第七十一話 安政の大地震
そして翌日。
同じ規模の地震が起きました。
「はああ!?」
『今度は近畿から四国地方にかけてのようだな……』
ユヴィルの報告に、声を上げることしかできない。なんなのホント、なんなの?
「規模は!?」
『先日のものとほぼ同等だな……』
「わけがわからないよ!」
昨日がんばって考えたことが、ほぼ全面的に見直しになった。くそう、急がなきゃいけない状況だってのに、勘弁してほしいよ!
そして2日後。
2つに匹敵する地震が起きました。
「ふざけてんの!?」
『落ち着け!』
「無理!!」
どうやらこの国は、ボクが思っているよりやばい国らしい。何この地震の頻度!? よくこんな土地に住もうと思ったね!?
とはいえ、ことは日本の大半を巻き込む大規模な地震だ。騒いだところでどうにもならないし、いいことなんてない。ひとしきり愚痴ったあとは、ボクだって迅速に動いたさ。
何はともあれ幕府との連携を密に。被害状況はユヴィルたちを通じてボクが真っ先に情報を得ていたから、その共有をはかる。
それから、必要な物資の洗い出しと運搬は幕府に任せて、ボクはダンジョンの住人を率いて各地で人命救助に当たった。時空魔法で距離を無視して移動できるボクだからできる芸当だ。
とはいえ、付き合う羽目になったダンジョンの住人達は忙しさに目を回してた。それでも彼らは、根を上げることなくついてきてくれた。だからこそできたことはいっぱいあったよ。
でも、やっぱり人が足らない。だから、駆けつけた時には既に死んでしまってる人も大勢いたし、人手が足りなくて間に合わなかった人もかなりいた。日本の大半を西に東に飛び回って、寝る間も惜しんで救助を続けてもなお、助けられなかったときは悔しかったな。
それでも、そこで立ち止まるわけにもいかない。人を助けて終わりじゃないのだ。
何せ季節は、ただでさえ食料の少ない上、これからその備蓄を消費していく初冬。家だけでなく食料をも失くした人が、大勢あふれ出た。着るものだって最低限、防寒対策なんて当然あるはずもない。衣食住のすべてが欠けた状況で「はいおしまい」なんて、あり得ないでしょ。
ボクらの救助活動のあとに幕府が食料などを持ち込む、という形で役割分担ははっきりさせてたから、互いの活動の無駄はかなり減らせてたとは思うんだけど。それでも限界はあった。
一番の問題は、物資の不足だ。こればっかりはどうしようもない。ないものはないのだ。特にこの世界は魔法がない。0から1を作るなんて芸当は、できっこないのだ。
そうなると、生命線は我が江戸前ダンジョンに託されることになった。日本との友好条約が、まさか締結1年で最大限発揮されることになるとは思わなかったよ。
ボクはそのために途中で救助隊の指揮を幟子ちゃんに預け、ダンジョンにとんぼ返りする。そうして、必要物資を片っ端からDEで購入して放出する。幕府の管理場所への運搬は、ボクと同じく時空魔法が使えるティルガナとロシュアネスに任せた。
我ながら日本に肩入れしすぎだと思わなくもないんだけど、結局のところボクは政治家にはなれっこないのだ。必要がある人の死には何も思わないけど、災害や理由のない悪意で罪もない人たちが死者何人というただの数字になってしまうのが、どうにも気に食わないんだよね。
それに、ボクが直前まで研究していたのは、地震を軽減する研究だった。あれがもっと早く、うまくできていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。そう思うと、いてもたってもいられなくってさ。
頭の中の冷静な部分では、自己満足とかそういうことも思うんだけど。それはわかってるんだけどね。
で、ボクは結局、開き直ることにした。
誰かを助けて何が悪いのさ? これでダンジョンの経営が傾いたとしても、その時はその時考えればいい、ってね。
《称号【救済者】を獲得しました》
《称号効果により最大魔力が500上がりました》
《称号効果により構築力が500上がりました》
《称号効果により精神力が500上がりました》
《称号効果によりスキル【祝福】を正式取得しました》
《称号効果により属性【光】を正式取得しました》
《属性【光】獲得により、スキル【光魔法】がLv6に上がりました》
《スキル【時空魔法】がLv7に上がりました》
……なんてこともあったけど、自分の成長を素直に喜べない状況だ。ボク以外のメンバーも、その手のスキルが伸びたり称号を得てたみたいだけど、みんな複雑そうだった。
なんてったって、被害が大きすぎる。まだすべての情報を正確にまとめきれたわけじゃないけど、それでもボクが物資作成に着手した段階で、既に死者が5000人を超えてることがはっきりしてた。
負傷者は当然、それより圧倒的に多い。ボクたちの手でこれに近い人数を救助したから、最悪1万人以上が死んでいた可能性は十分ある。
