第七十二話 よりよいダンジョンのために
さて、そんなこんなで慌ただしく過ぎて春がきたわけなんだけど。
絶賛DE不足です。
うん、これは覚悟してたけど、我ながら随分と使ったものだ。何せ、気づいた時には3ケタになってたんだから相当だよ。貯蓄をほぼすべて使い切った形だ。
ロシュアネスを作った後、ラケリーナが参入した後の残高はまだ普通に万単位残ってたんだけどね……。
とはいえ、別に後悔はしてない。これは必要な出費だったと思ってる。
ただ、家計が一気に苦しくなったのも否定できない事実なので、この辺りをなんとかしないとまずいことになる。
何せ、DEはまだまだ使う予定なのだ。震災からこっち、我が江戸前ダンジョンの人口が急増してるからね。
どうして人口が増えてるのか? それはずばり、被災地で身寄りのなかった子供を引き取ってきたからだ。
あ、独断じゃないから安心して。ちゃんと幕府にも、各地の領主にも許可はもらってる。もらったうえでの引き抜きだ。
あちらとしても、大量に発生した孤児を養う余力はないところが多い。この国は住人同士の互助が一般的で、孤児がいたら誰かが引き取って育てるのが普通なんだけど、その「誰か」も震災のせいで余裕がない状態なのだ。
かといって、子供たちを死なせるのは忍びない。だったら、うちで引き取ろうってことになったんだ。ダンジョン内をより充実させるためには、まだまだ人手がいるからね。定期収入もほしいし。
ただ、すぐにできることはまだ少なくって、大抵の人は手持無沙汰なのが現状でもある。だからこそ、逆に彼らの教育や世話で時間を費やしてもらおうと思うんだ。
さっき言った通り新しく連れてきたのはほとんどが孤児、つまり子供だ。だから、ベラルモースの文化になじむ精神的な余地があるはず。それなら、魔法工学をはじめとしたベラルモースの技術や学問、考えなんかの受け皿として、将来的にダンジョンの内政を任せられるようにしたくってね。
というわけで、手始めに義務教育をやれる環境を整えたい。整えたいけど、DEが足りない。子供たちの仮宿を作ったらもういっぱいいっぱいだった。
じゃあどうするか、ってことだけど……。
「こいつを使うしかないよなあ」
ボクは研究室で、先日不発に終わった魔法道具を見上げてつぶやいた。
そう、地震エネルギーを魔力に変換する装置だ。改めて見ると本当にでかい。もっと極小化したいな。しなきゃな。
とはいえ、現状では完成には程遠い。こないだも言ったけど、装置が使用に耐えられない。けど、一回くらいは耐久実験しないといけないとは思うんだよね。現状どこまで耐えきれるか、それを知るのは重要だと思うんだ。
うん、耐久実験しよう。最悪、っていうか確実にぶっ壊れるだろうけど、そのついでに相応のエネルギーが手に入る。……はず。
だって、1のエネルギーがあれば万に達するほどの変換効率だもの。その効率の良すぎる点が現状の最大課題なんだけど、ともあれそれなら一回だけの使用でもかなりの魔力が手に入る! ……はず。
そして大量の魔力があれば、DEも結構手に入る。魔力がそっくりそのままDEにはならないから総量はそれなりに減るけど、急場をしのぐくらいはたまる!! ……はず。
よし、そうと決まれば早速こいつを再起動だ。
「あの……そんな大それたお仕事に、私がいてもいいんでしょうか……」
そんなボクの隣で、かよちゃんが不安げに聞いてきた。最近少し背が伸びた彼女は、ボクと同じくらいの背丈になっている。いずれは追い抜かされるかもしれないけど、彼女ならそれでもかまわない。
って、いやそれはさておきだね。
「大丈夫だよ。この3カ月の間に【魔法工学】スキルが3になったんでしょ? それなら十分やれるよ。3はね、その技術を問題なく使えるって段階だから」
「そ、そうなのですか?」
「うん。1が経験はしたことのあるほぼ素人、3が可もなく不可もなく使える程度、5が熟練者、7がその道の第一人者、10が極めたものって解釈でね。今のかよちゃんなら、ベラルモースでも魔法工学者として働けるレベルだよ」
そんな段階にあっという間に達したのは、言うまでもなく彼女がいつも身に着けてる髪飾りのおかげだ。正確には、その中にある【取得経験値アップ・大】Lv5だけど。
普通の人間が、たかだか一年ちょいの勉強でそんなレベルに至るのはそうそうない。戦闘系のアクティブスキルなら、そこまで珍しくはないけど……学問系や生活系のスキルはとかくレベルが上がりづらいのだ。
ちなみに、髪飾りの恩恵は今ももちろん絶賛発揮中で、かよちゃんのレベルは既に90に達している。戦闘をほとんどしてないのにこのレベルアップ速度は、さすがというかなんというか。もう少ししたら、彼女も進化できるだろう。その時が楽しみだ。
「わ、わかりました……旦那様の足を引っ張らないようがんばりますっ」
「あはは、ボクに足はないけどね?」
「た、たとえですよぅ……!」
「あはははは、ごめんごめん。それじゃ、実験を始めようか」
「もうっ。……わかりました、工具の準備しますね」
ボクの冗談に一度は口をとがらせたかよちゃんだったけど、すぐに意識を切り替えてボクの工具を持ち出してきた。
それを受け取ったボクは中身を一通り取り出して、再び馬鹿でかい変換装置へと向き合う。
