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第五十二話 水戸藩邸討ち入り 序

 種籾をもらったその日、遂に斉昭君に永蟄居が申し渡されてたらしい。

 それから彼が屋敷に押し込まれてから二日ほど、苗づくりと稲作用魔法道具の研究をしながら様子を見てたけど、かなりにぎわってる……というよりは、騒然としてる感じだった。


 隠居とはいえ、隠然たる権力を握っていた存在が急に失脚したら、そうなるのも無理はないかもね。

 しかも永蟄居は、押し込めてるとはいえ懲役刑じゃないから、預かる立場の息子……えーっと、名前なんだっけ? まあいいや。現当主としては扱いに困っただろう。


 そんな様子を確認したボクは藤乃ちゃんを「洞窟の主に気に入られたことで外に出る機会を得た」と偽らせて、ダンジョンの情報を少しだけ漏らした。

 もちろん、ボクの名前をはじめとして、偽れるところは大幅に偽ってる。おまけに漏れても問題がないような小さい情報ばかりを選んでるから、仮にボクたちの目が届かないところで斉昭君が情報を拡散させても、こっちにダメージは来ない。


 で、情報を得た斉昭君がどういう行動に出るかなと思って藤乃ちゃんたちに張らせてたんだけども。

 案の定、すぐに京に向けて密使を出したものだから、思わずほくそ笑……もとい、ため息が出たよ。


 人数も増えてきたうちの諜報部隊が、この密使をすべて捕縛した。そこで回収した密書は、当然だけどうちと幕府が結んだ秘密協定に抵触する。これをもとに、水戸家江戸屋敷に踏み込むことを正式に決定することになった。


 てなわけで、そこまで大きい作戦にはならないだろうけど、一応打ち合わせは必要だよねってことで。


「というわけで、作戦概要を説明しまーす」


 いつもの会議室で、アメリカ艦隊監視のため北に向かってるユヴィルを除いたフルメンバー(かよちゃん含む。サブマスターになったしね)が集結していた彼らを前に、ボクはモニターにレジュメを映しながら説明を始める。


「まず、今回の大目標は徳川斉昭君の捕縛だ。殺害じゃない、捕縛だ。これは絶対に間違えないように」


 モニターの映像が、斉昭君の顔写真に切り替わる。眼光は鋭く、その表情は厳めしい。既に五十代に入ってるはずだけど、それより十歳くらいは若く見える。武家の重鎮として、相応のスキルを持っているってことだろう。

 しっかり運動を適量してる人間のほうが健康的なのは、この世界でも変わらないんだろうな。


 うん……見た目はわりと、悪くないんだけどなあ。頭の中が悪いんだろうなあ。


「まあ、最終的には殺すんだけどさ。どうせ殺すならダンジョンの中で殺したほうがおいしいからね」


 ボクの説明に、かよちゃんを除いた全員が頷いた。


 うん。

 人間の彼女にはまだ少し辛いかもしれないけど、これがボクの仕事なのだ。とはいえ彼女も必要性は理解してくれているから、この場から退席したりはしない。無理そうなら外してもらっていいって伝えてあるけど、それをしないならあとは慣れてもらうしかない。


「現場には踏み込む前に時空魔法で空間を隔離するけど、すぐ近くに人がそこそこいる。見回りもいるしね。彼らについては、極力手は出さずに念のため眠ってもらう。ただし、万一ボクらの姿を見てしまった場合はダンジョンに拉致する。深夜を狙うからないとは思うけど、現場に近づこうとした人間についても同様だ」

『ぬしさまよ、そこは記憶を消したり洗脳したりはせんのかの? そっちのが楽だと思うんじゃが』

「記憶の操作は、最悪のことを想定してなし。洗脳は、割に合わないからパスだ」

「記憶の完全な操作は不可能なのですよ、殺生石。何かの拍子に記憶が戻ったり、記憶の矛盾から錯乱したりするのです。そうなってしまったら厄介です。

 それと洗脳ですが、これは維持に相応の魔力を消費します。費用対効果に見合いません」

『うぬ……ベラルモースほど魔法の進んだ世界でも、この辺りの事情は改善されておらんのか。残念じゃが仕方ないのー』


 ティルガナの補足説明に、殺生石(本体は社にある。今は狐の形をした魂だけ)が肩をすくめて見せた。

 彼女は過去、洗脳や魅了を駆使していくつもの国を崩壊させているが、いずれも最終的には征伐されている。精神操作系スキルの効果が、彼女の能力を上回る範囲に広がってごまかしが利かなくなった結果だ。その当時の苦労を思い出したのかも知れない。


