第四十四話 世界システムについての考察
ふう。
あ、いや。ちょっと昨夜はハメ外しすぎたかなー、なんてね? わりと自分を抑えられなかった。
まあそういう話はいいんだ。プライベートの話はさ。
自宅で腰を据えてくつろげるこの幸せたるやね、言葉ではうまく言い表せないね。
本性出した状態でのんびりするのも久しぶりだ。人目を気にせず自分を出せるって言うかさ。やっぱり、人間に変化するのはどこか窮屈なんだよね。
ってわけで、ボクとしては実に一か月半ぶりの休日な気分なんだけど、のんびりするよりもやることがある。
本当はそこそこ前に報告はもらってたんだけど、検証するだけのまとまった時間が取れなくって今の今まで先延ばしにしてたものだ。
つまり、かよちゃんが突然魔法を使えるようになったことについて、だ。
原因については、すぐに推測できてはいた。ダンジョンの機能によってサブマスターに指定されたことで、恐らくベラルモースのシステムに組み込まれたんだろう。それによって、今まで実りはなくとも続けてきた練習が一気に成果となった、ってところか。
サブマスターに指定した直後にそうならなかったのは、単にシステム下に入っただけじゃダメなんだろう。その上で、世界の声を聞くようななんらかの経験行動を取って、初めて正式にシステムが移行するんだと思う。
実際、他の住人に試してみたけど、【サブマスター指定】をするだけじゃ変化は起きなかった。この推測は正しいと思う。
で、そのシステムについてだけど……。
かよちゃんから【サブマスター指定】を解除しても、彼女は問題なく魔法を使うことができた。それどころか世界の声を引き続き聞くことができたので、一度ベラルモースシステムの管轄に入ると、地球側のシステムに上書きするアクションがないとそのままなんだと思う。
ただ、その方法は現状想像もつかない。なんとなくだけど、方法はないんじゃないかとすら思う。
だとすると、先に説明した他の住人相手に一時的とはいえ【サブマスター指定】を行ったのは、めちゃくちゃ危ない橋だったことになる。最悪の事態が起きなかったのは、単に運が良かっただけだ。
うん……別に思い立ってすぐ試してみたわけじゃないんだけどさ、それでももうちょっと慎重になるべきだったなって、ここは反省する。
とはいえ、思ったよりも簡単にかよちゃんをこっちに連れてくることができてしまったから、顔がにやけてしょうがないんだけど。
そんなわけで、かよちゃんの今のステータスがこちら。
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個体名:木下・かよ
種族:人間
職業:ダンジョンサブマスター
性別:女
状態:普通
Lv:48/100
生命力:185/194
魔力:73/213
攻撃力:34
防御力:29
構築力:135
精神力:78
器用:94
敏捷力:28
属性1:光
スキル
魅了Lv3 性技Lv5(Up!) 房中術Lv5(Up!)
火魔法Lv4(New!) 水魔法Lv4(New!) 風魔法Lv4(New!) 土魔法Lv4(New!) 灼魔法Lv2(New!) 氷魔法Lv2(New!) 雷魔法Lv2(New!) 木魔法Lv2(New!) 光魔法Lv2(New!)
魔力探知Lv4(New!) 魔力遮断Lv10EX(New!) 精神耐性Lv3(New!) 時空耐性Lv2(Up!)
魔力抵抗・小Lv2(New!) 魔力自動回復・小Lv2(New!)
料理Lv5 裁縫Lv2 舞踊Lv3 和算Lv4 祈祷Lv4(Up!) 祭事Lv3 魔法工学Lv1(New!)
