第七十四話 久々のダンマス業 上
最初の実験からしばし。あれから問題点を洗い出しては造り、造っては壊し、壊しては問題点を洗い出し、という作業を何回か繰り返した。
とはいえ、実験の成否にかかわらずある程度の魔力を確保できるわけで、それがあればDEにできるってこともあって、毎回何かしらの成果はある。
まあ時にはDE以外の成果がない時もあったけど、DEが入手できるだけでも御の字と思わないとね。普通、新しい技術の研究なんて、ある程度完成に近づくまで明確な成果なんて出ないものだし。
そのDEだけど、地震エネルギーから変換してるおかげでとんでもない勢いでたまり始めてる。あの日の実験だけでも14万弱のDEが手に入ったのに、実験を繰り返した結果、早くもダンジョンで人を殺さなくていいレベルに達した。
案外、ボクがのんびりまったり好きなことだけして生活できる日も遠くないんじゃないだろうか。そんな気さえするね! 恒久的にエネルギーが得られる当てがあるなら、ダンジョンの採算も度外視できるし!
いやまあ、まだまだ日本周辺の地震を鎮めるなんて絶対に無理だし、和らげることすら精一杯なんだけどさ。それでも、変換装置の小型化や効率化はちゃんと進んでる。耐久性の向上もだ。
DEが一度に大量に手に入る、そのDEでいい素材を用意する、いい素材でいい装置を作る、それまでより多くDEが手に入る。そんな好循環が続いてるからね。
ダンジョンの外のほうも、ひとまずは落ち着きを取り戻している。あの連続地震の被災地も、なんとか元の生活ができるようになってきてる。がんばったかいがあったね。
経済も一時はかなり低迷したけど、復興特需でだいぶ持ち直してきてるみたいだ。このまま持ち直してくれるとありがたい。
一方で、幕府のほうはまだまだ気が抜けない。何せ、近い将来江戸であの地震と同規模の地震が起こりうるって伝えたからね。その準備に追われてる。
避難の手順とか、食料の備蓄とか、倒壊家屋の処理とか、来ることがわかってるなら備えられることはたくさんある。老中の大半が、今はそれに業務の多くを取られてる状況らしい。おかげで、領事館の話はさっぱり進んでない。
仕方ないけど、正弘君の苦悩はまだまだ続くようだ。彼、ホントにいつか過労死してもおかしくない。世界樹の花蜜、もうちょっと渡しておいたほうがいいかも。
彼に限らず、老中たちの心労は他の幕閣の比ではないと思う。ただでさえ日本の将来のために身を粉にしてるんだもの。その上で、ボクっていう誰にも言えない特大の秘密も抱えてる。
ここにさらなる苦労をかけるのも……って思って、最初は教えず、ボクたちの手で地震エネルギーを全部吸い取っちゃおうって考えてたんだけどねえ。少し考えて、すぐにそれは放棄した。せざるを得なかった。
どうあがいても、次の地震が来るまでに変換装置を完璧に仕上げられるとは思えなかったからね。この辺りは、まだまだボクの未熟さを感じる。
そんなわけだから、ボクのほうも協力は惜しんでない。戦時ではないけど、主に物資の面でかなりのものを融通している。これは魔力をある程度地震エネルギーから賄えるようになったおかげでもある。
ちなみに、ロシアとの交渉はなんとか春が来る前に終わって、条約も締結したらしい。当時は震災復興のために各地を回ったり変換装置の研究で忙しかったから、あんまり関われなかったけど。
事後報告で聞いた限り、領土問題で結構もめたみたい。
今のところ、蝦夷地も日本がいろいろと手を入れてはいるけど、全域に手を伸ばしてるわけじゃない。その先の樺太に至っては、ロシアと競合してる部分もあるとかで。
島国の日本にとって国境線の問題は今まで問題じゃなかった分、それを詰めるのに苦労したらしいね。
最終的な着地点としては、東の国境が択捉島と得撫島の間、西の国境である樺太はこれまでの慣習に従う、ということで妥協したみたいだ。後者についてはほとんど棚に上げたも同然だから、今後この話は何度も交渉することになるかも?
