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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
92/147

第七十七話 江戸の剣客たち 上

 さてさらに日付が進んで、江戸の武芸の達人たちがダンジョンに入ってくる日が来た。


 この日はこちらとしても確認に集中したかったから、会議室に陣取ってじっくりと彼らの進行を注視する。

 彼らの動きをカメラを持って監視するのは、我がダンジョンが誇る忍の藤乃ちゃん。彼女なら、よほどのことがない限り気づかれることなく密着できるはずだ。


 ボクとかよちゃんは、ダンジョンの機能で常にすべての侵入者の動向を見ることはできるけど、他はできないからね。メンバーの意見も聞きたい以上、これが最善だろう。


『上様、持ち場に着いたわ。いつでもいけるわよ』

「おっけー、それじゃ人が来るまでそれまで待機ね」

『御意』


 で、あとは……。


景纂かげつぐ君、こっちの準備はできたよ」

『了解した。では、これより人を入れるぞ』

「いつでもおっけーだよー」


 遠山景纂君と示し合わせて、準備完了だ。


 ほどなくして、ダンジョンに15人の男たちが入ってきた。

 ちょっと数が多いからそれぞれの詳細は省くけど……これはすごい。【剣術】スキルカンストしてる人がいる。十五人中最も高齢のようだけど、立ち居振る舞いが尋常じゃない。

 それ以外でも、最低が【剣術】スキルレベル7という有様で、大半は8ときた。レベルに至っては、平均が70台とこの世界ではとんでもない数値になってる。本当に、当代随一の達人たちを集めたんだなあ。


「……藤乃ちゃん、気をつけて。中心の中年……男谷信友って人、レベル98な上に【剣術】がカンストしてる。あと、【気配察知】も3ある。【気配遮断】は切らさないほうがよさそうだ」

『男谷信友!? ぎょ、御意』

「知ってるの?」

『知ってるも何も、「剣聖」とまで言われるお方よ! でもそっか、スキルレベル最大なのね……納得だわ……』

「うわあ、すごい人が来てるんだね……」


 信友君に【剣聖】という称号自体はない。こっちがどうかはわからないけど、ベラルモースでは世界で一人しかこの称号を保持できない称号だから、ないのが普通ではある。でも、呼ばれている通り、それにふさわしいスキルレベルを持ってることは間違いない。

 信友君がベラルモースでの【剣聖】取得条件を得てるかどうかはわからないけど、少なくともダンジョンの浅層に置いたゴブリン達なんて瞬殺だろうな。


 となると、結構破竹の勢いで進軍されるかもしれない。現在のダンジョンは居住区と闘技場を含めて全12フロア。中間となる第5フロアには中ボスがいるけど、どうだろう? 一応、以降の陣容を厚くしておこうかな。レベルとスキルレベル、両方が少し高めの個体を配置する。


「……そんな配置で大丈夫やろか?」

「どうだろうね? 正直わかんないよ。でもまあ、最悪スライム系を出しとけば、最後まで突破されることはないでしょ」

「それもそうやな」

『俺たちの出番はー?』

「ジュイには悪いけど、ナシ。君たちの存在が知られたら、多くの探索者が精神的に再起不能になりかねないもん」

『ちえー』


 ジュイがふてくされたようにごろりと横になった。

 我慢してほしい。上位種になった彼らは、今まで以上にこの世界の今の強さの枠組みから逸脱してるんだ。その体格も含めてね。ただでさえかなりの威容を誇るジュイたちを出したら、探索者たちが誰も挑まなくなっちゃいかねないもの。


「ならば妾が!」

「それこそダメだよ。なんでうちの最大戦力を出さなきゃいけないのさ」

「むむむ」

「何がむむむなんだか……」


 幟子たかこちゃんも暴れたい願望あるんだろうか? 今の彼女にうっかり暴れられたら、江戸とか普通に灰燼になりかねないから、大人しくしててほしい。その手の欲求は闘技場でね。


