第五十六話 復活の狐と始まる二回戦
「ふふふふふ……クックック……はぁーっはっはっはぁー!!」
黄金の波とでも言うべき美しい金色の長髪をなびかせて振り返りながら、その美女は悪の笑い三段活用とも言うべき笑い声を上げる。
その姿、立ち居振る舞いからして「痛い」わけだけど、なまじ見た目がいいだけに様になっている。
誰かって?
「妾、大っ復っ活っ! なのじゃー!!」
うちのメンバーにこんなアレな言動するやつなんて一人しかいないでしょ?
殺生石だよ。元、って言ったほうがいいのかもしれないけどさ。
「わっはっはっは! ようやっと身体を手に入れたぞ! 実に800年ぶりの肉体じゃ! 空気が実に美味だぞえー!」
よっぽど身体を手に入れたことが嬉しいのか、ただでさえアレな言動がよりアレになってる。
それでいいのか、伝説の大妖怪?
ちなみに、「復活」自体はあながち間違いじゃない。人の肉体を得たことで、彼女のステータスはこうなった。
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個体名:有栖川宮・幟子(本体)
種族:九尾
性別:女
職業:ダンジョンキーパー
状態:普通
Lv:82(329)
生命力:30111/30111
魔力:82952/94266
攻撃力:7410
防御力:6195
構築力:8274
精神力:7924
器用:6997
敏捷力:10173
属性1:妖 属性2:冥 属性3:魂 属性4:木 属性5:土 属性6:光(New!)
スキル
神能Lv2 千里眼Lv2 多聞耳Lv2 読心Lv4 魅了Lv10EX 指揮Lv4 性技Lv10EX 房中術Lv10EX
妖術Lv8
気配察知Lv9 気配遮断Lv8 魔力察知Lv10EX 魔力遮断Lv7 魔力節約Lv4 空中機動Lv6
毒無効Lv2 麻痺無効Lv1 混乱無効Lv2 魅了無効Lv5 痛覚遮断Lv3 精神耐性Lv8 物理抵抗・中Lv4 魔法抵抗・大Lv1 耐飢餓Lv4 魔力自動回復・中Lv5 弾性・中Lv1
中国語Lv4 魔法工学Lv4 儀礼Lv6(Up!) 拷問Lv10EX 交渉Lv7 日本語Lv5(Up!) 潜伏Lv6 鍛冶Lv4 農作Lv7 建築Lv7 醸造Lv7 英語Lv4 和歌Lv5(New!) 舞踊Lv5(New!) 祈祷Lv5(New!) 祭事Lv4(New!)
称号:千年狐狸精
肉体のくびきから解き放たれし者
傾国
フォックス種の頂点
截教三強
逃亡者
ヒューマンスレイヤー
クインの眷属
皇族(New!)
魂の神髄に触れた者(New!)
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はいはい強い強い。
何このステータス? 正面からじゃ普通に勝てませんけど?
いや、立場的な問題で彼女はボクに一切攻撃できないから、状況に関係なく勝てるっていえば勝てるけどさ……それってなんか違うよね……。
いいんだけどさ。ボク元々戦闘職じゃないし……強ければいいって話でもないし……。
まあそんなことはいいんだ。
なんかステータスの表記が変わってるけど、これは元々の幟子ちゃんの魂を食べることなく自分の一部にしたことで、この肉体との相性は最高を通り越して本人になっちゃったかららしい。おかげで、中身の九尾というモンスターの魂がどれだけ居座っても、この身体は劣化しない代物になったそうで。
名前は元からのルール? で憑代のものを使うらしいけどさ。そもそもシステム的にも本人になってるんだから、彼女が幟子と名乗っても何の問題はないっていう。
ついでに、その身体も今までの身体乗っ取り……借体形成の術? を使うよりも効率よく、より細部に至るまで、自由自在、変幻自在に動かせるようになったみたいだ。
その結果、とりあえず髪の毛を彼女の代名詞とも言える金色にしてみました。今ここ。そんな状況です。
