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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
88/147

 挿話 松陰先生の欧州道中記 2

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 嘉永七年 九月一日


 本日、すえずなる土地に到着す。

 どうやら船旅は、これにて一度終了のようだ。ここからはしばし陸路を行き、めでてれーにあんなる海(地中海のこと)を渡るとの由。

 正直、これ以上南蛮人どもと同舟するは不快であったので、ちょうど良い。

 とはいえ、大半の連中と目的地が同じなので、決して気は抜けないのだが。


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 嘉永七年 九月十一日


 本日、あれくさんどりあなる土地に到着す。

 道中、路銀をすり取られてしまったが、木島殿の助けにて調達に成功。

 木島殿にはこれまで何度となく助けられているが、まこと頼りになる御仁である。

 まさか異国の地にて路銀を稼いでくるとは。武士としては異端ではあるが、それがかように我らを救っているのだ。感謝こそすれ、卑下するなどありえぬ話である。そんなことは、それこそ武士の風上に置けぬ行為であろう。


 しかしこの近辺は治安が悪い。日ノ本の場末でもこれほどではない。

 二百年以上、さして大乱なく統治を続けてきたことを考えると、実は幕府にもそれなりの功績があるのかもしれぬ。


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 嘉永七年 九月十四日


 本日、めでてれーにあんを渡航し、とりえすてなる土地に到着す。

 めでてれーにあんの海は、香港やすえずの道中と異なり穏やかであった。長州の人間としては、どこか瀬戸内を思わせる陽気であり、少々郷愁を覚えた。


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 嘉永七年 九月十六日


 とりえすての様子は、盛況である。小生がこれまで見聞きした中で、近い雰囲気は大阪であろうか。

 ペリー氏の説明では交易の一大拠点であるということで、なるほど行き交う人々の出で立ちはおろか、市場の品ぞろえも統一感がない。

 居並ぶ西洋船は壮観の一言であり、それだけでもここが重要な場所であることがよくわかる。


 ただ残念ながら、おうすとりあ領のこの地では、英語もほとんど意味をなさないため円滑なやり取りが極めて困難である。

 現地の人間から話を聞きたいところであるが……やれやれ、この世には一体いくつの言語があるというのか。


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 嘉永七年 九月二十二日


 本日、とりえすてを出立す。

 目的地はういぃんである。おうすとりあの都と聞き及んでいる。

 異国の都はここが初めてゆえ、我が国の京と比べて、いかがなありようであるのか。少々楽しみである。


 しかしこちらの馬というのは大きい! 小生の背丈よりも顔の位置が高い馬など初めて見た。

 そしてその馬を数頭も連ねて車を引くというのも、我が国では見ないものだ。

 牛車はあるが……なぜこれほど便利なものが我が国には存在しないのか。我が国の後進性を感じずにはいられない。


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 嘉永七年 九月二十四日


 本日、旅路の近くで建設中という蒸気機関車とその路線を運よく見ることができた。

 あれは……あれはすさまじいものだ。

 先だってペリー氏が幕府に献上したものは小型の模型と聞いたが、実寸ではあれだけ大きいとは。

 それが大量の人間と一気に運べるのだから、驚異的な代物と言えよう。

 小生は先日馬車に驚嘆したが、それなどももはや陳腐に見えてしまう。

 これが西洋諸国の力というものか……。


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 嘉永七年 九月二十六日


 本日、ういぃんに到着す。

 その様子は、なるほどまさに都である。

 街を取り囲む石壁、整然と並ぶ煉瓦の街並みは、とりえすてでも見たが、ここはそれに輪をかけて立派だ。

 厚み、質、規模、そのいずれもがういぃんに軍配が上がるであろう。

 聞けば、千年以上の歴史を持つ由緒ある街なのだという。街の至る所に、様々な次代の痕跡が見て取れると聞いた。