その後は、幕府が作った新しい船に乗り込んで、プチャーチン君たちは帰って行った。想像してたよりもしっかりとした船ができたことでとっても驚くと同時に、感激してたらしい。元々の船の乗組員全員を乗せられる船は日本には造れないだろうって思ってたのに、元の船並みのものが来るなんて、って感じで。
その感激のまま、ぜひ日本びいきな報告をしてほしいところだ。
さてそれらはともかく、だ。
「そろそろだんじょんに達人を投入しようと思うんだが」
「へえ」
ボクのところを訪れた遠山景纂君が、そう言った。
「最近あれこれありすぎてすっかり意識の外にあったけど、そんな約束もしてたね」
「おいおい、忘れてたのか?」
「ぶっちゃけると、うん」
「おいおい……」
ボクの言葉に、景纂君が苦笑しながら頬をかく。
うん、ごめん。わりと本気で忘れてた。
「でも内容は覚えてるよ! 武芸の達人を何人かダンジョンに投入して、どこまで通用するかを双方確認するって話だったよね?」
「ああ、そうだ。江戸でも三大道場と呼ばれている剣術道場の師範や師範代、それから三剣士とちまたで言われている者からも1人集まってくれる。人数は総勢15人だ」
「ふむ。全員前衛のレイドパーティでダンジョンアタックとか、ベラルモースなら正気を疑うレベルだね。まあ、うちは難易度低くしてあるから通用するだろうけど」
「はっはっは、魔法必須などと言われたら我々は歯が立たんからなあ」
「だからこそ、魔法なしでどこまでできるか見極めたかったんだったっけね、確か」
「思い出してくれたようで何よりだ」
肩をすくめる景纂君に、ごめんと返す。
「日程については、十日後を予定している。それでよろしいか?」
「うん、特に予定は入ってないから大丈夫だよ」
そうそう入ることもない身ではあるけどね!
「あいわかった。ではそれで決まりということで」
「ん、おっけー」
かるーく返事したけど、ふむう。実際問題、布陣はどうしようかな?
最近はぶっちゃけ、ほとんどダンジョンの更新をしてないんだよねえ。中に入ってくる探索者たちの実力も大体均質化してきて、こっちもそれを見極められるようになってきてる。モンスターのリポップポイントを置いてからはやるべきことも大きく減ったし。
そういえば、フロアの追加もしてない。追加したってそこまで人が来れないからねえ。
あー、でもフロア数10でダンジョンコアのレベルが上がるんだっけか。この機会にちょっといじっとくかな。せっかくだし、今までやったことのなかったこともやってみようかなー?
景纂君を見送りながらそう考える。
「かよちゃーん」
「はい、なんでしょうか?」
景纂君が地上に帰ったのを見て、ボクはそのままかよちゃんの元へ移動する。
彼女はちょうど、パソコンを使って魔法式の新規作成に取り組んでいるところだった。これは魔法工学の基本をすべて修めたものに与えられる、一種の卒業試験だ。どんなにささいなものでも、オリジナルの魔法を作る。それが魔法工学者としての第一歩なのだ。
ボクが教えられることは一通り教え終わって、彼女のスキルレベルもそろそろ4になりそうってことでやらせてみてるんだ。
まあ、その前にパソコンの使い方を教えるところから始まったのは、ここだけの話だけど。
「ちょっとこの後久々にダンジョンをいじろうと思ってね。で、かよちゃんもサブマスターになってるわけだし、一緒にやろうかなって」
「いいんですか?」
ボクの言葉に、かよちゃんは目を丸くする。
けれど、
「もちろんだよ。実のところサブマスターにはダンジョンフロアをいじる権限がないんだけど、【フロアクリエイト】がどこまで何ができるのか知っておいてもらったほうが今後のためにもいいと思って。もちろん、意見があったら聞きたいってのもあるし」
「……わかりました。お供いたします」
ボクの説明に、にこりと笑って頷いた。
そんな彼女にボクも頷いて、彼女の作業が一段落するのを待つ。
幸いというかなんというか、行き詰っていたようなので、ほとんど間を空けずに彼女はボクのすぐ隣にやってきた。
「よし、それじゃあひっさびさに【フロアクリエイト】始めよう」
かよちゃんに再度頷きながら、ボクは宣言する。それに応じて、かよちゃんが小さく拍手した。
彼女との間に、彼女にも見やすいように大きめの仮想モニターを表示して、それを一通り操作する。一つ一つを大まかに説明しながらだ。
メニュー機能【フロアクリエイト】。ぶっちゃけ、最初にしか説明してないから忘れてる人もたくさんいるだろう。なので、大雑把に改めて説明しよう。
この機能は文字通りダンジョンのフロアを形作るものだ。罠の設置やリポップポイントの設定、各種改造などももちろん含む。平たく言えば、ダンジョンそのものの仕組みや構造についてを一手に担う機能と言える。
これで作れるフロアの種類は全部で三つ。洞窟型、迷宮型、空間型だ。
一度説明してるから軽く流すけど、洞窟型は自然の洞窟を模したもの。迷宮型は人工の洞窟を模したもの。空間型は野外空間を模したものだ。