え? ああ、京に送った幟子ちゃんの死体は例の偽物だよ。隙を見て本物と入れ替えるつもりだったんだけど、幟子ちゃんが斉昭の処分にだいぶ時間をかけたから火葬に間に合わなくってさ。
結局、本物が宙に浮いて困ってたところで殺生石から嘆願を受けて、今に至るんだ。まあ、間違ったことはしてない……と思いたい。
「大復活って言ってますけど、結局のところまだ分体は一つも回収できてないですよね……」
「ティルちゃんの言う通りやろうけど、ここはそっとしといたり……本当のことを言わんのも優しさやで……」
「本当のこと言っても面倒なだけだしねー……」
〈そんなことよりおなかへったー〉
『俺はノーコメントで』
他のメンバーのリアクションも薄い。
バトル漫画みたく、加わる仲間の強さがインフレしていったうちのメンバーだけど、その中でも殺生石……いや、呼び方、一応改めようか。
幟子ちゃんはボクすら超える強さを持つことは、もはや揺らぎない。そのはずなんだけど、誰からも尊敬されてない。何事も日ごろの行いがものを言うのだね。
大体、放っておいたら放っておいたですねるし。正直面倒、ってのがみんなの総意なんだろう。
「ほあー……きれいな髪の毛です……」
そんな中で、一人だけまっとうなリアクションをするのがかよちゃんだ。ボクにはティルガナの金髪とさして違いを感じないんだけど、彼女にとっては何かしら感じ入るものがあるのかもしれない。
ただ、金髪なんて腐るほどいたベラルモース人としては、かよちゃんの黒髪のほうが圧倒的にきれいだと思うんだよね。
「そうかな? ボクはかよちゃんの黒髪のがきれいだと思うけど……」
「はう!? い、いえそんな……わ、私なんてそんな……そ、それにこれは旦那様が出してくれる香油のおかげで……」
「バカ言っちゃいけない、あれは原石を宝石に磨き上げるための研磨剤でしかないんだよ。元がよくないときれいになんてならない。だからかよちゃんはきれいなんだよ!」
「だ、旦那様……!」
かよちゃんの手を取って、見つめ合う。彼女の指にはめられた指輪と、ボクの指にはめられた指が重なり、かすかに光を放った。
「まーた始まったで……」
「ああ奥方様……その視線を、一瞬でもいいからわたくしめに……」
〈ねーごはんー〉
『俺はいつになったら報告できるんだ?』
「なんだかなあ……」
外野からすごく失礼な声が聞こえてくる。
なんだよ、別にいいじゃんか。誰にも被害はないんだし。
「ふええぇぇんぬしさまあぁぁー!」
「うわぁっ!?」
そう思ってると、いきなり幟子ちゃんが割り込んできた。
「妾も! 妾ももっと愛でてたもれ! せっかく身体を得たんじゃ、少しくらいええじゃろ、なっ!?」
「え、嫌だけど……」
「ふええぇぇぇん!?」
「うわあ……あの勢いで突っ込んだかまってコールを正面から一刀両断とか……」
「主様のああいう一途なところはわたくしは好きですよ?」
「時と場合があるって言ってんのよ……」
〈ごはん……〉
『はァー……』
なんでボクまで非難されなきゃいけないんだろう。理不尽な話だ。
「なんでじゃぁぁ!? 妾、あんなにがんばったのに、何がいかんのじゃぬしさまぁ!」
「そういう態度。あと、報酬はあげるけど愛でるとかそういうのなしね。ボクはかよちゃん以外の人にそういうことするつもりはないから」
「うわああぁぁぁん振られたのじゃあぁー!!」
号泣する幟子ちゃん。元の幟子ちゃんの魂は死なずに同居してるはずだけど、こういうことに身体使われてることには何か思うことないんだろうか……。
「あ、あの……旦那様? あの、私は側室の一人二人くらいは、その。構わないと思いますけど……」
死んだ魚のような目で幟子ちゃんを見下ろしていたボクに、かよちゃんが遠慮がちに言う。
でも、その発言に反してその小さな手はボクの服の裾をきゅっと握ってる。それに、さっき幟子ちゃんが割り込んできた時、一瞬だけど顔を青くしたのをボクは見逃さなかった。
不安、なんだろう。でも、強がらなくたっていいんだよ?
