「最近の人形は受け答えできるのか、スゴイナー」
棒読みになっても仕方ないと思うんだ。
「人形ではないと言いました。証拠にこんなことできます」
首が百八十度回った! 首が取れた! 動作音がキュインキュインロボっぽい!
「それができたってアンドロイドとは言えないだろう!」
「ただの人形は自力では動きません。ですので証拠となります」
誰だよっこんなオーバーテクノロジー置いてったのっ。
「っていうかマスターってなんだよ」
「マスター。主人、飼い主、家長、名人という意味です」
「意味は聞いてねえよ! なんでそう呼んだんだ!?」
「音量抑えてください、夜の公園で騒ぐと近所迷惑です。マスターと出会った初日に、警察の世話になるところを見たくありません。マスターには清く正しくいてほしいのです」
「騒がせてるのはお前だけどな」
ほんとになんでマスターって呼んでるんだよ。意味わからねえ。
なんだかよくわからんが、きっとからかっているんだろう。俺の反応に満足しただろうから、帰っていいよな。
というわけで帰ろう。
「じゃあな」
別れを告げて背を向けて歩き出す。なんか後ろからガショガショ聞こえてくる。
振り返ると奴がいた! ドラマか映画でそんなタイトルあったよな?
「なんでついてきはるんどすか?」
「出身は京都ではないでしょう? その言葉遣いは似合ってません」
動揺していることくらい悟ってくれ。
「俺の出身地とか知らないだろ」
「おそばにいるためマスターのことは細かく調べました」
事前調査されてる!? アンドロイドのストーカーって新しいな。
「ほんとになんでついてくるんだ?」
「そばにいると申し上げました。今の時代、一家に一台アンドロイドは基本ですよ?」
「基本じゃないよ! そこまで現代技術発達してないよ!」
「知らないのですか? お隣の田中さんのところにはメイドロボがいるのですよ?」
りょ、両隣田中さんなんだけど、どっち? いやいやメイドロボとか夢のまた夢だから。
「とにかくついてくるな! 俺は家に帰って、ハムスターのゴンザを愛でながら日常に帰るんだ!」
「ふっふっふ、このまま去るとゴンザがどうなるか……」
「なんだと? ゴンザにっゴンザになにをしやがった!?」
「チーズや芋を大量に上げて太らせることにっ!」
「やめたげて! ただでさえ太り気味なんだから!」
「ゴンザの体重を平均値に戻したいのなら、私のマスターとなるのです!」
ひ、卑怯な! だがすまんっゴンザ。こんなおかしな物体を家に入れるくらいならば、太る方がましだと我慢してくれっ。
「断るっ」
「む、頑固ですね。こうなったら奥の手その1です」
なにか未来的超技術的な方法があるのか? そんな手段を使われると俺は抗えそうにない。
慄く俺の前でセルマは左手首辺りを、右手でいじっていき、そのまま左耳辺りへと持っていく。
電話のコールが聞こえてきたかと思うと、
「どうも映雷軒です!」
「ラーメン三つに、チャーハン二つ、それと」
「俺の声ぇーっ!?」
驚いている場合じゃない。
俺はセルマに近づき、左腕を顔に寄せて謝りながら注文を断った。相手に見えてないのに頭を下げるのはなんでだろう。
「これぞ108つの秘密機能その1声帯模写。マスターと認めるまであちこちの料理屋に電話します」
「そういった懐に直撃するのはやめろ!」
住所知られているらしいから、洒落にならねぇっ。
「なんで俺なんだ?」
「あれは一年前のことです。当時の私は一匹の優雅に空を舞うモンシロチョウでした。空を飛ぶことに疑問はなく、蝶であることを当たり前としていた私はある時蜘蛛の巣にひっかかったのです。迫る蜘蛛に動けない私。食べられて一生を終えるかと思ったその時! あなたがそっと蜘蛛の巣から助けてくださったのです。その日の恩返しをしたかった私は月に祈りました。するとどうでしょう! 月光が私に降り注ぎ、この姿を得ていたのです!」
「満足したか?」
作り話乙。生まれてこのかた蜘蛛の巣に引っかかった蝶なんて見たことないからね。
「長セリフをお聞きいただきありがとうございます」
「で、なんで俺?」
セルマがすっと左腕を耳に持っていく。
「それはやめろっての。せめて女の子みたいだったらその気になったかもしれないんだが」
「この好き者め! そんなあなたに秘密機能その2です」
セルマの体が発光し、碁盤目状に光の筋が入っていく。そして全身いたるところがパネル状に変化してかたかたと回転していく。
五秒後にはなんでか美少女といえるセルマが白のワンピースを着て立っていた。年の頃は十八くらいか、蜂蜜色の髪は腰まであり、適度に肉付きのよい体。碧眼はぱっちりとしていて、白磁の肌にほんのりと赤みがさしている。
あんな綺麗な金髪って始めて見たぞ。それにさっきまで裸同然だったのに、あのワンピースはどこから出てきたんだろうな。
これはのちのち聞く機会があり、ホログラムだとわかった。つまり全裸というのにかわりなかった。恥女だった。
「……そんな風に変身する特撮ヒーロー見たことあるなぁ」
「どうですか? マスターの18禁本を参考に変化してみました」
「ちょっ!?」
どんだけ俺のこと調査したんだ!? いや確かにすごく好みだけどさっ、容姿にあうように変わった声で、エロ本とか言わないで!?
