第12話 聖者になったった
< お客さんっ、逃げてぇぇぇっ! >
私とコルスにのみ向けられていた少年の念話が、対象未指定で広間全体に響き渡る。
シグとブレタにも聞こえただろう。
だが、それよりも。
能天気に挨拶した裸の女に一瞬気を取られたが、その背後――。
身長10タル(10m)はあろうかという怪物!
想定されていた最大級のブラックドラゴンには及ばないだろうが、かなりの巨体。
何よりも、今までに見たことも無い種類のモンスターだ。
硬い鱗に覆われ、角や牙を備えながら、妙に人族じみた顔付きや体型をしているのが不気味だ。
もしや、これが?
「気を付けろ!
暗黒魔竜は人化能力を持つと聞いている!
こいつがそうかもしれん。」
(――4人でやれるのか?
いや、俺達は全員がAクラス以上、首都アイギスの冒険者ギルド最強のパーティーだ。
……やれる!)
軽く頭を振り、弱気を振り払う。
右手でミスリルの両手剣を抜くと、左手で盾を構える。
義父の形見であるミスリルの両手剣は、本来ならば両手で扱う物であり、並のヒュームが片手で扱える代物ではない。
マウザーの膂力と技術があってこそ、盾と組み合わせる騎士剣として扱えるのだ。
「ドラゴンのブレスに気を付けろ!
コルス、風の護りを。
ブレタは背後に回り込め!
シグは女と子供を安全な場所へ!」
―――――――――――――――――――――――――
「アイザルト、こいつら何なの~?
って、ちょ、アンタ達、うちの子に何する気っ!?
万物の根源、万能なる魔素よ、ええと何だっけ、
とにかく――ウインドゥカッタァッー!
……って、魔力が足りなかったわ!?」
目眩がする~、頭いたい~、と蹲るアルタミラ。
……うん、平常運転だな。
って、やばい!
止める暇もなく、戦う流れになってしまった。
心眼による鑑定では、一番LVの高い騎士が45、次が魔術師でLV41、ドワーフらしき女戦士がLV37、斥候役がLV32。
詳しく見ていないが、アルタミラを傷付けられるような攻撃力は無いだろう。
問題は、子ドラゴンの防御力だ。
≪―≫
種族: 神竜人
LV: 9
――――――――――――――――
【ステータス】
HP : 2850/3000
MP : 12/800
力 : 58
体力 : 68
知力 : 58
精神 : 58
器用さ: 48
速さ : 108
運 : 100
成長ボーナスポイント:8
――――――――――――――――
体力の値はまだ68、精神も58か、……まずいかもしれない。
殺られることは無いだろうが、多少のダメージは受けるだろう。
もし、子ドラゴンに毛一筋でも傷を付ければ、アルタミラを本気で怒らせることになる。
もちろん、俺も子ドラゴンが傷付くようなことは許さない。
しかし、この世界で初めて遭遇した人族である彼らが殺されるのも回避したい。
――どうする? 俺!?
――――――――――――――――――――――――――――――
女は背後の怪物に気付いていないのか?
盾を構えて突っ込む私のことを、自分を襲おうとしていると勘違いしたらしい。
私に向けて魔法を発動しようとするが、MP切れを起こしたらしく蹲る。
「世話の焼ける!」
女をシグに向かって突き飛ばすと、盾を構えて筋力強化、物理防御上昇と反応速度上昇を唱える。
足手まといでも、女子供を見捨てる訳にはいかない。
騎士の身分を捨て去ったあの日。
恩人であり育ての親でもあった団長――義父を斬らなければならなかったあの日から。
『忠義とは、地位の高い者の言いなりになることではない。
己の信ずる価値に、己自身を賭けることだ。
――剣無き者の剣となれ、盾無き者の盾となれ!』
故国が諸王国連合に併合された戦いの最中、民を守るため最前線で戦った騎士団長である義父。
一方、地位故に名目だけの将軍となりながら、国と領民を裏切って一人逃亡しようとした挙句戦死した名門貴族。
その貴族の代わりに責任を取らされ、処刑された――この手で斬った義父の最後の言葉。
どこにも仕官せず、誰も騎士と認めてくれなくとも。
義父の言葉を胸に、己自身を騎士と誇れるよう、腕を磨き、民のために剣を振るってきた!