我が江戸前ダンジョンで言うと、住人が住んでる最終フロア(今は第8フロアに相当)が空間型で、あとは全部洞窟型で作ってる。
これは洞窟型が一番コストが低いのもあるけど、ダンジョンそのものを自然のものだと思わせるためでもある。まだ、ダンジョンの詳細を一般人に感づかれたくないからね。
そんなわけで、洞窟型が大半を占める今の江戸前ダンジョンなんだけど、そのすべてはほとんどがデフォルトのままだ。
これはもちろん安上がりってのが大きいけど、それ以上に検証する余裕がなかったってのが一番大きい。ベラルモースと同じ感覚でダンジョンを作ると、この世界の探索者は普通に死にまくるからね。そう言う意味で、今度ガチな達人たちが入ってきてくれるのはありがたい。
まあ、それはさておきだ。それでも、そろそろ色んな設定をつけたフロアを作ってもいいだろうとは思う。やらなくってもいいからやらないでいると、いざ必要になった時に痛い目を見る。それは賢いとは言えないよね。
「というわけで、フロアに属性をつけてみようと思うんだ」
「属性ですか。そうすると、どうなるんですか?」
「うん。まず、その属性にあったフロア効果が永続で発生する。一番わかりやすいのは火と氷かな。単純にフロア内の温度が変わる」
「暑くなったり、寒くなったり?」
「そうそう。そのものずばりでしょ?」
「ですねえ。……? じゃあ、光とか闇ってどうなるんですか?」
「えーっと、光は常にフロア内が明るい。寝る時もだ。地味だけど、明るいと寝れないって人には辛いだろうね。闇は逆で、常にフロア内が暗い。言うまでもなく、探索の難易度がそれだけで上がる」
「なるほど。……じゃあ、上位属性の天と冥はどうなるんですか?」
「天だと、敵味方問わず常に生命力が回復し続けるフロアになるね。戦闘が死ぬほど長引く。急所狙いか一撃で倒せるくらいの威力が出せないと先に進めない。冥は逆に、生命力が減衰し続けるフロアになる。一定以下にはならないけど、はっきり言って鬼畜な難易度になるだろうね」
「うわあ……」
その様子を想像したのか、かよちゃんは顔をしかめた。
「まあでも、安心してよ。そんなフロアはそうそう作れない。一般級属性以外の属性は、ダンジョンコアの属性に依存するからね。属性つきのコアがそこまで多くないから、ベラルモースでもなかなかお目にかかれないよ」
そう締めくくりつつも、うちのダンジョンコアは天属性なので、天属性フロアは作ることができる。
まあ、たぶん作らないと思うけどね。ボクは戦いが延々と長引くのは好きじゃない。
ボクの言葉に安心したのか、かよちゃんは表情を緩めた。
ちなみに、ここまでよどみなく説明して見せたのは、ちゃんと以前調べておいたからだ。最初ダンジョンを作る段階じゃよくわからなくて触らなかった項目だったから、学習しておいたのだ。【禁呪】様様である。
「あと、フロアに属性がつくと、そのフロアで使えるモンスターの種類が属性に合わせて変動する。動物が、自然環境によって生態が変わるのと同じだね」
「じゃあ、まだ見たことのないモンスターが見れたりするんですね」
「うん、その通り。まあ、ゴブリンみたいなある程度環境に適応できるやつは、亜種として使えることが多いね」
「亜種、ですか?」
「そう。大本は一緒だけど、細かいところが違うやつって思ってくれればいいよ。えーっと……この世界で言うと、日本人とアメリカ人、みたいな」
「ああ、なるほど」
モンゴロイドとコーカソイド、それにまだ見たことはないけどネグロイド。見た目は多少違うけど、その性質は全部一緒、ホモ・サピエンスだ。そういう区別と似たようなものだね。
まあ、この区別がこの世界で言うところの「亜種」と同じと断言しちゃうのは、いろいろとまずいんだけど。そんなようなものって大雑把に解釈しておいてもらえればいい。
「実のところ、ボクだってアルラウネ種の亜種みたいなものなんだよね」
「セイバアルラウネ……でしたよね。世界樹のお花の」
「うん。アルラウネは元の花が何かで種族が微妙に違うんだよ。それで花の数だけアルラウネの種類があるって言ってもいい。珍しいところだと、砂漠にしか咲かないサンドローズアルラウネとか」
「えっと……土属性っぽい名前ですね……」
「ご名答、その通りさ」
まあ、最上位種に「オリジン」を冠することができるアルラウネは、セイバアルラウネ系統だけなんだけどね。
そしてそのオリジンの名称こそ、ベラルモースの神話時代から存在する各種族の原種である、と証明するものなのだ。
……おっと、これは蛇足だったかな? 話を戻そう。
「さて、これを踏まえて新しいフロアを作るよ!」
「はい!」
うーん、どんな風にしようかな?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
作者もたまに忘れがちですが、この作品は一応ダンマスものです。