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第三十九話 黒船来たる

 あっという間に時間は過ぎて1月16日(西暦換算2月13日)。

 ついに江戸湾にアメリカ艦隊がやってきた。情報通り7隻が、統率された動きで向かってくる。


「……信じてはおりましたが……本当にここに来ましたね……」

「ま、ねー。うちには優秀な仲間がいるからね」


 潮風に顔をしかめながら応じるボクの横に立つのは、いつも通りと言うべきか、岩瀬忠震ただなり君だ。

 彼は他の幕閣とは違って明確な、そして極秘の任務を受けている。つまりはボクの付き添いなんだけど、要するに今回のアメリカ艦隊来航に裏から対処するのが彼の仕事になる。


 さて、そんな彼がどうして驚いた様子でいるか?

 答えは、ボクが提供した情報通り、アメリカ艦隊がここ――横浜村の沖合(小柴沖って言うらしい)に来たからだ。


 藤乃ちゃんが持ち帰ってきた情報によれば、彼らは机上の最善策として江戸湾の奥の奥……つまり江戸の街のすぐ目の前まで行くつもりだった。ただしそれはあくまで机上であって、本当にそこを最終地点とするつもりはほとんどなかった。

 相手にとって無理な要求を最初に突き付けて、その後譲歩した姿勢を見せることで思惑通りの選択をさせる、というのは交渉の常とう手段だ。彼らはそれを行ったに過ぎない。


 まあ、日本側が去年のことに危機感を覚えることなく江戸湾に台場などの防衛施設を作ってなかったら、本当に江戸の目の前まで行っただろうけど。


 彼らの目的は、最初からここ小柴沖。一度江戸前まで行ったのは、ただのパフォーマンスにすぎない。日本側を油断させるための、ね。

 実際、多くの幕閣は最悪の事態を回避できたって感覚でいると思う。でも、実際はそうじゃないわけだ。アメリカの思惑通りなんだからね。


 こういう時、普通なら幕府は昔から江戸湾への船の出入りを確認してる浦賀に移動させるんだけど。相手が力で勝ってるからそれは不可能だ。

 アメリカにしてみれば、わざわざアウェーまで来てるのに、その中でさらにアウェーとも言える敵の本拠地に行く気なんてさらさらないだろう。しつこくやってたら、そのうち脅してくるかもね。


 でも、正弘君はあえてここ……アメリカが目的地とした小柴沖を目の前に臨む横浜村で迎え撃つことにした。そのために、本来なら浦賀に詰めてる人たちの大半が今ここに集結している。

 相手が望む場所で交渉を始められると思ったら、そこで準備万端整えられていた……っていうのは、初手としては有効だろう。


 もちろん危険もあるけどね。そこは、リスクを冒さないとリターンは取れないってことだろう。


 それに前回、アメリカは勝手に江戸湾の測量をしたらしい。ここで浦賀へ来い、嫌だっていうやり取りで無駄に時間を消費すると、その間またしても勝手に測量される可能性がある。それは幕府としては絶対に避けたいって言ってた。

 船の数が増えてるから、交渉中に余った人手でやられる可能性があるけど……そこは歓待しまくってなんとか足止めする方針らしい。万が一の場合は、武力行使も辞さないって言ってた。そりゃ、国交のない国に無断で測量するとか、そうされても仕方ないでしょ。


 ちなみに、ジュイ、ティルガナ、フェリパは留守番。ユヴィルは上空からカメラを併用して艦隊の監視、藤乃ちゃんはいつでも動かせるエージェントとして近くに待機させている。


「……しかし我々は、クイン殿のおかげで裏をかこうとした相手のさらに裏をかくことができた。本当に御礼申し上げますよ、クイン殿」

「いーんだよ、ボクだって彼らに好き勝手されたくないからね」

「それでも、筋は通させてください。ありがとうございます」

「君はそういうところ、真面目だよねえ」


 苦笑を向けるけど、忠震君は表情を変えない。ボクとのやり取りに慣れてきたのか、最近はずっとこの鉄面皮をはがせないんだよなあ。


「……ま、それは置いといてだ。そっち、準備はできてるんだよね?」

「もちろんです。……と、言いたいですが、まだまだです。実は建物すらつい昨日完成したばかりでして」

「あー。でも一番時間かかるのは乗り切ったんだから、そこは素直に喜んどこうよ」

「それもそうですね」


 忠震君が頷きながら、沖合とは反対方向に顔を向けた。それにつられるように、ボクもそっちへ向く。

 そこには、あからさまに新品のお寺が佇んでいた。


 これが今回、幕府が歓待用に用意した場所だ。他に選択肢なかったのって気もするけど、お城は一国一城令とかで造っちゃいけないし、他に案もなかったからってことで。


 とはいえ、見た目は立派なこのお寺。「横浜護国寺」なんて御大層な名前はついてるみたいだけど、ぶっちゃけ僧侶はいない。

 そりゃ今回のアメリカ来航に合わせて急ピッチで建てたものだし、最初からお寺として使うつもりも幕府にはないらしい。あわよくば、今後諸外国との交渉用として使っていこうって魂胆みたいだ。


