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ディナー
作:松本 由樹彦



チャプター2


 僕と吉川は高校二年生になった。
 それに伴いクラス替えも行われ、僕はC組、吉川はG組へとそれぞれ配属された。
 新クラス発表の掲示板の前でG組に振り分けられることとなった男子は皆一様に歓喜の声を上げていた。G組には吉川をはじめ、現黒柳高校二年世代で人気のある女子が多数含まれていたのだ。僕としてはとりわけ吉川と同じクラスになりたかったわけではなく、むしろ違うクラスでほっとしていた。同じクラスに吉川がいたら周りの目が気になるし、それ以上に吉川の目を気にしなくてはならなかっただろう。それでは気の休まる暇がない。ただ、体育の授業ではつらつと動く学校仕様の吉川を見られなくなったのは少し残念ではあるが。
 何人かの同級生は下級生となり、また別の何人かは黒柳を去り、一人の生徒は永遠に姿を消した。
 新しい学年、新しいクラスになっても特に変わることはなく、僕は相変わらずメガネをかけてそれほど目立つこともなくひたすら席についている。まだ二年目だというのに、かけがえのないはずの高校生活は、あまりに退屈で変化に乏しい。


 金曜日。
 五時間目が終わった休み時間。僕は騒がしいクラスメイトの声を聞きながら、窓際の自席で頬杖をついて見るともなく校庭を眺めていた。グラウンドでは体育教師が一人、白線を引きながらトラックを回っていた。そのやるせないほど哀愁漂うジャージ姿は、僕に商店街でビールケースに乗ってカラオケマイクで歌う演歌歌手の姿を連想させた。まあ、そんなものを見たことはないのだが。
「よう教祖」
 武田が僕の机に無許可で座って話しかけてきた。肘がベストポジションからずれたので、僕は頬杖を解いて座りなおした。
 この武田とは今年度も同じクラスに含まれてしまっている。話し相手としては適当な相手だが、果たしていいのか悪いのか。
「おう教祖」
 武田がまだ言う。 
「だれが教祖だよ」
 僕はメガネのブリッジを押し上げて上目に武田を睨みつけた。
 教祖、というのは最近浸透してしまっている僕の好ましくない異称で、由来は入学して二ヶ月弱、徐々に黒柳に慣れ始めた新入生のなかにコンタクトレンズを外してメガネを装着し、休憩時間に何もしないで椅子に座って窓の外を眺める男子が急増していることにある。彼らは俗に『岡部チルドレン』と呼ばれているそうだ。ふざけるのもいい加減にしてほしい。
「すねんなよ岡部」
 こういうときにひとまず言い直せるところは武田の数少ない長所である。
「なあ、今日ゲーセン行かねえか?」
 近頃武田は通信対戦のサッカーゲームにはまっているらしく、常々僕をそのゲーム仲間に引き込もうとしているのだが、僕は一度も行ったことがない。あまり楽しめるとは思えないが、一回くらいなら行ってもいいような気はしていた。だが、あいにく今日は予定が入っている。僕はすでに『4:30』のメールを受信済みだった。明日は遠足。今日はその打ち合わせ。打ち合わせと言っても吉川のことだから集合時間を伝えるくらいだろう。そんなのは電話かメールで十分なのだが、かといってロレンスに行きたくないわけでもないというか、それ以前に僕に拒否権はない。
「悪い。今日は予定があるんだ」
 武田は僕の返答を予期していたようで、すでにねたましい目で僕を見ていた。
「はっ。また吉川と不純異性交遊かよ」
 僕は苦笑して、
「そんなことしたことないな」
「毎日だろ」
 武田にはもう何を言っても無駄な気配だ。僕はあきらめてまた頬杖をついた。
「あーあ、つまんね。何度でも言うけど、ほんとにどうしてお前なのかね。どれだけ客観的に観察してもお前の良さがまるでわかんねえ。見た目は普通。格好も普通。身長も普通。性格は陰湿で変わった特技も趣味もなし。唯一の取り柄と言えそうな頭も黒柳的にはせいぜい上位グループの真ん中程度。吉川も早く目を覚ませって言ってやりたいよ」
「言ってくればいいだろ」
「だから話したことねえんだよ!」
 最近の武田との会話は大抵この言葉で終わる。
 チャイムが鳴って、武田は舌打ちをする。でも上手く音が鳴らなくて、そのことについて武田はまた下手な舌打ちをして、廊下沿いの自分の席へと帰っていった。
 僕は鞄から物理の教科書とノートを出して机に並べた。


 そう。
 僕と吉川は共通の友人であった遠山美奈が消えた第一学年の終わりからも毎日のようにロレンスに通い、週末は街に出てローカルフランス映画を観たりしていた。
 僕と吉川が街をうろつく姿は頻繁に目撃されていたが、吉川は僕との恋愛関係を否定し続けていたし、もちろん僕もそうしていた。
 するとそのうち吉川の周囲に変化が起きた。
 吉川が、武田の言うように何の変哲もないと目されている僕と毎週遊んでいるということから、誰の手も届かないと思われていた高嶺の花が意外に低いところで咲いているのではないかと囁かれ始めたのだ。そして、まるで早い者勝ちだと言わんばかりに吉川に言い寄る男が急増したのだという。僕としてもそれはずいぶんな話なのだが、それ以上に立場上、断るにしても邪険に扱うことができず、一人ずつ丁寧に心を込めて申し訳なさそうにかつ感謝も添えてお断りを入れなければならない黒柳の姫はそのころ明らかにストレスを溜めていて、あまり放っておくとどういう形でストレスを発散させるかわからない吉川なので、僕もそれなりに心配して見ていたのだが、どうやら本人はそういうことを僕に感付かせないように振舞っているつもりらしく、というよりも僕がそんなことには気付かないと思っているようなので、そのことについて僕は一切何も言わなかった。
 そして、ついにたまりかねたのだろう。
 ある日吉川は『お友達』との他愛のない会話の中で、僕と付き合っている、とあっさり自然に外連味なく公言したそうだ。あっさり自然に外連味なく、だ。僕には何の断りもなかったし、事後報告もなかった。例によってクラスの女子に囲まれて、僕はそのことを知らされた。吉川がそう言ったのなら僕は肯定するしかなかった。僕に拒否権はないのだ。
 とはいえしかし、一旦認めてしまうと周囲は拍子抜けするくらい静かになった。優れた判断だったのだろう。
 それからというもの、校内には失望と落胆とあきらめムードが漂い、メガネが流行し、吉川は終始ご機嫌で、僕の下駄箱には不幸の手紙が入っていたり、上履きが入ってなかったりした。
 くだらない。













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