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第四十話 粗探しをしよう

11/23 忠震が交渉内容の「日本だけに義務を要求している点」を問題視する会話を追加しました。

 交渉を開始した日米だけど、来航してから毎日ずーっと交渉をしてるわけじゃない。接待で一日が終わる日もあるし、そもそも日本は政治の中枢を担う面子が江戸から動こうとしないから、何につけても交渉は長引きがちだ。


 全権を派遣しときながら、その人が何度も上層部に意見求めるのはどうなのって思うけどさ。

 この長引かせはわざとなのだ。いや、幕閣の中でも強硬に反対する派閥があるから、話し合いが順調じゃないってのも本当ではあるんだけど。


 アメリカ側をじらして、帰ってもらおうっていうすごく……まあ、なんだね。すんごく消極的な引き延ばし作戦だね。


 ただ、攘夷を主張する派閥はそれだけのつもりだろうけど、開国を主張する派閥にとってはこれ以上攘夷派が暴走しないようにするために、あえて付き合ってる感じがある。正確には、攘夷派の中でもやばい連中が、ね。


 最近の攘夷派は、できるだけ交渉を長引かせてる間に軍備を整え、時を見計らって外国勢力を追い出すべきっていう穏健派と、今すぐにでもとにかく追い出すべきっていう過激派に明確に分かれつつある。暴走しないように、ってのはこの過激派のことなんだよ。

 どっちも根っこに「日本によくわからない外国の人間を入れたくない」って考え方があるのは同じだけど、後者のほうは下手したらテロリストになりかねない。

 そしてその暴発だけは引き起こしたくない、ってのが開国派と穏健派の一致した意見なのだ。だからこそ、過激派が安易に暴走しないように、彼らの論議にも付き合ってあげてるってわけ。


 そりゃね、開国したい人たちにしてみれば、せっかく海の向こうからわざわざ交渉しに来た相手を追い返すなんてとんでもない話。交易するしないはさておいても、彼らは国を開くことで得られる様々な利益が最大の目的なんだから、話もしないなんて論外なのだ。

 まして、交渉のさなかに襲撃なんてされたら台無しもいいとこだし、何より相手につけ入るスキを与えることになる。


 穏健派にとっても、今はまだ時期じゃないって思ってるわけだからねえ。準備が整ってないのに、猛獣を刺激するようなまねは彼らも避けるべきだって考えてることは間違いない。自殺行為だもん。


 とまあそんな感じで、色んな思惑が絡み合って引き延ばし作戦は行われてるのだ。


 ……ボクとしては、そんなことしてないでさっさと終わらせてほしいんだけどね。早く帰りってかよちゃんといちゃいちゃしたい。

 5日に1回くらいのペースで帰ってるけど、なんかすごく足りない気がしてならないっていうか? こう、すごく隣がさみしい。


 あー。


 ……いや、話戻そうね。うん。


 えーと、会談だけど、スロースペースな進行とは裏腹に内容自体はなかなかに盛り上がってると言うか、実のある話ができてるみたいだ。


 日本側は、船への補給や難破者の治療などは請け負うけど、通商はしないというスタンス。


 これに対してアメリカは、強硬に通商を主張……してるわけではない。

 ペリー君は、あくまで今回の交渉は人道的見地に基づくものだって主張してる。通商は主目的じゃない、って感じで。だから、日本側も条約締結に向けては比較的前向きだ。


 でも、監視カメラ越しにその交渉の議事録を取っていた忠震君は、そんな日本の交渉役たちに苦言を呈する。

 それは会談の真っ最中。アメリカ艦隊が意外と大人しかったこともあって、カメラ越しの監視に切り替えたボクも一緒に横浜護国寺の部屋に詰めていた時のことだ。


「ダメですね」


 と、一言でぶった切った。


「いきなりどうしたのさ?」

「あちらの提示した内容は確かに通商目的ではないですし、これで妥結したとしても開国したことにはならないと思う者が多いでしょう。けれどこれは、あくまで次の一手のための布石ですね」

