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第三十八話 動き出す

『主、船が見えたぞ。最初に見えた1隻を含めてこれで計7隻だな』

「おー、遂に来たかー」


 ユヴィルに返事をしつつ、先日手に入れて壁にかけておいたカレンダーに目を向ける。

 今日は1月10日(西暦換算2月7日)。藤乃ちゃんを引き入れてから4日目だ。


 彼女の加入によって江戸周辺の情報収集をユヴィルに頼らずに済むようになったため、ユヴィルには沖合のほうへ出張してもらっていたのだ。この辺りは、並みの動物よりも格段に能力が高いからできることだね。普通なら、とっくに疲れて海に落ちてるだろう。

 そして江戸に向かう1隻の船を見つけたのが昨日。それに続いて6隻か。前回来た時は4隻だったはずだから、こりゃアメリカさん随分ハッスルする気かな?


「ユヴィル、方向はやっぱり江戸?」

『ああ。ほぼまっすぐ江戸に向かっているな。目測だが……速度から考えて、江戸湾内に入るのは6日後の昼前といったところだろうな』

「……16日ごろか。おっけーわかったよ、こっちもそれに合わせて行動を始める。……ユヴィル、引き続き艦隊の監視をお願い。目立った動きを見せたら、知らせてね。定時連絡も」

『もちろんだ。任せておけ』


 話が途切れるのと同時に、ボクは藤乃ちゃんに連絡を飛ばす。


 ボクからは時空魔法【テレパシー】だけど、彼女からの返信はメニューによるメッセージになる。この辺り、もうちょっと改善したいな。


「藤乃ちゃん、連絡が入った。正弘君に伝言頼むよ」

〈わかったわ。内容はどうするの?〉

「計7隻からなるアメリカ艦隊が、西から江戸湾に向けて航行中。速度から計算して、恐らく16日のお昼前ごろに到着するだろう、って。江戸湾内のどこにつくかはまだわかんないから、それは後で連絡入れる、って」

〈ん、御意! それじゃあこれより江戸城内に入るわね〉


 うーん、有能。


 いや、茶化すわけでもなく、本当に藤乃ちゃん有能なんだよ。元々忍として最高峰の腕を持ってた上に、それが進化したことで磨きがかかってる。進化直後のステータスとか軒並みパワーアップしてて本当に目を疑ったもんね。

 しかもついた属性がまさかの妖と冥だ。これは神と天に対をなす属性で、要するに破格の属性。神、天と同じくベラルモースではめったに見ない。それが下から2番目のただの上位種でいきなりつくなんて思わなかった。相変わらず、この世界のバランスはおかしすぎる。

 おかげで藤乃ちゃんは一気にうちで一番の戦力になったんだけどね。あれ以来、幕府との連絡役はもちろん水戸徳川家で動いてる情報の収集や、かつての同僚たちの引き抜き工作も担当してくれてる。どれも少しずつだけど既に成果を上げつつあって、我ながら恐ろしい仲間を手に入れてしまったと思ってる。


 ちなみに、彼女のスキルで文字化けしてたスキルは、忍術というスキルだった。最初はこの世界特有の魔法なのかとも思ったけど、それは勘違い。

 諜報活動とそれに付随する独特な戦い方、あるいはそれらへの対応法をまとめてそう呼んでるらしいのだ。そしてそれを生かすためには、薬学とかのスキルが必要ってことで……かなりの知識と経験、そして機転が必要とされるスキルらしかった。

 つまり何が言いたいかって言うと、彼女は生粋のレンジャー職ってことだね。彼女を木の葉天狗に進化させたボクの判断は、大正解だったわけだ。全体的に大幅な強化につながったのは、その辺りがうまくかみ合ったからなのかもしれない。


 ただ、引き抜きの時の拷問が行きすぎだったのか、あの時のキングスライムを常時持ち歩いてて夜はよがり狂うエロ天狗になってることに目をつむれば、本当に有能なんだけどね……。


