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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
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第七十八話 江戸の剣客たち 下

 そして夜が明けた。


 信友君たちは野営に慣れてないようだったけど、さすがに15人もいればカバーはできたようだね。

 戦士職の彼らが野営に慣れてないのは、ひとえにこの国が平和だからだろう。大半の街道は既に整備がされていて、人が1日で移動できる範囲に宿場が設置されてるしね。例外もあるだろうけど、江戸の周りは大体そんな感じだ。


「そう言えば、信友君たちはダンジョン内で一夜を明かした初めてのパーティになるね」

「せやね。あの強さなら、結構DE入ったんとちゃいますか?」

「住人からの収入があるからはっきりとはわからないけど、結構だね」


 収入が多いのはいいことだね。


 まあそれはともかく、昨日の続きだ。改めて会議室に集合したボクたちは、第5フロアに突入した信友君たちの様子を見続けている。


『今日は第5フロアの中ボスを、彼らがどのように対処できるかが見ものになりそうだな』

「そうですね。あそこのボスは、確か」

「うん。フェリパの後釜に置いてたコボルトリーダーだね」

「ちゃっかり進化しとるがな」

「彼、今までやることがまったくなかったからね……ひたすら訓練させてたら進化したよ」


 名前のないモンスターでも、経験を積めばちゃんとレベルは上がる。そんなやつを、出番がないからってただ遊ばせておくのはもったいなかったんだよ。


 で、設置から今に至るまでほぼずっと訓練させたら、見事に進化しました。

 今の彼は、コボルトリーダー改めコボルトサージェント。多くの部下を率いることで真価を発揮するタイプのコボルトだ。もちろん単体でも、たぶん信友君より強いけど。


「ふむ。確か集団運営が前提の種であったかの? 単騎で戦わせるんかのう?」

「いや、それじゃさすがに多勢に無勢すぎる。いくらステが高くなってるとはいえ、まだ自我のない上位種じゃあの人数には勝てない」


 幟子たかこちゃんの問いに答えながら、ボクはコボルトサージェントの周辺に30体のコボルトを用意する。

 1体1体はあからさまに信友君たちより弱いから、数でハンデを着けてあげないとね。コボルトサージェントの【眷属支配】と【指揮】によってステータス以上の戦果を出せるはずだけど。


「さて、どうなるかな?」


 にやっと笑って、ボクは画面に意識を戻した。

 そして、コボルトサージェントに初めての仕事を指示する。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 そこは、今まで歩いてきた洞窟の通路とは違って広い空間になっていた。そうした、いわば部屋のような空間自体はそれまでもいくつかあったが、そこはそれまでと決定的に違う部分があった。


 部屋の奥、一段高くなったところ。そこには、明らかに人工物と思われる装飾や燭台があったのである。

 そして、その最も高いところに陣取る、コボルトサージェント。犬の頭と毛並を持った偉丈夫だ。その手に握られた槍は日ノ本のそれと意匠が異なるが、決してなまくらではないだろう。


 その周辺には10を軽く超える数の、同じく犬頭の人型――コボルトがひしめいており、足を踏み入れた信友たちに死んだ魚のような感情のない目を向けている。


「……今まで遭遇したどの化け物より、あれは強そうでござるな」

「うむ……。加えてこの数。個々は見た目に反してそこまで強さを感じぬが、これだけ集まられるとさすがに厄介」

「しかし、恐らくはあれがここの親玉。危険を冒す意義はあるのでは?」

「我ら一同が一斉に立ち回っても問題ない広さではあるし、勝機はあるかと拙者も思う」

「うむ、それがしもそうだと思いますな」

「それはいいのですが……連中、まるで動く気配がありませぬ。ここまで来ると不気味ですぞ」

「「「「「確かに……」」」」」


 そこで彼らは、一斉にコボルト達に目を向けた。

 が、それでもなお、コボルト達は動かない。相談する時間があるのはいいが、敵意は持ちながら一切動かない相手は、まったく得体が知れず不気味でしかなかった。


 信友達は知る由もないが、これはダンジョンの仕様だ。ボスとして配置した、あるいはそのお供として配置したモンスターは、ボスバトルエリアに設定された範囲に侵入者が踏み入らない限り行動を起こさないのである。