 こちらの国では、そうした古いものを残すだけの余力があるのだろう。やはり西洋諸国は一筋縄ではいかぬ、手ごわい相手のようだ。

 だが、京の都も歴史の古さ、壮観さでは負けていない。

 言うなれば、方向性が違うのだ。単純に比べることはできぬ。


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 嘉永七年 九月二十九日


 重之輔君ともども風邪を引く。

 寒いとは聞いていたが、かくも寒いものとは。これは以前小生が旅した東北のような気候だ。

 とりえすて周辺がそこまででもなかったので、油断してしまった。まったくもって不覚である。

 木島殿はもちろん、なんだかんだで我らの同行を認めてくれているペリー氏にも申し訳ない。

 かくなる上は気合で早く治さねば。


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 嘉永七年 十月二日


 寒い、熱が下がらぬ。

 頭がぼうっとする。

 木島殿が烏と会話している……どうやら悪い夢を見ているようだ……。


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 嘉永七年 十月五日


 ようやく風邪が治まる。まだ少々喉がいがらっぽいが、残る症状はそれくらいだ。

 重之輔君は一足先に快癒していたようだ。心配をかけた。

 それと共に、木島殿らには迷惑もかけた。今後このようなことがないよう、しかと気を引き締めねば。


 木島殿に烏のことを聞いてみたが、直後額に手を当てられた。

 どうやらあれはやはり夢だったようだ。それはそうだろう。獣との明確な意思疎通など、できるはずがない。


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 嘉永七年 十月九日


 本日、ういぃんを出立す。

 そして我々は、蒸気機関車に初めて乗車した。


 これは……これは、小生の貧相な語彙ではこの驚愕を記す言葉が見当たらぬ。

 それほど衝撃的な経験であった。

 流れる景色は馬のそれよりもはるかに速く、しかし運ぶ人間や物の量はその比ではない。けたたましい音など、さながら怪鳥のようだ。


 悔しいが、我が国にこのような画期的な代物は存在しない。

 我が国が劣っていることは認めたくないが、実際に乗ってみれば、もはや認めざるを得ない。

 欧州の技術は、我が国のそれより上である。

 どうすればこのような技術を持つ国に勝つことができるだろうか?

 どうやら、小生の今後の課題が増えたようだ……。


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 嘉永七年 十月十二日


 本日、どれすでんなる地に到着す。

 すごい雪である。やはり東北くらいはあるだろうか。

 その雪で全容を見ることはかなわなかったが、面白い形状をしている街だ。

 半分に割った星のような形状である。聞けば、昨今の発達した銃火器での戦に対応するためらしい。

 小生も、外から入ったとはいえ長州の山鹿流軍学師範が家の身である。

 その辺りのことはしかと調べておきたいものだ。


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 嘉永七年 十月十四日


 故郷より使い続けてきた服が、このたび遂に使い物にならなくなった。

 冬の時節にこれは非常に困ったところである。

 路銀は足りているのだが、この遠く離れた欧州の地で日ノ本の服など手に入るはずもない。

 かといって、欧州の服は使い方すらわからぬ。はてさていかがしたものだろうか……。


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 嘉永七年 十月十五日


 本日、欧州の衣服を一揃い買い求める。

 見た目や構造など、わからぬことや気に食わぬこともあるが、まず一番の差異はやはり大きさであろう。

 今まで敢えて書かなかったが、こちらの人間はみな一様に大きい!

 我々と変わらぬどころか、大きい娘すらいる始末である。

 我が国ではあれくらいの女は醜女しこめ扱いされるものだが、こちらではさほど珍しくないようだ。


 それはさておき、欧州の衣服である。ないものをねだるわけにはいかぬから、とりあえずは着ることにしたが……。

 買い求めた店では、店主が服と合わないから髷を落とせと無礼千万なことを抜かしたため、危うく抜刀するところであった。

 髷は、千年続く由緒正しい我が国の髪型である。これを落とすなど、とんでもない!