「旦那様、お茶が入りました」

「ありがとー」


 かよちゃんは気が利くなあ。


「皆さんもどうぞ」

「あやや、かよ様にそないなことさせてすいません」

「いいえ、気にしないでくださいね」

『上様、全員が動き始めました』


 おっと。ほんわかとした空気が漂いかけてたけど、どうやらここまでのようだね。


「わかった。それじゃ、お手並み拝見といこうか」


 そしてそう宣言して、ボクは誰にともなく不敵に笑って見せた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「おかしい」


 一刻ほど洞窟を進んだところで男、男谷信友はそうひとりごちた。

 その言葉を、彼の前で警戒を続けていた若い男が聞きとがめる。


「おかしい、とは?」

「うむ……剣がいつも以上に冴えているようでしてな」

「良いことではありませんか。剣聖とまで呼ばれる男谷殿の剣、当てにしておりますぞ?」

「普段ならそう思うのですがな……どうもそのような言葉で片付けられそうにないのでござるよ。何せ、全盛期と同等に動けているものでしてなあ」

「……は……? と、申しますと?」

「知っての通り、それがしももはや五十の半ばを過ぎ申した。さすがに寄る年波には勝てず、最近はなかなか納得のいく技が出せておらなんだのです。しかし……」


 そこで言葉を切り、信友は己の刀を眼前に掲げる。日本刀特有の、美しい波紋の刀である。それなりの数のモンスターを屠ったにもかかわらず、その姿には一片の曇りもない。


「……まるで若返ったかのようなのですよ。天保の頃のような、不思議な万能感がありましてな。これは尋常なことではないと思うのでござる」

「はあ……左様にござるか……?」


 聞き手に徹していた男は、そこで首を傾げた。その周辺で、いつの間にか耳を傾けていた他のメンバーも不思議そうな顔をしている。

 そんな彼らに自嘲気味の笑みを浮かべると、信友は刀を鞘に納めた。


「……貴公らはまだ若い。それがしのような老人の感覚は伝わりづらいのかもしれませんな」


 そう言いながら。


 実際、今回のドリームメンバーとも言うべき探索チームは、信友が突出した最年長だ。残りは行っていても三十路過ぎであり、そのほとんどは肉体的に最も充実する年頃の者ばかりである。

 彼らが肉体の衰えをはっきりと自覚できるのは、まだまだ先の事だろう。それを知った時、精神的な意味での壁が立ちはだかるのだが、それはともかく。


 一際時の傷跡が多い顔で前を見据え、信友はこの不可思議な感覚の正体を危険視した。


(全盛期と同等の技が放てる、動きができるにもかかわらず、体力的には変化がない。この感覚に身を任せて突き進んでは、破滅しかないであろうな)


 冷静にそう考え、彼は幕府へ報告することが早速一つできたようだと心中でつぶやいた。

 しかし次の瞬間には、表情を好々爺然とした微笑みに変え、自身に視線を集める若い仲間に声をかける。


「……いやすまぬ、老人の戯言と思ってくだされ。さ、まだ探索は始まったばかりでござる」


 そうして彼らは、再び歩き始めた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「おかしい、か。やっぱりそうなんだな」


 そんな光景を見ていたボクは、そうひとりごちた。

 その言葉に、全員の視線がボクに向く。


「どういうこっちゃな?」

「意図がよくわかりませんが……」

『んー?』


 順にフェリパ、ティルガナ、ジュイ。


『やはりか』

『ほら、私の言い分は正しかったわ!』

「うむうむ、ぬしさまの見立てに間違いはないのじゃ」


 順にユヴィル、ラケリーナ、幟子ちゃん。

 かよちゃんは納得したように小さく頷いているから、反応としては後者だ。


「ダンジョンの中と外で、スキルの効果に差があるんだよ」


 それを聞いてますます首をかしげる彼らに、ボクは説明する。


 ダンジョンの中でスキルを使うと、常に一定の水準で発動する。もちろんスキルレベルによって差はあるけど、同じスキルレベルのスキルを、同じ条件で使えば使い手に関係なく同じ水準の効果になるのだ。

