第七十三話 実験
そんなこんなで数日。なんとか使えるレベルまで行った変換装置を使って、実際に地震エネルギーを変換してみようってことになった。
なったんだけど……真理の記録で調べると、地震エネルギーが日本周辺に溜まりまくってることがわかって愕然とした。そりゃあ地震が多いわけだよ、この国!
しかも、しかもだ。
今この国で一番エネルギーが溜まってて、それが危険水準に達してる場所がまずい。
どこか?
江戸周辺だ。これは非常にまずい。
何せ江戸の人口密度は、日本どころかこの世界でもトップクラスだ。高層建築が城しかないとは言っても、大地震が来たらとんでもない被害が出るのは確実。近畿……大阪周辺の被害も大概だったけど、その比じゃないくらいの被害が出るのは間違いないだろう。
しかも、国を動かす立場の人間が多くいる。これは老中のような幕閣に限らず、各地の領主もだ。参勤交代って制度があるから、半数近くの領主が江戸にいるのだ。この間の地震で被災した地域の領主が江戸で死のうものなら、いろいろと問題になる。
そんな場所に、いつ地震が起きてもおかしくないくらいのエネルギーが地下に溜まっている。これは由々しき事態だ。
何より、下手にボクが関与して、地震を誘発したりしたら目も当てられない。それだけは避けないと。
幸い、うちにはボクにも勝る構築力を持つ幟子ちゃんがいる。
細かい作業より大味な技が得意な彼女だから不安がないわけじゃないけど、実力のほどは確かだ。周りに影響が出ないように、少しだけ力を引っ張ることもできなくはないと思う。
「というわけで、これは君にしか頼めないことなんだ。頼まれてくれないかな?」
「ぬしさま直々の頼みごとで、妾に否やがあるはずなかろ! 任せてほしいのじゃ!」
ボクの言葉に、幟子ちゃんは鼻息も荒く胸を叩いて見せた。相変わらず、ボクの好みに合わせて身体が小さいままなので、威厳はないけど。
「当てはあるかい?」
「うむ! 妾の【妖術】にはな、大地の力を操作する【劈地珠】というものがあるんじゃ。この辺りのような、大地の力が圧縮されて蓄積した場所で使ったことはないが……何とかしてみる、みせるのじゃよ」
「ぶっつけ本番か……それはそれで不安だけど、今は信じるしかないね。わかった任せたよ。ボクは君が吸い上げたエネルギーを、魔力に変換することに専念する」
「うむ、安心してたもれ!」
頼もしい言葉だ。普段はちょっとアレだけど、やっぱり彼女は頼りになる。
彼女一人だけに難しい仕事が集中する現状は、早く何とかしたいところだけど、ね。
「ぬしさまとの初の共同作業……! 胸が躍るのう! にょほほほー!」
……あれがなきゃ、もうちょっと安心できるんだけどなあ……。
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『ぬしさまあああ! なんで一緒にいてくれんのじゃああ!?』
モニターの向こうで、涙を振りまきながら幟子ちゃんが叫んだ。その後ろでは、ロシュアネスが肩をすくめて遠い目をしている。
「なんでって、説明したじゃない。君が現地でエネルギーを吸い出す、ロシュアネスがエネルギーの転送を担当する、ボクがエネルギーの変換をする、かよちゃんが魔力をDEにする。そういう手順だって」
『ううううー! せっかく、せっかく初の共同作業じゃと思うたのにぃ!』
「しょうがないじゃない、魔力からDEへの変換はダンジョン内でしかできないんだから。うっかり外で爆発とかしても困るし。それに装置の起動自体は誰でもできるけど、突発事故に対応できる知識とバイタリティがあるのは君かボクだけ。でも最初の工程はまだ君にしかできないんだから、この配置は必然でしょ?」
『ふええええんその通りなのじゃあああ!!』
そんなに泣き叫ぶほど期待してたのか……。
「しょうがないなあ……うまく行ったらなでてあげるから」
『まこと? それまことかっ?』
「うんうん、まことまこと。頭でも尻尾でもしてあげるから、今は仕事に専念しようね」
『うけたまわったのじゃ! うおおおみなぎってきたのじゃー!!』
ちょろい。
……あれが本当に中国の歴代君主を誑かしてきた女狐なんだろーか? なんかもういろいろと別人じゃない?