「大丈夫、君がいてくれれば他に相手はいらないし、仮に他の人を迎えたとしてもボクの甲斐性じゃ不幸にするだけだよ」
「あぅ……う、嬉しいん、ですけど……か、かわいそう、ですよぅ……」
「かよちゃんは優しいんだね。でも正直、美人だとは思うけど好みじゃないんだよねえ……」
いまだに泣き続けてる幟子ちゃんの姿は、元々美形だった幟子ちゃんの身体が、傾国の手管を磨いてきた九尾による改造でさらに美人になっている。
それは認める。十人いれば十人、百人いれば百人、彼女を美人って言うだろう。否定しないよ。
でもね、それが好みかどうかは別の話なのだ。こういう主観の話になると、人の意見は分かれるものなんだよ。
「そもそも、ボクらアルラウネにとって大人の女性は守備範囲外なんだよね。人間の子供くらいの背恰好のまま変わらないから……どうしてもああいう見た目で迫られると、困る通り越して普通に嫌なんだよ」
「え!? じゃ、じゃあ、私も大きくなったら、き、嫌いになりますか……?」
「そんなわけないよ! 確かに最初は見た目で選んだところは否定しないけど……でも、もうボクはかよちゃんしかいないって決めてるから、この先何があってもボクの一番はかよちゃんだよ」
「はう……だ、旦那様……あ、ありがとう、ございますぅ……ず、ずっとお供させてください……」
「もちろんだよ、むしろ、ずっと一緒にいてほしいな……」
「旦那様……」
そうしてボクたちは身体を寄せ合い、唇を……。
「かああーっ甘い! 甘すぎるわぁー!」
「ああ奥方様……わたくしめは、わたくしめは……!」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ……」
〈ごはんないなら、ねていーい?〉
『俺も寝るかな……』
外野うるさい!
「ぬしさま……」
そんな絶望の表情でこっち見ないで……あれ、なんか閃いたって顔してるな?
「そうか、ぬしさまは稚児趣味であったか! 盲点じゃった! さすればしばし待たれよ! ふむん!」
そして急にそう言ったかと思うと、立ち上がって背中を向けて、全身に力を込めた。
すると次の瞬間、幟子ちゃんの身体がみるみる縮み始める。当然だけど服は変わらないから、どんどんぶかぶかになっていく。
数十秒も経てば、彼女の身体はすっかり子供のものになっていた。かよちゃんよりもまだ小さいかもしれない。
けど、元々の美貌は変わらない。確かに子供の顔にはなったけど、将来が約束された紅顔の美少女である。
そんな姿に変わり果てた幟子ちゃんが、喜色満面の笑み浮かべ両手をぐっと握った状態でボクに振り返った。
「よし!! これでどうじゃ!!?」
「……え、いや、どうって言われても……」
「ぬしさま好みの幼女じゃよ!! どうじゃ!!?」
「その状態でにじりよってこないでなんか怖いから!?」
「なあぬしさま!! これでど、ぴゃっ!?」
そして彼女は、だぼだぼになった服の裾を思いっきり踏みつけて、盛大にコケた。
結構派手な音が響いた辺り、頭から床に突っ込んだのかも。
「ああもう……大丈夫? ほら、手出しなよ。まったくもう、仮にも伝説の大妖怪だろ。何してんのさ……うわっ!?」
「あっ!?」
仕方ないから起こしてあげようとしたら、これ幸いとばかりに抱きつかれた。
隣でかよちゃんが、やられたって感じでうめいてる。
「ああああぬしさまあぁぁぁ! ぬしさまの身体じゃ、生身のぬしさまの身体じゃああぁぁぁ! 生きててよかったー!!」
「ちょ、元気なら離れて……離……くっ、力つっよ!? こんなところで無駄に大妖怪の力使うなよな!?」
「あああぬしさまのにおい! くんかくんか!! かぐわしいにおい!! くんかくんか!!」
「……【オウンスワップ】!」
時空魔法【オウンスワップ】。対象の場所を入れ替える魔法で、戦闘じゃ極めて汎用性の高い魔法だ。
今は戦闘じゃないけど。とりあえず、逃げる。悪いけど、フェリパには犠牲になってもらおう。