称号:クインの婚姻契約者
ダンジョン【江戸前ダンジョン】の副主
ハイエレメンタラー
装備:魔絹の髪飾り(取得経験値アップ・大Lv5)
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うん、だいぶ強化されたよね。
藤乃ちゃんが人間だった頃のステータスと比べると劣って見えるけど、あれは藤乃ちゃんがこの世界の中でも異常なだけで、かよちゃんの年齢でこのステータスはベラルモースでもなかなかない。
生命力と魔力が群を抜いて高いのは、かよちゃんが世界樹の花蜜を常飲してるからだ。
前にもちらっと触れたけど、あれは生命力と魔力を一定確率で底上げする効果を持つ伝説級アイテム。それをお茶代わりにするのはすごく贅沢な話だけど、ボクが魔力の続く限り無限に出せるんだから何の問題もない。
むしろ他のステータスが全力で魔法特化な分、生命力と魔力の強化はあったほうがいい。荒事を任せる予定がないとはいえ、悪い可能性はできるだけ減らしておきたいし。
で、現在。検証はまだ続いてる。
急激にって言ってもいいくらいスキルを大量に取得したかよちゃんが、魔法をどこまで扱えるのか見てみたくってね。
ボクが留守の間……正確には魔法が使えるようになってから、改めて魔法書や教科書を読んで勉強したみたいだし。使える種類を確認しようと思ってさ。
「【ライトジャベリン】!」
「うん、これもちゃんとできてるね」
一直線に飛んできた光の槍を防ぎつつ、ボクは頷く。
場所はマスタールームにつなげた張りぼてこと、館から少し離れた空き地だ。遠巻きに住人が眺めてるけど、ボクらが地球の常識内にいない存在であることは彼らもわかってることだから、今さら別に隠しはしない。
「光魔法はこれで全部です!」
「……取得した魔法スキルはどれも中級まで一通り修得済み、かあ」
「さすが奥方様です、才能が爆発しておりますね!」
恍惚とした顔を隠しもしないティルガナは放っておいてだ。
かよちゃんの成長がすさまじい。
確かに彼女にはわりと早い段階から魔法のことを教えてきたし、彼女も相応の努力をしてた。さっきも言ったけど、使えるようになってから猛勉強もしてた。
でもまさか実技を伴わない机上の、それも半年程度の勉強でここまで覚えるって何がどうなってるんだか? 【教導】スキルを持つティルガナから教わったことを考えても、早すぎる。
ボク自身魔法に優れた種族だけど、たった半年でここまでできるようになった記憶は……得意な土魔法と木魔法しかないぞ。
「ティルガナじゃないけど……本当にすごいよかよちゃん。こんなにあっさり覚えるなんて思ってなかったよ」
「え、えへへ……が、がんばりました……」
「何かコツでもあるの? 普通の人はここまで来るのに何年もかかるものなんだけど」
「え? えっと、魔法の構築って算数によく似てますから、きっとそれで……」
「……えええ? 算数とは比べ物にならないくらい高度な計算だと思うんだけど……」
「え?」
「え?」
お互い首をかしげて、見つめ合う。どうも認識にズレがあるみたいだね……?
かよちゃんの指摘は、別に間違ってないんだけどさ。魔法を使う上で必要になる技術は、理数系のそれに近いから。だから通常、そっち方面に強い人間のほうが魔法使いには向いてるとされている。
ただその中身は、学者が使うような複雑なものが多くって、普通の人間は「こういう風です」って魔法式を見せられても理解なんかできない。そのためには相応に高度な知識と頭脳が必要になるのだ。だから大抵の人間は、先生がやる魔法を見て真似るところから始まる。
ところが、かよちゃんはそういった学びの場にいた経験はない。これまでの生活の中で、そういう話は一切聞かなかった。だから、まさかこんなに魔法式をすぐに吸収するなんて思っても見なかったんだけど……。
「……えっと、これくらいの算数なら、結構いろんな方ができると思うんですけど……」
「あはははは、まさかぁ」
と、言いながらも、まさかと思って火魔法の初歩、【ファイアボール】の魔法式を野次馬に見せてみた。
これは……そうだなあ、ベラルモースの高校で理数系の学生が習うレベルかな。
いくらなんでも……。
「へえ、初めて見る形式の算額でさァね」
「本当だ。こいつぁちっとばかし骨が折れるね」
「ちょっと、こっちにも見せておくれよ」
「おう待ってろ、地面に書き写すぜ」
って思ってたら、あれよあれよと言う間に人が集まってきて、みんなで頭をひねり始めた。
そして、みんな実に楽しそうに式に取り組んでいたかと思うと、ボクが想定したよりも圧倒的に早く解き切ってしまった。
「解けやしたぜ旦那!」
「こういうことですよね?」
「う、うん……正解だよ……」
うそー。
なんなの? 日本人って数学民族なの?
中心はほんの数人ではあったけど、それでも集まってきた人の多くが多少なりとも理解を示してたのは、すごいことだよ?
「いやあ、久々だったからどうかって思いやしたが、結構覚えてるもんでさァね!」
「……覚えてる、ってことは、みんなこういう高度な計算を普通にしたことがあるってこと?」
「ん? ああ、旦那はご存じじゃねェですかい。日の本じゃあね、和算はちょっとした娯楽として人気なんですぜ」
和算?……って、あれか! かよちゃん持ってたな、レベル4で!