「……ともあれ、ただここで考えていても埒があきませんな。ひとまず決を採りましょうぞ」

「左様ですな」


 とはいえ、先に進むことに対する反論は出なかった。どの道ダンジョンは踏破しなければならないのだ。

 仮に勝てなかったとしても、威力偵察と考えて退けばよい。


 そう結論付けて、彼らは前へと足を踏み出す。

 そして先頭が一定の位置を乗り越えた、その瞬間だ。


「オオォォーン!!」


 コボルトサージェントが吠え、周りのコボルト達が一斉に行動を開始した。

 それを見て、信友たちも即座に臨戦態勢を取る。迫りくるモンスター相手に臆することなく、刀一本で立ち向かっていく。


 誰かが鬨の声を上げた。それに呼応して、みなが雄叫ぶ。

 洞窟の中は今、確かに一つの戦場と化していた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「うわあ」


 戦闘の様子を眺めながら、ボクは思わずそう漏らした。

 最初からただのコボルトじゃ相手にならないとは思ってたけど、本当に相手にならない。一番槍のコボルトとか、ほとんど何もできずに首を落とされちゃったもんね。


 その後は、さすがにコボルトサージェントの【指揮】もあって瞬殺なんてことはなってないけど、残念ながら瞬殺じゃないだけで勝負になってないことには変わりない。

 一応、2人の剣を折り、4人を重症にして、7人ほどがけがをしつつ戦闘続行してるけど、無傷が2人いるんだよなあ……。


 うち1人はもちろん男谷信友君。穏やかそうな人なのに、剣を振る瞬間の威圧感半端ないね。無意識に【威圧】スキル使ってるよあれ。

 コボルトサージェントにコボルト2体の計3体を相手取ってなお無傷、ってなあ。【剣術】レベル10は伊達じゃないなあ。


「って、あ」


 そうこうしてるうちに、おつきの1匹が死んだ。3対1で互角だったのに、こうなったらもうコボルト側に勝ち目はない。ジリ貧だ。

 他も大体終わりが近づいてて、……あ、あー。


「終わった」

『さすがにステ差ありすぎだったな』

「せやね……」


 全員が渋い顔だ。

 まあ、この結果自体が収穫ではあるんだけどさ。


「ぬしさまや、やはりもう少し難易度は上げてもいいんでないかの? これではしっかり休憩をしていけば、さして時間をかけずここまで進入されてしまうぞえ」

「うちも賛成ー。まあ、魔法使うやつは早いかもしれんけど」

「しかし彼らはこの世界でもトップクラスの実力者たちです。それを相手に、コボルトごときでほどほどにダメージを与えられたのですから、今のままでも良いのでは?」

「あの、私もそう思います……。戦国の世でもないですし、強いお武家さまは全体ではあまり多くないかと……」

『私たちが出て行って、手当たり次第に狩れないのがじれったいわね……』

『ダンジョンの特性上、仕方ないが……ふむ、ここは少し見方を変えてみたらどうだ? たとえば、強さ自体はあまりなくとも、物理耐性のあるモンスターなら魔法が使えない彼らは苦労するだろう』

「ふむ」


 いくつか意見はあるけど、ユヴィルの意見が一番現実的かなあ。

 でも、結論を出すのはもうちょっと後にした方がいいかな。


「……この件は保留で。次のフロアから、徘徊してるモンスターのレベルが上がる。それに対応できるかどうかを見てから決めよう」


 ボクの決定に、全員が頷いた。……ジュイのやつ、寝てる? いや、まあ、いいけど。別に。


 ともあれ、信友君たちがこの後どう動くかだけど……。


 どうやら、道中でドロップしたポーションの類を惜しみなく使って、全員の傷を治したようだ。賢明な判断だね。この世界ではありえない効果に、全員が驚いてるけど。

 そのおかげでけが人はゼロになった。直前の状態なら迷わず撤退を選ぶだろうけど、こうやって回復した以上進むかどうかで意見が分かれてるようだ。


 ……おっと、結論が出たかな?