剣に魔力を注ぎ込みながら、念話に乗せて、頭上の暗黒魔竜に「敵寄せの雄叫び(ウォークライ)」を叩き付ける。
「我が名は放浪騎士マウザー・ブルムハンド、
神伝無双最強無敵勇者流剣術を極めし者!!
暗黒魔竜よ、我が究極必殺奥義を受けてみよっ!
アルティメット・フォース……シャイニング・ブレイドォッ!」
――――――――――――――――――――――――――――――
若い男が、俺とアルタミラを引っ張って逃がそうとしている。
俺達を守ろうとしてるあたり、悪い連中じゃなさそうなんだけど。
騎士が何か喚いている。
何か、敵の注意を引き付けるスキルだろうか?
見れば、剣に光が集まっている!
――ヤバい、あれ何か必殺技っぽくね?
俺は、若い男の腕を振り切って走り出す!
「********!?」
<坊や、何やってんだぃ!?
戻りなぁっ!>
若い男が叫び、魔術師が念話を送ってくるが、止まるわけないだろ。
俺は、振りかぶった剣を今まさに振り下ろそうとする騎士の前に回り込み、子ドラゴンを背にして立ち塞がった!
――――――――――――――――――――――――――――――
究極必殺奥義、アルティメット・フォース・シャイニング・ブレイド。
神伝無双最強無敵勇者流剣術を修めた剣士のうち、一体何人がこの技を会得しているだろう。
私は、この技に絶対の自信を持っている。
一般の剣術の技とも、魔力付与された魔法剣の斬撃とも異なる、魔力の流れを剣技で誘導し、全身の力に乗せて打ち出す――剣魔一如の境地。
ミスリル製の武器でなければ、注ぎ込まれた魔力と技が解放される衝撃で、武器が砕け散ると言われている。
既に十分な魔力を注ぎ、剣に眩い光が宿る。
技を開放するタイミングは、今しかない!
「我が究極必殺奥義を受けてみよっ!
アルティメット・フォース……シャイニング・ブレイドォッ!」
その瞬間、背後から走り込んできた少年が、剣の前に立ち塞がった!
既に発動した究極必殺奥義を、途中で止めることはできない。
――ザシュッ!
確かな手応えと共に、解放された魔力が巨大な刃となって少年を袈裟斬りに切り裂いた!
「なにっ、なぜだぁっ!?
何故自ら死を――、
……て、あれぇ!?」
そこには元気に走り回る(というより涙目で転げまわる)少年の姿が!
「馬鹿な、アルティメット・フォース・シャイニング・ブレイドが完全に入ったのに!?」
少年を殺してしまったのかと思いきや、血の一筋も流れていない。
――私は夢を見ているのだろうか?
だが、突如目の前に差し掛かる巨大な影が、意識を現実へと振り戻す。
それまで、卑小な人族を睥睨するように見下ろしていた暗黒魔竜が、地響きと共に迫ってきたのだ。
避ける暇もなく、振り下ろされた鋭い爪。
痛みは無く、ただ熱さと衝撃だけを覚えた。
そして、マウザーの意識は途切れた。
――――――――――――――――――――――――――――――
その後が大変だった。
怒った子ドラゴンに、鎧ごと上半身と下半身、真っ二つにされた騎士。
子ドラゴンの背後からハルバードを叩きつけようとしたところ、逆に尻尾のカウンターを喰らって岩壁に激突してトマトのように潰れたドワーフの女戦士。
俺が騎士に斬られたのを見て逆上したアルタミラは斥候の胸板を抜き手で貫いた後、魔術師の頭を粉砕。
俺の苦手なスプラッターが全面展開したのだった。
そして、今。
< みなさん、お加減は如何ですか? >
< ああ、お陰さんで、全員、傷一つ無いよ。
しかし、あの死に様でどうして生きてるのか不思議だねぇ。 >
リザレクションしても、すぐに即死してしまう彼ら。
蘇生後すぐにヒール、死んだらまたリザレクション、これを延々繰り返した俺は、ぐったりと疲れていた。
< 坊や、――いや、こんな呼び方は失礼だね。
あなた様がこの奇跡を起こして下さったのですね? >
まぁ、魔術師のおばさん。
一番大変だったよ。
飛び散った脳をかき集めてキュアしてリザしてヒールしてリザして……。
あそこまで破壊された肉体が蘇生するとか、本当に奇跡と呼んで貰ってもいいね、というか、むしろホラーだ、あれは。
LV100の聖魔法、まじパネぇす。
< とりあえず、シリアスさんは俺が殺しておきました。 >
< シリアス?
