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 挿話 主夫婦が喧嘩したから相談に乗ったら結婚式で神父役する羽目になった件 下

 寝落ちてもうたかよ様をティルちゃんに任せて、うちはマスタールームを出た。


 とりあえず、かよ様の心境はようわかった。あとはクイン様やな……。

 今どこらへんにおるんかわからへんけど、ダンジョンの外にまで行ったってことは……たぶんない気がする。


 せやから、社のあたりでのんきに日向ぼっこ中のジュイ先輩の鼻を借りることにした。


「なー先輩、クイン様どこらへんにおるかわからへんかなあ?」

「わふん……」


 そしたら、いかにもめんどくさいみたいな反応された。


 なんやねん、そんな邪険に線でもよかろうもん……って思ったら、どうやらうちがここに来るまでの間、クイン様の愚痴を聞かされてたらしい。

 そりゃそういう反応にもなるわ。すまんかったな。


 うちはユヴィーみたく【念話】は使えんし、クイン様みたくメニューも使えんから、ジュイ先輩の言いたいことは推察するしかないんやけども。

 その顔には、「いいからあのバカップルはほっとけ」みたいな雰囲気が漂ってた。それは確信のレベルでわかった。


 正直うちもそんな気がしたけど、このままほっといてめんどくさい方向に突っ走られると、後で困るのはうちらやねん。

 クイン様、思慮深いところもあるけど基本的に思いつきで行動することが多いから……。


「……わっふ」

「あっちか……ってことは、ボス部屋にでもおるんかな。わかった、ありがとな先輩」


 それでもやる気を出しそうにないジュイ先輩をその場において、示されたほうへと歩く。


 やがて姿を見せた階段を登ればそこは、現江戸前ダンジョンのボスフロア。

 今ここに配置されてるのは、コボルトリーダーやな。うちの後釜として入ってからずっとボス業をやってる。とはいえ、ここまでたどり着いた探索者は今んところ一人もおらんから、暇そうやけどな。かつてのうちを見るような気分や。


 そのコボルトリーダーが犬みたいな尻尾をだらりと下げて、それこそ犬みたいに扱われてるのを見て、うちは思わず硬直した。

 そこには、花のモンスターアルラウネらしく地面に植わって頭を抱えてるクイン様がいて、何やらしきりにコボルトリーダーに愚痴ってるようやった。


 すんごく声かけたくなかったけど、このまま暴走されても困る。うちはため息をつくと、意を決してその背中に声をかけることにした。


「……クイン様、こんなとこでなにしてますのん?」

「フェリパ……」


 こっちに向けられた顔は、かよ様に勝るとも劣らない美少年(いや、アルラウネは両性なんやけどな)。けどその顔が、今はものすごくどんよりと曇り切っていた。


 ……っていうか、この顔の感じついさっきまで見てた気がするな! なんや、デジャヴュ言うんやったか、こういうの!?


「みんなから聞きましたで。かよ様とケンカしはったんやて?」

「……そうなんだよ……」


 想像よりもはるかに深いため息が返ってきた。


「どうしようかな……かよちゃんに嫌われたよね……。でもそれだけは嫌で……でもなあ、あのお歯黒だけはどうしても無理っていうか……生理的にこう……!」


 頭を抱えてぐねぐねする気色悪いアルラウネが一匹。

 その言い分には、正直同意するところなんやけども……。


 ただこう、なあ?


 なんっちゅーか。クイン様。


「あんたもかいな!!」

「ほぶっ!? なっ、いきなり何すんだよーっ?」


 思わずチョップしたうちは悪くないと思うねん。


「なんやねんあんたら夫婦は! ケンカして行きつく先が相手に嫌われたくないってんか! どうせ落ち込みながらパートナー語りするんやろ!? そんなんのろけ以外のなんでもないんやから、ホンマやめてもらいたいわ!」

「は、ちょ……え? フェリパ何言ってんの?」

「こっちのセリフやわ! 知らんがな! 嫌われたくなかったらそれなりの誠意見せたれば済む話ちゃうんかいな!」

「それができたら苦労しないよ!? いや、たぶんボクが全面的に悪かったんだと思うけどさ!?」

「せやな!!」


 あーもう!