 ところが、ダンジョンの外だとそうはならない。同じ条件を設定しても、効果はかなりの差が出る。下手したら、スキルレベル未満の効果にしかならないことすらある。


 一見するとダンジョンの外が不安定に見えるけど、実はそうじゃないこともある。弱い効果が出ることもあるけど、逆にスキルレベル以上の効果が出ることもあるのだ。


「……それは単純に体調不良とかの影響なのでは?」

「ティルガナ、残念だけど関係ないんだ。それはこないだ地震の対処で外に出た時に確認済みした」

「……差し出がましいことを申しました」

「いや、いいんだよ。ボクも同じことを思ったからね」


 ベラルモースでも、そりゃあ体調不良なんかになったらスキルレベル未満しかできない。けど、このスキルの不思議は状態が普通なときでも起こった。つまり地球では、スキルの発動がその時々によってランダムで結果が出てくるようになってるんだろう。

 これは間違いなく、世界を管理するシステムの違いだ。


 そしてダンジョンの中は、ボクが把握している限り全てベラルモースのシステムで動いている。逆に、外は全て地球のシステムで動いている。

 それでも、ボクらはベラルモースの、信友君たちは地球のシステム管理下で生きている。だからこそ、ダンジョン外からやって来た信友君が違和感を覚えたんだろう。それはボクらも、外に出た時に同じことを感じた。

 でも、外でも魔法は使える。たぶんだけど、もし地球人がベラルモースシステムによらず魔法を習得したら、ダンジョン外では使えないだろうけど、ダンジョンの中では使えると思う。違うシステム下の存在がいるということで、システムの混在が起きている。それはたぶん、間違いないと思う。


 じゃあどうしてそのことについて、メンバーがわかるのとわからないのとで分かれたのかと言えば、単純に外に出た経験の差だろうね。

 フェリパやティルガナ、ジュイは基本的にダンジョンの外に出ることがない。外に出すには見た目が問題というのもあるし、役割上の事情もあるけど、とにかく外には出ない。

 一方で、ユヴィル、ラケリーナ、幟子ちゃんは外に出たことがある。特にユヴィルは、一日の大半を外で過ごす。スキルの仕様の違いに最初に気づいたのも彼だった。


 けど、この仕様の違いはある意味当然でもある。世界が違うんだからね。

 だからボクも、最初はこの差を特に気にしてはいなかった。わりと最初の内からそうなんじゃないかとは報告を受けていたけどね。

 でも、今は違う。


「……二つのシステムの境界が、どこかにあるはずだ。それを見つければ、魔法の習得なんかもうまくやれるかもしれない」


 そう、今後の為にも世界管理システムの解析は不可欠だ。ダンジョン内外での決定的な仕様の違いは、きっとその糸口になる。


「うむ、妾もそう思うのじゃよ」

「……なんや神に挑むような話やなあ」

「良いではないですか。どうせ、この世界は神に見捨てられた世界です。主様が何をしようと咎める者はいませんよ」

『ティルガナの言い方は極端だが……ま、あながち間違いでもないな』

「いや、うん。別に神になろうとは思わないけどね……」


 神様って案外忙しいんだぞ。そしてそれは自分のやりたいことで忙しいってわけじゃない。ボクはごめんだね。

 確かに、神が構築した世界の管理システムをクラックするという意味では、挑むという表現は正しいかもだけどさ。


「ダンジョンそのものについても、一度調べ直した方がいいかもしれないなあ」


 何はともあれ、今回のことで少しだけ展望が広がった気がする。心のメモに書き加えておいて、今後に生かそう。


 さて、そうと決まれば引き続き、信友君たちの進軍を見守ろうかな。


 その後、信友君たちはどんどんダンジョンの攻略を進めて行った。浅層に出るモンスターは彼らの相手をするには力不足過ぎて、あっという間に蹴散らされる。

 それに、途中までは地図が出回ってるんだろう。最初の内は階段まで一直線だった。地図がないフロアに出ても、ボクが予想してたより進行が鈍化しなかった。

 結局、一日が終わる頃には第4フロアまで攻略されてしまった。マッピングも難しくない造りにしてあるとはいえ、さすがにこうもあっさり突破されるとちょっと来るものがあるねえ……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


この話もようやく回収できました……思ったより長くなったので分割になりますが。

そして世界管理システムの話もようやく進められそうです。

早く日本人に魔法を使わせたい!w

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