第六十四話 伊賀上野地震
さて和やかなお茶会から数日。
あの日の場に正弘君が来れなかった理由とその詳細がわかってきた。
地震だ。京にほど近い伊賀国上野という辺りで、結構な威力の地震が起きていたのだ。
幸い、って言っていいのかわかんないけど、江戸や大阪みたいな人口密集地じゃなかったから、そこまで死者が出たわけじゃないんだけど。それでも千人近くが犠牲になり、建物も多く倒壊したみたい。
日本って国は今まで何回か言った通り、小さな国の連合体だ。だからこそ、幕府が被災地に大々的に手をかける必要はないと言えば、ない。もちろん最低限のことはするけども。
でも、正弘君はこれに敢えて全面的な支援を決定した。意図は、最近朝廷に働きかけを行ってるのと似たような理由だね。手厚い保護を幕府から施すことで、貸しを作っておくのだ。
該当地域を治めてる藤堂家は佐幕派らしいから、効果はそれなりにあるだろう。あまり国政には関わろうとしない状況みたいだから、今後の国政に多少なりとも協力的になってくれればいい。そんな判断だね。
それに、幕府から金銭援助をすることで、新しい貨幣をより広く早く浸透させる意味もあるみたいだ。
この辺りは、ボクとダンジョンが供給する金銀があるからできること。去年の今くらいの幕府だったら、こんなことをするだけの体力は一切なかっただろう。
まあ正直、そういう日本の内政に関するところはボクの関知するところじゃない。ただ、今回ボクはちょっと深く攻め込むことにした。
何をしたか? ずばり、ダンジョンの住人と一緒に被災地に飛んで、被災地復興に協力することにしたのだ。
彼らの多くは冤罪で捕まってたわけだけど、元の居場所は大体が江戸だ。だから、離れた土地なら顔見知りもいないだろう。「なんでお前がここに!」なんて展開はほぼないはずだ。
じゃあなんでそんなことを? って話なんだけどさ。ぶっちゃけ、今のところやるべきことがない住人が多すぎるんだよねえ。
ダンジョン内は気候も安定してるし、余計な害虫なんかもいない。農具も大半が魔法道具。農業をするにはイージーモードすぎるおかげで、手が余りまくってるんだよ。植え付けの時期でも収穫の時期でもないし。
おまけに娯楽が足りなさすぎる。ジュイたちがなんかバトルマッチしてるみたいだけど、それも毎日ずーっとやってるわけじゃないし。魔法の問題集も、残り少なくなってきた。
ベラルモースのスポーツとか紹介しようにも、スキル前提だからこの世界じゃできそうにないし。
そんなわけで、ここはいっそ災害救助のノウハウを積ませてみようと思ったんだ。
いやさ? 聞くところによると日本って災害が多いらしいじゃない。実際ボクも【真理の扉】で調べたけど、確かにこの国は自然災害が圧倒的に多い土地だった。だとしたら、災害救助の専門部隊はあったほうがいいと思うんだよね。
ただ、当然ながら今の日本を取り巻く環境では、そんな組織作りをしてる余裕はない。何より国防が第一だからね。
だからこそ、今時間的に余裕のあるうちの住人にノウハウを積んでもらって、いずれ日本でそういうことをやる余裕ができた時に、教導役を担えるようにしたら一石二鳥なんじゃないのって思うんだ。
ついでにボクらを幕府の手配で来たって言っておけば、幕府の株も上がるだろう。一石三鳥だ。
というわけで、正弘君からも許可をもらって、特別な手形を用意してもらって行動開始。お目付け役(実際は当該地域と幕府とボクらの連絡・折衝役)として、松平慶永君の参謀、中根雪江君がくっついてきた。
正篤君と同時期に老中に入った慶永君は、主に内政改革が担当だ。災害救助という、この国にとってはまだしっかりと根付いていない概念は、その一環として扱われるようだ。その把握のためにも、あえて右腕とも呼べる人物を遣わしたってことらしい。
ちなみにこの中根雪江君は開国派で、慶永君にも開国派になるよう進言した人だ。その辺りの思考の柔軟さも、買われたんだろうね。
だからか、ボクの存在も特例で開示された。この辺りは、人は選ぶものの、老中の腹心に対しては融通を利かせる方針みたいだ。忠震君も立場的にはそんな感じだし。
……とまあ、そういうわけでボクのことを知ってる人間だけでの移動になるので、もう遠慮なく魔法を使わせてもらうことにした。何日もかけて移動するなんて面倒だし。大丈夫、人目のつかないところに転移するよ。
ん? 【テレポート】は行ったことのある場所にしか行けないだろうって?
大丈夫、問題ないよ。ユヴィルにカメラを持たせてひとっ飛びしてもらえば、その場所は把握できるからね。移動先の選定も一緒にしてもらって、ついでに住人たちの状況なんかも調べてもらって。
あと、せっかくだから揃いの衣装なんかも用意して、いかにもな雰囲気づくりも忘れない。もちろん、ボクも含めて全員に最低限の知識はマニュアルをDEで用意して、読み込むのもね。
そうして6月22日(7月16日)、ボクたちは被災地に現地入り……の前に、伊賀国を治めている藤堂家のお殿様にあいさつ。一応、名目上彼も国主だからね。
うん、この辺面倒。早くこの日本を日本って言う単一国家にしないとね。
ともあれその翌日、ボクたちは現地入りする。
現地入りして状況を見た素直な感想としては、「うわあ」かなあ。
いや、だって見る家見る家軒並み倒壊だよ? 全壊はさすがに全体の一割ちょいだけど、半壊や傾いた家とか含めると……パッと見た感じには街がそっくりそのままぶっ壊れてるようにも見える。そりゃあ引くって。
建物が弱かったのか、地震が大きかったのか……あるいは両方か。それはわからないけど。ともあれ、これは放っておいたら後々にまで響きそうだ。
というわけで、がんばりましょう。一応、ボクもこういうの指揮するのは初めてだったけど、事前に下準備をしておいたのは無駄じゃなかった。
それにこういう力がものを言うことにかけては、うちの住人はわりと適性がある。なんてったって、今ダンジョンにある建物の大半は自分たちで建てたものだ。おまけに食生活は大幅に改善されてるから栄養状況もいい分、発揮できるエネルギーも余ってるからね。
ボクももちろん、力には自信がある。いや、ステータス的には後衛職だから、ベラルモースでいうと非力な方なんだけど。この世界ではトップクラスな方だ。用意された木材も石材も、軽々と運んでみせるよ!
