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第四十三話 日米和親条約締結

11/23 日本側が不利な内容を改めさせたという地の文に第四十話に追加した内容に沿った文を追加しました。

    これに伴い、主人公の林復斎に対する印象を少し上方修正しました。

 あれだけの騒がしさを見せつけたポーハタン号の甲板上は今、厳粛な静けさに満ちている。

 居並ぶ日米両国の人間たちの境目をつくるかのようにして置かれたテーブルに、向かい合って座るのは林復斎ふくさい君とマシュー・ペリー君。そして両者の間に置かれた書類は、両者がずっと意見交換と交渉を続けてきたその成果が記されている。


 そこに、両者が互いに名前を記入する。日本語と英語、それぞれで書かれた二つの書類にだ。それを交換して、再度名前を書く。

 かくして、日米間に条約が締結されたわけだ。嘉永7年3月3日(1854年3月31日)、今日という日は歴史に残る1日になっただろう。実に1か月半に渡る交渉が実を結んだ結果だ。


 内容は、両者にとってちゃんと益のあるものになってる……はず。ボクも政治は専門じゃないから断言はできないけど、現段階じゃ特に問題らしい問題は見当たらない。

 問題に上がった領事の話や最恵国待遇、一方的な義務の要求なんかについても修正が入って、双方の合意が必要であることや、双務的最恵国待遇と変更すること、アメリカに万が一日本人が行った時アメリカがすべきこと、なんかが入ってる。


 まあ、一応の決着を見たわけだ。それにはかなりの時間がかかったみたいだけど、なんとかなったみたいで何よりだ。

 復斎君、忠震君が言うほど能力低くなかったと思うよ? これだけのことを相手に認めさせたんだし。


「いやあ、なんとか終わったねー」


 そんな船上の様子を、もはや恒例となったモニタールームで眺めながらボクは伸びをした。

 さすがに1か月半もの間、ほぼずっと缶詰めになるとは思ってなかったよ。


 ところが、


「さて……どうでしょうね。私はまだ終わりじゃないと思いますよ」


 忠震君がそんなことを言うので、思わず変な声が出た。


「どういうこと?」

「この条約によって開港が決まったのは下田と函館(歴史的にはまだ箱館と言う表記が正しいが、現代の表記で進める)です。しかし函館は我が国にとってはほぼ最北端であり、同時に他国の人間にしてみればそうそう耳にする場所ではないでしょう。そして、当初あれだけ強く出ていた彼らがこの後何もせずに帰るとは思えないのですよ」

「……下見をしに函館まで行くってこと?」

「恐らくは。けれども、函館まで行っても無駄足でしょう。……いえ、測量などされるだろうことを考えれば無駄ではないでしょうが……それでも、現地を収める松前家が交渉を受けるとは思えません。

 能力的な話ではなく、立場的な意味でです。いかに去年のことで落ちてきているとはいえ、幕府の権威はまだ健在ですからね。幕府を無視した行動を簡単にするとは思えないのです」

「そうなると……もしかして、彼らまた来る?」

「のではないかと思っています。細かい話を詰める段階には至っていないですからね」

「……そこまで考えておいて、なんでそれを言わなかったのさ? また後で来て話するなんて、二度手間じゃない」


 そう言うボクに、忠震君がにやりと笑う。

 それは控えめに言って、悪巧みをしてる顔だった。思わず引きそうになる。


「交渉中に発覚した、あまり先延ばしにしたくない案件があるのですよ。なので、アメリカには席を外してもらったのです」

「先延ばしにしたくない案件、って……」

「水戸です」

「……あっ、なるほど……」


 おっけー、わかったよ。察したよ。


 確かに、漏れ聞く限り今回の交渉に際して江戸城じゃ有力大名たちを集めて色々話し合ったらしいけど、そこでもまた随分強硬な態度を取ったって話だ。

 おまけに前にもちらっと話したけど、そこで話し合った内容をよそに漏らそうとした前科が水戸家にはある。それは今のところ、正弘君のところで秘密になってるみたいだけど……そうか。とりあえずそれを片付けちゃおうってことか。


「……じゃあ、アメリカの動きはまだ監視しといたほうがよさそうだね」

「できるのであれば、ぜひ」

「おっけー。……ユヴィル」

『なんだ?』

「かくかくしかじかでね。しばらくアメリカ艦隊の監視についてほしい」

『わかった、任せておけ』

「これでよし、と」


 短いやり取りを終えたボクに、忠震君のどことなく白けたような視線が刺さる。


「……魔法の通信を見ると本当に電信機がかすんで見えるのですが、なんとかなりませんかね」

「ボクにそんなこと言われても」


 恨むなら、管理を放り投げた地球……っていうかテラリア世界の神様にしてほしいよ。


 一応、連絡用に忠震君には魔法通信機を貸そうと思ってるんだから、許してもらいたいなあ。

 そもそも魔力が存在しないこの世界じゃ、定期的に充填しないといけないけどさ。


「それより……ついでだし、さっきの話ボクも乗らせてもらっていいかな?」


 水戸家には、ベラルモースの情報漏えいの疑いがかかってる。疑いっていうか、一歩手前のところでぎりぎり止まってるって感じだけど、きっかけさえあれば踏み込んでくるだろうって予測は簡単にできる。