「これでマスターになってくれますね?」
「いや、あの変身までしてくれて悪いんだけど、経済的に無理だから」
仕送りとバイトで生活してるんで、人一人暮らしていくのがやっとだ。
「大丈夫です。一日一回マンガン単三電池をもらえれば」
「えらくやっすいな!?」
オーバーテクノロジーはエネルギー問題も解決してんのか? 俺んとこくるんじゃなくて、ほかにいけば世界がもっとましになりそうなんだが。
「たまにアルカリ電池をください。贅沢したいので」
「それでも百均で買えるから安いことに変わりはねぇ」
「百均の電池はだめです。まろやかさとこくが足りませんっ。定価のアルカリの美味しさといったら頬が落ちるくらいでっ。ほんのりとした甘さは自然の恵みである野菜に劣りません」
電池の味について力説されても困る。一生食べる機会ないしな。
「これで経済的理由はつぶれました」
「たしかに、でもっお前が故障した場合俺ではどうしようもないって問題は?」
「秘密機能その3自己修復機能がありますし、いつまでに機能停止するかわかってますから……言います?」
聞きたくないな。人間でいえばいつ死ぬかわかってるってことだろう? 一年後死ぬって言われても困るし。
俺が首を横に振ると「わかりました」と頷いて、
「私の機能停止」
「言うなって示しただろ!?」
「あれは『お前がいつ死のうが受け止めてやる。だから教えてくれ、なにも問題はない』という行動では?」
「違うよ! あさっての方向に深読みするな!」
「まあ、千年後なんですが」
拒否してんのにあっさりばらしやがった。お前Sだろう?
それにしても、
「せ、千年か。頑丈なんだな」
AI搭載で、低エネルギーで、頑丈でってどこまで高性能なんだ。これで俺のところに来ようとしなければ、素直に感心できるんだけどな。
「作成コンセプトが『おはようから寿命まで』ですから」
「死ぬまでつきまとう気満々だな」
「イエス、マスター。というわけでまた問題がなくなりました」
うむぅ……拒否できる点がなくなった。
「もうなにも問題ないようですね。では私たちの家へ帰りましょう」
「なにかないか? なにかっ?」
「考えても無駄なことは、考えない。これが健康に生きるコツです」
「アンドロイドに健康とか言われても」
しっかし本当になにも思いつけない。このまま連れ帰ったらきっと居座られる。
「マスターがどんな問題点を指摘しようが、きっと私を受け入れます」
「なんでだ?」
「ここで痴漢と叫んだらマスター警察のお世話ですよ?」
「脅迫か!? そこまでして俺をマスターにしたいのか!?」
躊躇いなく電話しやがったし、本当に言いそうなんだよな。でも世の中のおまわりさんは正しい者の味方だきっと。誤解せずに対応してくれるはずだ。だから助けて僕らの優しいおまわりさんっ。
「その顔はまだ認めないようですね。ならばこれだけはと思っていましたが」
神妙な顔になって、わずかに憐れみの目で見られた。
「ミラクルファンタジアンストーリー。女神と姫と魔剣使いの俺」
「ななななななあっ!?」
それは俺のマイブラックヒストリーノートに書いてある、妄想じゃないか! もし異世界に行ったらってコンセプトでリビドー全開で書いた、他人に知られたら恥死ものの小説! 押入れの奥のタンボールの底に封印してある、あれを見たのか!?
俺も記憶の彼方に封印した内容が女の子の口からつらつらとっ。
精神をガリガリ削られる音が!
「ごめんなさいやめてくださいかんべんしてください、マスターにでもなんでもなります。だからやめてええええええっ」
近所迷惑とか考えず、力のかぎり叫んだ。
「ありがとうございます、マスター」
ううっ泣きたい。あ、どこかから五月蝿いって声だ。ごめんなさい。
「今後ともよろしくお願いしますね」
おおぅっ綺麗で可愛い笑顔、こんな顔もできたのか。きっと俺の顔は赤くなっている。顔に熱を感じているからな。
「女の武器は涙と笑顔だと拾った本に書いてありましたが、本当だったようです」
「それ口に出したら意味ないだろ!」
ぶち壊しだよ! 顔の熱がいっきに感じられなくなったよ!
