第六十九話 初めての収穫
季節は過ぎて8月も終わり(太陽暦だと10月頭から半ば)に近づいて、ダンジョンで初めてのお米の収穫がされた。
いろいろと実験しながらだったから、品質は全体で見るとかなりばらつきが大きくなっちゃったけど、これはしょうがない。そもそもこれは最初から織り込み済みだったわけで、これを教訓に来年がんばればいいことだ。
収穫にはボクも参加して、住人のみんなと一緒に刈り入れはもちろん、精米まで付き合ったよ。
仮にもダンジョンマスターがそんなことを、ってロシュアネスには言われたけど、やってみたかったんだからしょうがない。
それに、他の生活が魔法道具で快適になってる中、お米関係の道具だけはベラルモースに存在しないせいでこの世界のものを使ってたからね。この部分を他と同じ水準に押し上げるためには、実際に作業をしてその内容を知っておきたかったのもある。
「旦那! 稲刈りでそんな派手に魔法使わないでくだせェ!」
まあうん、鎌で手作業は大変だろうと思って風魔法【エアスラッシュ】を使ったら、甚兵衛君に大目玉食らったけどね。てへ。
でも他の住人が唖然とする中即刻ツッコんできた甚兵衛君は、ある意味得難い人材かもしれない。
「旦那! 乾燥は……あ、いや……それでいいッスね……」
刈り取り後の稲の乾燥では、名誉挽回とばかりに時空魔法【タイムアクセル】で一気に仕上げちゃった。
普通ならそれなりに時間がかかるはずの工程をあっという間に終わらせちゃったから、住人たちはどよめいてた。一般級属性の魔法はわりとみんな見慣れてきたと思うけど、さすがに時空魔法はまだ驚いてくれるみたいだ。おかげでダンジョンマスターとしての面目躍如はできたと思う。
その後の脱穀については、さすがにベラルモースでも存在する工程だからここは魔法道具で解決させた。
とはいえ、米とそのほかの穀物がまったく同じってわけでもないから、そこはちょっと改良したけどね。でも、欲を言えば乾燥と同時にできるように一つの道具にまとめちゃいたい。乾燥は魔法を一つ組み込むくらいで済むから、この作業自体はさほど難しくはないと思う。これは来年に向けての課題かな。
問題は脱稃(もみ殻を外して玄米にする工程)だ。これが必要な穀物が、ベラルモースにはない。
いや、正確に言えばあるんだけど、米と同等のやり方をするものがない。もみ殻の強度も違うし、あくまで似たようなものでしかない。
だからどれくらいの力で、どれくらいの時間が必要なのか、その辺りのことがわからないんだよね。なので、これについては申し訳ないけど人力でやったよ。
一応カメラも回して一連の作業は記録したから、あとは研究あるのみだけどね。これも来年以降の課題だ。ちょうど炊飯器が先日完成して一段落してるから、そこに回してた時間を使おうと思う。
地震の研究はまだ序盤だけど、ボクは研究の息抜きに研究ができるアルラウネだ。来年のこの時期にはある程度形にできると思う。
まあそれはともかく、炊飯器だ。そう、遂に完成したのだ。これで、かよちゃんの苦労を軽減できる!
というわけで、収穫が終わった後はお披露目も兼ねて炊飯器でご飯を炊いて、みんなでおにぎりにして軽く宴会を開いた。収穫祭みたいな感じでね。
みんなの反応は、上々。特に、実際に炊飯を担当してきた女性陣は大層喜んでくれた。もちろんかよちゃんも。
「ありがとうございます、旦那様っ」
そう言って笑うかよちゃんに、何よりも癒されたしやってよかったって思う。最高の見返りだ。
みんなに試しに使ってもらったところ使用感のほうも特に問題もないみたいだったから、住人のみんなには後で量産して配ろうと思う。細かいことは抜きにして、真理の記録に登録しちゃえば手っ取り早くDEから量産できる。
ただ、玄米と白米で炊き方が変わるって聞いて、ちょっとした敗北感を味わってもいる。さすがに、意思を持たない魔法式にそんな柔軟性は持たせられないのだ。
いや、江戸の人にとってはメインは白米らしいし、ボクも玄米を強要するつもりなんてないから、そこにこだわる必要はないと言えばないんだけど……ここで引いたら本当に負けな気がするんだよね。なんていうか、魔法文明人としてのプライドって言うか?
「旦那様……無理はなさらないでくださいね……?」
「大丈夫。最低限の目標は達成してるから、ここでこれに集中はしないよ。優先順位を間違えないくらいは常識あるつもり」
「だといいんですけど……」
「うん、熱中しだすと止まらない癖があるのはわかってるからね!」
気まぐれと並ぶボクの悪癖でもある。学生時代はそれでもよかっただろうけど、今のボクは一国の主でもある。そこはがんばって自制してるよ。
でも、いずれ玄米も白米も区別なく炊きあげられる、至高の炊飯器を作ってみせるからね!
