第六十五話 外交の今後について
ある程度の震災復興作業が進み、残る作業を藤堂家に譲ったボクたちは無事にダンジョンに戻ってきた。
そしてボクは早速研究を! と思ってたら、次の日にいきなり忠震君がやってきたので中断せざるを得ない。
なんだよもー、とは思うけど、彼が来たってことは何か外交的な話があるってことだ。これを断ることはできない。
というわけで、応接室。いつものように向かい合って、ボクたちは話を始めた。
「こちらをお納めください」
「?」
彼が差し出してきたのは、横長の白い布だった。促されて広げてみると、その中央には赤い丸が描かれている。
……えーっと?
「なにこれ?」
「先日の老中会議にて決まりました、我が国の国旗になります。世間では日の丸と俗に言われる意匠で、日章旗と呼称することとなりました」
「ああなるほど、そういうことね。これ、旗なんだ」
彼の言いたいことがやっとわかった。それで改めて、彼が日の丸と呼んだ旗を見てみる。
……うーん、シンプル。すっごくシンプルだ。丸の位置をずらすとか、そういうアレンジもない。本当にただ純粋に、白地の中央に赤い丸が描かれている、それだけの旗だった。
これが、今後日本が使う国旗かあ。すごくわかりやすい。
「……わかりやすいけど、これでいいの? 君たちの家紋みたいに、もうちょっと凝ってもよかったんじゃない?」
「色々な意見は出ましたがね。そもそも家紋というのは、その家を象徴する紋章です。ですから菊や葵は絶対に使えません。それ以外にも、特定の家にしか許されていない紋章は多くあります。また、仮にそれらを使うことができたとしても、その場合はしがらみが生じます。どこか一つの家が、国の顔になると言っているも同然ですからね。結果的に、誰が使ってもいい、どこの家紋とも一致しない、かつ歴史を持ち、わかりやすい。その条件を満たすものがこれだった、ということです」
「そ、そっか……。新しい紋章は、作らなかったの?」
「外国船との区別のために、国旗の選定は急務でしたから」
「……それもそうか」
これから先、外国船が色んな目的で日本に訪れるようになるのは、確かに間違いない。そしてそれは、決して遠くない未来だ。船の国籍を明らかにするのは大事だろうし、だからこそのスピード解決ってことね……。
「……ちなみに、この旗にはどんないわれがあるの?」
「クイン殿ならお察しいただけるかと思いますが、この紅色の丸は太陽を象ったものです。我が国では昔から太陽信仰が根付いており、天皇陛下をはじめ皇室の方々は太陽神の子孫と言われています。日本、という名称も太陽に関係したものです。つまり太陽とは、この国の象徴でもあるのです。ですからこの意匠こそ、我が国を顕すのにふさわしいものなのです。誰かの象徴ではない、誰でもないこの国の象徴としてね」
「ほへー、このシンプルなデザインにそんな意味がねえ……」
「ちなみにですが、この旗は我が国が鎖国する以前、他国と交易をおおっぴらにしていた時代に船の識別のために使われていた実績があります。そう言う意味でも、これが相応しいと決まったようですね」
「へえ、そうなんだ。ふーん、なるほどね。実際はそれが一番大きいんじゃないの?」
「……お恥ずかしながら」
「ま、いいんじゃない? 使い勝手がわかってるなら、そのほうが楽だろうし」
急いでる時は特に、ね。
「……で? この旗を、なんでまたうちに持ってきたの?」
「はい、今後条約の内容……領事館についての文言を履行するうえで、国旗は必要だろうと思いまして」
「あー、そういえば予定の期日まで半年切ったね」
「ええ。そろそろ、領事についての意見交換もしておきたいとのことで」
「なるほど、領事館みたいなのがなくっても、領事自体がうちにきて業務することは有りうる……っていうか、なんなら今君がやってることも似たようなものだし……」
「はい、今後は主に外交に関するやり取りをする際は、双方の立場を明確にする意味でも国旗を使ったほうがいいのでは、とのことです」
「なるほどね。おっけーおっけー、じゃあうちの旗も出したほうがいいかな?」
「ご理解いただけて何よりです」
忠震君が頷いた。
彼は言わなかったけど、これはヨーロッパ各国と今後やり取りをする上での練習も兼ねてると思う。国際的なやり取りに関するルールは、この世界の主流とうちの主流は結構近いところもあるし。これだけ身近にいるんだし、利用しない手はないだろう。
別にそれを咎めたりはしない。彼らにしてみればそれは当然の手法だろうし、ボクとしても害があるわけじゃないしね。
ただ、うちの国旗ってぶっちゃけないんだよね。どうしよう?
