プロローグ
どう考えても眠れる気がしなかった。
僕は完全に取り乱している。
はっきり言ってこれほどまでに僕が動揺してしまうなんてことはいまだかつてなかったはずだ。
知らない部屋の見慣れない天井。ぶかぶかのパジャマと重たい羽毛布団に包まれて、僕は絶えず寝返りを繰り返していた。体が熱を帯びている。ひどく汗をかいていることに気付き、たまらず布団を放り投げた。暗闇に汗が蒸発していく。手もじっとりと濡れている。あれだけ念入りに歯を磨いたのに、口の中のねちゃねちゃとした感触が取れないままだ。胃液が沸騰しているかのように腹の中がたまらなく熱い。耳元で猿がシンバルを叩いている。僕は体を丸めて耳をふさいだ。音は止まなかった。シンバルは僕の頭の中で鳴らされているのだ。ガサガサに乾燥した喉には絶望的な数の小さな棘が突き刺さっていて、僕は何度も空咳をして、その都度苦しんだ。僕は水が飲みたかった。うがいもしたかった。でも手元に水はなかったし、洗面所にも冷蔵庫にも辿りつけそうになかった。
僕の体の中で燃えているのは何なのだろう。僕の頭を暴力的に支配するのは何なのだろう。僕の喉を干上がらせるのは、一体何なのだろう。
いや。
何なのだろう、ではない。何なのかはわかっている。ただ、僕にはその問いをまっすぐ自分自身に投げかける勇気がないだけだ。
こんなことは初めてだった。
僕は呻きに近いため息をついた。
冷静に現実を見据えよう。
深夜二時。吉川がいない。
やはりそうなのだろうか。
僕の腹を激しく延々焼き続けているのは、僕の脳内で傍若無人に暴れ回っているのは、僕の体から水分を蒸発させているのは、僕の喉に無邪気に棘を投げつけているのは、僕の胸をこんなにも締めつけているのは、やはり吉川なのだろうか。
今晩のディナー。あの柔らかくて甘い肉。
深夜二時。吉川がいない。
やはり僕は吉川を食べてしまったのだろうか。
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