明日からの俺の生活どうなるんだろうな、なんて考えつつアパートに戻ってきた。
右の田中さん家の近くを通ったらちょうど、田中さんが出てきた。コンビニでも行くのか?
「こんばんは」
「こんばんは、平泉君。おんや? そちらは彼女かい? 可愛い子じゃないか、羨ましいね」
「こんばんは、田中様。今日からマスターと同居することになったヤスビラン型アンドロイド参式セルマと申します」
田中さん、複雑な表情なってんなぁ。気持ちはわかりすぎるくらいにわかる。
なんか納得した顔になって、笑みを浮かべてこっち見たぞ?
「平泉君も好きだねぇ、彼女にあんな設定を教え込んでなりきらせて連れまわすなんて」
なんか被害がこっちにきた!? なんでだ!?
「違いますよ! あいつが勝手に言ってるんですよ! 俺無関係ですよ!」
「わかってるわかってる」
生温かい目で見てる! 絶対わかってないだろっ。ここはなんとかして話題をそらしたい、そうだ!
「た、田中さん!」
「なんだい?」
「メイドロボって」
「メメメメメメイドロボ!?」
えらく大きな反応見せたな。アニメキャラの抱き枕カバー堂々と干せるくらい度胸あるのに。度胸関係ないか?
「はっはっはっは、平泉君! メイドロボなんて世の中にはいないんだよ? 本当だよ? 俺は今から女の子ものの下着を買いに行こうとしたんじゃないよ? そういうわけだから!」
走っていった。あの反応まさかな?
なんて思ってたらセルマに肩を叩かれた。そちらを見たらドヤ顔のセルマが。
「そのむかつく顔やめい」
「はい」
素直にもとの表情に戻った。
「散歩でただけなのにすごい疲れたよ」
扉を開けて家に入る。
セルマも入ったようで、後ろからただいま帰りましたと聞こえてきた。
やばい、一人じゃないんだって自覚が出てきた。それがちょっとだけ嬉しかった。少しだけ一人暮らしに寂しいものを感じてたからな。
そんなこと思ってたら、セルマの独り言が耳に届く。
「侵入成功です。プログラム第一ステップ達成、続いて第二ステップに移行。すべては組織のために」
「なに言ってんの!?」
「秘密機能その4不穏当発言です。ときおり漏れる不安を煽る発言により、平穏がスリルに満ちた日常へと早代わりです」
「そんな機能はいらん! 封印しちまえ!」
お前の背景知らないからマジに聞こえんだよ。
「了解、封印開始……エラーデス。封印失敗」
「ほんとにエラーなんだろうな?」
「イエス、ボス」
「マスターじゃないのかよ」
えっらい笑顔になったな。あ、俺がマスターだって認めたから? 受け入れられて嬉しかったのか、可愛いところありやがる。厄介な。女の子の可愛いところを見て厄介だと感じたのは初めてだ。
「明日、大家さんに住人増えたって連絡しとかないとなぁ」
「それは済ませてあります。引越しの粗品も渡してきました」
「行動はやーい」
「常に先へ先へ行く万能アンドロイド、それが私セルマです」
先に進みすぎて寿命縮めるなよ。
今日はもう寝るかな。寝たら疲労した精神もゲームのごとく復活するだろ。
……布団一つしかねーや、どうすんべ。
「大丈夫です。秘密機能その5添い寝を使用します」
「わざわざ秘密機能にするんだ、どんな添い寝なのか少し楽しみでもあるな。というか最近のアンドロイドは心まで読めるのか」
「表情から察しました」
超能力じゃないにしても、すごいってことにかわりはない。
「マスター、寝る前にやってもらいたいことが」
「なにさ?」
「人差し指をこちらへ」
それくらいなら。右手の人差し指をセルマの方へ。セルマも人差し指をこちらへ近づけ、俺とセルマの指をくっつけた。
「主従契約完了です」
「それで生まれるのは友情であって、主従関係じゃないだろ!」
地球産って思ってたけど、宇宙人が作ったのか?
「些細なことです」
どっちに対しての答えなんだろうな? 契約方法? 宇宙人がいるかもしれないこと?
にこやかに笑って答えやがらねえ。
「もう寝る! おやすみ、ゴンザ!」
布団に勢いよくもぐりこんだ。添い寝でもなんでもしろってんだっ。
「秘密機能その6動物言語翻訳によりますと『グッナイベイベー』だそうです」
「英語!?」
最後の最後まで突っ込ませないでくれ。
最後に付け加えるなら秘密機能その5添い寝は、ごく普通に隣で寝るだけだった。
秘密である必要が皆無だっ。