第八十一話 禁呪の本領
「あっ」
「ほ?」
「旦那様?」
「…………」
怪訝な目を、かよちゃんと幟子ちゃんが向けてきたけど、ボクは二人に手のひらを向けてストップをかける。
今、ボクの意識はたった一つのものに向いていた。【並列思考】があってなお、それだけに集中したくなるほどのものが、それにはあったから。
ボクが展開しているのは、禁呪【真理の扉】。世界が始まってから今に至るまでの、全てのデータが蓄積されている真理の記録に接続して、情報を得るための魔法。
そしてボクが調べているのは、ずばり世界管理システムの変更方法だ。将来的に、この手段を確立させることが不可欠だろうから。
でも、まさか。
「……禁呪に、ある、って……マジか……」
そう、まさか世界管理システムを変更する魔法が、禁呪に存在するなんて思わなかった。
正直ダメ元だっただけに、既に存在するなんて……。
「禁呪【存在概念改変】……この魔法に、そんな効果が、ね……」
字面からしてとんでもない匂いがするでしょ? 実際この魔法は、とんでもない。
端的に言おう。
この魔法は、対象を別の存在に作り変えてしまう魔法なのだ。
もちろんその難易度は高く、大体の人は失敗して、対象をキメラにもなりきれないような出来損ないにしちゃうんだけど……そんなことは慰めにもならない。実に「禁呪」らしい魔法と言えるだろう。
ただ、決して危険なだけの魔法ってわけでもない。なぜなら、存在を書き換える魔法だから、物に対して使えば錬成魔法の比じゃない成果が得られるのだ。
そこらへんに転がってるただの石を、金やミスリルはおろかオリハルコンにだって変えることができる。錬金術師と呼ばれる人たちにとって、この魔法は最終到着地点とも呼べる魔法なのだ。
まあ、そうは言っても費用対効果に見合わないのが実情ではある。消費魔力も必要構築力も極めて高く、さすがに【世界跳躍】には劣るものの、【真理の扉】よりはずっと上の難易度を誇るのだ。ぶっちゃけ、あの神の子が使った【奇跡】と同レベルの代物だ。気軽に使えるわけがない。
そんなことをするより、ダンジョンマスターとちょっと知り合いになって、不用品とDE伝いに交換してもらったほうが手っ取り早いじゃん? ボクだって、研究のための素材はほとんどがDEで賄ってきたもん。
だから、正直なところ使えない魔法って認識も一部には存在する。効果自体は有名なんだけどね。
とはいえ、どっちにしてもこの魔法の効果対象は、本来なら物質だ。それが一般的な認識なのは本当。だからこそ、この魔法が世界管理システムにまで効果を及ぼす魔法ってのは、本当に驚きを通り越して唖然とする発見だった。
しっかし……だからなんだろうか? この魔法が要求するコストが極めて高い理由って。
それはともかく……この魔法、やっぱり何はともあれ試してみないとだな。本来の目的である対象を作りかえるって目的で使ったことはあるけど、世界管理システムの変更なんて初めてだし。
そもそも使ったことが片手で数えられるほどしかないから、不安も付きまとう。
「……よし」
決めた。試すぞ。すぐ試そう。
問題は……。
「……誰で試すかだよなあ」
実験台がいない。どうしよう?
ダンジョンの住人が妥当なんだろうけど、素直に頷いてくれるかな。今回は無暗にやるわけにはいかないから、厳選したいところだ。失敗しないとも言いきれないしさ。
「……うーん。二人はどう思う?」
「えっと」
「ぬしさまよ、話が見えてこんのじゃよ。何があったんじゃ?」
「あれ、口にしてなかったっけ」
そうかもしれない。説明しなきゃだ。
ちなみに二人が一緒にいるのは、よくわからない。
いや、普段ならかよちゃんだけがいるんだけど、今日は彼女が幟子ちゃんを連れてきたんだよね。そのまま二人で何か話し込んでた。
いつの間に仲良くなったんだろうって思ったけど、どうもかよちゃんが幟子ちゃんに積極的に絡んでるみたいなんだよね。何か考えがあるんだろうけど、聞いても教えてくれないから、今は気にしないことにしてる。
「……それまこと? ぬしさまはやっぱりとんでもないお人じゃのぉ」
「そんなすごい魔法を使えるなんて、旦那様はすごいです」
「……そう褒めないでよ」
なんか息の合った賞賛をもらっちゃった。嬉しいけど、照れるじゃないか。
「それより、どうすればいいと思う? うちの住人から見繕うのが一番手っ取り早いとは思うんだけど、今回ばかりは本当に危険かもしれないし、後腐れなく進めたいんだけど……」
「そこいらから誰ぞかどわかしてくればよかろうに」
「言うと思ったけど、却下ね」
「じゃよねー、妾知ってた」
特に悪びれることもなく、幟子ちゃんがかかかと笑う。
彼女の発想は、やっぱりなんだかんだで妖怪だなって思うね。でもま、彼女の発想はある意味で、手段を選ばなければ有用なものでもあるわけで、超えちゃいけないラインの判断という意味ではこういう意見もあったほうがいいのかもしれない。
「えっと……幕府から用立てていただく、とか……?」
「最初の頃みたいに、だね?」
「はい……今いる方々はそういう理由でこちらに来たわけですし、融通していただけるのでは?」
