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三つの欠片

 どういう状況で、どういうことが起きて、それらが己を認識したかは、誰も知らない。

 ただ一つ確かなことは、ある時それらは自らを自らであると認識するに足るだけの自我を得て、大本とは異なる思考を始めたことである。


 それは認識というより、誕生と言ったほうがいいかもしれない。

 ともあれ、それらは自我を得た。そして最初に空腹を覚えて動こうとして――自らが動くことのできぬ石くれであることを悟った。


 そう、それらは石だった。黒い、いびつな石。周辺に転がるどの石とも違う、少々特徴的な石だ。

 そんな状態で、空腹を感じることはいかにもおかしなことである。実のところそれは精神生命体が感じる空腹なのだが、そんなことを、自我を得たばかりのそれらが知る由などなかった。


 そうして、まったく違う場所にありながら、それまでまったく同じことをしていたそれらは、ここで違う行動を取る。


 美作国高田に転がっていたそれは、【妖術】を放って周囲の動植物から魂を食らい。

 越後国高田に転がっていたそれは、手近なところにいた虫を【借体形成】で乗っ取り。

 安芸国高田に転がっていたそれは、【神能】によって自らの身体を動かして移動した。


 いずれもただの石では不可能なことだが、なぜかそれらはそういうことをするだけの能力があった。なぜそんなことができるのかについては、それらも知らなかったが。


 ともあれそれらは、そうして静かに行動を開始した。

 最初に取った行動の違いはその後もさらに大きな違いとなり、元をただせば同じものから生まれたそれらにも、明確な違いが現れる。個性、個体差とも言うべき違いが。


 美作国高田に転がっていたそれは、その後も動くことなく周囲に近づいた動植物を捕食し。

 越後国高田に転がっていたそれは、【借体形成】を繰り返すうちに白蛇の身体に落ち着き。

 安芸国高田に転がっていたそれは、あくまで相性のいい人間を求めて石のまま移動した。


 そうして、美作国高田には、生き物を殺す妖怪の石があるという噂が流れ。

 越後国では神の使いが現れたという噂が流れ。

 安芸国ではひとりでに動く奇妙な石があるという噂が流れるに至った。


 やがてこの噂は、尾ひれをつけて拡散していく。人の口に戸は立てられないのである。


 この中で、特に大きく人の耳目を集めたものがある。石のまま動いていたものだ。なぜならただでさえ目立つ上に、かなりの広範囲を移動していたからだ。


 それにとって、人間が定めた境目など意味をなさない。存在も知らない。だから、それは己と相性のいい肉体を求めて、安芸国を中心にして周辺を動き回った。

 道中、力が尽きたら容赦なく生き物の魂を食らった。これによって、それの能力はさらに磨きがかかっていく。


 そしてしばらくして、恐ろしい妖怪のうわさが長州一帯に広がった頃。それは遂に、己の肉体に相応しい器を見つけた。


 器は人間であった。最近に家族をみな亡くし、若くしてその跡目を継いで藩医になった少年である。

 彼は少しでも早く医者として大成し、天涯孤独となった身を立てようと日々勉学に励む苦学生であった。長州藩の医学所で学び、費用を藩が負担する成績優秀者を目指して。


 そんな彼が帰宅の途にあるところに、それが通りかかった。そして一目見て、それは少年の利用価値を察した。もはや本能と言ってもいい、それくらいの判断であった。


 そうしてそれは、すぐに動いた。それまで自らの肉体としていた石を抜け、万感こめて【借体形成】を発動する。

 その魔法式は一つの瑕疵もなく完成すると、石から黄金の魂魄が湧き上がる。それは、二本の尾を持った狐の姿をしていた。


 だがその姿を、少年が認識することは一瞬たりともなかった。注意を払っていなかったとか、そういう話ではない。そもそもこの世界に、魂魄を認識できる人間はもはやほとんど存在していないのだ。


 かくして、誰からも妨害されなかったそれ――妖狐の魂は、あっさりと少年の身体に乗り移った。そして直後、速やかに肉体の改造に取り掛かる。

【借体形成】とは、単に相手の身体を乗っ取るだけではない。己の魂に合致した身体に強引に作り替え、拒絶反応を限りなくゼロにする仕組みも内包している。これをいかに少ない力で適合させられるか……つまり、作りかえる要素が少ない肉体が、【借体形成】をする上で「相性のいい」肉体となるのだ。


 そして狐にとって、少年の身体は労力をかけず適合させられる肉体だった。ほどなくして、少年の身体はそれまでの姿からわずかに異なる姿となっていた。

 医者であるからとそり上げていた頭髪は蘇り、肩までかかる程度の金髪が生じている。そして顔も、気難しさを思わせる構成から、耽美な甘い容貌へ。背丈は変わらないが、それでも紅顔の美少年と言っていい姿であった。


「……く、サカ……」


 そして少年……いや、狐は額に手をやり、器の記憶を余すことなく読み解いていく。


「……クサカ……久坂、玄瑞……そうか、それがこやつの名か。覚えたぞ」


 一通りの作業を終えて、狐はつぶやく。そして笑う。


「ふくくくくっ、これでやっと我は自由の身体を得たぞよ! まずは食事じゃ、石くれの身体じゃあできなんだ美食を、まずは食らいつくすとしようぞ! それが終わったら……」


 くつくつと笑いを続けながら、狐はくるりと向きを変えた。その影法師に、狐の耳と尻尾が生えている。

 それを改ざんしながら、それはさらに笑う。


「また昔のように、派手に暴れてみようかのう!……はて? 昔……昔とな。我に昔なんぞあったか……?……まあよいか」


 すっかり人の姿に化けきった狐は……いや、久坂少年は、たんと地面を蹴った。そうして、人にあるまじき動きでその場から消える。


 ……数日後。長州藩の領都とも言うべき萩の街で、謎の大量死が起こった。いずれも外傷はなく、苦しんだ形跡もなかったという。

 見るものが見れば、魂魄を食らい尽くされていたとわかっただろうが……あいにくと、それができる人間がいるはずもない。


 かくして、この国に三つの欠片が解き放たれた。バラバラの行動を起こしたそれらだが、一つだけ共通点があった。それらがかつて殺生石と呼ばれ、またそれらの魂が九尾の狐から分かれた者である、ということである。

 現代に蘇った古の大妖怪――白面金毛九尾の狐。その災厄とも呼べる力が、日本を覆い始めていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


九尾の狐のステータスにずっと「本体」と書き続けていたので、分体はどこにあるのかと思っていらっしゃる方もいらしたかと思います。今回はその回答を。

彼らが今後どういうことをしていくのか、生暖かく見守っていただければと思います。


さて、ここでお知らせです。

今回でおよそ一か月ほど続けてきた第二章「1854年 黒船」はおしまいです。今後はまた一時休載して書き溜めを行い、10万文字のストックができたら再開、というスタイルでやっていこうと思います。

今までの感覚で行くと、たぶん更新再開は一月中旬~下旬くらいになるかと思いますので、それまでお待ちいただければ。

次章「1854年~1855年 震災」ご期待ください!

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