 とまあそんなわけで、今回はできる限り痕跡を残したくないのでそういうスキルは使わない。


 それに……。


「住人の人手が足らないのはもうずっとだからね。手に入る機会があれば逃したくない」


 これが本音だ。


 現状、ダンジョンの居住区はまだ自治体としての機能が完全じゃない。特に経済活動はほとんどダンジョンに依存してる状態で、早めに何とかしたいのだ。

 それに、娯楽も足らない。多くの生活の苦労は魔法道具の利便性が解消しているので、住人の多くが暇を持て余しているのだ。

 今は初歩の魔法書を和算の問題集として使わせてしのいでるけど、それもずっとは不可能だ。


 住人を満足させるために必要なのはパンとサーカスだ、と言ったのは件の俗っぽい主神様だけど、それは真実だと思う。衣食住の確保だけでは、民は満足しないんだよね。

 いっそ、ベラルモースから本とかテレビを輸入できればいいんだけどな。まだそれをするにはDEが足らない。

 だから、いろんな意味で人が欲しいんだよね。まあ、見つかったらって前提がつくから、今回仮に一人もつれてこられなくっても、それは潔く諦めるけどさ。


 話を戻そう。


「あ、でも、だからってわざと見つかって拉致る人増やすのはなしで。人手は欲しいけど、急にいなくなる人間がたくさん出てきたら、後々面倒なことになる」


 ボクの言葉に全員の了解(かよちゃんは少しほっとした様子だった)を得て、話を進めよう。


「突入時の流れだけど。まず、ジュイは屋敷内にいる生き物の制圧。鳴き声あげるやつら……特に飼い犬とかいたら厄介だから、そういうの中心に」

「わんっ」

「殺生石はジュイと同行して、サポートを。目撃者が出たら、さっき言ったルールで対処お願いね」

『了解なのじゃ!』

「藤乃ちゃんはボクのサポートだ。現場周辺の案内とか、頼むよ」

「わかったわ」

「フェリパは……留守番かな。今回は秘密裏にやる作戦だから……」

「せやろなあ。この体格じゃ悪目立ちしてしゃあないやろうし、留守番しときますわ」

「最後にかよちゃんとティルガナ……も、留守番で。いつも通りって言ったらアレだけど」

「任せてください旦那様。旦那様の留守はしっかりお守りしますっ」

「このティルガナ、奥方様の護衛に命を賭けて遂行いたします」


 ティルガナはうちでも数少ない時空魔法の使い手だから、個人的には外に連れ出したいんだけどな。

 かよちゃんの護衛っていう名目がある以上、彼女を連れ出すのは難しい。専属護衛、増やそうかなあ……。すごく嘆きそうだけど……。


「ひとまずはここまでで、何か質問はあるかな?」


 一旦言葉を切って、周りに目を向ける。


〈ごしゅじんー、邪魔されたら殺していいのー?〉

「人も動物も殺しちゃダメ。斉昭君が消えた以外はいつもと変わらない、って状況が理想だから」

〈ちえー〉


 ジュイが不満そうにうつむいた。耳がぺたんって垂れちゃってる。


 いや、実のところ動物くらいなら構わないかなって思ってはいるんだけど、うっかり【裂帛】スキルを使われると悲惨なことになるからね……。必要以上に暴れられるのは困るんだなあ。これが戦場だったら、遠慮なく許可できるんだけど。


「上様、侵入経路はどうするの?」

「あ、それはこの後説明するつもりだから、ちょっと待ってて。えーと、他に質問ある? ない? じゃあ経路の話するね」


 モニターの映像が切り替わる。水戸家上屋敷の、庭も含めた全体の見取り図だ。

 こうして見ると、広い。ホント、この世界の上流階級って広さを気にするよねえ。管理大変だろうなあ。


「とりあえず、作戦開始はこの辺りから始めようと思ってる」


 その見取り図の一点、裏門に位置するところを指差す。


「で、そこから屋敷の中まで一直線に【ヴォイドステルス】で入る。以上」


 そしてその説明に、藤乃ちゃんがこけた。


 なんで? ボク、何かおかしいこと言ったかな?


「そ、そっか……上様って時空魔法の使い手だったわね……【ヴォイドステルス】使えるなら、そりゃあそうなるか……」

「なんで?」

「いや、巡回の経路や鴬張り(わざと音がするようにした床のこと)を警戒したり、物理的に行けるかいけないかを考える必要ないんだなって思って……忍としての何か大事なものを否定された気になっただけよ……」

「ああ……それは……なんっていうか、ごめん?」


 障害物も人の視線も気にせず、まっすぐ敵地深くまで侵入できるのが【ヴォイドステルス】の強みだもんな。

 その分、モノやヒトに触れられないのがデメリットだけど、侵入だけに絞るなら、これほど便利なコンボはそうそうない。それが使えるなら、そりゃ使うさ。


 これがベラルモースなら、対時空結界とかあって決して万能じゃないんだけど。

 地球、魔法ないもんなあ。


「そのコンボ、もちろんあたしにも使ってくれるのよね?」

「当然でしょ。っていうか、同じ位相に入らないとそもそも会話とかもできないしね」

「はあ……わかった、ならいいわ」


 ため息交じりの答えを返しつつ、藤乃ちゃんが肩をすくめた。

 彼女にも、いずれ時空魔法を覚えさせたほうがいいかなあ?


 ……まあ、それはまた後で、か。


「他に質問はある? ……ないね? よし」


 話を戻しつつ、ぱん、と手を叩く。全員の視線がボクに集中した。


「それじゃあ作戦開始だ」


 そうしてボクは、みんなに宣言したのだった。

 斉昭君にとって人生のラストステージが、本人のあずかり知らぬところで始まった瞬間だ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


キーボード買ってきました。パソコンを使ううえで最重要の機材だなあと改めて思い直した一日になりました。

それはさておき、今回から数話、歴史を全面的に変える作戦となります。ヒストリカル・イフは野暮だなんて気にしないぜ! きっとこんな世界線だってあったはずさ!(開き直り

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