 ここは後顧の憂いを断つためにも、先手を打っておきたいところだ。そのための下準備はできてるしね。


「もちろんです……というより、今のところ秘密協定に基づく咎を利用するのが一番ではないかと思っているところですよ」


 ふふふふ、と笑う忠震君の顔には妙な凄味があった。イケメンがすると映えるねえ。


 ボクもそれに応じて笑いつつ、


「じゃあ、この後は江戸城で打ち合わせかな?」

「そうですね、まだまだ貴殿の時間を取らせてしまいますが、よろしいでしょうか?」

「もちろんさ」


 そう言いあって、頷き合うのだった。


 モニターの向こうでは、朗らかに握手を交わす復斎君とペリー君。それと調印完了で和やかなムードが漂うけれど、ここはそれとは真逆な雰囲気が満ちてるのだった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 とはいえ、江戸城に向かう前に撤収作業がある。ずっと横浜村に泊まり込んでた幕閣は身分の上下に関係なく、かなりの人数だからね。

 それにアメリカを歓待するためにいろんな料理人を呼び込んでたし、途中で足りなくなった食材を調達するための配送業者なんかも頻繁に出入りしてた。その辺りへの配慮も大事。


 一応ボクは外部の人間だから、そこまで付き合う必要はないんだけど。せっかく乗りかかった船だし、最後まで付き合うことにした。

 結果として、余った食材を各所に分けて、それでもなお余った食材が大量に手に入った。ダンジョンの住人にお土産としてあげることにしよう。


 あとは、そういう職人たちとのちょっとした繋がりもできた。異世界に来た以上、横のつながりが皆無なボクにとって、これは地味にありがたい。


 っていうか、料理人から醤油蔵や味噌蔵を紹介された時は本気で踊りそうになったよ。日本人を装ってる最中に醤油味噌で大喜びするのは明らかに不自然だし、なんとか我慢したけどさ。

 江戸城で話が終わったら、帰りがけに買って行こうと思う。なんなら引き抜きたいところだけど、それはさすがにね。


 ってわけで、江戸城。と言っても、あれだけの大仕事の直後だ。いきなり詳細を詰めることはなく、互いに都合のいい日程を合わせる程度で今日は終わった。

 確かに、正弘君は老中首座としてこの後幕閣とさらに話をしなきゃいけないだろうし、ボクも撮りまくった映像の再確認と編集作業が待ってる。忠震君もボクの手伝いが待ってる。


 というわけで、ひとまず条約の内容を幕府の会議で精査し終わるのを待って、そのタイミングで正弘君の家に集合って形になった。連絡は、忠震君に魔法通信機(通話のみのやつ)を貸して行うことになる。


 ただし、その間今までの仕事の続きだけをするわけじゃない。幕府の会議で決まった内容が、どれくらいの規模でどれくらいの範囲に拡散するのか。それを見極めるための、準備をしておかなきゃいけない。

 それによって、攘夷過激派が現状どういう繋がりでもって形成されてるのかをあぶりだすってわけだね。


 もちろんこれは幕府が持ってる諜報部がやるべきことだけど、うちも少し協力する。

 そして見返りに、ひっとらえたよその暗部を藤乃ちゃんの手下にしたい。今、うちの諜報部は深刻な人手不足だからね。

 そのためにも、捕縛はもちろん自白や拷問にもちょっと、そうちょっとだけ、手を貸すのだ。


 幕府は面倒な相手の弱体化が狙える。うちは諜報部の充実を図れる。両方が得するわけだね。

 その辺りのことを話しつつ、ボクの呼びかけで突然ボクの横に現れる藤乃ちゃんにもう驚かない辺り、正弘君も相当慣れてきてるな。


 それはさておき、今回の打ち合わせはこれくらいだ。ひとまずは口頭だけど許可ももらったし、ボクは藤乃ちゃんを引き連れて江戸の街に繰り出すことにする。


 で、醤油と味噌だね! 既に日が暮れかかってたからちょっと心配だったけど、予定通り買うことができたよ。

 さすがに料理人がひいきにしてる店だけあって、紹介されたのは個人には卸してない業者向けなところだったんだけど。それに匹敵する量をまとめ買いすることで、なんとか合意することができた。


 今後定期購入を契約するかどうかは、今回買った分がどれくらいの時間で消費されるかを見てからかな。最小規模の村くらいは住人がいるから、いずれ契約するのは間違いないと思うけど。


「……上様は、慎重に計画を立ててると思いきや突発的に行動したり、一生懸命取り組んでた思えば急に雑になったり……随分気分屋よね。気まぐれって言うか……。なんなのよその味噌と醤油の量……」

「よく言われる」


 物陰で荷物を【アイテムボックス】に入れながら、苦笑する。


 うん、自覚はしてるよ。きまぐれで、たまに前後の言動が一致しないってことは。

 でも今さら直しようがないって言うか、性格なんてそうそう変えられるものじゃないじゃん。


「わかってはいるんだけどねえ。でも最終目標を見失ったことはないから、大丈夫。なんとかなるよ。……たぶん」

「そこは自信持って頷いてもらいたいわね。……まあ、あたしはもうこっちに堕ちた身だし、これ以上は言わないけど」

「堕ちたってのは語弊があるよね、ボクはただ引き抜きをしただけだってば」


 なんでか彼女、そっち系の言葉を好むんだよなあ。やっぱり被虐趣味なのか……。

 回収したキングスライム、【拘束】とか【手心】なんてスキル増えてたしなあ……。普段何をさせてるんだか……。


「……何?」

「べっつに。さ、帰るよ。今日からかよちゃんのご飯が食べられるぞー!」


 拳を振り上げながら、ボクは藤乃ちゃんに背を向ける。


 そうして、【テレポート】を発動させたのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


締結、ですがまだ黒船は終わりじゃありません。

史実でもそうですが、一旦江戸から離れた艦隊は函館まで行った後戻ってくるのですね。

次はアメリカ側の挿話を挟んで、交渉事から離れた話を予定しています。


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