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第五十話 ギルマスとの打ち合わせ

 さて、そんな思わぬ事態もありつつ、改めて魔力炉も取りつけ終わって。

 少し落ち着いたかなーって思ってたところで、ダンジョンに訪問者があった。


 来客は、いつもの岩瀬忠震ただなり君に加えてもう一人。

 いかにも文官って見た目の忠震君と違って、そのもう一人はどことなく崩れた雰囲気がある。庶民崩れ、って言ったら言い方は悪いかもしれないけど、官僚なのに官僚らしからぬ、どこかとっつきやすい雰囲気がある、とでも言うのかな。


 そんな彼の名前は、遠山景纂かげつぐ。500石の旗本でありながらかつて南北の町奉行を歴任した能吏、遠山景元の息子さんだ。忠震君とはほぼ同年代で、プライベートでも付き合いがある友人らしい。


「おや、君たちが揃ってくるなんて珍しいね」

「ええ、ちょうど仕事が重なりましてね」

「やあクイン殿、久しいな。元気そうで何より。あ、これは土産の饅頭だ」


 そう言って快活に笑う様も、忠震君とはまるで違う。友人に会うような気安さでそう言うのだ。

 忠震君はあくまで外交官としての態度を崩さないから、こういう態度はちょっと嬉しかったりする。いつもお土産暮れるし。

 いや、もちろんわきまえるべきところはわきまえてるよ。


 さて、その景纂君が何者かというとだね。


 彼は、この江戸前ダンジョンの出入り口付近に設けられた各種施設の総監督であり、このダンジョンに出入りするすべての人間とアイテムを管理している総責任者なのだ。

 幕府はこの役職を、年明けに探査奉行と名付けて創設していて、景纂君はそのお奉行様に抜擢されたってわけ。


 ベラルモース的に言うなら、探索者ギルドのギルドマスターってところかな。ちなみに、この辺りの管理方法はベラルモースのギルドのやり方をほぼそのまま教えてる。幕府のほうはもちろん、この国に合うように色々と調整はしてるだろうけどね。

 そんなわけで、彼はダンジョンの正体を知ってる数少ない人間の一人だし、こうしてボクに会いに来ることのできるさらに数少ない人間の一人だ。


 元々、ボクとの連絡は忠震君がすべて請け負ってたんだけど、探査奉行が設置されてからは少しずつ景纂君が来る割合が増えている。

 具体的には、アメリカなど外国も絡んだ外交など、政治的なやり取りは忠震君が、対価のやり取りやダンジョンの戦闘バランスなど、ダンジョンそのものが関係したのやり取りは景纂君が来る感じかな。


 そんなわけだから、二人が同時に来たってことは、その両方が同時に舞い込んできたってことになるんだろう。

 タイミング的に言って、たぶん水戸家の仕置きの件と、去年の金銀の対価の件ってところかなあ。


 その二人を会議室に入れつつ、かよちゃんとティルガナにはお茶とお菓子を頼んで。

 一服済ませたあたりで、話は始まった。


「で、今日はどんな用事?」

「ええと……」

「では私から」


 先に口を開いたのは忠震君。彼からの連絡事項は、案の定水戸家についてだった。


 先日、遂に正弘君が斉昭君に対して海防参与の職を解くと突き付けたこと。それに対する抗議が一定数集まっていること。それがあるから斉昭君も辞めるつもりがさらさらなさそうだということ。


 そんな話を一通り聞いた。


 まあ、なんだね。


「めんどくさ」


 この一言に尽きる。


「同感です」


 そして即答した忠震君の顔は、いつもの鉄面皮だ。その隣で、景纂君が苦笑してる。


「まあ、その辺りの身内での政治的な駆け引きは、そっちに任せるからさ」

「もちろんです。というより、海防参与の職を解くというのはあくまで仕込みにすぎません。応じようが応じまいが、どうでもいいのです。

 そんなこより、本題は5日以内にやりますので、それが終わりましたら改めて連絡に参ります」

「わかった。それじゃあその数日後位に動こうかな?」


 ダンジョンの外で暴れるのは初めてだから、実はちょっと楽しみだったりする。

 もちろん暴れるって言ったって、派手に暴れたりなんかしないけどさ。やっぱダンジョンの中と外って、ちょっと違う気がするんだよね。


「あと、上様がそろそろお会いしたいと……」

「あ、そうだね。年明けはちらっと顔合わせただけだったもんね。

 でも……うーん、お互い空いてる時間ってあるかなあ。アメリカとの外交は小休止中だけど、年明けから留守にしてた分やらなきゃいけないこともたまってるんだね。ボクも会いに行きたいんだけど……」