うちのパーティーの者ではありませんが、その者は一体?
いえ、今はそんなことよりも、全員を代表して謝罪と御礼を。
我々を蘇生して下さったこと、深く御礼申し上げますとともに、無礼を働いたことを衷心よりお詫び申し上げます。 >
< ええ、そのことはもう、蒸し返すのはやめましょう。
うちの脳筋たちも反省しておりますし。 >
アルタミラと子ドラゴンは、俺の両隣で正座している。
この世界に正座する文化は無いようだが、アルタミラが揃えた両膝の上に両拳を置いているため、胸の双球が両腕で「挟まれて寄せられて強調されている」眺めは、もう少しの間堪能したい。
ちなみに、強要したわけではないが、冒険者4人も強張った顔で正座している。
お陰で、一人だけ胡坐を掻いている俺が、何か偉そうにしてるみたいである。
まぁ、アルタミラ達には、俺に怪我一つないこと、冒険者達は子ドラゴンに怯えただけで決して悪意があったわけではないこと、むしろ俺とアルタミラをヒュームであると勘違いして子ドラゴンから守ろうとしていたこと、などを懇々と説き伏せておいた。
これで、もし子ドラゴンに怪我があれば、アルタミラは決して蘇生に賛成しなかっただろうし、俺も躊躇しただろう。
あの必殺技、名前が長かったせいで割り込むのに間に会ったわけだが、結果オーライってとこかな。
この世界にも居るんだ、厨二の人。
少しだけ、騎士に親近感を覚えた。
少しだけ、だよ?
< これほどの聖魔法の遣い手であるあなたが、何故このような場所で、そのような姿をして、このような魔物達を従えていらっしゃるのですか。
差し支えなければ、お教え願えないでしょうか。
我らに出来ることがあれば、是非とも恩返しをさせていただきたいのです。 >
いや~、もう、そういうのいいじゃない?
あ~、でも恩返しかぁ。
< とりあえず、質問にはお答えできません。
恩返しと仰るなら、予備の服や靴と、保存食に塩とかの調味料、その他諸々の便利グッズがあれば、分けていただけませんか? >
ばれるような適当な嘘ついてごまかすのもやだしなぁ。
< 分りました。
何か、相当な事情があるようですが、これ以上の詮索は控えましょう。
これでも、人を見る目はあります。
あなたに良からぬ意思や企みは無いようですから。
ただ――、
私達にも予備の服はありません。
このダンジョンは転移石の使用可能な集落から2日の距離にありますので、用意しませんでした。
食糧その他と、少々の金子がございますので、お納め下さい。 >
まぁ、有る物だけありがたく貰っておくか。
それと――、
< 恩返しというなら、もう一つお願いがあります。
俺達がここに居ることを、誰にも言わないで欲しいんです。 >
< それは――、不味いですね。
あなた達のことを秘密にして差し上げたい気持ちはありますが、このダンジョンに何の脅威も無いと為れば、すぐにも魔結晶採掘のための人夫や技師が大勢出入りするでしょう。 >
なんだってー!?
ちょ、人んち勝手に鉱山にするなよ?
< では、何かの脅威があればいいんですか?
報告を偽って、アンデッドドラゴンがうろついてる危険地帯ってことにできませんか? >
< それは可能ですが、そうなると、いずれ討伐隊を差し向けることになります。 >
まいったなぁ。
ようやくここでの生活に慣れたというのに。