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素直になれなくて 2
作:篠原悠哩



28#


 「では、皆様、『Beau〜ピュアクリスタル〜』よろしくお願いします。」

澪はスクリーンの前で深くお辞儀をした。しばらく静かになってやがて拍手が始まる。もう毎回恒例となった光景だ。今日は関係部署ではなく、残りの社員への社内新製品発表会である。営業系や関係部署の説明を一通り済ませた後、秘書課、会計、法務、その他残りの社員を会社で一番大きなセミナーホールに集めて、この秋〜冬にかけての新製品の発表会をするのが毎回最終である。

よし、コレで最後。

澪は頭を上げて照れくさそうに笑顔を見せると、もう一度軽く会釈をして会場を後にした。会場ではまだ余韻で盛り上がっている。

『ステキねー』

『ねえ、ねえ、真藤さんのつけてたピュアレモンもいい色ね』

『ああ、あれ?ステキだったわね。でも、私このベリーが大人なかんじ』

『結城ななえきれいだった!ちょっとくやしいぐらい、どきっとしちゃったわ』

『でも、真藤さんだって、綺麗よね。モデルでもいい位よね』

『そうよね、美人だけど気取るところないし、いつも仕事も一生懸命でなんか、いいのよね。うちの男性人ファン多いもの』

『だって、ファンクラブあるらしいわよ』

『えーっ!くやしいーっ!でも、真藤さんならいっか。なんかいいのよね、女性から見ても』

『りりしくてさわやかよね、真藤さん』

『うちの課もああいう先輩がほしいわ』

そんな声を背中で聞きながら、緊張から解放されたように穏かな微笑を浮かべて澪がデスクに帰ろうと足をすすめると、エレベーターホールで飯田が満面の笑顔で待機していた。

「先輩、お疲れ様でした。俺の方も終了しました。」

澪も飯田を笑顔でねぎらう。

「お疲れさま、飯田君。」

「先輩こそ。ほんとうに怒涛の2週間でしたね。」

「そうね。でも、社内説明はすべて終了したから、あとは社内はメイクの研修会だけよ。それも、先週の打ち合わせでは河東さんの専門家集団がノリノリだったから、心配も要らないわ。一応、私もいけるところは付いて全国回ろうかと思ってるんだけど。あとで、スケジュール調整していい?」

「了解です。そう来ると思って先週はいったスケジュールまだ調整してないんですよ。もどったら、早速。」

ピンというコールとともにエレベーターが開く。エレベーターには数人が乗っていて、二人が乗り込むのをオープンボタンを押して待っている。澪は笑顔で会釈をして、隣の飯田に満足そうに笑顔で頷こうと顔を上げた途端、凍りついた。

「先にお茶しませんか?棚橋さんが先輩が好きなゴディバのオレンジ…先輩?」

飯田が隣の澪に視線を落として、澪の異変に気がついた。

「先輩?どうされ…」

飯田は澪の視線の先に目をやり、はっとする。セミナーホールの入口では、江怜奈が険しい視線で二人の姿を睨みつけていた。

「先輩行きましょう。」

飯田は急に真顔になって澪を庇うように澪の肩に手を回し、先を促そうとした。

「いいの。飯田君。」

澪が飯田が促すのを拒み、立ち止まってじっと江怜奈を真顔で見つめる。

「先輩、気にせずいきましょう。」

それでも、飯田が強引にエレベーターへ促そうとした。澪はその手をやんわりと払って江怜奈へと向き直った。

「先輩?」

飯田が背後から困惑して澪と江怜奈を見つめる。澪は視線を逸らさずに深呼吸して気持ちを引き締めると向き直って一歩江怜奈の方にすすんだ。顔色を変えることなく、丁寧にお辞儀をしてもう一度江怜奈と視線を合わせる。そしてゆっくりとした動作で歩き出してエレベーターに乗り込み、中の人に何もなかったように笑顔で挨拶をした。飯田はどうしていいかわからず、一瞬とまどったが、あわてて澪の後をついて乗り込んだ。江怜奈は二人が消えたあともエレベーターの扉をじっと睨み続けていた。飯田はエレベーターの中でちらちらと澪を見下ろして様子を伺うが、澪の表情からは何も伝わってこなかった。自分たちのフロアに到着して、エレベーターを降りると、澪が飯田に振り返った。

「ねえ、飯田君、打ち合わせはコーヒー飲みながらにしない?」

「いいですよ。俺、買ってきます。トールでいいですか。」

「ええ、よろしく。あ、ブラウンシュガーよろしく。ちょっと疲れたから。こっちはその間に準備しとくわね。」

「了解。」

飯田の返事を確認すると澪は飯田が取り付くまもなく化粧室の方へと向かっていった。飯田はその後姿を心配そうな表情でしばらく見つめていたが、思いなおしてデスクに一旦帰って、書類を置くともう一度エレベーターホールへと向かった。いつもの澪なら、どんな時でも明るく、笑顔で話しかけてくるのに、今は無表情で、淡々としてその感情を見せてない。澪の心情を思うと飯田は気が気ではなかった。

先輩・・・

飯田はもう一度澪が消えたホールを見つめた。



 澪が化粧室に入るとそこには誰もいる気配がなかった。ふと洗面台の鏡に映った自分の姿に目をとめる。なんて顔をしてるのだろう。まるで感情のない人形のよう。不自然で酷く顔色も悪い。澪は大きくため息をついた。途端に息苦しくなる。急に胸に重いものがのしかかったような気がした。脳裏には先ほどの上条江怜奈の目が焼きついている。澪はかき消すように頭を振った。

いい加減現実を受け入れなさい、澪。いつまでも逃げてちゃだめ。事実を受け入れなさい。このまま中途半端な思いをずっと引きずっていくの?澪?

澪は自分に問いかける。かといって流星を諦めきれない。物心ついたときから片時も離れたことがない存在だ。いなかったことになんて到底できないともう一度深くため息をつく。

いったい何をどうしたらいいいの?なぜこんなことに?
流星の心が見えない。流星の存在がない毎日がこんなにもつらいものなんて…。

でも、待って、流星は?流星の思いはどこ?貴方は本当に今のままでいいの?
幸せなの?

澪ははっとした。

…そうだ、流星が幸せであってほしい。たとえ、自分とはもう縁がなくても、流星には幸せでいて欲しい。でも、流星のあの目は何?流星は幸せじゃない?あんな目を見て、諦めきれるの?
流星はいつだって、私をを庇ってくれた。いつも私だけのことを考えていてくれた。ねえ、私が流星にして上げられることって?

ふと、化粧室の扉が開いて、企画の若いスタッフが笑顔で挨拶してきた。澪はあわてて、笑顔を作ると会釈して入れ替わりにその場を出て行った。























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