「やっぱそれしかないかなー」
だろうなあとは思ってたけど、やっぱそうなるかな。
すぐに実験ってわけにはいかないけど……。
「……急がば回れって言うやつかなー」
ぼそりとつぶやいたボクに、二人がこくりと頷いた。
となれば、とりあえずロシュアネスから幕府に依頼するように指示を出そうか。
ま、今回はそんなに数はいらないし、片手で数えられる程度の人数で十分でしょ。
『御意にございます』
伝えればすぐに動いてくれるのは、ロシュアネスのいいところだ。任せた。
「……じゃ、あっちの準備が整うまで、場所整えるかなー」
せっかく時間ができたんだ。単に魔法を使うだけじゃなくて、魔法陣とかも併用してより効率よく使えるように整えておこう。
「二人とも手伝ってくれる?」
「わかりました」
「もちろんじゃよー!」
二人の快諾を得て、ボクはにぃっと笑った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
三日が経った。指示通り、ロシュアネスが幕府に都合をつけて、三人を融通してもらうことになった。
さすがの手腕だ。こんなに早く決まるとは思ってなかったよ。
その際に、久しぶりに老中会議に出席してほしいって要請があったみたいで、了承を返すことで等価にした。
「……じゃ、早速実験を始めようか」
「おーなのじゃー!」
久しぶりの時空魔法【ホーム】で宣言したボクに、幟子ちゃんが拳を掲げる。
その隣で、かよちゃんが少し困ったような顔で視線を泳がせていた。
彼女の後ろには、鉄面皮のまま服の汚れを払うティルガナ。
そんなボクらの前には、青ざめた顔で震えながら床に正座する三人の男。
「まーしかし、こやつらも馬鹿なことをするもんじゃの。ぬしさま相手に少しでも勝てると思ったんじゃろか」
「思ったから襲ってきたんでしょ? まあ、ボクすら出る幕はなかったわけだけど」
「奥方様に敵意を向けるような輩は、この世に存在してはいけないのです」
ティルガナが、ボクの視線を受けて真顔で応えた。
そう、幕府から送られてきたのは例によって例のごとく、重罪人だった。それはまあいいんだけど、今回は実験のために直接彼らの相手をしなきゃいけなくって、ここに乗り込んだのだ。
ところがボクらを見て調子に乗ったのか、彼らは危害を及ぼそうとしてきたわけだ。確かに、ボクら全員見た目は子供だけどさ。幟子ちゃんの狐の尻尾はもちろん、かよちゃんの角とか、ボクの花な下半身に思うところはなかったんだろうか。
で、護衛として常にかよちゃんに着いてるティルガナが三人をフルボッコにしたってわけ。なんか、今までかよちゃんの後ろで無言を貫いてるおかげで影がすごく薄かった彼女だけど、初めて本来の仕事をしたんじゃないだろうか。
「ま、これで気兼ねなく失敗できるってものだけどね。ティルガナ、お疲れ様」
「いえ、わたくしめは当然のことをしたまでですので」
この辺りはある意味様式美か。
それはさておき。
「さて。君たちにはこれからボクの実験に付き合ってもらう。失敗はそんなにしないと思うけど、もししたら君たちの命の保証はできない」
「は、は、はい」
一人が震え声で答える。
「成功したら今より強くはなれるから、祈っておくといいよ」
そしてボクがそう言うや否や、三人が三人とも手を合わせて祈り出した。
「現金なやつらじゃのぉ……」
「困った時の神頼みって言いますけどね……」
うちにも二人ほど神様がいるけど、どうかな。叶えてくれるといいね。
「じゃ、早速始めるよ。二人とも」
言いながら、ボクは指を鳴らした。
それに応じて、かよちゃんと幟子ちゃんが魔法を発動させる。
「うむ! 【存在概念改変補助・壱式】!」
「はい。【存在概念改変補助・弐式】」
それはこの三日間で作り上げた、【存在概念改変】を補助する専用の魔法だ。この魔法を併用することで、【存在概念改変】による負担を三分の二ほどに減らすことができる。何分急ごしらえだから、まだ粗は多いけど……そこは追々ってことで。
次いでボクも、魔法の準備に取り掛かる。これだけやってもなお、ボクですら即座に発動させられないのがこの魔法なんだよね……。
補助魔法については、開発に当たってかよちゃんのボクたちにはできない和算独特の視点、幟子ちゃんの地球古来の知識が随分と役に立った。幟子ちゃんは相変わらず独創的過ぎる式を組みたがったけど、そこはかよちゃんがうまくとりなしてくれた。
かよちゃん自身はまだ経験が浅いから、直接的に開発に関わることはまだ多くないんだけど……幟子ちゃんのストッパーという意味では一級だったんだよね。おかげで、独創的過ぎて使えない幟子ちゃん特有の魔法式を、効果的に組み込めたのは幸いだった……っと、よし、できた。
「おっけー、それじゃ行くよ。禁呪【存在概念改変】!」
そして魔法が顕現する。ただし、禁呪は他の魔法と異なり目で見てわかりやすい燐光なんかは一切発生しない。発動したかどうかは、効果が現れて初めて確認できるのだ。
その効果も、ちゃんと認識できるのは発動させた術者と、対象になったものだけだ。
じゃあ結果のほうは?
