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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
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第八十二話 将軍継嗣問題

 次の日は、二回連続で【存在概念改変】をぶっ放したことによる魔力大量消費の反動で、丸一日寝込む羽目になった。我ながら考えなしだったと思う。今は反省している。

 その間かよちゃんと幟子ちゃんに過保護すぎるくらい看病されたんだけど、疲れてたからか少し幟子ちゃんにどきっとしてしまった。不覚だ。


 まあ、常に二人が傍にいたおかげで、その後の展望についても少し見えたってのも否定できないけどね。


 とりあえず、【存在概念改変】は無事に成功したから、次はこれをボクたちに味方してくれる存在にどう使っていくかは考えといたほうがいいと思う。その辺りの基準の整備は五大老に丸投げしたけどね。


 ボクが考えるのは、これを利用して探索者たちに魔法を使えるようになってもらうにはどうしたらいいか、だ。

 今のところ、当たり前だけど日本人の探索者たちは物理攻撃しかできない。それだと今後、ダンジョンの階層を増やしてもバリエーションに欠けるし、増やす意味もあまり見いだせない。

 それを、ダンジョンに潜ってるとき限定で魔法を使えるように……すなわち、探索中にのみ管理システムを一時的にベラルモース側に変更する、そんなものを作りたい。そうすれば、もっとこのダンジョンも華やかになる。


「あ、でも最優先はまだ地震の研究だけどね」

「誰に向かって言っているんですか……?」

「やだなあ、様式美ってやつじゃない」

「なるほど。私もまだまだ勉強不足ですね」

「ロシュアネスのそういう素直なところ、嫌いじゃないよ」


 真顔で言いきったロシュアネスに、ボクは苦笑を返した。彼女の場合、常に真顔だからこれがツッコミ待ちなのか素なのかよくわからない。

 とりあえず、ボクはそのまま流すことにしてお茶を口に含んだ。


 ボクたちが今どこにいるかっていうと、ずばり江戸城だ。そして周りには、すべての老中が勢ぞろいしている。

 先日の条件とした会談の真っ最中ってわけだ。いや、始まったばかりだけどさ。


 うちからの出席者は、ボクとロシュアネス。それから、直接出席してるわけじゃないけど、カメラ越しに五大老がこの会談を見守っている。


「……ごめんごめん、話が脱線したね。それで、なんだっけ?」


 ボクの問いに、老中首座・阿部正弘君が頷いた。そして、先ほど言い放った言葉と、一言一句違わわず口にする。


「上様に将軍職を降りていただこうと思います」


 ……どうやら、ボクの聞き間違いじゃなかったらしい。


「うん……うん、ごめん、ちょっと話の流れがわかんないんだけどさ。何がどうなってるの?」

「ええ、説明いたします。実はですな……将軍職の後継問題が生じていることはクイン殿もご存じですな?」

「それはまあ。家定君が病弱で、子供もいないから次をどうするかって話でしょ? でも彼はまだそんな歳とってるわけでもないし、まだそんな焦る必要ないんじゃないの? 最近はうちの世界樹の花蜜セイバネクターで体調も落ち着いてるみたいだし」

「仰る通りですな。拙者もそう思っております。……ですが、そうは思っていない者もいるのですよ」


 小さくため息交じりに言った正弘君が、書類をこちらに差し出してきた。

 ロシュアネスがそれを受けとり、中身を検める。


「閣下、どうやら一部の大名たちの間では、既に次期将軍職を巡る権力闘争が起きているようです。これはその一覧ですね」

「……なんだかなあ」


 それ以外の感想が浮かばないよ。いくらなんでも無情すぎやしない?


「次期将軍職の候補は二人。一人は一橋家の一橋慶喜氏、もう一人は紀州徳川家の徳川慶福よしとみ氏……」

「あれ? 今の一橋って、確か斉昭の子供じゃなかったっけ? そんなの担ぎ上げようとしてる人たちがいるわけ?」

「……クイン殿、それだけ慶喜殿の才覚を評価するものが多いということです。父親の不祥事があってもなお、将軍となる器であると」

「ふーん……まあ、親の罪と子は関係ないからそれはいいんだけど、彼の子供でしょ……ホントに有能なのかなあ?」


 と、言いつつ、いつもの【真理の扉】を発動。

 こないだスキルレベルが7になって、成功率も7割に達した。毎回のように失敗してたあの頃がもはや懐かしいね。あっさりと二人の調査が終わった。


「……って、え? 待って、もう一人の……えーと、慶福君? って、まだ10歳にもなってないじゃん!?」

「仰る通りですな。しかし慶喜殿と比べると、慶福殿のほうが権現様に血筋が近いのです。その辺りが理由ですな」


 幼いながらも聡明であられるし、と付け加えた正弘君が、小さく咳ばらいをした。


 しっかし、そうなってくると、あれか。


「……こっちを推すのは、彼を傀儡にしたいって人たちも混ざってるでしょ?」

「と、いう者がいることは否定できませんな」


 やっぱりか……。こういう権力闘争は、こっちの世界でもあるんだねえ。


 でも、待った。


「でもさ、それでも家定君を引き摺り下ろすのってどうなのさ? 彼、まだ元気だよ?」

「その通り。ですので、その政争を早めに鎮火させたいのです。未来の話をしている以上、事は決まらなければ収まりませぬ。ならば、いっそ先に決着をつけさせるべきかというのが、我々の考えになりまする。そして……上様を隠居とすることで、貴国の領事という形にしたく」

「……むむ」


 なるほど、そう来たか。

 しかしそこでロシュアネスが口を挟む。


「恐れながら阿部閣下。現将軍閣下におかれましては、領事とするには能力に疑問があると思うのですが」


 言っちゃったー!

