第六十七話 新しい船出
それから時間はすぎて8月初旬。この日、ボクは幕府からの要請を受けて浦賀に顔を出していた。
今回のお供は、先日新たにメンバー入りしたロシュアネス。日本についての知識は【モンスタークリエイト】では与えられないから、外交官として幕府に向かわせる前の実地学習も兼ねている。
それから彼女への説明役として、元日本人の藤乃ちゃん。彼女は普通の日本人と違って、隠密として広範囲を動いたことがあるし、職業柄一般人が知らないことも知ってるからね。日本の説明役としては適任だろう。
そんなボクたちの今回の目的は、浦賀で作っていた船が竣工したということで、そのお披露目に参加すること。
……なんだけどねえ。
「野分(台風のこと)です」
「うん……そうだね……」
海は暴風雨で荒れに荒れていた。
人が飛びそうな風とか、建物が浸るような雨とかってわけじゃないから、嵐って言ってもそれほどの規模じゃないんだけど……当然、船が出港できる天気とはお世辞にも言えない。
がたがたとボクたちにあてがわれた寺の建物が、風で軋んだ。
「天候ばかりは、さすがの魔法でもどうにもなりませんか」
小さい窓から外に目を向けながらも、当然のようにボクの隣にいる忠震君が、ため息交じりに言ってくる。
「ボクは風や水に関係した事象は専門外だから、ちょっと無理かな。でも本国になら、できる人もいるよ」
「……できるんですか……」
「できるよ。まあ、仮に専門分野だとしてもボクにはできないだろうけどね。気象の操作ができるのは、ベラルモース全体でも数人しかいないくらい難易度が高いから」
「……相当ですね……」
「複数の属性が絡んでくるからね……」
地震は土属性のみだから、比較的調整がしやすいんだけどねえ。って、それは彼にまだ言うことでもないか。
ともあれ、今ボクたちにできるのは、嵐が過ぎるのを待つだけだ。
ただ、こうやってぼんやりしてるだけじゃ芸がない。何か面白いことはないかな?
「閣下、気象観測システムを導入するのはいかがでしょうか?」
「あ、それ名案ね。天気の予想が正確にできるなら、いろんな意味で便利よね」
「気軽に言ってくれるなあ……。この世界でベラルモース式の気象観測システムがちゃんと動く保証なんて、どこにもないんだよ? 地震についてだってまずは調べるところから始めてるんだから、そっちに労力を割く余裕は今のところないんだよ」
「差し出がましいことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「ちえ、便利だと思ったんだけど」
「意義は認めるけど、すぐにはできないしすぐじゃなくてもいいことだね。いずれは導入したいとは思ってるよ。……あと藤乃ちゃん、指を切ろうとしてるロシュアネスを止めといて」
「御意」
「何故ですか、閣下? この国では責任を取る時は指を切り落とすと聞いたのですが……」
真顔でナイフを手にしているロシュアネスに、苦笑するしかない。この程度のことでそんな簡単に指を落とされたって、嬉しくもなんともないんだけど。魔法で治せるし。
っていうか、それどこから聞いた情報なのさ……。
「ロシュアネス殿、口を挟むようですが、その方法はならず者のやり方です。正しいやり方は刀でもって腹を……」
「忠震君、おかしな知識教えるのやめたげて!?」
「私はただ誤った知識を訂正しようとしただけなのですが……」
「腹を切るのですか。ぜひとも正しい作法を教えていただきたく」
「君ら真顔でそういう話するのやめない!? 命は大事にしようよ!」
忠震君がボケるなんて珍しいって思ったけど、顔を見る限りどうも本気みたいだ。彼は真面目なだけでなくて融通も利く方だと思ってたけど、妙なところで天然だったりするのかな……。
「失礼。まあそれはともかく、天候を自在に察知できるというのは興味深い話です。私にも教えていただきたいところですね」
って、まさか狙ってボケた……!?
「上様、切腹なんてそんな珍しいことでもないんだから気にしたって負けよ?」
「嫌だなあそんな日常!」
ボク、この1年でかなりの日本通になったと自負してたけど、まだまだカルチャーショックはあるもんだね!