「えっと、帰る……みたいですね……」

「帰っちゃうのかよ!」


 思わずコケそうになったじゃないか!

 せっかくだからレベル上げたモンスターの調子も見たかったんだけど! 理想としては、先に進んだ上で第7フロアあたりで引き返してほしかった……!


「まあ、こればっかりは文句言うても仕方ないわな」

「逆に言えば、彼らはあの程度の戦力でも十分に警戒すべきと判断する、ということでしょうし」

『この分だと、難易度はしばらくこのままでよさそうだな……』


 ユヴィルのつぶやきに、改めて全員が頷いた。


 ……景纂かげつぐ君に報告して、総括に入ろうかな。

 その前に、中ボスのコボルトサージェントは再ポップさせておこう。取り巻きのコボルトは、普通の探索者相手なら5体ほどでいいかな?


 あとは、そうだ。藤乃ちゃんも戻してあげないとね。


「藤乃ちゃん、もう撤収していいよ」

『御意。そちらに戻るわね』


 ずっとカメラマンとしてひっそりと同行していた藤乃ちゃんが、ボクのダンジョンモニターから消える。同時に、メンバー用に映像を出していたモニターが沈黙した。

 ほどなくして会議室に彼女が戻ってきたけど、彼女の意見を聞くまでもなく、結論は既にボクの中で決まってた。それはみんなも同じのようで、


「現状維持ってことで」

「「「「『『はい』』」」」」


 異議はなかった。


 ちなみに、せっかく用意したし、と思って深層に配置しておいたレベル高めのゴブリンソルジャーを1匹、彼らの前に転送してみたんだけど。

 ゴブリンソルジャーがレベル1から10になったところで、【剣術】レベルが1から2になったところで、信友君たちの前では雑魚でしかなかった。残念無念。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「ただ今戻り申した」

「ご苦労」


 江戸前ダンジョンに15人の剣客が挑み、戻ってきた日の夜。ダンジョンの周辺に作られた迷宮都市としての街並み、いくつも連なる宿屋の一つで二人の男が顔を突き合わせた。


 戻ったと報告に来た男は、2日に渡ってダンジョンに挑んでいた剣客の一人である。まだ若く、どこか挑戦的な視線も辞さない男は、あの日男谷信友の疑問に応じた男であった。


「あの洞窟、少なくとも5階層まであり申した。それも、まだまだ先がありそうな雰囲気でござった」

「……思っていたよりも大きいのだな。して、戦力のほうは?」

「それはお世辞にも優れているとは言い難かったでござる。此度集められた、拙者を含めた15人の手にかかれば、ほぼ一合も打ち合わず切り伏せられる程度の手合いばかりでござった。

 ただ……5階層目を守護していた……と思われる個体は、相応の強さを持っていたようでござる。指揮にも長けておったし、集団戦を仕掛けられたことでけが人も出てしまった。故に、此度はそこで引き返すことに相成った次第にて」

「……左様か……」


 男の報告に、もう一人の男が頷く。

 その瞳には、狂気の色が見え隠れしている。報告を聞いている間も、うずうずとどこか所在なさげにしていた男の名は、藤田東湖とうこ。もはや亡国となった水戸の、既にこの世にいない主君の言葉を愚直に実現させる時を虎視眈々と狙う者だ。


「藤田様。拙者が思うに、あの洞窟を踏破するためには剣客だけでは足らんでござる」

「……申してみよ」

「は。あの洞窟、実際に数回潜ってみてわかったことでござるが、全体で言えば広くとも、通路などでは幅が狭く、一度に二人も立ち回れば残りはろくに動くこともできなくなってしまうのでござる。一度に戦える人数が制限されてしまうのでは、いくら腕利きを集めても意味がござらん」