そうかお前か……ぜんっぜん気にしてなかった。いやスルーしてたわけじゃないんだけど、毎回それ以外に気になるステータスがどこかしら同居してたから……。
「……まじ?」
「まじもまじ、大まじでさァね。まあ、あっしらは所詮庶民の暇つぶし、お偉い先生方にゃあ手も足も出ませんんがね」
そうして陽気に笑い合う住人達だけど、ボクはそんな気にはなれなかった。
つまり、彼らはこう言ってるも同然なのだ。
日本では、ベラルモース魔法学と同等レベルの技術が庶民の娯楽なのだ、ってね。
これはイコール、彼らがベラルモースシステムに組み込まれた暁には、相当の人数が実戦レベルの魔法使いに化けることに他ならない。ぞっとする話だ。
しかも、彼らは米作りをするまでのつなぎとして、ここしばらくマジックポテトを主な食糧としてきた。おかげで最初はゼロだった彼らの魔力は、今や平均50くらいまで上がってる。魔力が自然回復しないことを除けば、十分戦えるだろう。
そっと周りに目を向ければ、フェリパとティルガナも表情がこわばってる。ダンジョンの機能で生み出され、常識がベラルモース色の彼らには、住人達の何気ない発言の意味がよくわかってるんだろう。
「ね? ちゃんと皆さんわかったでしょう?」
そんなボクらの様子に、かよちゃんが言う。どこかいたずらっ子みたいなその口ぶりは、なんだかドヤ顔に近い感じがした。
「うん……すごいんだね、この国……」
「さっき言われてた通り、算数って流行ってるんですよ。それでですね、その問題を絵馬にして神社に奉納するっていうのも流行ってまして……算額って言うんですけど」
「絵馬……えーっと、神社に収める願掛け用の札だったっけ?」
「そうです。中には旅の学者さんが行く先々で作った問題を奉納したり、旅先で配布したりしてて、それで広まってるってお父さんが言ってました」
「……そうか、かよちゃんは巫女だったね。だから他の人より見る機会が多かったんだね?」
「はい。お父さんが結構得意だったので、教えてもらったりして」
「……なるほどねえ……」
高度な数学の問題を奉納するって何事だろう。そんな発想はとてもじゃないけど浮かばないなあ。
新しく作った魔法を式にして、神様の前で証明するってのはベラルモースでもあるけど。そうして神様に認められないとステータスなんかに組み込まれないからさ。
でもただの問題を神殿とかに上げたら……不敬って言って天罰落とす神様もいるんじゃないかなあ。
「……ってことはだ。彼らはまだしも、探索者たちがうっかりベラルモースシステムに組み込まれたら……」
「世界の色々なバランスが変わりますね……」
「せやな……うちらは変わらず魔法使えるわけやしね……」
「……ダンジョンに関わってそれが起こらないとも限らないし、世界システムについてもうちょっと研究進めたほうがいいかもしれないな……」
この世界のありようを必要以上に変えたくはない。神様が放置してる世界で、ダンジョン作って廃止された生き物を用意したりしてるのに、今さら何をって気もするけど、別に道徳観念的な話で言ってるんじゃない。
ボクの優位性は魔法を独占してることだ。それを崩されるとのんびりまったりしたいっていうボクの最大目標が脅かされかねないからね。
まあ、それはそれとして。
「旦那ァ、もっと算額ないですかね? ここのでの暮らしはいいんですがね、娯楽がなくってどうもね」
なんてことを言われちゃったので、とりあえず初級の魔法書を渡しといた。
これだけでシステムが移行するとは思わないけど、万が一もあるし、これも実験の一つだ。
ただ、ダンジョン内で魔法書が娯楽用の問題集として人気を博すまで、時間はさほどかからなさそうだなあ……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
和算は日本で独自に進歩してきた数学の体系で、西洋数学にある一部の概念がないんですが、それでも今の義務教育よりも相当に高度なことをしていた学問です。
ただ、明治維新後に西洋技術の導入にあって、和算は政府によって禁止されて衰退しました。現代、かろうじて生き残っている和算の名残が珠算、いわゆるそろばんです。
この作品の世界では、クインの発見によって和算が普通に生き残っていきそうですね……。