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そんな感じで天気に反して穏やかな時間を過ごした次の日。あの天気はなんだったんだ、ってくらいの快晴がボクたちを出迎えてくれた。いやあ、絶好の船出日和だね。
ってわけで、改めてボクたちは新造された船のお披露目に出席。
もちろんボクたちがおおっぴらに参加するわけにはいかないから、いつかの時みたいにモニタールームを仮設してそこから、だけどね。
そんなボクたちには、当然のように忠震君がついている。もはやお約束って感じだ。
空いた時間にはロシュアネスと意見の交換をしていて、なかなか息の合ったやり取りだと思う。この調子で、少しずつ外交関係の話題は彼女に投げて行こうとボクは改めて思ったね。切腹だけはやめてほしいけど。
まあそれはさておき、本題は船だね。
本日披露される船は、去年ボクが江戸に居つくよりも前に着工していたもので、外国に対抗するために作っていた西洋式の大型帆船になる。
同時期に計画が動いた船は全部で3つあって、それぞれ幕府、水戸徳川家、薩摩島津家が各々主導で作り始めてたんだけど、今ボクたちが招かれたのは幕府が直に浦賀で造らせていたもの。だから、きっと日本初の西洋式帆船として、今日のことは歴史に残るんだろうね。
ところで、今「ん?」と思った人は、察しのいい人だと思う。そう、水戸徳川家も大型帆船を造っていたんだ。
でも、あんなことがあったおかげでその計画は今のところ中断してる。途中まではできてるわけで、それはもったいないってんで、この浦賀の船が落ち着いたらそっちに取り掛かることになってるらしいけど。
その浦賀の船、着工からわずか一年弱で竣工までこぎつけてる。これは大型帆船を造るノウハウが一切ないこの国としては異例のスピードだ。さすがに人員の数を揃える点においては、幕府は他より一段上ってことなのかもね。
ちなみに、本来であれば二カ月前には竣工する予定だった。けど、ボクがダンジョンから詳細な図面を用意したことで、計画の修正をする必要が出てきてね。それで今日までずれこんだ、ってわけ。
「この世界も侮れませんね」
そんな建造計画と実際の進捗を聞いて、ロシュアネスは神妙な顔をしてそう言っていた。
ボクはわりとその辺りのことは楽観視してるんだけど、彼女は慎重なところがあるみたい。……いや、ボクが迂闊すぎるだけかもしれないけど。
それはさておき船なんだけど、進水自体は数日前に終わっていて、今はもう試験航海に行ける状態になってるとのこと。昨日の嵐での被害はなかったみたいで何よりだ。
「おお、なかなか立派な船になったね」
「ええ。……と言っても、他国の技術を引用しただけですが」
「十分だと思うよ? 何事も模倣から始まるものだし」
「恐縮です。……なお、船の名前は鳳凰丸となりました」
「ホウオウ……確か、伝説上の鳥だよね?」
「ええ、瑞獣の一種ですね。想像上の生き物ですが」
そうも限らないんだよねえ……。
なんて考えながら、【並列思考】で禁呪【真理の扉】で真理の記録に接続する。最近は遂にレベルが6になって、成功確率もぐんと伸びてきた。いい傾向だ。
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【鳳凰】
テラリア世界の地球の固有種。朱雀とも呼ばれる。
主な生息地は中国、朝鮮、日本など東アジア地域だった。
対象に祝福をもたらし、天啓を授けるとされる霊鳥の一種。
そのため、天子の出現と共にこの世にあらわれると言われていたが、テラリア世界のバージョンアップ後の乱獲により絶滅した。
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……やっぱり。
瑞獣って言うけど、実際真理の記録を読む限り、結構いろんな人に肩入れしてるみたいだね。時の王様の前に出たって記録もちゃんとある。これも神様の気まぐれの犠牲者ってところか。
まあ、こうやって真理の記録の情報に接続した以上、今後はダンジョンのモンスターとして利用できるってことだけど。使う機会来るかな……?
それはさておき、そんな存在の名前を船に冠したのは、幕府の相応の気持ちが込められてるんだろうな。
「あの船が、貴国を祝福する鳳凰となりますよう」
「ありがとうございます」
ロシュアネスが、祈るようにこうべを垂れていた。そんな彼女に、忠震君も礼で応じる。
こういうところを見ると、どうやら【友愛】のサブ性格はうまく機能してるのかな。いいことだ。
ボクが頷きながら二人を見ていたその端では、モニターの中の鳳凰丸が、その艦首に日の丸を高々と掲げていた。
船は、緩やかに沖合へと走り出ていく。
それを見送る大勢の幕閣たちに、悲壮感はない。あるのはただ、やり遂げたという達成感と、これからの未来を信じる明るい表情。
新しい船の処女航海は、彼らの新しい未来の幕開けなのかもしれないね。
その行く先が、本当に明るいものであれば、隣にいるものとしてはとても嬉しい。
『……ユヴィル、船の護衛お願いね』
『了解、任せておけ』
おせっかいかな? と、思わなくもないけど。
まあでも、これは自転車の補助輪みたいなものってことで。
ダメかな?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
地球世界の技術に対する考え方は、主人公よりロシュアネスのほうがシビアに見ています。
っていうか、主人公がいまだに舐めプって言ってもいいんでしょうけど。
早く痛い目に合わせたい(その目は澄み切っていた