ボクとしては従順でいてくれるのはいいんだけど、相変わらず伝説とのギャップには首をかしげる。
まあそれはともかく。
「さ、そろそろ始めるよ。二人とも、準備はいい?」
『ばっちりなのじゃよー!』
『無論です、閣下』
二人の返事に頷いて、ボクは変換装置のコンソールに手を向けた。それと同時に周辺に結界を展開し、万が一に備える。
その外側では、かよちゃんがダンジョンの管理画面を開いて待機している。
「よし……それじゃ、はじめ!」
彼女の頷きを見て、ボクはそう宣言した。
『参るぞ、【劈地珠】!』
そしてボクの言葉を受けた幟子ちゃんが、スキルを発動させる。
瞬間、彼女の両手が淡いオレンジの光に包まれた。彼女はそれを、静かに足元の分け与えるかのように手のひらを地面にそっと置く。
すると魔法の燐光は、ゆっくりと地面へとしみこみ始めた。ゆっくり、ゆっくりと。粘土質に注がれた数滴の水のように、本当に時間をかけて少しずつ、入り込んでいく。
やがて完全に光が消え、周囲は静寂に包まれた。そのまましばし、何事もなく風が吹く音だけが響く――。
『よし、来たぞえ! ロシュアネス、しかとぬしさまに届けるんじゃぞ!』
ほどなくして、幟子ちゃんが声を上げた。彼女の身体が地面からあふれ出たオーラにさらされて、その美しい髪と尾が逆巻き始める。
それに合わせて、ロシュアネスが動く。
『言われるまでもありません――時空魔法【トランスミッション】!』
それは文字通り、転送のための魔法だ。物質を遠く離れた場所へ転送させる、【テレポート】と同質の魔法。
だから、発動から転送完了までの時間差や、それにタイミングを合わせるのはボクにとってはさほど難しいことじゃない。いつものように、その一瞬を淡々と見極め――。
「来たね。変換装置作動!」
変換装置の装填部に魔力がどこからともなく出現した瞬間、ボクはコンソールを一気に操作した。
と同時に、コンソールのパネルに表示されていた数値が爆発的に上昇する。それに呼応する形で、メーターが暴走したかのように乱高下する。魔力の変換が始まったのだ!
それに連動して、装置がうなりを上げ始める。うなりどころか、悲鳴にも聞こえる音だ。聞いてて不安を掻き立てられる。
けれど、ここで止めるわけにはいかない。うん、耐久実験だからね! それに現状、魔力を一気に獲得する、もっともリスクの低い方法はこれしかないからね。
幸い道具は、機械は素直だ。ボクの命令に従い、与えられた機能だけを粛々と実行する。そうすることで道具としての寿命を迎えることが確実だとしてもだ。
そして変換の終わった魔力が、爆発的に装置から噴き出てくる。……設計通りなら、ちゃんと格納庫に保存されるはずなんだけどね。数秒も持たずに噴出かあ。まだまだ先は長いね。
「――かよちゃん!」
「はいっ!」
ボクの後ろで、かよちゃんがダンジョンの管理画面を操作する。
それに伴って、魔力が段階的に消失していく。正確に言えば消えたわけじゃなくって、ダンジョンコアにDEとして蓄積されたんだけど……。
――あ、やっば。
「うへぇっ!?」
「旦那様っ!?」
装置が爆発した。そりゃもう盛大に爆発した。限界を超えてしまったようだ。
『ぬしさまぁっ!!』
『閣下、ご無事ですか!?』
かよちゃんだけでなく、モニターからも声が飛んでくる。
でも、問題ない。ちゃんととっさに防御魔法を展開したからね。結構ぎりぎりだったけど。
「大丈夫……死んではいないよ……けほっ、随分ベタなことしちゃったな」
せき込みながらも、ボクは答えて見せた。そんなボクに、ほっと安堵の声が三つ。
まあ、決して無傷では済まなかったけどね。実際、ステータスを見ると生命力が3分の1くらい減っている。
装置のほうは……ああ、これはもう大破なんてレベルじゃないな。木端微塵とはいかないけど、バラバラになっちゃってるや。被害は結界の中で納まったみたいだから、とりあえず及第点だろうけど。