ってなわけで、倒れた建物に押しつぶされた人の救助や障害物の撤去なんかを粛々と進めていく。なんか、川上の方で落石が流れを変えちゃったって話も聞いたから、ついでにその落石も取り除いておいた。見た感じ、大雨とかになったら面倒なことになりそうだったからね。
その途中でまだ息のある人が見つかったら、こっそり治療もしちゃってりして。死なずに済むならそれに越したことはないでしょ。ボクだって、別に殺したくて人を殺してるわけじゃないのだ。いずれ彼ら、あるいは彼らの子孫がダンジョンに来る可能性もあるわけだし。言ってみれば、これは未来への投資だ。
最初は現地の人たちからは胡散臭い目で見られた(うちの人員は全員髷結ってないのもあると思う)ボクたちだったけど、そんな感じでやってたらあっという間にそんな雰囲気はなくなった。
もちろん幕府の公認って看板も大きくはあったんだけど。実利が伴ってるのといないのとでは、やっぱり差が出るってものだ。
そうして一通りの作業が終わったのはおよそ一か月後、7月も末の29日になってからだった。
ボクらの活動のおかげで伊賀国の復興は、急速にその土台を固めることができただろう。死者の数も、二次災害まで含めてかなり減らせたんじゃないかって自負してる。
本当ならもうちょっといたほうがいいんだろうけど、さすがに大人数を長々とダンジョンの外に置いとくわけにはいかない。取得できるDEも減るし、収穫の時期も近づいてきつつあるしね。
というわけで、そろそろこの土地からもおさらばだ。でもその前に……。
「この辺りだね」
『ああ、間違いない』
ボクは肩にユヴィルを乗せて、彼の案内で上野のとある山近くまでやってきていた。時間は深夜。当然だけど人目を忍んでだ。
そんなボクたちの目の前には、地震によって地盤が割れ、互い違いの状態にずれ込んだ地面が繋がっている。断層ってやつだ。
「いやあ、すごいね。自然が持つエネルギーが一番すごいのは、この世界も一緒だねえ」
『同感だ』
見る限り、断層はボクの視界の右から左までずっと続いてる。かなり大きなエネルギーがここで放出されたことは想像に難くない。
ただ、その発生メカニズムは地球とベラルモースではまったく違う。結果は同じなのに、原因が違うってのも面白し興味深い話だよね。
何が違うって?
簡単に言うと、地球の地震は主に地面の動きによって蓄積したエネルギーが元。ベラルモースの地震は空気中から蓄積した土属性の魔力が元だ。
まあさっきも言った通り、それで起きる結果は同じだから細かいことは今はいいんだ。放出されたそれぞれのエネルギーが、大地を揺るがすわけだからね。
でも、ベラルモースでの地震のほうが圧倒的に対処しやすい。なんでかっていうと、元が魔力だからそれを消しちゃえばいいのだ。
方法はたくさんある。【中和】系スキルで魔力を消したり、【吸収】系スキルで吸い取ったりね。
中でも今最先端の対処方法が、土魔力炉だ。地面から土属性の魔力を吸い上げ、属性だけを中和して生活用エネルギーに変換することで、災害を防ぎつつエネルギー源にするっていう、画期的なやつなんだ。
まあやりすぎると、地面から土属性魔力がなくなって土地が枯れるんだけどさ。そこは要加減だ。
……とまあそんなわけで、ベラルモースには地震をそっくりそのままエネルギーに利用できるノウハウある。これ、地球でも応用できないかなー? と、思ったんだよね。今回は、その調査だ。
「原因が違うからうまくできるかわかんないけど……やってみる価値はあるよね」
『ああ。仮に成功すれば、この国は地震の多い国だ。それを魔力を介してDEに変換できれば、今後DEを半永久的に賄えるようになる』
「変換効率はどれくらいか……そもそも変換できるのか……どれくらいのコストがかかるのか……うふふふふ、研究者としての血が騒ぐよ!」
『……くれぐれも時間を忘れないようにな』
「そこは任せるよ!」
『……わかった』
悪いけど、ことこういう分野でボクに一度やらせたら止まれない自信しかない。とはいえ、その辺りの制御もユヴィルを作った理由の一つだし、遠慮はしない。
まあ、うまくいけばダンジョンのためになるのは間違いないんだ。多少のお茶目は大目に見てもらいたいところだね。
というわけで、早速断層の調査だ! そのメカニズムなんかは【真理の扉】を使って調査済みだから、今回問題なのはそれ以外。
異世界の魔法と自然科学がどうつながるのか? どう融合できるのか?
その疑問、そこに秘められた可能性、それがなしうる将来性……ああ、考えるだけでワクワクする!
地球に来てからつい最近まで、ダンジョンの足場固めにかかりっきりでずっと研究活動できてなかったからなあ! やっぱりこれがボクの本分だよ!
ああ、生きてるって楽しい! ずっとこうしてまったり生きていたい!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ちなみにこの地震は第一弾です。