「うむ、理解できる。それで?」

「は……これを剣客の拙者が言うのは非常に口惜しいのでござるが……火縄銃を十分に持ち込むべきかと」

「なんだと?」


 男の言葉に、東湖が怒りの形相でぎろりと目を向ける。それだけ、彼にとって男の提案はにわかには信じられぬものであったのだ。


 旧水戸藩に限らず、江戸時代……特に幕末の武士というものは、刀というものに相応のこだわりがあった。二百年以上の平和によって本来の存在理由を喪った彼らにとって、彼らにのみ許された刀はその拠り所だったのだ。

 西洋列強がやってくるまでは、それでよかった。日ノ本全体の戦の思想が、戦国時代からさして変化していなかったのだから。その価値観において、刀は確かに相応の意味があった。


 だからこそ、当時は刀を重んじ銃を軽んじる風潮はどうしても存在したのである。そのために史実において下関戦争で長州藩が惨敗し、そこでようやく日ノ本全体がこれではだめだと判断するようになるのだが、この世界ではまだその事件は起こっていないのだから、東湖が憤怒の顔を見せたのも無理はない。


 無論柔軟に考える武士もいたし、時には刀なぞどうでもよかった武士もいた。しかし、藤田東湖という男は、良くも悪くも刀、そして武士であることに強くこだわる男であった。それは、主君であった徳川斉昭と共通する感性である。

 だが、それを爆発させることがない分、東湖は冷静と言える。これが史実に置いて烈公と呼ばれた徳川斉昭であったら、男もこれほどはっきりと提言はできなかっただろう。曲がりなりにも学者を名乗っていた東湖の、ある意味で面目躍如と言えるだろうか。


「藤田様、お気持ちはわかる。拙者もできれば頼りたくはないでござる。されど、あの洞窟を実際に行き来して、拙者はその結論に至らざるを得なかったのでござる」


 そして、男は再度言った。次いで、その理由を述べていく。


「あの洞窟には、弓矢や銃を使う手合いは一切おらんでござる。つまり、遠くから火縄銃で攻撃し放題でござる」

「……弓矢でよいではないか!」

「左様。しかし弓矢では習熟が人によってかなり差が出てしまう。人が限られている今、多少心得さえあれば問題なく威力を発揮できる火縄銃は重要でござるよ」

「……む」

「それに、洞窟内は天井があり申す。故に、弓矢本来の威力を発揮するのは難しいと判断いたした」


 ないよりはあったほうがよかろうが、と締めくくった男に、東湖はしばらくじっと考え込んだ。怒りの様子は変えることなく、ぎらぎらと光る瞳をまっすぐ目の前に向けたままで。

 普通の手合いなら、この形相に及び腰になるだろう。視線を背けるくらいはするものだ。しかし男も並の使い手ではない。若くとも一級の剣術使いである彼は、東湖の視線をいなすことなく正面から受け止め続ける。


「よく……よく、わかった」


 やがて、東湖が絞り出すように言った。それから、ゆっくりと瞳を閉じて、自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぎだす。


「……まずは、上様の、仇を取る……それが第一……。それこそお国の為にもなり、正道でもある……。そのためには、これも致し方なし、か……」

「……藤田様」

「わかっておる……そなたの剣客としての感覚を信じる。これより火縄銃の調達を進めていこう。場合によっては荷駄隊も必要になるかもしれん。それまで、そなたは引き続き洞窟の調査を頼む」

「お任せくだされ」

「頼りにしておるぞ……栄次郎」


 東湖の言葉に、男が平伏する。


 男……栄次郎。その本名は、千葉栄次郎成之。

 幕末三大道場と呼ばれ、史実においてはその門下から多くの重要人物を輩出した北辰一刀流の創始者、千葉周作の次男である……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


最近の話は前章の伏線を回収する話が中心でしたが、今回もそんな感じで。

旧水戸藩の人間が動くのはもう少しだけ先です。

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