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第四十一話 西洋技術を見せられて

 忠震君の意見によって、条約の締結が遠のいたある日。迎賓館として使われてる横浜護国寺の境内で、数十人の人間が集まっていた。


 彼らが囲んでいるのは、金属でできた……えーっと、れーる? とかいうやつ。それが境内を一周する形で並べられていた。

 そのれーるに乗っているのは、黒光りする何か。汽車って言うらしい。


 監視カメラ伝いにペリー君や他のアメリカ人の話を聞いてる限り、正確には汽車という乗り物のミニチュアで、実演をするためにわざわざ持ち込んできたものみたいだ。

 ミニチュアとは言ったけど、そのサイズは4分の1程度で人がまたがれるくらいの大きさは十分にある。……っていうか、明らかに持ち手みたいなのが着いてるし、人乗せる気満々だろう。


 動力は蒸気機関。船に載せてる動力と同じで、蒸気を利用した動力らしい。

 ベラルモース人としては、蒸気なんかで乗り物を動かすなんてのにわかには信じがたい。人を乗せるものが、そんなもので動かせるなんて思えないんだけど……真理の記録アカシックレコードを読む限り、それが可能らしいから不思議だなあ。


 まあ、ボクは状況を直に見るわけにはいかない立場だから、もはやモニタールームと化した寺の一角で、忠震君と見学だけど。


「……では、ベラルモースには蒸気機関は存在しないのですね」

「うん、もっと効率が良くて簡単な機関があるからね。調べる限り、あれは魔法が存在しないからこそ、人々が英知を結集して作り上げた動力だ。魔法もなしにあんな鉄の塊を動かすなんて頭が下がるよ」

「……貴殿にそう言われると、なんだか妙にこそばゆいですね。我が国の技術でないことが悔やまれますが」


 たまに見せる生暖かい視線を横から受けつつ、ボクは頬杖をつく。


 モニターの向こうでは、ペリー君……の、部下(きっと技師か何かだろう)が、汽車の説明をしてる。

 ……けど、理解できてる日本人なんているわけない。使用目的が何で、どういう風に動くかは理解できるだろうけどさ。


『それでは、ボイラーのほうも温まって来たようですし、実際に動かしてみましょう』


 技師の言葉と共に、汽車がポオォォーッと激しい音を鳴らす。日本じゃそうそう聞けない大音量に、日本人全員がうろたえながら耳をふさいだ。


 汽車の先頭、その天井付近から伸びる煙突から、煙がもくもくと立ち上る。それを合図にしたかのように、ゆっくりと汽車が動き始めた。

 鉄の塊が、ほぼ自動で動く。その光景に、どよめきが走る。かくいうボクも、思わず声を漏らした。


 シュッシュッ、ダッダッ、そんな感じの音を響かせながら、汽車の速度が上がっていく。そうして煙をたなびかせて走る姿は、どこか誇らしげに見えた。


「……すっごい」

「瞬間移動できる貴殿が言いますか……いや、しかしそれには、同意ですが……」


 それは言いっこなしだよ忠震君。


 この汽車には、そういうのとは違った良さがあると思うんだ。ロマンとでも言えばいいのかなあ? 言葉には言い表せない何かがある気がするんだよね、乗り物って。

 そして汽車が持つ魅力は、きっと魔導車や飛法船とは違うものだ。近いけど、近くない。絶妙な方向性の違いが、そこにはあると思うんだ。


「……って言っても、ベラルモースじゃ絶対普及しないだろうけどね……」

「それはまあ、魔法があるならそうでしょう?」

「いや、それとはまた別でね。ベラルモースはモンスターが街の外を闊歩してるからさ。レールっていう決められたところしか走れない汽車は、格好の餌食だ。レールのメンテナンスも大変だろうし」

「ああ……なるほど、そちらですか」


 だからベラルモースで一番発達している乗り物は、空を飛ぶ飛法船なんだよね。空にもモンスターはいるけど、地上よりは圧倒的に少ないし、何より最近は飛法船のほうが得てして速い。魔導車は街中用が基本かな。


