挿話 主夫婦が喧嘩したから相談に乗ったら結婚式で神父役する羽目になった件 上
つい筆が乗ってしまい1万文字を越えたので、分割します……。
うちの名前はフェリパ。クイン様に作られたモンスター、ゴブリンナイトや。
江戸前ダンジョンの最初期に作られたモンスターで、初代ダンジョンボスもこなしとった。まあ、そう言うても当初からほとんど戦闘なんかせんと、もっぱらニワトリちゃんたちの世話係やってんけどな。
名づけになったんも、戦いが評価されてやなく養鶏のスキルを取得したからやっちゅう話やから、うちの存在はダンジョンの中でもかなり異色やと思うわ。
そんなうちの仕事はもちろん養鶏やけど、人を住まわせるようになってからは連中の相談役みたいなポジションに収まった。
日本っぽく言うなら助屋ってとこやろうか。近所づきあいのトラブルとか、足りひん道具の調達依頼とか、そんなんやな。
そんなに助けとるつもりはないねんけど、なんか問題が起こったらうちに相談、みたいな暗黙の了解が出来つつある。
そのうち家庭内トラブルなんかも相談されるかもしれへんけど、今のところカップルはおっても家庭もっとるのはクイン様だけやし、どうなるやろか。
そのあたりのことは、家庭はおろか恋人すらおらんうちに相談されてもわからへん自信しかないんやけど。
っていうか、ダンジョンの眷属では一番化け物らしい見た目のうち相手にそれでええんかって思うこともあるんやけど、存外みんなそういうことは気にしとらんのは素直に嬉しいわ。姐さん姐さんって頼られるのも、別に嫌いやないしな。
種族も出身も違うことからくる感覚の違いには、毎回驚かされたりもするけど……なんやかんやで、うちは今の状況は悪くないって思っとるよ。
「姐さん大変だ大変だ!」
って独白っとる端からこれやもんな。毎日大量の相談が飛び込むっちゅーことはないんやけど、これが噂に聞くフラグっちゅーやつやろか。
振り返ってみれば、住人達の間でいつの間にか顔役みたいなポジションに落ち着いた甚兵衛が血相を変えて膝をついとった。
誰? って言われそうだから説明しとくとやな、こいつは先日、かよ様の魔法実験でクイン様と直接魔法式についてやり取りしとった男やね。算額ねだったりした男がおったやろ? あいつや。
年の頃は自己申告で27、長屋の大家の息子として平穏に暮らしてたところを、妻殺しの冤罪で死刑に決まりここに引き取られてきたって経歴の持ち主や。あんまし顔は良うないけど、腕っぷしはあるし面倒見もいい兄貴肌ってところやろか。
そいつが息も切れ切れで、全力疾走でもしてきたような雰囲気でおる。何かあったんやろうな。
とは言っても、この甚兵衛って男は頼られる割にどこか抜けとるところがあって、今までもこいつは大事だって慌てて飛んできた割に、大したことでもなかったっちゅー話には事欠かん。どうせ今回もそういう類のもんやろ。
そんなことを考えながら、うちはあえてゆっくりと振り返った。
「どないしたんや甚兵衛? またいつにない勢いで飛び込んで来たもんやなあ」
「いや姐さん、今回ばかりはまじで大事ですぜ! ニワトリ愛でてる場合じゃあねえってんだ!」
「そないな大事、ここまで探索者に踏破されたくらいしか思いつかへんけど……そないな気配は感じひんよ?」
「ああ、そういうだんじょんの危機みてェな話じゃねえんでさァ。いや……考え方によっちゃあそれに繋がるかもしれねえですがね?」
「なんやそれ? まったく話が見えへんわ。辛気臭いこと言っとらんと、さっさと本題話してみい」
「へい、それなんですがね……」
そこで一旦言葉を止め、息を整えた甚兵衛の口から出てきた言葉。
それにうちは思考が止まって、思わず目ん玉むいて硬直した。
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――旦那と嫁さんが喧嘩してた。
甚兵衛からそんな話を聞いたうちは、ニワトリちゃんの世話もそこそこに、大急ぎでコアルームに飛んだ。
けど、その周辺に人の気配はない。いかにも神殿っぽい雰囲気のそこは、今日も静謐な空気で満ちていた。でも住人はここから先に行くことはほとんどないから、甚兵衛が目撃したっちゅーのはここらへんのはずなんやけど。
もしかして、もう全部終わった後ってことやろうか?
