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第四十二話 宴会に紛れ込め!

今回はちょっと長いです。

「あー、帰りたい」

「いきなりなんですか」


 今日も引き続き、横浜護国寺のモニタールームで監視をしているわけなんだけども。


 無性に帰りたい。いや、ベラルモースにじゃなくってダンジョンにね。

 なるべく時間を見つけては帰るようにしてるんだけど、帰宅した次の日にこうして仕事してるとどうもね……。休み明けの仕事初日みたいな?


 今、ボクはそんな気分なのだ。


「気持ちはわからなくはないのですが、なんとかしてくださいとしか言えませんね」

「わかってるよーわかってるんだけどさー」


 思わずため息が漏れるのは、仕方ないことだと思わない?


「……そういう心理状況になるのであれば、休日という概念はいらないのでは?」

「バカなこと言わないでよ、休みなかったら心身ともに病んじゃうよ!」

「そうでしょうか……?」

「200年以上年末年始とお盆以外休みなしで働いてる国の人には言われたくないです! たぶんペリー君もおんなじこと言うと思います!」

「……そうでしょうかねえ……?」


 くそっまさかこの話で忠震君と対立するなんて思ってなかったよ!?

 ボクにしてみれば、ほぼ年中無休で働くスタイルの日本の社会は本当に異常だと思うんだけど、ボク間違ってるかなあ?


 いやまあ、毎日って言っても、彼らが一日ずっと働いてるわけじゃないんだけど。実際の労働時間は6時間ちょいくらいかなー? 正弘君みたいに国の上のほうの人はもっとあるだろうけどさあ。


 ただ、日給で生活をしてる人間がすごく多いことと、お金を貯める気にならない事情も影響してるのかも。


 事情ってのは、木が主だった建材のこの国じゃ、うっかり火事が起きたら資産を全部失う可能性もあること。あとその家も、特に江戸は人口密度が異常に高いから、一戸ごとの床面積は狭くなるわけで。

 つまり貯金が難しい。その状況じゃあ毎日何かしら労働しないといけないんだろう。貧乏暇なしって言うけど、これほどその言葉が当てはまる状況ってすごいと思う。


 ……まあ、わからなくはないんだけどね。


 こういう状況は、文明基盤の弱さが一番の理由だろう。便利な道具があれば、日ごとの労働は簡略化できる。便利な道具があれば、食料を大量に用意できる。便利な道具があれば……。

 そんな具合で、この辺りも改善点だとボクは思うわけ。労働してるだけの人生なんてつまんないでしょ。いや、仕事が好きならそれはそれでいいんだろうけど、人間には余暇ってものが必要だと思うの。心の余裕って言うか? 精神の保養っていうか?


 がんばればがんばっただけ結果が出る、なんてあるわけないんだし。適度に休みながら、メリハリつけた生活を送るべきだと思うんだけど、どうだろう?


「……検討課題の一つとしておきましょう」

「優先度低そう!」

「仕方ないでしょう」

「そうだね!」


 国を富ませることと、武力を上げること。これが目下のところ最大の課題だろうからね……。


「……で? 彼らは何してるんだい?」

「ナイフとフォークの練習だそうですよ」

「うん……うん?」

「ナイフとフォークの練習だそうですよ」

「いやうん、それはわかったんだけど、え? なんで?」


 モニターと忠震君を交互に見比べて、首をかしげる。


 なんでかっていうと、モニターの向こうで幕閣たちがぎこちない動きで十手と熊手を動かしてるんだよ。それって、警備道具と農具だったかと思うんだけど?


「昨日貴殿が留守の間に、交渉が一段落して船に招待されたのですが。そちらで食事が振舞われる予定らしく、アメリカの食事作法を中浜殿から手ほどきを受けているのですよ」

「あー……ああ……」

「仮にも使者の前で礼を失するわけにはいきませんからね。みんな必死のようです」

「……大目に見てくれるんじゃないかなあ? マナー違反と下手は別物だし」


 そもそも、今の日本人がアメリカの食事を知ってるわけないんだからさ。


 ちょっとのミスでも嫌だっていう感覚は、日本人独特のものかもしれないなあ。ボクなら笑ってごり押すけどねえ。


「……にしても、十手に熊手って……」

「言わないでください、苦しいのは我々も承知しています……」

「……うん、そーだね……」


 これ以上は言うまい。


 ただ、ちょっと思う。


「アメリカの食事か……どんなんだろ?」

「……私も、気にならないと言えば嘘になりますね」

「……行く?」

「…………」


 あ、否定しなかった。

 よし、行こう。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ってわけで、4日後。忠震君と、やってきましたアメリカ船。今回乗り込んだのは、先だってサスケハナ号と旗艦を交代したポーハタン号だ。どうやら、この船も蒸気機関を積んだタイプの船らしい。


 ん? どうやって乗り込んだかって?