「ああ、そのこと。ボクもそう思う」


 その意見には、ボクも同意するところだ。

 何せ、幕府側は気にしてないけど、ちゃんと気を付けておかないと後で痛い目を見る文言が入ってる。


「『両国政府のいずれかが必要とみなす場合には、本条約調印の日より18か月以降経過した後に、米国政府は領事を置くことができる』……これを見て、なぜ誰も疑問を出さないのか、私にはわかりかねます」

「だねー。これ、アメリカだけの判断で日本に領事置けちゃうよね。これを容認したら、またアメリカから人が来るよ。今度は領事だから、もっと突っ込んだ話をしにね」

「でしょうね。林殿ともあろうお方が、この程度とは……」

「言うね、忠震君」


「何せ、本当にわかっていないとしか思えませんからね。私は既にクイン殿との交渉で領事の意味などは理解していますが、仮に理解できなかったとしてもあの場でその意味を問うでしょう。そして回答を得られたなら、この文言がいかに危険か理解できると思うのですがね……」

「即座に通商開始は時期尚早、段階を踏んで通商を進める、っていう正弘君の真意は伝わってないんだろうなー。妥結の引き伸ばしとしか思ってないのかも?」

「だとしたら、この文言そのものは削除すべきですよ。仮に阿部様の真意がわかっているなら、ここはクイン殿と結んだ時のように双方に領事を置けるようにするべきです。

 なんにせよ、現状この文言は完全にアメリカのためだけのものです。即刻改稿すべきですね」


 そこまで言い切って、やれやれとばかりに首を振る忠震君だった。


 ……全権は、ボクの時みたいに彼に任せたほうがよかったんじゃないかなあ。いやまあ、彼をいきなり全権大使にするには功績が足りないのかもしれないけど。


 ちなみに、彼がアメリカの提案を普通に理解してて、文章にも言及できてる点で不審に思った人もいるかもしれないけど、これはボクの入れ知恵だ。

 知恵っていうかスキルなんだけど、【英語】Lv4をつけた懐中時計を貸し出してるのだ。これも高かったけど、あったほうがいいって判断した結果だ。そしてその判断は正しかったと断言できる。


 あ、ボクもせっかくだから出発前に【スキルクリエイト】で【英語】取得してます。我ながら、ダンジョンコアの理不尽な性能には恐れ入る。


「……ところでクイン殿、先ほどからペリー殿が言っていることでよくわからないことがあるのですが、ご教授いただけますか?」

「ボクにわかることなら」


 応じたボクに顔を向けず、視線はあくまでモニターに向け記録を続けながら忠震君が言う。


「最恵国待遇、とはどのようなものでしょうか?」

「あー」


 確かに、何度か言ってた気がする。他のモニターからの音声も拾ってるから、ボク自身はそこまで気にしてなかったけど。


 うん、ごめん。知らないや。

 学歴はあるけど、ボクが学校で学んでたのは政治じゃないからさ。仮にそっちに通じてたとしても、万一この世界独特の考え方だったら、わかるはずもない。


 ってわけで、


「ごめん、調べるからちょっと待ってて」

「はい」


 忠震君の首肯を感じつつ、ボクは【真理の扉】を発動させる。

 こないだスキルレベルが上がって、今の成功率は50%。でも、まだ半分でしかない。案の定3回失敗した。


 そこからデータを読み込んで、自分なりに考えをまとめて、さらにこれを人に理解してもらうように説明する。なかなかに骨が折れるよこれは……。


《スキル【並列思考】を正式取得しました》


 お、おう……そっか……。

 確かにカメラ映像確認しつつ、会話しつつ、魔法使ったけども……。


 ……検証は、この仕事終わってからにしよう。うん、そうしよう。


「……えーっと、特定の国を常に最も優遇すること、か。これだけだとわかりづらいよね……。どこと比べても不利じゃない状態……とでも言えばいいのかなあ。

 たとえば……そうだね、外様大名がお金を借りたいと言ってきた。幕府はそれに応じて、月1割の利子で貸すことにした。

 その後に、御三家がお金を借りたいって言ってきた。幕府はこれに応じて、月5割の利子で貸すことにしたら……御三家はどう反応すると思う?」


「家格が下の外様にその条件で貸しておきながら、御家門衆に法外な金利を出しては誰も納得しないでしょうね。最低でも外様に出した条件まで引き下げなければ納得しないでしょう。