「ひゃっ!?」
「ぉうわっ!?」
魔法の発動と共に、時空がゆがんで幟子ちゃんは次の瞬間フェリパに抱きついていた。
突然のことに、二人は目を白黒していたけど……。
「ぬしさまってばつれないのじゃ……こんなにかわいい幼女を袖にするとは……」
「自分の言動をよくよく見返してから言うんだね……」
なんてぶれないやつだ。深いため息をつきながら、ボクはジト目で言うしかなかった。
けれども、当然というべきか、幟子ちゃんが気にした様子はない。っていうか、たぶん聞いてなかったんだろう。
「でも……なんだかんだで、いざって時はちゃんと手を差し伸べてくれるぬしさまのやさしさが、妾大好きじゃよ……」
頬染めてんじゃないよ……。
ボクが呆れてると、ぎゅっと腕にしがみつかれる気配。そっちに目を向けると、かよちゃんがボクに身体を寄せていた。
そんな彼女の頭をなでながら、ボクは苦笑する。
「まったく……。ごめんよかよちゃん、どうも面倒なやつ仲間にしちゃったみたいだ」
「え? えっと……あの、でもその、本当にいいんですか……?」
「何が?」
「だ、だって……幟子様、かわいいですよ?」
「まあ、うん……あれくらいなら、十分守備範囲だけどさ。二人も相手する余裕なんてないし、そもそもあの言動は正直引く」
「で、ですか……」
「そうだよ」
「……あの、じゃあ……えっと……」
ボクが大きく頷いたのを見て、かよちゃんが遠慮がちに腕に力を込めた。もちろん痛みなんてない。それでも、しっかりとボクの身体に抱きついている。
彼女のちょっとした独占欲が、どうしようもなく嬉しくって思わず頬が緩みそうだ。
「聞いたかフェリパ殿! 妾、十分守備範囲らしいぞ! 勝機はある!!」
けどすぐに聞き捨てならないセリフが耳に!
ボクのさっきの発言、後半まったく聞いてないじゃないか……なんて前向きな思考回路してるんだ……。
「え、あー、うん。そら、まあ、よかったな? けど、そろそろ離れてくれへんかな……」
抱きつかれたままのフェリパが、巨体を持て余すようにして顔を引きつらせてる。
うん。
フェリパ、後は任せた。
ってわけで、ボクはジュイの背中で、ふてくされたように寝転がっているユヴィルに身体を向けた。
「……そんなことより、ユヴィル。戻って来たってことは、アメリカに相応の動きがあったんだよね?」
『ん……あー、おう』
それでもすぐに姿勢を整えるのはさすがだ。誰かさんも見習ってほしい。
『報告するぞ、主。もう数日もすれば、彼らは戻ってくるだろう。今回の目的地は、函館と共に開港が決まった下田だ。そこを中心に、交渉したいことがある、という話もある』
「……遂に来たか」
休憩時間は短かったな。
まあでも、その短い間に伝説の九尾を完全に近い形で仲間にできたんだ。今後日本にとって内憂になりそうな相手も潰したし。
それなりに経過は良好じゃないだろうか。
「おっけー。藤乃ちゃん、より細かい情報の収集を。ユヴィル、下田に行く時はまた力を借りる。それまでゆっくり休んで英気を養っててほしい」
「はっ」
『了解だ』
「かよちゃん、ティルガナ、それにジュイ、フェリパ、幟子ちゃん。ボクの留守は任せたよ」
「はいっ」
「お任せください」
〈ごはん……〉
「了解なのじゃよ!」
「あいよ……ちょ、たかちゃんホンマそろそろ離れてくれへん?」
さーて、これからまた忙しくなるぞ!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「主人公最強」タグを取り下げました(唐突
いや、当初は地球なら彼のステータスでも最強ってつもりで書いてたんですけど、ここまで来たらもうそんなこと言ってられないよなって思ったもので……。
とはいえ、作中でクインが言っている通り、二人の関係がダンジョンマスターとダンジョンキーパーである限りは、幟子が反抗することはできないので、勝てなくはないんですがね……。
ちなみに、彼女はお察しの通り当て馬枠です(真顔