 ちなみにこのお寺結構大規模なんだけど、周りは小さな民家がかろうじて3ケタいくかどうかっていう寒村の中にある。おかげでそりゃもう目立つ目立つ。

 一応、最初に艦隊がこの沖合を通り過ぎる時はボクが【イミテイトビジョン】で見えなくしてたから、アメリカ側にとってはものの数時間でいきなりでっかい建物ができたように見えてるだろうけどね。


 そんなものがなんでまたここにあるんだ、って話だけど。もちろんボクが手を貸したからだね。


 いや実はさ、アメリカの目的地が知れると同時に、忠震君はボクにこう無茶ぶりしてきたんだよ。魔法の力で歓迎用の建物を用意できないか、って。


 うん、ボクがダンジョンマスターじゃなかったら、バカ言ってんじゃないよって蹴ってるところだ。でも、ボクはダンジョンマスターだからね。もらえるものさえもらえれば、できなくはなかった。

 ってわけで、かよちゃん用の髪飾りを作った後のDE残高がほぼ丸っとこの横浜護国寺に化けました。料金は後払いです。


 ただ、完成状態で作るだけのDEはなかったから、パーツごとになってる状態での作成になった。それを【アイテムボックス】にぶちこんでここに運び、夜間も作業できるように明かりを用意して、急きょ、本当に急きょかき集められた大工たちがこれの建造に当たったわけ。


 急がされた大工たちはさぞやお疲れだろう。特別報酬とか、出てるんだろうか?

 わりとずれたことが思い浮かんだけど、そろそろボクも気を引き締めないとね。


 今回のボクの仕事は、アメリカが武力に訴えてきた時に日本側を守ること。それから日本側の強硬派とアメリカの監視。主にこの二つだ。それを、人目につかず気づかれないようにやらなきゃいけない。

 これも結構な無茶ぶりだけど、ボクくらいのステータスならできなくはない。


 え、会談に参加しなくっていいのかって?

 いや、そこまでしたらさすがに内政干渉だよ。ボクたちと日本は、協調してるとはいえ基本的に違う組織だもん。


 本音を言えば、協力したいんだけどね。ボクがもっと全面的に協力すればアメリカとの交渉で負けることはまずありえないし、なんだったら逆に優位に立つことも不可能じゃない。ボクとしても今後安心できる。


 ただ、それってどうなの? って話でもあるわけで。ボクの力、得体のしれない化け物の力に頼りきりで、それで本当にいいのか、ってね。

 だから、交渉にボクは関与しないし、国の方向を決める会議に口を挟むこともしない。一つの独立した国なんだから、そこに住む人間たちが自ら解決するのが正しい姿ってものでしょ?