そう思って、ダッシュでクイン様とかよ様が普段過ごされてる部屋に向かう。
そこに踏み込んでみれば――クイン様の姿は既になく、部屋の隅で膝を抱えて小さくなるかよ様の姿が。
……あ、それを必死になだめようとあれこれやっとるティルちゃんがおるけど、それそのものはスルーでええやろ。あの子のかよ様ラブっぷりは時たま引くねん。
そんなことより、やっぱケンカのほうは一通り終わったってことか。何があったか聞きたいんやけどな……大丈夫やろか。
「ティルちゃん、何があってん? クイン様とかよ様がケンカしとるって甚兵衛から聞いたんやけど」
「ああフェリパ……そうなのです、悲しい、それは悲しいすれ違いでございます! わたくしメイド失格です! お二人のいさかいをいさめることもできず……ああ!」
「夫婦の問題にメイドがほいほい口出しするほうがアウトやと思うけどな……まあティルちゃんの矜持とかそういう話はええねん、どいとき。かよ様、一体何があったんや?」
「そんな! わたくしは奥方様つきのメイドとして……フェリパ、ちょ、聞いているんですか!?」
「わかったわかった、そういうんはあとできっちり聞いたるから今はちょっと黙っといてや」
「フェリパさん……」
うちの言葉に反応したかよ様やったけど、その表情は暗いままだ。声にも覇気がなくて、なんだかしおれかけの花みたいや。
元々人間の中でも飛びぬけてかわいらしいかよ様なだけに、その姿でも絵になるのがすごいことやと思うけど……そんなこと、こんな状況じゃあ口が裂けても言えんわな。
「いっつも一緒のラブラブ夫婦がケンカしたんや、よっぽどなんか腹に据えかねることでもあったんやろ? まあこの際や、うちに聞かせてみてくれんか? 話すだけでも結構楽になるもんやって、うちんとこに相談に来る連中は言うで?」
「…………」
今度は反応なしか。でも顔を伏せるとか背けるとか、そういう拒絶っぽい動作がないことを考えると、どうしようか迷ってるってところやろか。
せやったら、もうひと押しやな。ハズレの可能性もあるけど……ここは押したほうがええところやと思うわ。
うちはできるだけ音を立てんように膝をついて、かよ様の視線まで自分の目線を落とす。うちはここで今一番でっかいからな。こうでもしんと、上から目線に感じてまうやろ。ただでさえかよ様は小柄なんやし。
「かよ様、安心しぃや。こう見えてうちかて女や。種族は違うかもしれんけど、わかる話もあると思うんや」
「……あの、ですね……」
そしてかよ様が、ぽつりぽつりと話し始めた。
それを一通り聞いてまず思ったのは、ああやっぱ世界が違う分習慣も違うんやなあ、ってことやった。
要約するとやな、事の発端はかよ様がやろうとしたお歯黒っちゅー習慣に間違いない。
うちも今ここで初めて知ったことながら説明させてもらうと、お歯黒、っちゅーんは日本では結婚した女性がする習慣で、歯を真っ黒に塗り上げることらしい。そのまんまのネーミングやな。
染料? の、原料はお酢とか鉄粉らしく、上等なもので作るとそれはそれは本当に黒くなるんだとか。
ここから先は、後で知った知識になるんやけど。
その起源は千年以上前にさかのぼるだけでなく、日本以外の国にも似たような風習があったらしい。ただ、当時は既婚女性やのーて、成人女性の証明だったみたいやな。
ただ、長い長い時間の流れの中で少しずつ下の身分に伝播したり、内容が変質していって、今の形に落ち着いたっちゅーことらしいわ。
ちなみに、皇室とか公家なんかは、男もこれをやるらしい。あと、地方の農家なんかは結婚式なんかの畏まった場以外じゃあんまやれんみたいやな。
まあでも……正直な感想を言わせてもらうなら、勘弁してほしいわ、っちゅーのが本音やなあ。
まあそれはともかくとして、クイン様もそう思ったみたいで、頼むからお歯黒だけはやめてくれと抗弁したらしい。
これも後で知った話になるけど、あのペリーっちゅーアメリカのお人もそんな記録をしとったらしいけど、さもありなんって感じやわ。