「そうですか……では、アメリカとの交渉が終わってからになりそうですね」

「うん、残念だけど。でも、終わったら絶対会いに行くから、って伝えといてくれないかな?」

「わかりました。……ちなみに、次のお茶請けはカステイラだそうです。練習しているから、期待しろと」

「カステイラ! わかった、楽しみにしとく!」


 確か、外国……ポルトガルから伝わったお菓子だ。日本のお菓子とは毛色が違うから、あまりちまたには出回ってないらしいんだよね。

 だから食べてみたいって言ったら、任せろって言ってくれたんだ。あれが確か年末のことだったっけ。

 お菓子作りが趣味の家定君でも、さすがに取り寄せになると思ってたけど……練習してくれてたのか。嬉しいなあ、楽しみだよ。


 確か、あんことかとは甘さのタイプが違うだったっけ。となると、違う飲み物があってもいいかもしれない。ボクからも何かお土産持ってこうかな?


「風のうわさで聞いたが、最近の大奥じゃ上様の作る菓子が密かに受けてるらしいなあ」

「客人に出せるものではないとはいえ、菓子は菓子ですからね。そして女性は甘いものを好むものです。上様もまんざらではなさそうなので、案外お世継ぎもあり得るかもしれませんよ」

「いやあ……」


 ……彼は不能だから、と危うく言いそうになったのを、ボクはぎりぎりのところで飲み込んだ。これは言っちゃいけない。色んな意味で。

 だから、すんでのところで話題を切り替える。


「……その前に、結婚でしょ。家定君、確か二人続けて奥さん亡くしてるんでしょ?」

「そうです。一応、次の候補は大体出そろっているのですがね」

「まだしばらくかかりそうなんだよなあ」

「大変だね、将軍ってのも。ボクにはできないなあ」

「何を言ってるんだか……クイン殿とて一国の主のようなものだろう?」

「それはそうだけど、基本的にここではボクがルールだからね。結婚式も、かなりその場の勢いでやっちゃったしね」

「ん?」

「お?」

「え?」


 なんだろう。急に二人が絶句した。

 首をかしげていると、古いパソコンみたいな速度で忠震君が口を開く。


「……結婚?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳ですよっ? ち、ちなみにお相手は……?」

「かよちゃんだけど? あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳ですよ!?」

「落ち着け、忠震落ち着け」


 どうどう、とまるで馬をなだめるかのように言う景纂君。


 忠震君どうしたのかな? ボク、何かおかしなこと言ったっけ。


「……そうですか、既にご結婚を。ちなみに……側室を取られるご予定は?」

「一切なし」

「そ、そうですか……」


 なんかがっくりきてるみたいだけど……。


 側室、側室か……それを言うってことは……もしかして、それなりに身分のある子を、ボクに嫁がせようとしてたかな? もしかしたら、徳川家の人間とか。

 うちと幕府の関係性をより強めるって目的で、政略結婚を考えてたらそれは抜け目ないなあと思うけど……どうやら一手遅かったみたいだね。


 っていうか、そもそもボクは江戸に来る前に、ほとんど一目ぼれに近い形でかよちゃんをもらってるのだ。そして正直、これ以上の感情を他人に抱ける自信がまったくない。残念だけど、諦めてちょうだい。