 うーんと後ろ頭をかきながら、ボクはマスタールーム内を移動する。向かう先は、ボクたち夫婦の個室だ。


「かよちゃーん」

「あ、旦那様。どうされましたか?」


 そこでは、大量の紙束を相手に勉強しているかよちゃんがいる。手元には、メモ用のノートとペン。

 この紙束は、ダンジョンコアの説明書。そこに、元々は載ってない知識や、ママやボクの実体験などを加筆した手引書になる。


 そう、かよちゃんは今、ボクがしばらくここを留守にしたときのための知識を絶賛つめこみ中なのだった。並行して、彼女にはベラルモース語も覚えてもらってる。メニュー機能は全部ベラルモース語で表記されるからね……。


 教えるのはもちろんティルガナ。【教導】スキルのある彼女が教えれば、普通よりも早く習得できるはずだ。


 このほかにもプラス要素をつけてるけどね。去年の実験で実証されたから、あれ以来かよちゃんにはパッシブスキルを付けた髪飾りを着けてもらってるのだ。

 肩甲骨くらいまで伸びた彼女の黒髪によく似合う、薄い桃色の髪飾りだ。それを今、彼女は髪を後ろでまとめるのに使ってる。


 その中身は、ずばり取得経験値アップ・大Lv5。おかげで、ここ最近のかよちゃんの強化速度が半端じゃない。ベラルモース語なんか、初めてまだ4日経ってないのにレベル2まで上がってるもんなあ。


 まあ、その分DEは相当減ったけどね。具体的には、年明けにもらった対価分のDEの大半。

 後悔も反省もしてないけどね! これは今後のためにも極めて重要なことなのだ!


「うん、大体の予測がついたから今後のことを改めて話そうと思って」

「わかりました。ティルガナさん、お茶をお願いできますか?」

「畏まりました、奥方様」


 かよちゃんの指示を受けて、恭しく礼をするとともにキッチンに向かうティルガナ。その姿は、堂に入ったメイドである。


 最近は、かよちゃんもようやく人に指示をするってことに慣れてきたみたいだ。常にティルガナがそばにいて、命令してくれとか言ってるからってのもあるんだろうけど。

 ただ他の幹部への態度は変わってないから、ティルガナが例外なんだろう。ダンジョンマスターの妻、つまりはここのナンバーツーなんだから、もう少しくらい偉ぶってもいいんだけど。


 元々の生まれと育ちもあるし、この辺りは難しいかもな。彼女の人柄だし、慣れないなら慣れないでいいや。


「たぶん、アメリカは16日に江戸湾に到着する。具体的にどこに入る予定かはまだわかってないけど、それがわかり次第ここを出発する日取りを確定するよ。現状では、あさってを考えてる」

「……本当に旦那様の予測通りですね……すごいです」

「いや、何度か言ってるけど予測じゃないからね……真理の記録アカシックレコードから該当箇所を閲覧してるだけだから」


 と言っても、真理の記録アカシックレコードがなんたるかについてまだ理解が及んでないかよちゃんには、ボクの実力って映るんだろうけど。


「お待たせいたしました、お茶でございます。お茶請けは、あられをご用意いたしました」

「ん、ありがとね」

「ありがとうございます」


 我が家のお茶は緑茶です。我が家のお茶請けは和菓子です。


「……そんなわけで、出発の日……の、前日にかよちゃんを【サブマスター指定】する。それで1日、実際にダンジョン経営を一緒にやってみよう。何事も実践は大事だからね」

「わ、わかりました。がんばりますっ」

「そんなに気負わなくっても大丈夫だと思うよ? ねえティルガナ?」

「はい。正直申しまして、奥方様は天に輝く極星をも越えて、太陽のような才気にあふれております!」

「ほ、ほめすぎですよティルガナさん……」


 こっち方面で照れるかよちゃんもかわいいな……。


 いや、それは今は置いといて。


「ティルガナの言い分は大げさだけど、そこまで的を外してるわけでもないと思うな、ボクも。だから、深く考えすぎないでやればいいからね」

「は、はい、わかりました」


 あと言うべきことは……。

 と、そうそう。


「ボクが留守の間、住人から何か要望とか来たら、それは逐一報告してほしいな。メニューに【メッセージ】機能ってあるから、それで箇条書きにして送ってほしい」

「箇条書きですね……わかりました」

「それについてボクの所感を書いて返信するから、それに沿って対応お願い。まあ、たぶん確認できるのは夜とかだろうから、いつもより対応が遅れちゃう点は最初に断っておいて」