「後片付けがまた大変そうだけど……今はそれよりだ。かよちゃん、どう?」
「あ、は、はいっ。えっと……わあっ、DE、13万7720たまってます!」
「すっご!? それは予想をだいぶ上回ったなあ!?」
慌ててボクもメニュー画面を開いてみたけど、確かに約14万弱のDEがしっかりたまってた。
えっと、魔力とDEの変換レートは3:1だから……単純計算で、約41万もの魔力があの短時間で発生したことになる。ボク4人分だ。
それがわずか40ちょっとの地震エネルギーからできたって、よく考えるまでもなくとんでもないな……。ロストした分を加味したとしても、せいぜい45くらいしか使ってないだろうに。
「幟子ちゃん、そっちはどう? 問題は起きてる?」
『うんにゃ、今のところ何もないのじゃよ。静かなもんじゃ』
『自分も同意いたします。少なくとも、時空的な問題は感知できません』
「そっか……詳細は、っと……あ、問題ないみたいだな」
真理の記録を確認しても、問題の兆候は皆無だった。どうやら幟子ちゃんはうまいことやってくれたみたいだ。さすが伝説の大妖怪、やる時はやるぅ。
……まあ、それでも蓄積していた地震エネルギーはほとんど減ってないのも確認できたから、楽観視はとてもできないんだけどね。総エネルギー量が今のところ500ちょいなんだけど、1割も減らせなかったって……。
いやでも、とりあえず地震エネルギーをDEまで変換する目途は立ったんだし!
「……うん。とりあえず実験は成功! かな」
『やったのじゃー! 万歳なのじゃー!』
大げさに幟子ちゃんが飛び上がった。彼女のストレートな感情表現は、こういう時はほほえましい。
ボクは彼女に苦笑しながらも、結界を解いた。そこに、かよちゃんが駆け寄ってくる。
「あの、本当に大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。これくらいのダメージなら、わりとよくあることだから」
「で、でもっ、あちこち血が……」
「平気だよ、ボクは種族柄、後衛職のわりにタフなんだ」
「……でも……あの、えっと……」
「かよちゃんは心配性だなあ……」
嬉しくはあるけど、あまり心配させるのも悪いかなあ……。
「旦那様、えっと……」
「うん?」
「……土魔法【アースヒール】」
「うわあ」
ちょっとびっくりした。何にって、その威力にだ。
彼女が多くの魔法が使えるようになってることは、周知の事実。でもこれだけ見事な魔法を行使できるとまでは思ってなかった。
「……ありがとうね」
「えへへ……どういたしまして」
はにかむかよちゃんの顔は、会った頃に比べて少し大人びてきた気がする。
本来ならそろそろボクの守備範囲から外れるくらいなんだけど……そんな気にならないのは、彼女が特別だからなんだろうな。
ボクは彼女の手に自分の手をからませると、そっと身体を抱き寄せる……。
『ぬしさまあああああーーっ!!』
「……あ、ごめん。普通に忘れてた」
『ひいぃぃん!! 後生じゃ、後生じゃから妾のこと忘れんでたもれ! ぬしさまに忘れられるのだけは嫌なんじゃようぅー!!』
「ごめんって……あー、ロシュアネス、とりあえず幟子ちゃん連れて戻ってきてくれる?」
『御意に。……さあ行きますよ』
『ひいいぃぃん!! ぬしさまあぁぁ……』
尾を引くような幟子ちゃんの泣き声が、モニターの映像と共にぶつりと沈黙した。
やれやれ、後片付けはいろいろと面倒そうだなあ。そう、いろいろと、ね……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
自然エネルギーをこんな感じで利用できたら、現実でも原発がどうのこうのってないんでしょうけどねー(遠い目