 単純な話だよ、アメリカ人と接触したくないって駄々こねてた人と交代しただけさ。忠震君も一緒にね。

 幕閣でも高官と言われる人たちはさすがにそんなことはない(あったとしても表には出さない)けど、その下に当たる人たちには、まだまだアメリカ人に対する恐れや嫌悪感を持ってる人がそれなりにいたわけで。それを利用させてもらったのだ。


 一応名目上は、忠震君が下級役人で、ボクがさらにその従者って設定だ。さすがに、見た目が子供のボクはそれくらい立場を下げないと納得してもらえなかった。


 まあそんな話はどうでもいいんだ。食べ物をよこせ!


 ……はっ、いけないいけない。そういうのはジュイの仕事だ。ボクはそういうんじゃないのだ。うん。


 ここは大人しく周りの観察に徹するとしよう……。


 ポーハタン号。【鑑定】によると、船としてのジャンルはサスケハナ号と同じみたいだ。

 外見の特徴としては、やっぱり船の真ん中にどどんとそびえる煙突かな。これが蒸気機関をつける上で欠かせない構造体なんだろうね。今は動いてないみたいだけど。

 それ以外は、わりとボクがイメージする帆船に近いかなあ。マスト(機関が故障した時用かな?)もついてるし。


 とはいえ、ベラルモースの船舶史で帆船が使われてたのは初期だけで、中期までは大型の海獣に引かせるパターン、それ以降は魔法系の推進機関つきで、マストがあった時期は極めて短いんだけど。

 確か、博物館に置いてあったミニチュア模型がこんな感じだったなあって思う。きっと、魔法も大型海獣もいない世界で船を造ろうとすると、まずはこういう形から始まるのかもね。


「皆サーン、今日はようこそ来てくださいましたネー、ペリー感激ネー!」


 きょろきょろと周りを見てると、最近もはや聞き慣れたペリー君の声が聞こえてきた。片言の日本語が微笑ましい。どうやら、ホストの挨拶ってところかな。


「ペリーとしては、皆さん一緒にテーブル囲みたかったネー。でもペリー、知ってマース。ジャパンでは、偉い人とそうでない人が同じテーブルに着く、有りえないデースネー。

 デスから、偉い人は船室に、従者の方は甲板に、それぞれ分かれていただきマース。でも安心してくださいネー、食事の内容はほぼ一緒デース!」


 おや、そんなルールがあったの。知らなかったな。


 っていうか、そうか。今までボクは一人で幕府と対応してたもんな……。それも家定君が直々にもてなそうとするし。


「今日はー、皆さんのためにコックたちが腕によりをかけましたネー! ぜひ楽しんでいってくだサーイ!」


 幕府側とのやりとりを思い出してると、ペリー君の言葉が切られて参加者が振り分けられ始めた。

 思考を中断して、ボクは忠震君の隣について甲板のほうへと移動していく。


 高官が集まる船室の中も、人材的な意味で気にはなるけど仕方ない。ペリー君とも話してみたいんだけど、今回の一番の目的は食事だからね。


 そうして連れてこられた甲板には、雨よけと思われる覆いの下に大きなテーブルが用意されていた。

 案内されるままその中の一角に座る。


「ふむ、椅子に慣れているのは私だけのようですね」

「対ベラルモース交渉官の君とそれ以外の人を一緒にしちゃダメだよ」


 くすりと笑いながら、小声で言いあうボクたち。


 そこに、どこからともなく音楽が聞こえてきた。そちらに目を向けてみれば、どうやら軍楽隊らしき人たちが。楽器の数は少ないけど、船に乗ってる以上はしょうがないか。

 日本の音楽にはまだ触れたことがないんだけど、アメリカのこの音楽はベラルモースに近いものがあるかな。軽快でどこか面白味のあるメロディ、嫌いじゃない。


 そうこうしているうちに、テーブルに酒が並び始めた。グラスと一緒に出てくるあたり、少なくともアメリカではガラスに関する技術がしっかりあるってことかな?