「はい、わかりました」


 手元でノートにメモを取りながら、かよちゃんがこくこくと頷く。


「今の状況見てる限り大丈夫だと思うけど、万が一理不尽なこと言うやつが出てきたら、連絡ちょうだい」

「わかりました」

「……ティルガナ、くれぐれも先走っちゃダメだからね?」

「解せません。奥方様に対する不敬など、万死に値いたします!」

「否定はしないけど、そんなことしてたら恐怖政治じゃないか。ボクはそんなやり方したくないから」

「……あの、旦那様……? そこは否定していただきたいなあ、って……」

「え?」

「え?」

「…………」

「…………」

「…………」


 えーっと。


 え?


「……次、行こうか」

「え……は、はい」


 げふんと咳払いをして、強引に話を切り替える。


「……夜のことなんだけど」

「ふえっ!? は、はひっ」


 この手の話には相変わらず弱いなあ、かよちゃん。


 ……ティルガナ、そう睨むなよ。夫婦の営みに茶々入れないでほしいよ。

 っていうか、知ってるんだぞ。お前がかよちゃんの隠し撮り写真でいろいろいたしてることは。


「どれくらいの期間留守にするかわかんないから、しばらくはお休みかなあ」

「そ、そうですか……」

「……残念?」

「えっ!? あ、いや、その……ええっと……」


 真っ赤になりながらも頷くかよちゃんがたまらなくいとしい。


「せ、せっかく……種を植えられるように、く、訓練してるのに……何日もできなかったら……」

「そうだよねえ、うっかり何か月とかなったら元に戻っちゃうだろうしなあ」

「……そ、それは嫌……です……」

「んー。じゃあ、道具くらい用意しとこっか。なんなら、それ用のモンスターを作っておいても……」

「嫌です!」

「え?」


 珍しくかよちゃんが声を張り上げたから、思わず硬直しちゃったよ。


 そっちに目を向けてみると、真っ赤になりながらもまっすぐにボクを見上げるかよちゃん。


「だ、旦那様以外のモノは……い、嫌です……っ」

「かよちゃん……!」


 そんなまっすぐ言われたら照れるじゃん!?

 なんだよもう嬉しすぎるわ! ボクが人間だったらここで転げながらもだえてるよ!

 とりあえず、抱きしめさせて!


「あああなんか外出るの嫌になってきた! だめかな!? かよちゃんから離れたくないんだけど!」

「ひゃあっ!? う、嬉しいですけど……嬉しいですけど、でも、旦那様には旦那様にしかできないことが……」

「だよね! 知ってる! しょうがない、極力時間見つけて戻るようにするから! できるだけ身体鈍らないようにしようね!」

「は、はいっ! 私、がんばりますっ!」


 あー。


 あー、このままプレイ部屋に直行したいなー。今日はもう仕事切り上げていいかなー。ダメかなー。

 背中に突き刺さる視線とかもう、ホントどうでもいいやー。


〈上様、阿部殿と連絡がついたわ。情報提供感謝すると共に、続報を待つ、とのことよ〉

「…………」


 空気を読まずに目の前に現れたメッセージポップに、思わず殺意を覚えてしまった。


 藤乃ちゃんは悪くいない、うん……ただ間が悪かっただけだよな……うん……。

 ……でも、許さないぞっ。


「……藤乃ちゃん、次の命令だ。ユヴィルと交代すると同時に、アメリカ艦隊に忍び込んで情報収集を頼むよ。具体的な到着地点が知りたい」

〈御意!〉

「あと、この仕事の前にキングスライムは一旦こっちに返すように」

〈そ、そんな殺生な!? なんでよ上様!? あたし何かした!? その子がいないとあたし耐えられないのぉ! 狂っちゃいそうなのおぉぉ!〉

「ダメ。少しは耐えることを覚えなさい」

〈そんなああぁぁっ!!〉


 ポップ画面に表示された藤乃ちゃんのメッセージは、心からの叫びなんだろう。今まで見たこともない特大のフォントだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


黒船とかサブタイつけておきながら今までまったく黒船の気配がありませんでしたが、お待たせしました。

いよいよアメリカとのやりとりが始まります。

シナリオの動きが緩やかですが、その分今回からしばらく黒船にかかわるお話が続きます。


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