やるべきことは多い。この間は実験が終わった後、修正や補修をする前に地震の報告が来たから、放置してたんだよね。だからまずは、その辺りの部分を済ませる必要がある。
まずはヘタってる部分のパーツを取り換える。この作業は、触腕という部位を持つボクの独断場って言っていい。ありとあらゆる工具をひとしきり持って、あっちこっちを一気に片づけていく。
この間、かよちゃんにはカメラでボクの目が届かない位置の問題箇所を映してもらう。眼の一つを担ってもらうだけではあるけど、これがあるのとないのとでは作業効率が段違いなのだ。
それが終わったら、各ポイントの確認と修正。特に魔法式の改善はほぼ必須だろう。このサイズの魔法道具なら、いくら素材の質が高くなくってももっと効率は上げられるはずだ。設計図を片手に、該当部分を確認しながら頭をひねることになる。
「旦那様、ここはどういう意味があるんですか?」
「これかい? これは除去だね。エネルギーから不要なものを取り除く過程になる」
「初めて見ます……かなり複雑な式なんですね」
「その分使用場面が限られるけどね。でも知っておいて損はない式でもある」
「魔法への変換効率が上がるってことですよね?」
「その通りさ。大規模な魔法や難度の高い魔法を使う時は、結構重要になるね。特に【禁呪】だと必須かも」
作業と並行して行われるのは、そんな会話だ。教えながらの作業は正直効率的には決してよくはないんだけど、将来的には意味を持ってくる。
ボクが教えてかよちゃんのスキルレベルが上がれば、それだけ二人でやれることは多くなるからね。そして、戦闘でもそうだけど、スキルレベルを上げるのは実践が一番だ。幸いかよちゃんは物覚えがいいし(経験値アップの恩恵もあるけど)、ボクがその点で悩んだことはほとんどない。
「この式はもうちょっと短くできそうだな……どうだろかよちゃん、和算の視点で何かいい案ないかな?」
「これですか? ええっと……こうして、こうで……」
そして、こと式の構築という点では、【和算】スキルを持ってるかよちゃんのほうが発想が柔軟だ。別の視点から見れるというのは大きい。おかげで最近は、実際に彼女と作業することでかなり研究がはかどるようになってるのだ。
もちろんボクだって黙ってるつもりはなくって、ちょっとした合間に勉強して【和算】スキルも取得してはいるけど、見聞きした式の数はかよちゃんのほうが圧倒的に多いからねえ。
ちなみに、幟子ちゃんも【魔法工学】スキルは持ってるし、かよちゃんより彼女のほうがレベルも高いんだけど、彼女の場合式の構築方法が自由すぎて、翻訳者が必要になるレベルなんだよね。
なんていうか、彼女は天才肌なんだろうなあ。過程を吹っ飛ばして一気に答えに辿り着いちゃうから、ボクにはどうしてそうなるのかわからない式を多く使うんだ。それに、式をかなり遊んだりする。
一品ものの魔法道具を作る時はそれでもいいんだろうけど、ボクがやりたいのは汎用性と生産性に向いた凡作だ。道具は何より、特別なことのない多くの人が使えることに意味があると思うからね。だからなんていうか、幟子ちゃんとは設計思想がてんで違うんだよ。
それに何より、幟子ちゃんはボクと同じで一度やり始めたら時間を忘れるタイプだ。そして凝り性でもあった。長時間生きてるがゆえのルーズさも相まって、没頭させるととんでもないことになる。
実際、一度彼女を助手に作業したことがあったけど、あの時は意見を本気で戦わせつつ、互いに凝りに凝ったトンデモ魔法式を丸一日飲まず食わずで構築しあうことになった。あれはあれで有意義ではあったけど、使った時間に対して成果は微妙だったんだよなあ。
そんなわけで、彼女に助手を頼むことはたぶんもうしない。意見を聞くくらいはするけどさ。
「次はここを改良しよう……ああ、ここはこうしたほうがいいな。なんで最初に気づかなかったんだろ」
「あの、旦那様?」
「なんだい?」
「そろそろお昼にしましょう。もう一時過ぎましたよ」
「うえ、もうそんな時間? 楽しい時間はあっという間だなあ」
一方そんなボクらと違って、かよちゃんはちゃんと時間を見ながら作業できる人だ。没頭しがちなボクの手綱をしっかり握ってくれるから、本当に助かるよ。
没頭したいって思わなくはないんだけど、もうボク一人でやってることでもないしね。家族は大事にすべきだよね、うん。
「今日のお昼は何かな?」
「今日はですね、鶏肉の照り焼きを作ろうと思ってますよ」
「照り焼き! やったあ、それは楽しみだ!」
この国の料理でも特に美味しい料理だと思う! いろんな食材に応用が利くし、本当醤油ってすごいよね!
「下準備は朝のうちにしておきましたから、すぐにお出しできますよ」
「うん、うん! じゃあすぐ移動しよう! あ、ご飯は大盛りでお願いね!」
「うふふ、わかりました」
誰かの命を背負ってはいるけれど。
好きな人と好きなことをして過ごせる今が、最高に幸せだと思います。
ここまでよんでいただきありがとうございます。
いちゃいちゃ回でした。すげえ実務的ないちゃいちゃかもですが。
ちなみに、テリヤキバーガーの大半は実際には照り焼いてません(唐突なトリビア