ボクの目には、三人という存在の奥の奥、一番深いところにある何かが確かに変質する様が映った。
それは、管理システムが変わったことの証。
……の、はず。
「……ふぃ、これでいい、はずだけどな……」
思わずそんなつぶやきをこぼす。
それからかよちゃんたちに補助魔法を止めていいからと伝え、次いで場から魔法の気配が消失した。
うん……気怠い。一気に大量の魔力を使った時特有の倦怠感だな、これ。久しぶりだ。【世界跳躍】は魔石にためまくった魔力で大半賄ったから、この感覚を味わうのは十数年ぶりじゃないかな。
「さーて、三人とも気分はどうだい?」
その倦怠感に耐えながら、ボクは三人に問いかけてみる。
とはいえ、どうやら彼らの感覚では特に目立った変化はないようだ。三人とも、素っ頓狂な顔をしてぽかんとボクを見るだけだ。
「んーっと、成功してたら君たちは自分のステータスが見えるはずだ。頭の中で『ステータス』って念じてみてごらん?」
「……うおお!?」
「うへ……ッ、な、はっ!?」
「なんだこりゃあ!?」
「その反応を見るに、どうやら成功みたいだね。よかったよかった」
ここまでではないけど、初めてステータスを確認したかよちゃんのリアクションも、似たようなものだった。
数値化された自身の能力なんて見たことのないこの世界の人間にしてみれば、それほど驚くものなんだろうね。
「よーし。それじゃ君たちにはご褒美として魔法を教えてあげよう。こんなこととか、こんなこととか、こんなことができたりする」
いまだ驚き覚めやらずと言った三人の前で、ボクはいくつか魔法を使って見せる。
すると、三人は目を点にして、口をあんぐりと開けた状態で硬直した。ふふふ、ドッキリ大成功?
「ちなみに教えるのは彼女です」
そこでティルガナをずいっと前に出してあげたところ……。
「ひいいぃぃっ!!」
「すいませんすいませんすいません!!」
「もう悪いことしません! 本当です!!」
恐慌状態になって土下座してきた。どうやら効果てきめんのようで。
「はっはっは、反省したようで何よりじゃの」
「やりすぎだったような気もしますけど……」
「ええんじゃよ、ああいう輩には力づくでわからせるしか方法はないもんじゃからの。妾もそうじゃったし」
「幟子様の場合、反省したというよりは旦那様に……」
「そそそ、それは言いっこなしじゃろ御台様よ!?」
後ろが賑やかで何よりです。
「……ちなみに、君ら何して捕まったんだっけ?」
「強姦です!」
「窃盗です!」
「殺人です!」
「「「押し込み強盗してました!」」」
根っからの悪だなあ、ははは。
ここじゃ絶対にさせないからな!
「オーケー、かよちゃん、幟子ちゃん、もっかい補佐お願い」
「ほ? 構わんが、なんぞあったかの?」
「旦那様、お身体に障るのでは……」
「構わないよ。彼らが二度と同じことができないようにしておくんだ」
「なるほど、了解なのじゃよ」
「……わかりました、お手伝いさせてください」
そして十数分後。
ティルガナに引きずられて彼女の【ホーム】に連行された三人の性別は女に、攻撃禁止対象の補正がかかっていたのだった。
うん、護衛メイドの追加要員にしてやったよ!
年齢をぐっと下げたのはボクからのおまけみたいなもんだ。せっかくだから、生まれ変わったつもりでがんばってほしい。それだけのことをしたんだから、反省しつつね。人格矯正刑に処さなかっただけマシだと思ってほしいところだ。
《スキル【禁呪】がレベル7に上がりました》
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ただの検索エンジンと化していた禁呪にニューフェイス登場。
他の魔法といろいろと一線を画すという設定なので、いつかそのあたりの説明回も用意したいところではあります。