 そういう妙なところで似とらんでもええねん、このバカップルが!


「はあー……」

「え!? なんでそこでため息つかれなきゃいけないの!?」

「胸に手ぇ当ててよう考えーや……」


 とはいえ、男の悩み相談っちゅーのは具体的な案を求めてのもんや。感覚的だからこそ共感を求める女とはちゃうねん。

 このままにしたら結局ここまで来た意味はないんやろなあ……あーあ、ったく……なんでうちがここまでせにゃならんのや。出会いのかけらもないうちに対するあてつけやろか?


「ええかクイン様、別にかよ様はクイン様のこと嫌ったりなんかしとらんかったわ。だからそういつまでもぐねぐねしとらんと、なるたけ早く誠意見せるのが男の甲斐性っちゅーもんやで」

「う……ほ、本当に……?」

「なんでそんなビビるねん……。かよ様もクイン様と一緒で、自分の物言いが相手を否定したんじゃなかろーかって、嫌われたんやなかろーかって落ち込んではったで?」

「……本当に……?」

「せやからなんでビビっとんねん! ええからシャキっとせぇや!」

「はい!」


 うちが出せる全力で、クイン様の背中を叩く。人間なら普通に大けがになるやろうけど、うちとクイン様のステータス差なら大したダメージにはならへんやろ。むしろ気付け程度にはちょうどいい塩梅やないか。