 そんなベラルモース事情を説明していると、画面の向こうでは敷かれたレールを一周した汽車が元の位置に戻っていた。

 そして、ペリー君が誰か乗りませんかと声をかけている。


 立候補者はいな……いやいた、一人いた。……誰かは知らないけど。役職のある立場じゃないんだろう。そんな人が手を上げた。

 えーっと……【鑑定】によると、香山栄左衛門君。忠震君より少し年上って感じかな。


 彼が、恐る恐るって感じで汽車の座席に着く。そんなに怖いか……? って思ったけど、よくよく考えれば鉄の塊が煙を出して蒸気をたなびかせて、ぶしゃーって言ってたらそりゃ怖いか。モンスターのいない世界だし。


「では動かしマース」

「ふおおお!?」


 しかし容赦なく動き出す汽車。最大でどれだけの速度が出るかはわからないけど、とりあえず強化なしの人間の走りより速いのは間違いない。

 確か、ボクが調べた限りこの世界……もとい国の馬は、時速4里(約16キロ)がせいぜい(日本在来馬。いわゆるサラブレッドなどはもっと速い)だったはず。あの感じだと……ああ……その倍近くは出てるんじゃないかなあ……。


 栄左衛門君は、どうやら座席にしがみついているので精一杯って感じだ。日常感じたことのない速さだから、無理もないね。


 ……日本人を音速以上で移動できるベラルモースの飛法船に乗せたら、どんなリアクションするかな。機会があったら試してみたい。


「人一人程度ではまったく速度に代わりなし、ですか。あれが普及すれば、全国の物流は格段によくなるでしょうね……。しかしそのためには、やはり大名ごとに一国という今の状態は根本から変える必要が……」

「あの状況を見て冷静にそっちに話持ってける君はさすがだよ」


 考え込む忠震君に、思わず変な笑いが出たよ。


 だってさあ。


 汽車が一周し終わった時の栄左衛門君……よっぽどあのスピードが怖かったのか、真っ白になってたからね……。なんていうか、栄左衛門君だった何かって感じになってたよ……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 汽車が披露されたのとはまた別の日。こんなこともあった。


 その日横浜護国寺からは、何やら縄のようなものが出ていて、14町(約1.6キロ)ほど離れてたところまで張ってあった。双方の終点にはそれぞれアメリカ人の技師たちが集まり、二点の間には状況が見えるように障害物はあらかじめ除かれている。

 彼らに付き従うような形で、日本人もそれぞれに分かれて集められている。横浜護国寺のほうは、大広間だ。そこで、ペリー君が電信機というものを紹介する。


 話を聞いている限り、どうやら電気というエネルギーをあの縄のようなもの……電線を通すことによって、離れた場所へ情報を飛ばす道具みたい。

 彼も専門家じゃないんだろう、細かい仕組みは言わなかったけど……ともあれ、電気で二進法による状況判断をさせていること、それを組み合わせた文字や記号をテープに打刻することで情報を伝えるみたいだ。


 魔力のない世界で、遠くに情報を伝える? そんなことができるなんて、まったく信じられない。汽車もそうだったけど、これはそれ以上だ。


 半信半疑なのは、ボクだけじゃない。忠震君もそうだし、現場に集まった日本人全員が不審そうにしていた。

 けれど、そんな空気を吹き飛ばすかのように、ペリー君が手を叩いた。


「それでは実験を始めマース」


 その合図と共に、電信機が操作された。

 んーっと……ボタン? を押してる感じだけで、しゃべったりはしないのか。そこまで複雑な情報は伝えられないのかな?


 そう思っていると、離れた地点からざわめきが聞こえてきた。そちらに目を向ける(カメラは設置済みなので、ボク自身は見るモニターを変えただけ)と、色めき立つ日本人たちが。