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 嘉永七年 十月十九日


 本日、どれすでんを出立す。

 次なる目的地は阿蘭陀のはあぐなる街である。

 どうやらペリー氏の娘婿がこの街に滞在しているようで、そちらを尋ねるとの由。

 それにしても、遂に見知った名前を聞いた。

 阿蘭陀が欧州の西の果てにあることは知識として知ってはいたが、実際に訪れるとなると何やら感慨深いものがある。


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 嘉永七年 十月二十六日


 本日、はあぐの地に到着す。

 ういぃんに負けずとも劣らぬ立派な街である。やはり違う国と言うことで、雰囲気や街並み自体は違うのであるが、方向性は近いか。

 聞けば都ではないが、まつりごとの中枢はこちらであるようだ。

 我が国で言うならば、さながら京と江戸のような関係であろうか。この街は、江戸に相当する街なのであろう。


 さて、当地では以前書き記した通り、ペリー氏の娘婿の元を訪ねた。名はベルモントというようだ。

 異国の人間を引き連れての来訪は、案の定歓迎はされなかったが、道中ずっと感じていた侮蔑の視線や軽蔑の態度はあからさまではなかった。

 どうやら事前にペリー氏が連絡を入れていたようである。抜け目のない男だ。

 またこれは木島殿の推測だが、かの国の国是が現在日ノ本との関係強化を図っている最中ゆえに、邪険にするわけにはいかないという事情もあるのだろう。


 ペリー氏は、ここにしばらく滞在する予定だという。

 具体的には年が明けるまで、だそうだ。

 長く感じるが、欧州の暦では既に十二月の半ばであるらしいので、実際はそこまででもないそうである。

 それほどの時間であれば、しばしゆるりとできるであろうか。

 しかし、暦がこれほど違うと今後困る。どうしたものだろうか……。


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 嘉永七年 十一月六日


 本日は、くりすますなる欧州の祭りらしい。

 数日前から街全体がどことなく慌ただしく、ベルモント氏宅も例外ではなかった。

 いかなる祭りか聞けば、切支丹の教えを導いたいえすという男が降誕したことを祝う日であるそうだ。

 説明されても、よく理解ができなかった。仏陀の生まれた日である、花祭りのようなものという解釈でよいのだろうか?

 しかし家族総出で家を飾り、みなで卓を囲み食事をし、贈物を互いに交換するというのは、花祭りと随分毛色が違う。

 教会で祈りをささげるという点は、共通点がないでもないとは思うが……。


 我らもベルモント氏にいかがかと誘われたが、家族で過ごす祭りらしいので、丁重に辞退した。

 そもそも我らは切支丹ではないので、同席する資格などなかろう。

 本日はどこを見ても店は閉まっていて身動きの取れぬ日であった上、出歩く者もほぼ皆無であったので、久しぶりに重之輔君と共に剣の稽古をして過ごした。

 そんな中、木島殿がどこからともなく食料を調達していたが、一体どのようにして手に入れたのであろうか?

 つくづく謎の多い御仁である。

 とはいえ出来立ての暖かい汁は、日ノ本でもこれまでの道中でも口にしたことのない味ではあったが、絶品であった。


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 嘉永七年 十一月十六日


 本日、はあぐを船で出立す。

 目的地はエゲレスである……と思う間もなく到着した。

 どうやら阿蘭陀とエゲレスはさほど離れていないようだ。具体的なところはわからぬが、船に乗る前からエゲレス領がうっすらと見えていたので、間違いはないだろう。

 乗った船が蒸気船であったことも大きいだろうが。

 着いた港の名は、どおばあと言うそうである。エゲレスの主要な港のようで、さすがに大きい。

 とりえすても相当に大きかったが、そん色ないだろう。

 ペリー氏はここで、エゲレスの海軍を視察するそうである。我らもぜひ同席したいところである。


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 嘉永七年 十一月十七日


 海軍の視察への同行は、すげなく断られたようである。

 予想はしていたが、理由が「黄色人種なんぞに見せられるか」というものだったので、はらわたが煮えくり返る思いだ。

 かくなる上は、忍び込むことも辞さない。

 我らは、こういうものを見るために日ノ本を飛び出してきたのだ。ここで動かずしていつ動くのか!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


松陰先生再び。今回はイギリスまで。

道中でたびたび木島君がやらかしてますが、お察しの通りクインへの定期報告や協力要請などです。そしてそれがあってさりげなく彼らの道中をサポートしてます。アジア人が当時のヨーロッパを旅行とか、危険ですからね。


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