うちのダンジョンはまだ作り始めたばっかりで、象徴どころか特徴になるようなものも特にないしなあ。
……仕方ない、実家の紋章使うか。ママもダンジョンの象徴に使ってるから、そのまま使うのは気まずいけど……何か付け加えとけばいっか。ここは異世界なんだし、別に細かいことはいいよね?
そうと決まれば……早速【アイテムクリエイト】しちゃいましょう。
項目は旗。布地は別にこだわることなく、一般的なもので。そこにオプションとして、生地の色と紋章を設定する。あと、竿は今回外しておこう。
そうして、ボクの目の前に旗が一つ出現する。それがどさっと机の上に乗った。
「よっと……はい、これがうちの国旗」
「失礼……ふむふむ」
すすっと差し出した旗を広げて、忠震君が何やら小さく頷いている。
そこに描かれているのは、花の紋章だ。純白の大輪の花。これはずばり、世界樹の花だ。
そう、世界樹の花から生まれたモンスター、セイバアルラウネ種であるボクやママにとっては、自らを象徴する花。実物に比べたら、図案化の際に多少簡単になってはいるけど、それでもこれこそボクの家の紋章なのだ。
ただ、これをそのまま使うとママとかぶる。一応立場としても実際としても、ボクはママから独立してるから、まんま使うのはまずいよね。
ってことで、花のバックに細長いひし形を交差させた十字と、放射状のラインを配置してみた。光のイメージでね。それから地の色は空色にした。ボクの目の色で、江戸前ダンジョンのダンジョンコアの属性、天の色。ぴったりだと思うんだけど、どうだろう?
「この花は……?」
「世界樹の花だね。うちはゆかりがあるんだ」
「世界にただ一つの神木、でしたか。なるほど、ゆかりのあるものを使うのはそちらでも同じなのですね」
ゆかりがあるっていうか、ほぼイコールではあるけどね……まあ彼の言い分は間違ってはいない。ボクは曖昧に笑って見せながら、彼に頷いておいた。
とりあえずこれをもう一つ作っておいて、と。こっちは、この応接室に飾っておこう。
「……では、こちらの旗はいただいてまいります」
「うん、好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
一礼をしてから、忠震君は受け取った旗を恭しくたたんで、日の丸を入れてきていた風呂敷に包みこんだ。
「さて……次に領事についてなのですが」
「うんうん。どうするか、だね」
「はい。……とはいえ、我が国から貴国へ、となるとかなり深いところまで事情を知っている人間でなければ務まりません。なので、候補は阿部様を筆頭とした老中のどなたか、あるいは私か、でしょうが……」
「……その中から選ばれるんなら、ほぼ君でしょ。正直、君が一番ここのこと知ってるし」
「やはりそう思われますか。私としては、どこかの国の専任になるよりは老中の一員となって、外交全般を担当したいのですが……」
言いながら肩をすくめる忠震君。それは出世欲なんだろうか? それだけの実力はあるだろうけど……。
「今の立場じゃ難しいんじゃない? うちとの協調路線を最初に言ったのは君だし、今に至るまでほぼ連絡役やってたんだし」
「でしょうねえ……」
「……どうしてもって言うなら、家定君でもいいよ? 彼、将軍辞めたがってたし、どう?」
「それはさすがにちょっと……いや、待てよ……確かにそれは……手段を問わなければありかもしれませんね……」
ふと思い立ってした提案だったけど、意外と好感触?