……しっかし、それにしてもだ。
実際に育ててみてわかったんだけど、お米って効率のいい穀物だね。一つの種籾が何十倍にもなるんだから、なるほど主食としてこれほど適任な穀物はそうはないだろう。この国の、偏執的とも言えるお米に対するこだわりは、そういう優れた作物に対する畏敬とかもあるのかもね。
とはいえ、さっきも言ったけど今回の収穫は品質がバラバラだ。その中から、質のいい奴を食用、来年の種用にして、それから残りは肥料や飼料にしたり、最悪効率は悪いけどDEに変換することにした。
それでもなお、今のダンジョンの人口なら来年の今くらいまで普通に賄えるくらいの量が獲れたんだから、驚異的だよ。適切な管理と栄養が後押ししてるのもあるだろうけど、ますます見直した。
これ、ベラルモースに持ち込めないかなあ? 今のところ里帰りは難しいけど……万が一里帰りした時お米食べられないのっては、もはや今のボクには結構な苦行だ。
でも、モンスターが街の外を闊歩するベラルモースで、稲作は難しいか。大量の水も必要になるし、そのための排水設備も必要になる。街中のスペースはこっちより圧倒的に少ないから、できるとしたらボクと同じダンジョンマスターくらいか……。
……うん、ママにくらいならお土産として持ってってもいいか。いずれその時が来たら、いくつか持ち込んでみよう。
「姐さん……口の周り米粒ついてますぜ」
「せやかておにぎりがうまいんやからしゃあないやん!」
嬉々としておにぎりを食いまくるフェリパを、なぜか甚兵衛君がかいがいしく世話してる。普通逆じゃない? 確かに種族柄、フェリパは女性っぽくは見えないけどさ。
……うん? いや待てよ、もしかしてあの二人って、そういうことなんだろーか?
「旦那様?」
「ん? いや……なんでもないよ、なんでも。ふふふ」
「?」
一人にやけるボクに、かよちゃんが小さく首を傾げた。あとで二人っきりになったら話してあげよう。
「うふふふふ、さあお食べ……もっともっと大きくなるのよー?」
視線の端では、藤乃ちゃんがキングスライムにおにぎりをあげてる。あれには名前つけてないからただのダンジョンモンスターのはずだけど、なんかもう彼女のペットみたいになってる。いつの間に。
っていうか、大きくするんだ。大きくしてどうするのかは、聞かないであげよう。彼女の周りで、部下の隠密仲間が引いた様子でいるし、これ以上評価を落とすのはやめたほうがいいんだろうな……。
『どうだラケリーナ。米もなかなかいけるだろう?』
『ふ、ふん、まあまあってところね』
『そうか。まあ、確かにお前は猛禽類だ、米よりは肉のほうが口に合うか』
『そ、そこまでは言ってないじゃない! 悪くはないわよ!?』
『無理はしなくていいぞ?』
『べ、別に無理なんてしてないわ!』
あっちはあっちで楽しそうだなあ。
あくまで部下に対する態度のユヴィルと、明らかに素直になれてないラケリーナのでこぼこっぷりは見てて楽しい。なんだっけ、ツンデレって言うんだっけ、ああいうの?
『米じゃ食べた気にならないよー』
一方ジュイは不満そうだ。まあ、彼は狼だしそれも仕方ない。あとでこっそり肉をあげよう。
その旨を伝えると、一声わふっと鳴いてごろりと横になった。犬か。
「ほーれみんな行儀よく並ぶんじゃよー! まだまだ酒はたっぷりあるゆえ、みんなで仲良う分けるんじゃぞー!」
そのまた一方で、幟子ちゃんが男をずらりと並べて侍らせて……るわけじゃない。あれはお酒を配ってるのだ。
彼女、ボクが味噌や醤油目的でつけた【醸造】スキルをお米からの酒造りに使ったのだ。しかも、わざわざ【妖術】に酒造のためのアクティブスキルを作って。
対らい病魔法の開発はどうしたって思ったけど、まあ、息抜きも必要ではある。それに、【醸造】スキルに使う機会が今までなかったのも事実だ。死蔵させてるよりは、使うところで使ったほうがいいんだろうな。
それに、娯楽の少ないダンジョンの中で、これに飛びつかない男はほとんどいなかった。
元々稲荷神社を模して作った神社に祭られた彼女だ。住人からはジュイ、ユヴィルに並ぶ神格とみなされてることもあって、誰も彼女に背いたりしない。それどころか、鼻の下を伸ばしてるやつまでいる始末。それでいいのか人間?
ともあれ、みんなの目の前であっという間にお酒を作った彼女は、今後さらに神格化が進むだろう。カルマ値をプラスに持っていくのはだいぶ先になるだろうけど、あれはあれで効果がある……はず。
まあ、彼女の視線がちょいちょいボクに向くんだけど、悪いね。ボクは種族柄お酒は飲めません。酔い潰して既成事実を作ろうとしてるんならおあいにく様だ。
ちなみに酒を実際に配膳してるのはティルガナ。さすがメイド、動きに一切のよどみがない。
並ぶ男たちの反応を見るに、幟子ちゃんだけでなく彼女も一定の人気があるっぽい。彼女の場合幟子ちゃんと違って愛想がいいわけじゃないから、人数はさほどでもないみたいだけどね。
なお、ロシュアネスは欠席だ。なんか、幕府の人間と会う約束があるとかで。
仕方ないとはいえ、一人だけのけ者にしちゃったような気がしてちょっと罪悪感が……。
『閣下、どうやらロシアという国から使者が来たようです』
と思ってたら、フラグとばかりに念話が飛んできた。
うん。
なるほど。
そりゃあ、外交担当の彼女が呼び出されるわけだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみに、日本が世界に誇る炊飯器は、日本で作られているお米、いわゆるジャポニカ米に特化しているので、アジアで一般的に作られているインディカ米はうまくいかない機種が多いらしいですね。
そうでなくとも今の炊飯器は性能がいいですけど、日本人のお米に対する執念はわけわかんないレベルだと思います。