さっきも言ったけど、うちもこれはやめてほしいって思う。全面的に、クイン様に同意や。
まあうちの感性もベラルモース人だからっちゅーのもあるけど、それを抜きしてもこんなかわいいお方の歯をわざわざ黒くするとか、ここは地獄かって思ったもん。いくらなんでももったいなさすぎるわ。
けどそれに、珍しくかよ様が頑として譲ろうとせんかった。結果、言い合いに発展してもうた、っちゅーんがケンカの経緯らしい。
日本人の貞操観によるんか、いつもはクイン様の言うことに最終的には従って、隣よりかは一歩下がったところで寄り添ってることの多いかよ様にしては珍しいこともあったもんやとも思ったけど……なんでまたそんなことになってんやろか。
「だって……みんな私のこと、旦那様の連れ合いって見てくれなくて……」
「ほむん?」
「どうせ、どうせ私は小さいです……ちんちくりんです……」
「あー……」
聞けば、まだ14歳(ほんまか? うちにはもっと下に見えるんやけど)のかよ様を、外見からクイン様の嫁って即座に判断できる人間がおらへんらしいんな。
そりゃ半年近く付き合いがあるから、もう誰もかよ様がただの子供やないってことはもうわかっとるけど。そういう扱いをされるのがどうしても嫌だったんやと。
確かに、かよ様がここの住人の中では文句なしで最年少なんは間違いない。せやから未婚って思われるんもしゃあないって思わなくもないけど……それがかよ様にとってはどうしても許せへんかったんやな。
自分はちゃんと夜の務めも果たしとるし、家を守るだけのこともしてると。ちゃんと一人前の嫁なんだと、そういう自負があるから、なんだとか。
それに、これからも人が増えるのは間違いないのに、新しい住人と毎回そういうやり取りをせにゃならんかもしれんって想像も、結構堪えたみたいやな。
「私は旦那様にふさわしくないって言われてるみたいで……」
彼女の言葉を借りれば、そういう感覚だったらしい。
なんのことはない、ケンカの発端はそういう……一人前に見られたいっちゅー子供らしい反発みたいなもんやったってことやな。思春期やねえ。
でも、その根っこにあるのはクイン様への愛なんやろうなあ。好きだからこそ、その人の妻なんだと認めてほしいとでも言うんか? 好きな人の足手まといになりたくないとか、面倒事の種になりたくないとか、そういう感覚なんやろうな。……思春期やねえ。
そんでもって、かよ様にとってお歯黒っちゅーのは既婚女性がするもので、いかにも目で見てわかりやすい目印になるからこそ、しようと思ったんやろう。
小さいっていう外見がマイナスになるなら、より分かりやすい見た目を付け加えようって魂胆だったんやな。
けど、それを自分の美的感覚で否定したクイン様の発言は、地雷やったんやろう。自分の努力を全否定されたようなもんやろうから、余計堪えたかもなあ……。
「ううう……旦那様に口答えしちゃった……旦那様に嫌われるよう……嫌われたくないよう……」
……ただなあ。
そこらへんの理屈吹っ飛ばして、行きついたところがクイン様に抗弁したのが嫌われるかもしれないそれだけは嫌だっていうの、なんとかならんもんか。
自分、どんだけクイン様のこと好きやねんな?
クイン様語りにつき合わされたこっちにしてみれば、砂糖を自前で生産できるレベルやってんけどな……。
結局その愚痴にも似たのろけが、寝落ちで終わるまでおよそ一時間半。うちはたっぷりと甘い話を聞かされ続けたわけや……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の挿話はフェリパ視点の、ダンマス夫婦のある日のお話です。
なんだかすごく久しぶりですが、お歯黒という江戸の風俗紹介回ですね。
前回のラストで主人公が言ってた内容から、知識をお持ちの読者の方はぴんと来た方もいらっしゃったようで嬉しいです。
前書きにも書きましたが、うっかり文字数が1話にするにはかなり長くなってしまったので、分割です。後編は本日夜に公開いたしますので、それまでお待ちくださいませ。