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第六話 担任と副担任が生徒からの相談を受ける


 放課後の教室に、ラスタと美咲先生が座っていた。

 特務課の伊賀は二人の後ろに立っている。あくまでも護衛なので。


 扉がガラリと開いて、一人の生徒が教室に入ってくる。


「うぃーっす。遅くなりましたー」


 2-A、出席番号1番、愛川光。

 ずいぶん軽い感じの登場である。


「さあ愛川くん! このところ元気ないって先生気付いてたの! 何か悩みがあるの? 先生、なんでも相談にのるんだから!」


 2-A、副担任、田中美咲。

 ずいぶんノリノリである。

 いまなんでもって言いましたね、とツッコむ者はいない。幸いなことに。


「あー、先生。特務課の護衛さんを通して学校に許可もらったんで、入れてもいいですか?」


「愛川くん?」


「……許可が出ているのならばかまわない」


 ラスタの了解を得た愛川が、そのまま後ろの扉を開け放つ。

 続いて入ってきたのは、二人の女の子だった。


「やはり姫様でしたか」


「あれ、お姫様はこんな雰囲気でしたっけ? どうしたんですか?」


 うつむいたまま顔を上げない姫様、困ったように頬をかく愛川もイスに座る。

 立っているのはラスタの後方の伊賀、愛川と姫様の後ろの侍女のニーナちゃんだけだ。


「あー、俺の悩みってのはさ、俺じゃなくて二人が元気ないことで」


 見ればわかることをあらためて言う愛川。

 女性経験はけっこうなものだが、こんなことは初めてなのだろう。

 姫様も侍女も異世界人なので。


「姫様、どうされたのですか?」


「ラスタ……(わたくし)、大変なことをしてしまったのです……」


 うつむいて下を見たまま、姫様が口を開く。

 美咲先生、せっかく「生徒の力になるんだ!」とノリノリだったのにスルーである。


「ええ、知ってます。失踪で大騒ぎでしょうね」


 ラスタ、一言で片付ける気か。


 ラスタにとって、元の世界にいられなくなった原因の一つなのだ。

 ラスタの対応がちょっと冷たいのもしょうがないことだろう。

 なにしろ王族の失踪に関わったとなれば、極刑は免れない。

 まあ国宝の盗難もエルフと獣人と侍女の連れ去りも、どれか一つでラスタの首が落ちるには充分な理由なのだが。


「え? その、ラスタ?」


「失礼しました姫様。生徒の悩みは私の悩み。……あれ、姫様は生徒ではなく」


「ラスタ先生、そんなこと言わないでください! ほら、相談に乗ってあげましょう! 愛川くんもお姫様も侍女さんも困ってるんですから!」


 ラスタを()する美咲先生。

 優しい女性である。めずらしく人に頼られて舞い上がってるのではない。たぶん。


「そうですね、私が送らなければ姫様はここにいないわけで、つまりはこれも私のせいですから。それで姫様、どうされましたか?」


 ラスタ、切り替えたようだ。

 この世界に来ることを望んだのは姫様本人なのに。

 ちなみに一歩引いているが、侍女のニーナちゃんも望んでこの世界に来ている。

 二人とも愛川と離れたくなかったらしい。ハーレム野郎である。


「これを……(わたくし)、これを、持ってきてしまったのです」


「担任初日に気付いていたのですが、覚悟のうえではなかったのですね」


 天を仰ぐラスタ。

 だが、異世界組の顔色とは裏腹に、美咲先生と愛川はきょとんとしている。


 これを、と言いながら、姫様は机の上に手を乗せただけなので。


 ゴテゴテとした装飾の指輪がはまった、手を。


「ラスタ先生? えっと、どういうことでしょうか」


「美咲先生は知らなくて当然です。愛川はこれが何か認識しているか?」


「指輪ですか? ずっとつけてるなーと思ってましたけど」


「姫様、愛川にも言ってなかったんですか」


 愛川の返答に項垂れるラスタ。

 姫様と侍女は、しゅんと小さくなっている。

 ラスタはしばらく頭を抱えていたが、やがて美咲先生と愛川に向き直った。


「姫様の指にはまっている指輪は……()()()()()を示すものです」


 ラスタの言葉を聞いても、美咲先生と愛川はいまいち事情を呑み込めていない。

 現代日本の庶民にはピンと来なくてもしょうがないだろう。


「つまり現在も、姫様はアーハイム王国の第二位王位継承権を持っているのです。もし国王と第一位の王太子に万が一のことがあれば、姫様がアーハイム王国女王となるわけです」


「は? え、おっさん?」


「ラスタ先生? でもお姫様は日本にいるんだし、継げませんよね?」


「この指輪は、(いにしえ)より受け継がれてきた魔道具だと聞きます。所定の手続きに従って破棄しなければ有効だと」


 ラスタの解説に、ますます小さくなる姫様と侍女。

 美咲先生と愛川も、マズいらしいことは理解できたようだ。


「マナはいまも宿っています。指輪の機能は生きているのでしょう。王族の秘ゆえ、どのような機能があるか知りませんが」


 小さく首を振るラスタ。

 元宮廷魔術師でも、ラスタは末席で細々と研究していた男だ。

 王族が持つ魔道具の詳細は知らされていないらしい。


(わたくし)にもわかりません。ただ、王位を継ぐには必要だとしか……」


「では、なんらかの意味があるのでしょう。それが、破棄されずに、ここにある」


 全員の視線が、姫様の指輪に集まる。指フェチではない。


「おっさん、なんとかなんねえの? ほら、立つ鳥跡を濁さずって言うし」


「すでに濁した者が言う言葉ではないな」


 チラとも見ずに愛川の言葉を切って捨てるラスタ。

 冷たい。だが事実である。


 頭を抱えるラスタを、みんなが見つめる。


 姫様が、侍女が、愛川が、美咲先生が。


 愛川と姫様と侍女の悩みを解決できるのは、魔法に詳しいラスタだけなのだから。


 はあっと息を吐き、天井を見つめ、ラスタが口を開いた。


()くしかあるまい」


「は? え? おっさん?」


 天国にではない。


「ラスタ! 往けるのですか!?」


「ラスタ先生、我々には往けないと言っていたではありませんか!」


「ええっと、みなさん? ラスタ先生?」


 性的な意味でもない。


「往ける。無論、いくつも条件があるが」


「はああああ!? おっさん、でも往って還ってこれないんじゃ意味ねえんだぞ!」


「往く条件をクリアすれば、問題なく還ってこられる」


 異世界へ。


「往って、還ってこられる……? ではこの指輪を破棄することも!」


「できるでしょう。ただし姫様、私は破棄の手続きには同行しませんよ? 捕まれば拷問のうえ刑死ですから」


「おお、すげえ、すげえよおっさん! だてにおっさんじゃないんだな!」


「ええい、おっさんと言うな! 私はまだ23才だ!」


 観念したように告げるラスタ、はしゃぐ姫様と愛川と侍女。

 特務課の伊賀はどこかと連絡を取り出して。


「はいっ! 私は行けるでしょうか! 私も、みんなが行った場所を知りたいです! そうすればきっともっとみんなとお話しできるでしょうし!」


「美咲先生は往けません」


 美咲先生だけ、がっくりと項垂れるのだった。



 2-A、担任、ラスタ・アーヴェリーク。

 いくつも条件はあるものの、この教師、現代日本と異世界を往還できるらしい。


 これは行きて帰りし物語であるらしい。それも、何往復も。

 条件が気になるところである。


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