 注がれてみれば、それはうっすらとオレンジがかった透明のものと、赤黒いものが主流みたい。他にもいくつかあるみたいだけど、この二つが大半だ。


 ……赤黒いやつを見て、血じゃないかって騒いでる人がいる。わからなくはないけど、これはたぶんワインだろうなあ。


 まあ、アルコール厳禁な種族だから、ボクは飲まないんだけどね。と言っても酒以外の飲み物はあんまりなさそうだから、ここは合わせるとしよう。飲むと見せかけて、【アイテムボックス】にあらかじめ入れてきたノンアルコールと交換だ。

 宴会に水を差す行為のような気もするけど、命には代えられないから見逃してほしい。


 そんな感じでボクが苦笑していると、どうやら全員に酒が回ったみたいだ。ここで乾杯の音頭が上がる。それでは、いただきましょう。


「……ああ、やっぱりワインか」


 赤黒いやつを【鑑定】して、ボクは笑う。どうやら、この世界にもワインがあるみたいでちょっと面白かったのだ。


 ベラルモースにも、ワインはある。なんで違う世界で同じ食べ物があるのか、ちょっと不思議だけど。

 そもそもこの世界を選定した際の検索条件が、「ベラルモースとさほど変わらない生命体がいる世界」だったから、そうなるんだろう。住んでる生き物が似ていれば、環境も似てくるだろうし。


「……な、なんですか、この口内でピリピリとする泡のようなものは?」


 忠震君は、透明のやつを飲んだみたい。【鑑定】してみると、シャンパンっていうスパークリングワインらしい。

 日本に住み始めて半年とちょっと経つけど、炭酸飲料を見かけたことはない。きっと日本にはないんだろう。


「それは炭酸飲料だね。中にその泡を作るのが入ってて、独特の舌触りになるんだよ。初めての人にはきついかな?」

「なるほど……いや、驚きはしましたが、嫌ではないです。面白いですね」


 ボクの説明に、忠震君はふっと笑ってグラスを傾けた。


 それからしばらくは、食前酒のように酒が振舞われ続けた。最初はワインに驚いてた人が多かったけど、ボクが説明した後は物珍しさからかみんな飲むようになった。


 だからかわかんないけど、みんなあっという間に出来上がっちゃったよ。ホスト側のアメリカ人たちと既に肩組んで飲みあってる人までいる。

 こうしてみると、日本人ってもしかして順応力高いのかな?


 っていうか、みんな練習してたはずのテーブルマナーはどうなった。最初はまだしも、途中からもうほとんどお構いなしになってる。

 料理が出てくる順番とか見るに、何かしらのルールに基づいてるとは思うんだけど……それすらあってないようなものだ。高官たちのほうもこんななんだろうか?


 それにしても……。


「……忠震君、日本人ってこんなに食べる人たちだったっけ?」

「いや……私も正直驚いています……」


 どいつもこいつもよく食べる! すごいスピードで食べ物が減ってる!

 これにはアメリカ人たちもびっくりだ。そんなに彼らの口に合ったんだろうか?


 ……あっ、そのステーキはボクのものだ! 誰にもあげないぞ!


 っていうか、日本じゃ肉食は禁忌じゃなかったの? なんで君ら、出てくる肉出てくる肉平然とむしろ喜んで食べてるの? あっれー?

 むしろ一つ一つを味わって分析しながら食べてるボクらが、邪道みたいじゃない!