 実際、クイン様は背筋を伸ばして地面からぼこっと出てきたし。


 そんなクイン様に、うちはかよ様が言っていたことを伝える。

 一人前の女として周囲から認められたかったこと、クイン様にふさわしい女なんだと周りに思われたかったこと。

 そして、そのために日本では既婚女性がするお歯黒をするべきだと思ったこと……。


「せやからうち、こう思うねん。お歯黒に代わる既婚の証明方法を作ればええんやないか、って」

「な、なるほど……。確かにそれなら、かよちゃんの目的は達成できるね……」

「重要なんは、それが外から見ても既婚やってすぐにわかるものっちゅーこったわな。言っときながらうち名案ないんやけど、クイン様どないや?」

「うーん……ベラルモースだと互いに魔法をかけあうけど……」


 ああ、祝福の魔法。特に効果はないけど、効果がないからこそ昔から何かの誓いの時に使われてきたっていう。


「……あれってこの世界でいう入れ墨みたいなもんやん? 手の甲に魔法紋が浮き上がるやつやろ?」

「うん……でもそれは今回は避けるべきだよね……前科の有無を入れ墨で身体に入れる国だからね、日本は……」


 そう言って視線を泳がせながら、唇に指を当てるクイン様。


 うん、そうしてしっかり考えを巡らせる姿はダンジョンマスターらしいって言えるやろ。さっきのはちょっち慌てとっただけやもんな。

 クイン様はやればできる子やねん。っていうか、元々優秀なお人やからな。


「……他にベラルモースで結婚でやるようなことって言うとー……各種族ごとの風習なんか参考になるかなあ?」

「おお、それよさそう。せや、セリアンスロープ族の首輪とかどないや? わかりやすいで?」

「いや、それはダメでしょ……いくらなんでも……」


 せやろか。ティルちゃんあたりは勝手にたぎりそうやけどなあ。

 それに、見た目じゃ一番わかりやすいと思うんやけど。


「えーっと、エルフ族の彫刻?」

「……館の前に飾るわけ? あんまり大きいのはやめたほうがいいと思うな……」


 まあそれもそうやろうな。

 エルフ族ってそれぞれ相方の彫像(原寸大)を作るんやけど、それを家の前に飾る風習があるんよね。

 日本人に見せたら門松みたいやって言われそうやな。


「あとは……ドラゴノイド族の……あ、これは見た目じゃわからんかったな」

「そうだね、魔力の交換は地球人にはわからないね……」


 うちらにしてみたら一目瞭然レベルでわかるようになるんやけどなあ。魔力がないって不便やなあ。


「……いっそ地球の風習を使ったほうがわかりやすいかもなあ」

「あー、それはあるかもわからんね。それならたとえ違う土地の習慣でも馴染みやすいかも?」

「かな? よし、ちょっと調べてみよう!」


 それだけ言うと、クイン様は【真理の扉】を展開した。


 ……相変わらずわけわからん魔法構築力や。うちには到底真似できんな。

 とはいえ、ここまで来たらもう大丈夫やろ。一度走り始めたクイン様は、それこそ大ゴケでもしない限り止まらんやろうし。

 完全復活もそう遠くないやろな。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「新郎よ。汝、健やかなときも、病めるときも……。喜びのときも、悲しみのときも……。富めるときも、貧しいときも……。

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け……その命のある限り、堅く節操を守り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「よろしい。では新婦よ。汝、健やかなときも、病めるときも……。喜びのときも、悲しみのときも……。富めるときも、貧しいときも……。

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け……その命のある限り、堅く節操を守り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「は、はいっ、誓います!」

「よろしい。それでは両者、指輪の交換を」


 うーん。


 うち、なんで神官役なんてやっとるんやろなぁ!?


 他に適任がいなかったって言うけど、いくらなんでもおるやろ!? 他にさあ!


 ジュイ先輩……は、あかんか。そもそも言葉しゃべられへんな。

 ユヴィー……は、おらんか。アメリカ艦隊の監視で留守やもんな。

 ティルちゃん……もあかんな。衆人環境での大失恋に号泣してるわ。

 お藤ちゃん……もおらんか。絶賛諜報活動中だったわ。


 ……あれ? いや、まじにうちしかおらんか? そんなはずは……。


 ……おらんか。おらんな。


 ……せやったら、しゃあないか。


 って、開き直ってここに来たはずなんやけどな。それでも、初めて正装して(ベラルモースの神官服とか、うちが着てええんか?)住人全員の前に立ってると、なんだかなあって思えてならへんわ。


 ……あの後、クイン様はヨーロッパのキリスト教圏で行われてる結婚式と、そこで行う指輪交換に目を付けた。新郎新婦が互いに指輪を交換し、それぞれの薬指にはめるっちゅー儀式やな。

 確かにそれは、名案やったと思うわ。指輪ならわかりやすく既婚者って主張できるし、お歯黒みたく見た目を大きく変えることもないもんな。なんだったらおしゃれにもなるし。


 ついでにそれを住人全員の前で結婚式込みでやることで、ベラルモース側により親近感を持ってもらおうっていう考えも、名案やと思うで?


 ダンジョンマスターのクイン様と、サブマスターのかよ様っていうダンジョンの頂点が、「ベラルモースの結婚はこういう風にやるんですよ、これがその証ですよ」って大々的に宣伝する効果は、とてつもなく大きい。と思う。上の行うこと、下これに倣うっちゅーのはベラルモースでもよくある話やし。

  一張羅の軍服をまとうクイン様と、水色に近い鮮やかな青(ベラルモースで最も高貴な女性の色)のドレスをきこなしたかよ様を見て、こういうやり方でやりたいって思ってくれたら大成功やろうなあ。


 今のところ結婚の相談はまだないけど、恋愛相談なら既にうちのところには来とる。タイミング的にはかなりのナイスタイミングとちゃうやろか。住人の結婚に関わる問題や行政の整備なんかも、そのうちやらんといかんかったやろうし。

 これをいい機会って考えて利用してまったのは、さすがにクイン様やと思うわ。

 うん、それは本当にそう思うんや。


 ただな?


「この永遠に途切れることのない円形のリングに誓うよ、かよちゃん。死が二人を別つ時まで、ボクは君を愛し抜くってね」

「はう……は、はいっ、私も、私も……何があっても、旦那様のことを愛しますっ」

「それでは誓いのキスを……」

「かよちゃん……」

「旦那様……」


 目の前で!!


 必要以上にいちゃこらすんなやあぁぁ!!


 周りからははやし立てる口笛やら手拍子やらが沸き立つし!

 あんたらそれでええんか? 日本人的に、人前でのキスとかそういうんはご法度やったん違うか!?