 でも、一応釘は刺しておこう。


「ちなみに、一夫多妻制をやるつもりもないからそのつもりでね。心情的にも法律的にも財政的にも」

「……わかりました……」


 厳密に言えば、ボクがルールのダンジョン内で法律的にとか言っても、ギャグでしかないんだけど。

 一応ベラルモースの大半の国は、一夫一妻制を法律に定めてるからね。あながち間違いってわけでもない。


「ははは、一本取られたな忠震」

「……そのようです」


 景纂君はあまり気にしていない感じで、ため息をついてる忠震君の肩を叩いた。

 その手を緩慢な動作で払いのけると、彼は続いて口を開く。


「私からは以上になります」

「わかった。それじゃあ……」

「俺の番だな。去年の金銀の対価についてなんだが……ようやく目途がついてな。遅くとも明後日には届けるとのことだ」


 どうやら最低でも明後日には、最後の100人が来るらしい。やった、これで一気にDEが手に入るぞ。


「池田殿がぼやいていたぞ。おかげで牢屋敷が空いて予算にも余裕ができそうだが、素直に喜べないと」

「言いたいことはなんとなくわかる」

「ちなみに下っ端のほうでは、今まで一杯だったからこそ大目に見られていた連中を捕まえなきゃいけないってぼやいていたかな」

「……それにはがんばれって言っておいて」

「はっはっは、そりゃそうだ」


 なんでか大笑いする景纂君だけど、ボクからしたら治安維持で手を抜くなと言いたい。


 まあ、江戸の犯罪を取り締まる人間は常に人手不足らしいからねえ。どうしても手が及ばないところはあるらしいんだけど……。

 その辺りの刑法に関する取り組みは、正弘君の仕事だ。目指せ犯罪ゼロ。


「次にだな……実は、だんじょんに対応できる人間を増やすために、武道場……というか、そうした訓練所を作ろうという話が持ち上がっておるのだが、構わないだろうか?」

「もちろんだよ。今のままだとドロップアイテムに幅が持たせられなくて困ってたし、大歓迎さ」

「ええと……それはつまり……?」

「えー? 軽く殴っただけで倒せるやつと、ギリギリの斬り合いの末かろうじて倒せるやつが同じアイテムドロップしたら釈然としないでしょ?」

「それはまあ……。強いやつからは相応のものが欲しいな……」

「そういうことだよ。よりいいものが欲しかったら、より難しいフロアに来てほしい。そのためにも、探索者の強化はある程度必要なのさ」

「ふーむ、なるほど。ではあれか、俺たちがもっともっと強くなれば、幕府にとってももっともっといいものが手に入る可能性が増えるってことか」

「ん……そうだね、そういう形に持っていけるといいね」


 そのためにも、もうちょっとダンジョンが受け入れられて、ボクのほうの準備ができたら、ダンジョンの中限定で魔法が使えるようなシステムを構築したいとも思ってる。

 やっぱり、魔法を使わない戦いは面白みに欠ける。観客を気取るつもりはないけど、モンスターの陣容を考える身としては、色んな意味で選択肢がほしいのだ。

 探索者としても、戦いに幅が増えたりけが人を大幅に減らせるとかのメリットもあるし。出来るだけ早くしたいんだけどな。


 これについては、いかに地球とベラルモースの世界管理システムをすり合わせることができるかにかかってる。現状、魔法工学ができるのはボクと殺生石だけだから、いつになるかわからないけど。


「うむ、それでだな、クイン殿。幕府の中でも指折りの達人を、今度だんじょんに入れようと思っておるのだ。もちろん、クイン殿をはじめとしただんじょんの機密は離さない。ただ、単純に彼らがどれくらい戦えるのか確認しておくのは、双方に意味のあることだと思ってな」

「なるほど、それは確かに気になるね。その話、喜んで受けさせてもらうよ」


 魔法なしでたどり着ける人間の境地がどれほどのものか、気になってたのは間違いない。今後のためにも、ぜひ見せてもらおう。


 藤乃ちゃんもかなり極まってたけど、彼女はやっぱりレンジャーだからね。生き残って情報を伝えるのが第一であって、剣を極めていたってわけじゃない。いろんな状況に対応できるように、あくまで広く万遍なくって感じだった。

 ただ、人間だったころから藤乃ちゃんは、今のボスであるコボルトリーダーを倒しかねないステータスだったからなあ。万遍なくって言いつつ、そのどれもが上級に迫る技量だったし。


 それを考えると、その道の達人と戦わせるモンスターは、しっかり考えて選んだほうがよさそうだ。


「日取りのほうは、少し先になりそうなのだがいいだろうか?」

「うん、それでいいよ。対価の整理とか、水戸家のこととか、先にやらなきゃいけないこともあるしね」

「了解した。では、後日改めて話を詰めるということで」

「異議なーし」


 とは言ったものの、後日どころか下手したら一ヶ月以上先になりそうだけどね。アメリカとのやり取り、まだ終わってないはずだし。

 ユヴィルによると、そろそろ函館に着くかなってところだったかな、アメリカ艦隊。予想通り、っていうかなんていうか。


 彼らが戻ってきて、函館について話をするとなったらどうなるかなあ。またしばらくダンジョンを留守にしなきゃいけないかなーと思うと、ちょっと憂鬱だ。かよちゃんと一緒ならまだしも、一人だからなあ。長期出張って切ない。仕事だから仕方ないんだけどさ……。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


遠山景纂の父親に「誰?」と思われた方、「遠山の金さん」で検索してみましょう。時代劇の傑作に出会えるとと思います(ステマ

作者としては本人に出てきてほしかったんですが、既に引退してる上に寿命間近なので、息子に出てきてもらいました。


と、ここでお知らせ。

更新再開から本日まで、1日2回の更新を続けてきました本作ですが、このたび遂にストックが切れましたので、1日2回更新は本日までとさせていただきます。

明日からは1日1回の更新と、ペースが落ちます。ご了承くださいませ。

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