 ほら、今空気凍ったよ! いくらなんでも面と向かってこの場で言っていいことじゃないでしょ!?


「拙者もそう思います」


 正弘くーん!?


「ならばなぜ?」

「実務的なことは、専門家に任せればよろしかろう。上様に期待することは何より、クイン殿との繋がりです」

「…………」

「拙者もここ二年でいろいろと学び申した。外交官……特に領事には、対象国で相応の立場にある人物と顔を繋ぎ友誼を結ぶことも重要な任務として求められるもの、と」


 ロシュアネスは黙ったまま頷く。

 ボクは、そんな二人のやり取りを眺めるだけだ。


「しからば、最初から交友関係のある人間を領事とできるならば、その方が良いでしょう。何より、ダンジョンのことを知らぬ者を派遣して、結果貴国に悪印象を抱かれるのは困りますからな」


 そこで正弘君は一旦言葉を切り、お茶に手を伸ばす。


「……そして現在、クイン殿と友誼を結んでいる者は上様のみ。岩瀬や遠山もその範疇に入るでしょうが……彼らの能力はダンジョンに専念させるには惜しい」

「では、実務においては将軍閣下ではなく、その部下となるであろう人物に振ればよい、と」

「左様でござる。適材適所というやつですな」

「よくわかりました」


 そこでロシュアネスは一度頭を下げ、再び沈黙した。

 ……わあ、なんだか政治家っぽいやり取りだったね。ボク、完全に蚊帳の外だったよ! 彼女を作って正解!


「かようなわけですので、上様には将軍職を降りていただきたいのです。後継問題を早急に終わらせるとともに、領事に適した人材を得たい、と……そういうことです」

「はー、なるほどね……。……で、ボクたちにも協力してほしい、と」

「左様でござる。……今まで何度も助けていただきながら、またかようなことをお願いするのは心苦しいのでござるが……」

「もちろん、この対価はきちんと……」

「まあ、しょうがないね。いいよ、タダで受けてあげる」

「閣下!?」


 きっちりビジネスにしようとしたロシュアネスをボクが遮ったことで、彼女が目をむいた。

 いつも冷静な彼女らしくないけど、わからなくはない。だって、ボクがやろうとしてるのは完全に、ただのわがままだ。これが国益になるかっていうと……いや、ならなくはないんだろうけど、ビジネスとして処理するより旨みは少ないだろう。


 でもね。


「ロシュアネス、家定君はね、自分の家族と普通の暮らしをしたいって言うような人なんだ。子供と一緒にお菓子を作ったりして、って。……ボクは彼の夢をかなえてあげたいんだよ。彼はボクの友達だから」

「閣下……」


 ロシュアネスは、ボクに対して非難するような視線を向けてきた。

 けれど、やがて諦めたように小さく首を振る。


「……それが閣下の決められたことであるならば、それは我が国の方針。私は従いましょう」

「ごめんよ、ロシュアネス。君には苦労をかけるけど」

「いえ……」


 今度は大きく首を振ったロシュアネス。

 彼女はそれから居住まいを正すと、正弘君に向き合った。


「……阿部閣下。こちらの方針はクイン様が仰った通りです」

「感謝いたします。この御恩は決して忘れませぬ」


 そうして、正弘君が頭を下げた。それに応じる形で、他の老中たちも頭を下げる。


「……で? 具体的にはどうするわけ?」

「うむ、それなのですがな……クイン殿、魔法で重病を装うことは可能ですか?」

「できるといえばできる。……なるほど、表向きはそれで衰弱してくように見せると」

「左様でござる。問題は、上様にそのような芸ができるかですが……」


 いや、仮にも一国の主に対してそんな芸をさせようってのも大概だと思うけどね。


「だったら、そっくりそのまま偽物に入れ替えるほうがお互い楽じゃないかな。家定君のホムンクルス……えーっと、なんて言えばいいかな。傀儡? を作って、それにやらせるとか」

「……魔法は本当に、なんでもありですな」

「いやいや、できないこともあるよ……死人は生き返らないしね。ま、それはともかく」


 ものをどかす仕草をしつつ、話を戻す。


「ええ。対外的には上様に病気を装っていただこうかと」

「なるほどね。まあ、しかないよねえ。タイミングは?」

「それはこちらから追って連絡をいたすつもりです。……ただ婚儀のこともありますので、向こう一、二年は空けるつもりにござる」

「あ、結構空けるんだね……って、婚儀! ってことはもしかして、奥さんの分も偽装の用意いるんじゃない?」

「時と場合によっては……」

「んんんん……まあ仕方ないか。やるって言っちゃったし」


 その瞬間、一瞬だけロシュアネスから視線を感じた。ごめんってば。


「おっけーわかったよ、全面的に協力する」

「ありがたきお言葉」

「ちなみにこのこと、家定君には?」

「それはまだ……」


 あー、うん。まあね、家定君、腹芸はできそうにないしね……。


「……ちゃんと教えておいてあげてよね。彼、今だって自分は向いてないとか役に立てないとか言ったりして、結構気にしてるんだから」

「承知しておりますとも」


 やれやれ、どうなることやら。


 でも……家定君がうちに常駐するようになったら、それはそれで嬉しい。

 その時は、彼の不能についても解決できるように、今から準備しとこうかなー。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


この辺りの経緯はおおむね史実通りですね。候補者も同様です。どちらが来るかはまだ決めてませんが。

それより、愛知県民としては尾張徳川家も候補にしたいところですが、当時の尾張徳川家当主義恕よしくみは他の候補二人より血筋が遠かったので、選択肢に入ってなかったみたいです。

本人も、国政での影響力はともかく将軍職を求めてはいなかったという噂もあり……ちょっと悔しいかなあ、なんて思ったりして。


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