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ディナー
作:松本 由樹彦



チャプター15


 吉川が男の指に噛み付いた。強く。ナイフを持っているほうの手の小指だ。
 男はいやに甲高い悲鳴を上げてナイフを落とし、腕を振り回しながら吉川の頭をぐいぐい押した。しかし吉川は離れない。男は噛まれていないほうの腕を振りかざした。男の拳が吉川の頬に打つ寸前、僕の足がその腕を蹴り上げた。吉川は男の指を放し、首から伸びる鎖を素早く男の首に巻きつけて僕に握らせた。僕はそれを両方向に裂くように力任せに引っ張った。吉川も男の後ろから鎖を引く。男の首に鎖がきつく食い込んでいく。男は頭を振りながらよだれを垂らし、首と鎖の間に指をもぐり込ませようと激しくかきむしった。吉川が噛み潰した右手の小指は皮一枚でぶら下がっている状態だった。男は鎖に指を差し込むのをあきらめると、僕の首を両手で掴んだ。僕の体は軽々と持ち上がり、さっきのリプレイのように柱に叩きつけられた。一瞬、息ができなくなり、そのまま完全に呼吸が途絶えた。柱に押し付けられたまま男に首を絞め上げられる。それでも僕は鎖から手を離さず、両腕に力を込め続けた。窒息するまでのアドバンテージは僕にある。それに昨日の夜に比べれば僕はずいぶん冷静だった。僕よりも取り乱している人を見たからというのもあるだろうが、それ以上にいま僕の視界に吉川が入っているということが僕に正気を与えてくれる。
 ほうら、男が手を放した。
 いつの間にか自分で鎖を外した吉川が、安全圏でどうでもよさそうな顔をして、親指を下に向けている。
 男は泣きそうな顔になってしきりに背中を気にしていた。黒い翼の生えた背中に新しくナイフも生えたのだろう。
 僕は男の両足に組み付いて背中から床に叩きつけた。男はとっさに身をひねったが、それでもナイフはさらに男の体内に深くめり込んだ。僕は必死で背中を浮かそうとする男の胸に乗って、鎖を手に巻きつけて、もう一度首を絞めなおした。男はなおも僕の首を掴もうとしたが、男の手はもう僕の首まで届かなかった。男は代用品を求めるように僕の両手首を握り込んだ。男の爪が深く食い込み、皮膚が破れて、肉が裂ける。釘の付いた万力にかけられているような、ちょっととんでもない痛みだった。太い指が手首の内側をかき回し、筋組織がぶちぶちぶちと切断される。溢れ出した血が手のひらを伝い、指先を伝い、鎖を伝って、男の首を赤く濡らした。握力が減退し、指先の感覚も消え、積極的に気を失いたくなるほどの激痛が僕を襲う。男の指はすでに骨まで達しているのかもしれない。このままいったらもうすぐ僕の手首はりんごのようにブシュッと握り潰されてしまうのだろうが、そんなことを気にしている余裕はなくて、僕はただ歯を食いしばり、足で鎖を踏みつけて男の首を圧迫した。僕は何かを叫んでいた。でも自分が何を言っているのかわからなかった。あるいはそれは意味をなさないただの無様な絶叫だったのかもしれない。そして、そのとき吉川がどんな顔で僕を見ていたのか、吉川はたしかに僕を見ていたのだが、僕には顔を上げて吉川の表情を確認する余裕なんてあるはずがなかった。
 やがて、男は僕の手首を握るのをやめた。それでも僕は力を緩めず、血だらけの手で男の首を絞め続けていて、吉川があきれたような声で、「もういいんじゃない?」と言うまでそうしていた。
 男は死んだ。












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