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ディナー
作:松本 由樹彦



チャプター4


 翌日。
 ものの見事に晴れ渡った青空の下、予定通り十時に駅前で吉川と合流。電車に乗って山笠村へと向かった。
 僕たちの住む町からいつもの県外地方都市とは逆方向に一時間ほど行くと、そこに山笠村がある。
「岡部、はい」
 電車の中で吉川が僕の目の前に手を突き出してきた。日焼け止めの匂いがした。ガムでもくれるのかと思ったら、差し出されたのはデジタルカメラだった。カードサイズで薄型のおそらく一年くらい前のモデル。
「あんた今日はそれ担当ね。自由に撮っていいから」
 僕は黙って上着のポケットにデジタルカメラを差し込んだ。まあ遠足なら記念写真くらい撮るか。勝手に変な写真をバシャバシャ撮られるよりはましだ。
 

 好天に恵まれた土曜日の午前だというのに山笠村の無人駅で降りたのは僕と吉川と二組の家族連れだけだった。ここは遠足のメッカではあるが、それゆえに休日わざわざ訪れるものは少ない。
 吉川は改札に向かう家族連れを背にして、プラットホームを逆方向に歩き出した。僕は吉川のすぐ後ろを歩きながら、ポケットからカメラを出していい加減にシャッターを切った。
 ホームの先端に立つと吉川は深緑の山々を前に全身の力を抜いてまぶしそうに目を閉じて、すうーっと大きく息を吸い込んだ。僕は隣でその儀式が終わるのを待った。そのままラジオ体操へと移行しそうなパーフェクトな深呼吸だったので、一応写真も撮っておいた。
「いい天気ね」
 吉川は突然ぱっと目を開けて、僕ににっこり笑いかけた。それは吉川が僕の前では絶対にしない種類の表情で、しかも学校で笑っている吉川ともどこか違っていて、僕は少し驚いて、というより照れて、
「家を出たときからいい天気だよ」とわけのわからないことを言った。
 吉川はくすっと笑って、くるっと振り向き、早歩きで改札へ向かった。首をひねりながら僕も続く。
 何だろう。本当に機嫌がよさそうだ。


 改札を出ると吉川は鞄から折りたたみ式の日傘を出した。レースフリルで縁取られた黒い日傘を差す後ろ姿が絵になっていたので、撮影。
 山に登るのならバスで登山口まで行くのが手っ取り早いのだが、ノープランなのでそのままぶらぶら村を歩いた。
 僕たちの住む辺りも別に都会ではないし、どちらかといえば地方なのだが、それでもやはり空気の質が違うのがわかる。本当にあまり人が歩いていない。ほとんどの家が布団を干している。まがりくねった細い道に覆いかぶさる樹木。道に落ちている肥料の袋。低く飛ぶ紋白蝶。何か重要な用途がありそうな黒くて太いパイプ管。近代的すぎていびつに見える新築の小学校。僕たちに吠える人見知りの犬。車はまず通らない。パラソルを回す吉川が道の真ん中を歩いていく。撮影。水が透明な浅い川。そこで跳ね返る日差し。ビニール袋をくわえて飛ぶカラス。乳母車を押す老婆。ページの破れた卑猥な雑誌。木造の公民館。子ども110番の家というプレート。何度見ても覚えられそうにない県議会議員の顔と名前を三十メートルおきに刻み込まれる。信頼・活力。
「結構楽しいでしょう?」
 後ろ向きに歩く吉川が言う。
「そうだね」
 気分はいい。
 畑を覆う青いビニールシートの上で気持ち良さそうに寝ている縞々猫を捕獲する吉川。何をするつもりかと思ったが、ただ抱いてみたかっただけのようだ。遠山曰くの猫殺しがうれしそうに猫を抱くという、レアな光景を撮影。
 登山口に差し掛かったので、そのまま山を登ることにした。登山、と言っても小学校の遠足で来るレベルの人工的なハイキングコースだ。
「先週ここでゴミを拾ったのよ」
 誇らしげに吉川が言う。
 山の中は心地よく、森をスパッと割ったような、緩やかな上り坂。のんびり三十分ほど登ると、野球場くらいの面積を持つ芝生の広場が現れた。本日は遠足。ここで昼食をとることにした。足には適度な運動による気持ちのいい疲労感。芝生の上に座り込んで、地元のコンビニで買ってきたサンドイッチを二人で食べた。駅で見かけた家族連れが、フリスビーを投げて遊んでいた。
「はー、ヒーリングだわ」
 仰向けに寝転んだ吉川が、からかうように僕を見る。
「あんた、めずらしくいい顔してるわね」
 自分もだろ。
 でも正直な話、僕は楽しいと思っていた。たまにはこういう日があってもいい。
「悪い気分じゃないよ」
「悪い気分じゃない?」
 吉川に睨まれる。
「楽しいよ」
 僕は素直に言い直した。
「いいでしょう?山笠村。住みたくはないけどね」
「いいね。人が少ないし、のんびりしてる」
「また来ましょうね」
 吉川は普通に笑った。僕はもう気味が悪いとは思わなくなっていた。
 それから吉川は、「写真見たい」と手を伸ばしてきた。僕はポケットからデジタルカメラを出して吉川のてのひらに乗せた。寝転んだまま順番に写真を送っていく吉川。結局かなりの枚数を撮ってしまったので目を通すのに時間がかかっている。
「あのね」
 液晶を見たまま吉川が言う。
「ちょっとした心理テストだったの。岡部に自由に写真を撮らせると、何をどういうふうに撮るか」
 そんなこと企てるなよ。
「予想通りなんだけど、実際に目の当たりにするとぞっとするわね」
 吉川はニヤリと笑って僕を見上げた。ぞっとする、という顔ではない。その目がいやにまぶしくて、僕は微妙に視線をずらした。
「私ばっかり」
 まったく、有意義な休日だ。













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