「魚肉はこれ、鯛ですね。狙ってやってるのでしょうか?」

「狙ってるんじゃないー? 日本側のルールも把握してたくらいだし、それくらいは調べてあるんじゃないかな。めでたい、でしょ?」

「ええ。ごろ合わせですが……そういうゲン担ぎは日本では昔からよくされていましたからね」

「こちらは……?」

「あ、オムレツだね。ほんのり甘いのは、生クリームでも使ってるのかな?」

「ほう……」

「こっちのスープも生クリーム使ってるっぽいな。バターの味もする……」

「ばたあ、とは?」

「ん、ミルクを練って固めた食材。いろんなところに使えるやつだよ」

「ほう……なるほど、確かに風味がやや獣のそれのような」


 なんて感じで食べてるけど。


 うん、わりとベラルモースの味付けに近いかな?

 っていうより、ベラルモース全体の環境がアメリカと(もしかしたらヨーロッパとも?)近いのかもしれない。食卓に並ぶパンも、なんだかんだで見慣れたものに近いし。


 そんなことを考えてると、封の空いた酒瓶を持った水夫が隣にやってきた。どこか軽い態度で、表情もどこかチャラいんだけど、身のこなしは他の人間より隙がない。水……夫?


『よう、おたく随分と渋い食い方してるな!』

『やだなあ、味わって食べてるって言ってほしいなあ』


 まあいいか。ここは宴席だ、細かいことは抜き抜き。


 ところが、その返しは男にとっては衝撃だったようで、目を丸くして上半身をのけぞらせた。


『オオッ!? おたく英語わかるのか!?』

『グランパが漂流してきたアメリカ人でねー、いろいろ教わったよー』

『そういや顔が他とは違うな……そうか、爺さんが……。まだ生きてるのか?』

『んーん、数年前に。遺灰は海に流してくれって言い残してさ……あ、遺灰って死体を燃やしたあとの灰ね。こっちは基本火葬なんだ』

『そうか……そりゃ、残念だったな……故郷に戻りたかっただろうに』

『うん、だから今回の条約はボクにとっては朗報だよー』

『そう言ってくれりゃあ、持ちかけた側としちゃ嬉しいね。俺たちとしても、仲間が戻ってこれないのは悲しいからな』


 まあ、でっち上げなんですけどねー。


 とはいえ、ボクの顔立ちは明らかに日本人とは違う。この嘘は信憑性高く聞こえてると思う。

 いや、実際はアメリカ人とも違うんだけど、その辺りはお酒の勢いでごまかされてもらおう。


 そこからは、なんか急に大勢群がってきて派手な宴席になった。ボクが英語わかるって知れたのも、影響したかな。あっちとしても、言葉がわかる人間と飲んだほうがおいしいだろうし。

 で、そこに他の日本人も混ざってきて、いつの間にやら日米の友好を大合唱してた。完全にBGMをかき消してて、これには軍楽隊も苦笑い。


『俺はハル、よろしくな!』

『ボクはクインだよ。女王クイーンじゃないよ、気をつけてね』

『はっはっは、おたく男にしちゃ美人だし、案外クイーンでもよさそうだな!』

『やめてよ、ボクそっちの趣味はないからね!』


 なんて感じで、ボクのほうも完全に打ち解けてました。


 最終的に、大半の人間が酔っぱらってて帰りの船に戻るのもままならない人が何人かいた。高官のほうも。

 なんていうか、めちゃくちゃ和やかな宴会だったみたいで、それは何よりかな?


 ボクとしても、日本だけじゃなくて世界のことについてもちょいちょい話が聞けたから、なかなかに有意義な時間だった。今日得た情報は、大事に持ち帰ってゆっくりと【真理の扉】で解析させてもらおう。


 あ、そういえば、当初の目的だった食事についてだけど。


 個人的には、和食のほうがおいしかったかな!

 いや、アメリカの出してくれた食事がまずかったってわけじゃないんだけどさ。何せベラルモースの料理に近いものが多かったから、どうしてもインパクトでは負けるんだよねー。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


19世紀当時の軍船の上で、そんな豪華な食事ができるわけないと思った皆さん。

それはイギリスの話です。世界に誇るメシマズ大国イギリスの話です。

他の国は、ちゃんとまともな食事出してました。

いや、もちろん普段の生活の中で食べられるものに比べれば劣りますし、作中で出てきたような食事は本当に大事な時くらいで、航海中はもっと質素だったんですけど。

船の上で家畜を飼ったり野菜を育てたりしてましたし、飲み物もビール以外にワインなども持ってたのです。航海中の食事も、少しずつですが進歩してたのですよ。


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