いやまあ、領事としてうちに赴任、ってなると家定君の立場自体はそこまで今と変わらないけどさ。それでも将軍に比べたら、しがらみのないうちにいたほうが彼にとっては気楽だろう。
将軍辞めるって話はさすがに非現実的なわけだし、この辺りを落としどころにしてくれたりしないかなー?
「……少し考えてみます」
おお、もしかしていけちゃう?
「わかったよ。いずれ答えが決まったら、またよろしくね」
「はい、もちろんです」
頷く忠震君に、ボクも頷く。
もし家定君がうちに来るなら、お互い気軽に遊べるぞ。忠震君にはなんとかがんばってほしいところだ。
と、その前に……。
「逆にうちから領事を出すかどうかだけどさ……こっちについてはえーっと、近々人が来る予定になってるんだけど……」
大嘘だけどさ。【モンスタークリエイト】で人材まで作れるなんて話は、いくら友好関係を結んでる日本にも言うわけにはいかない。それに、調査団と銘打って接近した以上、ベラルモースとちゃんと行き来ができる、してると思わせておくことは必要だ。
別に新しく作らなくても強いて言うならティルガナと藤乃ちゃん、あるいは幟子ちゃんなら外交もできなくはないだろうけど。
でもティルガナはかよちゃんの護衛だし、藤乃ちゃんは隠密、幟子ちゃんは対らい病魔法の開発を任せてる(ついでに言えば幕閣に顔を知られてる可能性もある)から、三人とも領事に回す余裕はない。
だからこそ、そろそろ新しいメンバーを用意するつもりだ。最近はDEも安定してきたしね。
ただ、領事館を日本側に設置できる段階にあるかどうかって言うと……。
「……まだうちの領事をそっちに置けるだけの土台は固まってないと思うんだけど」
「同感です。異世界から来たという言葉だけならともかく、ダンジョンがその本拠ですからね……相応の死傷者を出しているので、取り繕うにしても前段階として色々いるでしょうね」
「だよねえ。……ってわけだから、うちからについては今までと同じように定期的に江戸城に行かせるって方向で?」
「……幕府の人間をダンジョンに常駐させるのですから、そちらからも常駐させるくらいでなければ一部の人間は納得しないでしょう」
「あ、そっか……それもそうだね。ん、わかったよ。うちから出す人もそっちに常駐させよう。誰のところに置くかは、考えてもらっていいかな?」
「ありがとうございます、ではそのように」
「まあ、建物が出来たりするまでは毎日行き来させることになりそうではあるけどね」
「そうですね。こちらは、あと人選ですね……」
と、まあそんな感じで、大まかな方針は決まった。
その後もそうした領事に関する話を進めようとしたけど、まだまだ不完全というか未確定と言うか、定まってないことが多すぎてあんまり進展はできなかった。スタートラインに立ったことをお互いに認識した、って感じかな。
だから、後日改めて正弘君とボクの間で正式な会談をすることで合意して、今回の忠震君との話はお開きとなった。
あとはどういう仲間を用意するかだけど、常時ダンジョン外に出すとなるとおのずと方向性は決まってくるかな。
時計を見てみると、お昼少し前。
うん。少し早いけど、ご飯にしよう。
それでご飯を食べ終わったら……研究! ……じゃなくって、人材について考えようか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
日の丸の歴史は実は長いです。だからこそ、史実においてもあの旗が選ばれたのです。
他の旗を使ってる日本なんてのも、それはそれで面白そうですけどね。創作の中ならあってもよさそうですが、そのケースは寡聞にして見たことがありません。
なんだかんだで、日本の旗といえば日の丸という認識が根付いているのかもしれませんね。