もちろん、倒壊した建物の数も多い。ただ、地震そのもので壊れたものより、その後の二次災害で壊れたもののほうが多い、かな。火事で焼失したものも多いし、余震が並みの地震よりよっぽど大きい上に多くて、それで壊れたものだってある。沿岸部に至っては、地震による津波でさらわれて、ごっそり更地になってしまったところすらある。もはや大災害なんて言葉すら生ぬるい。
それでも、日本人たちは気丈だった。被災者同士で助け合い、手を取り合って道を切り開こうとしていた。
親を失った子供たちを取りまとめて、面倒を見ている夫婦がいた。
店の倉を開放して、蓄えていた食料を分け与える商人がいた。
自宅の門を開け、敷地内で人を受け入れる侍がいた。
彼らはみんな普通の人で、この国に生きるただの一人でしかないけど、それでもそういう小さな英雄があちこちにいた。
もちろんそうでない人もいたけど、それはごく一部。
そんな人たちを見ていると、ボクは開き直ってよかったと思う。そして、この国がもっと好きになった気がした。そんな彼らに相応しい隣人になりたいとも。
だからボクは一人の魔法工学者として、みんながもっと暮らしやすく、みんながもっと悲しい思いをしないように、ベラルモースの技術を落としこんでいくことにしよう。
さしさたって、一刻も早く地震被害の軽減を目指そうと思うんだ。この世界の地震は、大体同じ場所で定期的に起こるものみたいだからね。
実際調べた限りでは、今回の地震もどうやら数十年周期で起こってるものらしいから、次がきっとある。そしてその周期は、ボクにとって決して長くはない。恐らく、ボクが生きてる間にその周期は何回もやってくるだろう。
その時は……こんな大勢の犠牲者を出さない。出させない。そう心に決めた。
『大変だ! 飛騨地方でまた地震だ!』
「またぁ!? せっかく落ち着いてきたってのに、このタイミングで来なくたっていいじゃない!」
……決めた端から、また地震が起こる。
くそう! なんだこれは、神の試練か!?
それとも、神が管理を放り投げた影響か何か!?
いいよいいよ、かかってきなよ!
こうなったらやけだ! 片っ端から片づけてやるよ!
そして――その後、一通りの作業を終えてボクたちがダンジョンで一息つけるようになるころには、日本はとっくに春を迎えていた。あっという間に時間がすぎたおかげで、年末年始とかそういうのを考える余裕が一切なかったよね。
幕府のほうも、元からオーバーワーク気味だった正弘君を筆頭に、老中たちもみるみる痩せて行ったものだから、こっちが心配だったよ。がんばるべき時だったのはわかるけど。
あ、現場ももちろん奮戦してたよ。なんていうか、徳川幕府が一丸になった雰囲気だったね。世界樹の花蜜で身体の疲れを癒してほしいところだ。
一方、家定君もじっとはしてなかった。まあ立場上ほいほい動くわけにはいかないんだけど、一族の菩提寺でずっと祈りをささげてたみたいだ。これがベラルモースなら、聞き届けてくれる神様がいたんだろうけどね……。
各地でボクたちがやった救助活動は全部幕府の名目でやってたから、その功績と名誉を全部あげるってことで、彼の祈りは通じたと思ってもらおう。
以前の伊賀上野地震もそうだったけど、今回の幕府の迅速かつ手厚い対応を朝廷も各領主も好意的に受け止めてる。まあボクたちがいなかったら絶対にできなかったことで、薄氷の上だったのが実態なんだけど。
大事なのは結果だよね、うん。この好感情を、幕府は今後の国家運営に役立ててもらいたいところだ。
ちなみに船が座礁しまったロシアの使者のみなさんだけど、彼らの船はその後見事に沈没してしまったそうな。幸い死者はほとんど出なかったけど、彼らは帰れなくなってしまったわけだ。
そんな彼らのために、幕府が新しい船を造ってあげることで合意したらしい。今は、鳳凰丸を造った大工たちががんばってるみたい。
水戸徳川家がやってた船はまたしても完成が遠のいたわけだけど、使者のプチャーチン君たちは度重なる余震ですっかり元気をなくしてるみたいでね。慣れない土地で、言葉もろくに通じず、経験したことのない(ロシアは地震なんてほとんどないらしい)頻繁に地震が来る。そりゃあ気が滅入るのも仕方ない。
だから、正直幕府のほうも見かねたみたいだね。もちろん、恩を売るという思惑もなくはないだろうけど。
ところで、ボクたちや幕府が必死に駆けずりまわってる間に、京の朝廷は改元を発表していたようだ。度重なる凶事の影響を断ち切るため、という名目らしいね。
その細かい文化的な背景はまだよくわからないけど、ぶっちゃけゲンを担ぐってところかな。効果があるといいね。
これで時代は、嘉永から安政に移り変わった。きっと今回の一連の地震は、後世で安政の大地震とでも言われるようになるんだろう……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
史実においてもこれら一連の地震は「安政の大地震」と呼ばれ、記録に残っています。
識字率がそれまでに比べて高い幕末の時代だったからこそ、その記録が多く残されているんですね。
ちなみに、地震はまだまだ続きます……(白目