 ……なるほど、そういうことですか。徳川幕府を一つの国と見た場合、御三家が最恵国待遇を約束した国、ということですね」

「うん、そんな感じ。普通はこれを互いの国同士で約束して、交流のあるすべての国を平等に扱うようにするみたいだけど……一方で、他国に侵略を進めてるヨーロッパの国は、清や周辺の国に対して一方的な最恵国待遇を強引に認めさせてるみたいだ。こうなると……」

「ふむ。どこかの国が突き付けた条件が自国のそれより有利だった場合、それが勝手に適応されてしまうということですか。それは……なんとも人を馬鹿にした話ですね」

「だね。でもそれが、今はすぐ近くでまかり通ってる状況なのは事実だよ」

「……それはなんとしてでも避けねばなりませんね。我が国を食い物にされるなどあってはならない」


 きらりと忠震君の目が光ったような気がした。その後、議事録の作成と並行して何かをまとめ始める。マルチタスクすごい。【並列思考】系のスキルでも持ってるんじゃないだろうか。

 中身は……きっと、正弘君への意見書だろう。議事録を送る時に添付するんだろうな。


 別に検めるつもりなんてない。忠震君なら大丈夫だと思う。それだけの能力があるってことは、ボクが一番知ってるからね。


「あと一番問題ですが、向こうの提示した内容はアメリカの義務を一切定めていませんよね。仮に我が国の人間が漂流などした場合、どうするのでしょう?」

「ああうん、そういうのも必要だよね。これじゃあ『友好』なんて名前は名ばかりだ」

「まあ、現状我が国は海外渡航を国禁としているので無理からぬことではあるのですが……今後のことを考えると、その文言は入れておかなければいけませんよ」

「その文言を入れるとなると、会議は相当紛糾すると思うな?」

「何も『渡航』すると言うわけじゃないのです。帆や動力を持った船を乗っていても、難破したり漂流したりすることはありますよね」

「……物はいいようだね」


 もう忠震君一人でいいんじゃないかな……。


 まあそんなわけで、忠震君の意見はこの日の議事録と共に正弘君に届けられた。その内容は正弘君を通じて幕閣に披露され、この日の会議はいつも以上に紛糾したようだ。それに連動する形で、交渉も長引くことになる。


 それで終わればよかったんだけど、攘夷過激派が先走って停泊してるアメリカ艦隊を沈めようと動き始めたものだから、ボクもその取締りに付き合わされる羽目になった。


 まあ、ボクが出張ったんだ。どこにも被害なく無事鎮圧して、そんな事件があったってことを下々に知られることなく終わったけどね。いや、藤乃ちゃんにも手伝ってもらったけどさ。

 実行犯も全員殺すことなく捕縛したから、今頃は幕府側もいろいろと大変だろう。


 ちらっと聞いた限りだと、ここでも水戸徳川さんちの斉昭君がいろいろやってたみたいだけどね。ただ、今回はベラルモース関係の情報漏えいじゃないからボクが手を下すわけにはいかない。

 この辺りは、正弘君たちがどれだけ真実に迫れるか。その手腕を信じるしかない。

 ……なんて言いつつ、ある程度は過激派が使ってる情報網は把握できてるんだけどね。藤乃ちゃん、元々は向こう側だったわけだし。


 ただ、まだまだ人手が足りないのが問題だ。特にこういう仕事は、できる人間が一人いるよりも、ある程度できる人間が複数いたほうがいい。

 もっと人がいれば、過激派のことはもちろん、アメリカのことも調べられるんだからさ。なんなら、海を渡らせるって選択肢も取れるようになるんだけど……それはまだまだ先だろうなあ。

 彼らの粗、というか、弱みが握りたいんだけどなー。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


日米友好条約の内容はウィキ先生にも載っているので今や誰でも閲覧できるのですが、その全体を眺めるとやはり本編中に上げた2点が特に問題だと思ってます。

なので、今作における日米友好条約では、この2点を日本に不利がないようにする方向で動いています。

まだ先の話ですが、日米修好通商条約なども不利な点を極力減らす方針で考えております。


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