 そして彼らを尻目に、あちらにいるアメリカ人技師が、あちらに置いてある電信機を操作する。

 すると、今度は横浜護国寺に置かれた電信機が動き、細長い紙のテープが出力された。


 テープには、よく見ると針か何かで刺されたらしい穴がいくつか開いていた。それを手に取ったペリー君が、満足げに口を開く。


「『江戸』と伝えてきましたネー」


 その言葉に、こちら側でも動揺が走った。一気に騒然となる大広間。「いやそんなはずは」とか「まだ決まったわけでは」みたいな声が聞こえてくる。


「ちなみに、ペリーはあちらに『横浜』と伝えましたネー。さて……向こうから人が戻ってきました、話を聞いてみましょう」


 彼の言葉で、居合わせた人たちはようやく離れた場所に集まっていた人間が横浜護国寺まで戻ってきたことに気づいた。

 そして、どういう話があったのかを血相を変えて問いただそうとする。


 答えは。


「あちらでは横浜、と言っておりました」


 それを聞いて、今まででもうるさかった大広間が、騒然を通り越して混乱にまで達した。

 ボクも目の前の事実を信じられず、しばらく硬直しちゃったよ。


「クイン殿?」

「あ……あ、う、うん……すごいね、あの道具……」


 それは、ボクの心底からの本音だった。


 電気ってエネルギーがどういうものか、ボクはまだ知らない。けど、それに魔力が関わっていないことだけは自信を持って断言できるのだ。

 つまり、あの電信機は間違いなく、魔力に頼ることなく離れた場所に情報を伝えた。それは、とてつもないことだ。これはこの世界の人間の能力を少し見直したほうがよさそうだ


 確かに、電信機が伝えた情報はごくわずかだ。そして、電線で繋がったところにしか伝えられないデメリットもある。


 けど、けれど。


 技術は、進歩するものだ。この電信機が、たとえば100年先も同じ水準だなんてありえない。きっとそのころには、より進んだものになってるだろう。たとえば、音声を伝えられるようになってるとかね。

 そう考えると、これは偉大な旅路の第一歩って言ってもいい。とてつもない、歴史の大事件を目の当たりにしてるって言っても過言ではないよ!


「……すごいよ。本当にすごい。人が生きる、文明が進歩する、ってのは、きっとこういうことを言うんだろうな。あの道具も、何千年っていう積み重ねの一番上にある、人間たちの努力の結晶なんだろうなあ」

「……貴殿ほど進んだ文明の人でも、そういう想いを抱くものなのですね」

「そりゃあね! どんな文明だろうと、より良いものを求めて重ねられた技術ってのは、敬意を表すべきものだと思うもん!」

「それは……そう、ですね……確かに。あれだけのものを作るまでにした苦労を思えば、賞賛こそすれ否定などできるはずもありませんね……」


 ボクの言葉に頷き、忠震君がモニターに向き直る。そこには、詳しい仕組みを根掘り葉掘り聞きだそうとする日本人たちと、そこまでは答えられなくって困った顔のアメリカ人たちがいる。

 その光景を眺める忠震君の顔は相変わらず鉄面皮だったけど……どこかその目には、羨望と悔恨が混ざったような、寂寥感が漂っていた。


 そんな彼の姿にボクは、


「まあ、その……あれさ。100年後に見返してやろうよ」


 そう言って、背中を小突くのだった。


「……ふふ、そうですね。アメリカなど……イギリスから派生した赤ん坊のような国に過ぎませんからね。1000年以上の悠久を刻んできた我が国が負ける道理などありませんよ」

「そうそう、その意気だよ。なーに、異世界がついてるんだ。きっとあっという間さ!」

「そうですね、違いないですね。さしあたって……そうだ」

「ん?」


 改めてボクのほうに向けられた忠震君の顔は、悪いことを企む役人みたいだった。


「電信機と、汽車。それから蒸気船を作ってもらえませんかね?」


 やっぱり!

 悪いけど、もうあんまりDE残ってなんだから勘弁してほしいなあ!


「できるけど、高いよ? それに、経験がたまらないからおすすめはできないなあ」

「そうですか……なら……そうだ。設計図というのはどうです?」

「……そ、その発想はなかったや……」


 くそう、やっぱり忠震君は強敵だな! っていうか、よく思いつくねそんなの!


「見積もりはダンジョン戻ってからになるけど……設計図だけなら半額以下になるんじゃないかなあ……?」


 とはいえ、ボクらは協力関係にある。ボクとしても、日本の強化は歓迎だ。

 だからボクは、隠すことなくそう告げた。


 そして返ってきたのは。


「ぜひ、それでお願いします」


 ほぼほぼ初見の、忠震君の満面の笑みだったとさ。


 それがむしろ怖いって思ったけど、口に出さなかったボクは偉いと思うんだ……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


ペリー遂に登場。

キャラをどうするかいろいろ悩みましたが、最終的に昔流行った某FLASHの彼を参考にさせていただきました。いや、別にバストのサイズを急に叫んだりはしないと思いますけど(古


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