 でもまあ、安心してほしい。日本がこの先どういう道を通ったとしても、ボクはその隣にいるつもりだから。さすがに、他国に侵略したら手助けしないけどね。


「……それじゃ忠震君、ボクはあっちの警戒に入るね」

「わかりました。私は会場の整備に戻りますので、どうか皆さんを宜しくお願いします」

「任しといて。大船に乗ったつもりでいるといいよ」


 ふふんと笑い、胸を張る。

 なぜか生暖かい視線を送られたけど、それについては後にしてあげよう。


「光魔法【インビジブル】――風魔法【サイレント】」


 同時に二つの魔法を発動させ、姿と音を消す。お馴染みの【ステルス】コンボだ。さらに、


「風魔法【フライ】」


 もう一つ、飛行の魔法を足して虚空に浮かび上がる。

 まあ、その姿は周りの存在には当然見えてないんだけど。


「じゃ、行ってくる。……あ、間に合わないとまずいだろうから、そっちは藤乃ちゃんに手伝わせるよ。機材のことで何かわかんないことがあったら彼女に聞いて」

「はい。頼りにしております」


 腰を折る忠震君に、見えないとわかってても手を振って、ボクはそのまま沖合へと向かう。向がいながら、藤乃ちゃんに指示を出す。……これでよし、と。


 ……横浜護国寺が、つい昨日まで建築作業してたのはさっきも述べた通りだ。だから、調度品や歓待用の食材なんかが、まだ完全には整ってない。

 本来それは忠震君の仕事じゃないんだけど、当然極秘の任務を周りが知ってるわけがない。だから名目上、今の忠震君は応接掛の現場担当者の一人だ。


 ただし、彼がいる以上そこにはボクらの関与がある。そう、彼は横浜護国寺には監視カメラを要所要所に仕掛けるつもりなのだ。

 これを忠震君が担当し、そのサポートには藤乃ちゃんをつけたってわけ。アメリカの皆さんには悪いけど、今回ばかりは彼らにプライバシーなんてない。


 なお、幕閣でこの仕掛けを知ってるのは正弘君と忠震君、そして浦賀奉行の井戸とかって人だけだ。完全な極秘任務だね。


 さてそれはさておき……現場上空に到着。上空って言っても、そこまで高度はない。この場にいる人間の顔を見分けられるくらいじゃないと、【鑑定】効かないからね。

 そこでユヴィルに【テレパシー】で、全権大使周辺は任せて他を頼むと伝える。彼は頷きと共に、位置取りを改めた。


 さて、現場ではどうかっていうと……船から小舟を降ろしたアメリカ側が、上陸して日本側の応対を受けてる。


 日本側の先頭に立つのは、今回の交渉で全権を預けられた林復斎ふくさい君。中年もそこそこ過ぎただろう見た目で、まるでミイ……もとい、吹けば飛びそうな細身だ。忠震君とはタイプが違うけど、これまたいかにも文官って感じの見た目だね。


 彼の隣には、通訳として中浜万次郎君。日本人としては縦にも横にもかなり体格がよくって(デブじゃなくってがっしり系)、他の日本人と比べると目立つ。顔つきもどことなく日本人とは違う雰囲気があるのは、彼が漂流の挙句にアメリカに渡り、そこで長く生活した経験があるから、かな?

 その経験は、渡航を国禁にしてるこの国じゃ許しがたいことだけど、今はそんな人間がどうしても必要な状況だ。何せ現在、日本人で英語を素で話せるのは万次郎君しかいないからね。


 万次郎君自身はそんな経緯もある上に元々は侍じゃなかっただけど、今回のために急きょ侍に持ち上げられたみたい。

 それを妬んだり利権が絡んだオランダ語通訳が妨害しようとした連中もいたらしいけど……これには正弘君の鶴の一声があったみたい。


 最近の正弘君は、前より少し積極的だ。何か思うところでもあったのかもしれない。


 で……対するアメリカ側の先頭に立つのは、マシュー・カルブレイス・ペリー君。正面に立つ復斎君と比べると、頭一つ分は余裕で大きい。二つ分ももしかしたら余裕かも? 本当に同じ種族なのかとも思ったけど、他のアメリカ人と見比べても大柄だから、彼が特別なんだろう。


 そんな二人の会話の内容は、今のところ目立ったものはない。早くなったとはいえアメリカの再来航は去年から決まってたことだし、双方が歓迎する側される側として当たり障りのないやり取りに終始している。復斎君はあまりの体格差に若干顔が引きつってるけど。


 今のところ、アメリカ側に妙な動きは見当たらない。となれば、ボクはこのまましばらく様子見かな。


 暇……っていえば暇だけど、気を抜きすぎるわけにもいかないよな……せっかくだし、船でも【鑑定】してみよっかな。今のところ海に進出する予定はないけど、日本からほしいって言われる可能性は高いし。

 えーと、ペリー君が降りてきた船が旗艦でいいよね? まずはそれを……。


***************************


アイテム名:サスケハナ号(個体名)

ジャンル:軍艦・R//z・!種

品質:6

レアリティ:希少級レア

スキル:150xなWw・↓カ式前装填ライフル砲×2

    9」スc・。ナ¥△式前装填滑腔砲×12

    12xなWw前装填ライフル砲×1

特性:*Gv式蒸気機関搭載

称号:アメリカ東インド艦隊旗艦


***************************


 おぉっと、文字化けのオンパレード。

 この数はかつてないなあ……やっぱ国が変わるといろんなものが違うってこと? こんなにベラルモースにないものを搭載してるってすごいとも思うけど。


 これを調べるのは後回しだな……さすがに、数が多すぎて時間がかかりすぎる。


 ……っていうか、乗り物の武装はスキル欄に載るって話、本当だったんだね……違和感半端ないんだけど……。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


というわけで、遂に黒船来航です。

史実でも登場する人物が複数出てきましたが、既にこの段階で少しですが史実と変わっています。全部わかった方はきっと通な方なのでしょう。



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