挿話 副管理人のある日
「それじゃ、行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
夜明けよりも早い時間帯、お仕事に向かう旦那様を見送ります。できるだけ目を合わせて、できるだけ目を開いたままで。
そうしてすぐに見えなくなる旦那様のお姿を、まぶたに焼きつけて……少しでも長く、旦那様の姿を覚えておきたいんです。
ここしばらく、旦那様は日本とアメリカの交渉がうまくいくように裏から補佐するお仕事で、ダンジョンをずっと留守にしています。ですから、しばらくお会いできないので……。
いえ、5日に1回くらいの頻度で戻ってこられますけど。でも、私ダメなんです。たったそれだけでも、旦那様がおられないことが、すごく寂しいんです。
なんとかなる、って。思ってたんですけどね。私、自分で思ってるよりずっと、旦那様から離れたくないみたいで。
毎日時間のある時は、旦那様のお写真を見てため息をついてる始末ですから、女々しいっていうか、情けないっていうか……。
「奥方様」
後ろから、ティルガナさんの声。その声に、私は慌てて顔を上げました。
「は、はい。すいません、もう大丈夫ですから」
「落ち込むなとは申しません。あなたの苦しみはあなたのものですもの。けれど奥方様、わたくしめはいつでもあなたのお傍に控えております。たとえ天が許し地が見逃してもこのティルガナ、あなたをお守りいたします!」
振り返れば、そこにはいつも私を助けてくれる素敵な女中さんは、膝をついて見上げていました。
相変わらず、大げさな人です。旦那様よりもよくしてくださるのも、不思議です。けど、今はそのやり取りが少し、ありがたいです。
なぜかっていうと、それは。
「えっと、ありがとうございます。……うん。私は今、ここの副管理人なんだもの。旦那様がいつ戻ってこられてもいいように、しゃんとしなきゃ」
そう、私は旦那様が留守の今、ダンジョンの管理を任されているのです。一時の別れで気落ちしてる場合じゃないのです。
ぺちぺち、と自分の頬を叩いて気合を入れます。
「……よしっ。じゃあ、ティルガナさん。今日もがんばりましょうね」
「はい、喜んで」
ぐっと拳を握る私に、ティルガナさんがにこりと笑ってくれました。
ああ、素敵な人だなあ。こういうきれいな笑い方、できるようになりたいな。
そうしたら、旦那様はなんて言ってくれるかな……。
……って、あう。私またすぐに旦那様のことを……っ。
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ダンジョンの管理って言っても、意外とすることは多くなかったりします。
モンスターがいて、探索者がいて、暴れる場所なんですごく汚れるんですけど、その汚れは勝手に吸収されてきれいになっちゃうので、掃除は必要ないんですよね。
モンスターが減ったら補充して、置いてあるアイテムが減っても補充して。大体、やることはそれくらい、かな?
その補充にしても、メニュー機能っていうのを使うので、全然大変じゃないです。指先でぽんぽんって触っていくだけで、全部できちゃうんですから本当にすごいと思います。
最初はすごく大変で、難しいお仕事だと思ってましたけど、やってみれば私でもできることで、初日にほっとしたのを覚えてます。
本当は、モンスターやアイテムの補充も、自動にできるらしいんですけど、今はまだDEが安定しないから手動なんだそうです。もし自動になったら、旦那様も少し楽になりますね。そうなったら、もっと旦那様と……。
……えっと、こほん、話、戻します。
旦那様のお話では、こういう機能は旦那様ご本人のお力ではなく、ダンジョンコアっていう宝玉の力なんだとか。
どういう原理なのかはまだよくわからないですけど、ともあれそれを少し、私も分けてもらっているので旦那様の代わりができるのです。今はそれで十分です。
普段旦那様が仕事をするのと同じ部屋の一角で、私はメニューを開きます。そこに並ぶ文字は、旦那様の故郷、ベラルモースのもの。その中から、私は【モニタリング】を指でつつきました。
これは、ダンジョンの中に限って、どんな場所でも監視することができる機能。すごいですよね、どうなってるんだろう?