 たった数ヶ月でまた随分ここの生活に慣れてくれたもんやなあ!?


「……ええいキス長いねん!! さっさと次行くで!!」

「あいたっ、もーフェリパってば、今日は神官役なんだからもうちょっと態度とかさあ」

「誰のせいやと思っとんねん!? うちもう砂糖工場になれそうなくらい胸焼けしとんねん! もうやめさせてもらうわ!」

「あっちょっ、それはダメだよ! まだイベントはいろいろあるんだからね!」

「わかっとるんやったらいつまでもくっついとらんと、さっさと次の位置に着きぃや!」

「はいはい、わかりましたよーっと。それじゃあかよちゃん、行こうか」

「うふふ……はい、旦那様。お供します」


 ああもう。やっと動き出したか。


 やれやれ……えーっと? 次のセリフは……台本台本っと。


「今ここに、新しい夫婦が誕生いたしました。お集まりいただきました皆さん、盛大な拍手で祝福を!」


 聖書に偽装した台本のセリフをうちが読み上げると、それに応じて周りからそれはそれは大きな拍手が沸き起こった。拍手っていうか、野次っていうか。


 なんていうか、冷やかしにも似たことを言うやつもおったけども、それは確かに住人達がうちら異世界の存在を受け入れてくれてるんやなって、思える光景だった。

 それだけクイン様の存在は、みんなに好かれとるんやろうな。冤罪を救った命の恩人ってのもあるやろうし。


 そして、住人の輪の中に入っていく二人の背中を眺めながら、なんとなくうちはふと思った。


 これからはこうやって、誰かが結婚するたびにうちが呼ばれるんやろうなあ、って。

 そんでもって、その誰かはあの二人みたいに、幸せそうに指輪を交換するんやろうなあ、って。

 それはたぶん、そう遠くない未来に実現しそうやなあ、って。


 そんな風に、思ったんよ。


 ただ、まあなあ。


「……あんだけ効果つけまくった魔法道具を結婚指輪にするんは、あんたらが最初で最後にさせてもらいたいわ」


 それだけつぶやくと、うちはとりあえず最大の仕事が終わったことに安堵の息をついた。


 そして、もみくちゃになって盛大に祝われまくってる我らが主をもっともみくちゃにする側になるべく、うちは輪に突撃する準備をしつつ台本をめくる。


 ああ、次はブーケトスや。これも地球の……キリスト教圏の風習やけど、花嫁が投げた花束を受け取った未婚女性は、次の花嫁になれるっちゅーゲン担ぎやな。

 その内容は、住人には教えてある。せっかくだから、みんなで盛り上がれるイベントにしてやろうってことでね。ちなみにクイン様の案や。


 おかげで、人口比率で言うと少ない女性陣は、全員がそわそわとブーケトスの合図を待ってるみたいや。わかる、わかるでその気持ち。

 けど……ふふふ、残念やけど、それは誰にも渡さへんよ。


 ブーケは! うちがもらうんや……ッ!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


というわけで、お歯黒改め結婚指輪に落ち着きましたの巻でした。

実は結婚とそれにまつわるお歯黒のお話は、江戸時代が舞台の話を書こうと思ったときから絶対にはずすことはできない話だと思ってたものでして。

時代劇ではその手間と絵面の悪さと演者からの不評(かなり癖のある臭いがするそうです)から、当然のごとくスルーされる要素(例外はN○Kのタイ○スクープ○ンターくらいかな?)ですが……。

パートナーとの生まれ育った文化の違い、考え方の違いというテーマは、夫婦が生きていくうえで避けて通れないものですから、この作品でも避けるべきではないなと思いまして。

まあそう言いつつ肝心のケンカのシーンは細かく描写せず、第三者視点でお茶を濁したりもしちゃいましたけど。

サブキャラの掘り下げもしたかったので、ここはもう絡めてしまえと開き直ってたので、むしろ勢いがつきました。


ちなみに、二人が交換した指輪の性能は描写しませんでしたが、フェリパが匂わした通り破格の一品の予定です。どんどん人の道から離れていくかよちゃんの今後にご期待ください!


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