ともかくそれを使って、ダンジョンの状態を確認していきます。
今、このダンジョンは年明けに新しく追加されたフロアを合わせて、全部で4つのフロアがあります。第1から第3までが洞窟になっていて、第4は人が住んでる場所。これを、第1から順に見ていくのが最初のお仕事です。
とはいえ夜は人が入ってきませんし、昨夜の段階で補充は一通り済ませたので、あくまでただの確認なんですけど。
今日も、寝る前の状況と変化はありませんでした。問題なしです。人がいない広いフロア内を、今はジュイさんが朝の散歩で楽しそうに駆けまわっています。人が入って来たら、知らせてあげないと。
次は、人が住む第4フロアを確認します。朝になって、いろんな人が動き始めています。
こちらも大体は問題はないですけど、たまに住人同士でもめ事が起こることもあります。普段は旦那様がまとめますが、今はお留守なので、みんなに慕われてるフェリパさんに連絡して、仲裁をお願いします。
とはいえ、さすがに朝一番からもめ事は起きません。魚河岸ならあるかもですけど、ここにはそういうところはないですからね。
どうやら、今日も平和なようです。何よりです。
それから私はティルガナさんと朝ごはんを作って、一緒に食べます。もう1時間半ほどで人が入ってくるでしょう。それまでは、自由時間です。
普段なら、旦那様と取り留めのないお話をするんですけど。今はおられないので、勉強にあてます。
今回は……というか、今回もベラルモース語を。
何と言っても、ダンジョンのお仕事はすべてベラルモース語で行われています。メニューの文字は全部そうですし、モンスターへの指示もそうです。
旦那様が贈ってくださった髪飾りに、物覚えをよくする効果があるらしく、おかげで半月程度で大まかなことは覚えることができたんですが……まだ、完璧じゃない、と思います。
できれば、ベラルモース語で旦那様とお話がしてみたいなあって、思ってるんですけど……言葉って難しいです。ですから、最近は語学を重点的に勉強しています。
先生は、いつも通りティルガナさん。旦那様に教えてもらってた最初の頃のほうが、気持ち的には嬉しいんですけど……あいにくとティルガナさんのほうが、教えるのは上手なので仕方ありません。
そうやって時間を潰していると、メニュー画面が突然開いて警告音が鳴りました。どうやら、人が入って来たみたいです。
見れば、刀を構えた浪人さんたちが5人。油断なく周囲を見渡しながら進んでいました。
ふう、勉強はここまでですね。旦那様みたいに片手間にできるほど、私は器用じゃないですから。
私はティルガナさんに断りを入れて、居住まいを正しました。
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旦那様が言うには、今のダンジョンの難易度はとても易しいそうです。ただ、それはベラルモースでの感覚であって、魔法がないこの世界の人間にとっては、かなりの難易度みたいです。
その上で、旦那様は日々探索者の1割から2割ほどを殺し、さらに2割から3割ほどを負傷させる程度に調整しておられるみたいです。
ただ、その日ごとに殺す人数はかなり差をつけておられました。その日の気分で、なんて言うとすごく悪人みたいですけど……そうじゃないと法則性がついちゃう、とのことで。
私もそれに従い、殺す人数を調整してるんですけど……。
「……ううう」
「奥方様、無理はなさらないでください。あなたは人間なのですから、人死にまでは見なくてもよろしいのに……」
「うう……だ、ダメです……旦那様に留守は頼むって言われてるんです……だから逃げたくな……おぇぇっ」
「奥方様!」
……まだ、人が殺される光景には慣れません。というか、慣れられるんですか、これ?
朝食べたものが、逆流してしまってお腹の中はすっかりからっぽです。それでも吐き気は止まらず、ティルガナさんが背中をさすってくれています。
魔法も使って、心を落ち着かせてくれてるんですけど……魔法の技術は旦那様のほうが上みたいで、旦那様が使う魔法に比べるとどうしても効果が足りません……。
「うぇ……っ、く、ふううう……。えっと……DEに変換……」
それでも、生き物が死ぬとDEに変えるかどうかの表示が私の前に出てきます。そして、基本的にダンジョン内で死んだ生き物はDEに変えないといけません。
DEは、ダンジョンの生命線ですから。これがないと、さすがの旦那様でもできることがかなり制限されます。
そう、これは生きるためには必要なこと……。狩りと同じ必要なこと、なのです……。
自分にそう言い聞かせますが、それでもやっぱりなかなか慣れられるものじゃなくって……。
《個体名:木下・かよ のレベルが47に上がりました》
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《スキル【魔力抵抗・微】がLv10に上がりました。最高レベルに到達しました》
《スキル【魔力抵抗・微】が【魔力抵抗・小】に成長しました》
《スキル【魔力抵抗・小】がLv2に上がりました》
《経験値を4ポイント獲得しました》
《現在、299ポイントの経験値を所持しています。ポイントを使用しますか?》
……は?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ザ・一方その頃です。そして遂に地球人の道を踏み外したかよちゃんでした。
とはいえ、人の生き死にの現場に行くにはまだまだでしょうね。