第三十四話 不審者
今回は少し短めです。
とまあ、そんな感じで年も開けて6日目。ダンジョンの新年営業も完全に再開した3日が経ったこの日は、例の金銀の対価の受取日だ。
前回重犯罪者のみで100人が引き渡されたわけだけど、今回も犯罪者ばかりが来るようだから、遠慮なくダンジョンの肥やしにしようと思う。
ってなわけで、前回と同じメンバーを同じく会議室に集め、ユヴィルには外の様子を監視してもらっての受け渡しだ。
手順も一緒。南町奉行の頼方君が牢屋敷に出向いて、事前にピックアップしてた人物が100人、亜空間に送られてくるって寸法だ。
で、やっぱり前回と同じく【鑑定】をしてるんだけど。
「さすがに大量殺人犯とかそういうのはいなくなったね」
「あははー、そらそんな連中がこんな狭い範囲で100人単位もおったら怖くてやってられへんわな」
〈こわい〉
「だねー。でもって、代わりに増えたのが再犯者かあ……」
確か、江戸の法律じゃ軽度の犯罪でも3回やったら死刑、だったっけ。都度入れ墨を彫られてく、んだったかな? 調べたのが前回の引き渡しの時だから、うろ覚えだけど。
一個一個の罪はさほど大きいものじゃないんだけどなあ。まあ、反省しないやつに何を言っても無駄ってのは、ボクも思うけどね。
そんな人が多いからか、平均レベルは前回より低い。冤罪の人も相変わらずいるし、これだと前回より得られるDEは多くないかもしれないな。
「んんんんん?」
「? どないしはったんです?」
そんな中で見つけたとある称号に、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げた。
そのまま、しばらく対象を凝視する。しつつ、ユヴィルに至急戻ってくるように伝えた。
モニターに映ってるのは女だ。かよちゃんに比べると、背も大きいし全体の身体つきは大人だ。顔は美人って言って差し支えないんだけど、ボク好みの顔じゃない。なんていうの、姫騎士って感じ?
いやそんな話じゃなくって。
とにかくその女なんだけど、ステータスがこうなってるのだ。
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個体名:藤乃
種族:人間
職業:d@”か
性別:女
状態:空腹
Lv:94/100
称号:努力家
水戸徳川家隠密
逮捕を望む者
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久々の文字化けです! これはまだボクが知らない、この世界特有の何かがあるってことだぞ。
しかも、それとは別におかしいことが2つある。何って、レベルと称号だ。あと、ステータスだけじゃわからないけど、名前も。
「……レベル94。この世界に来てから、ボクが見てきた中で最高のレベルだ」
「94!? そら探索者やったら7級くらいやないですか!」
フェリパが思わずと言った感じで目を丸くした。
そしてそのタイミングで扉が開き、ユヴィルが入ってくる。
『話はわかった。それは確かにおかしいな。モンスターがいないこの世界で、そこまでレベルを上げる理由がわからん。明らかにこの女、ただの犯罪者ではないな』
〈つよいのー?〉
『相性にもよるが、我々と戦って五分以上の確率で勝つレベルだ。……もっとも、これは魔力が扱えるベラルモース人の基準だから、地球人ならそれなりのところまで落ちるだろうが』
〈おー、確かにつよい〉
ユヴィル、ナイス解説。呼び戻して正解だ。
「……それとね、おかしいことはもう二つある」
「って、ゆーと?」
「今回もらったリストに、彼女の名前が載ってない。対価の受け取りはリストの順番にやってるはずだから、其れで行くならこのふじって人になるんだろうけど……。
それを信じるなら、藤乃ちゃんの罪状は放火。家屋が木と紙でできてる江戸じゃ、殺人より重い罪だよ。
けど、彼女の称号に放火に関する文字はないんだ。称号のそれらしいものは、【逮捕を望む者】っていう妙なやつだけでさ。
この称号は確か、文字通り捕まって刑務所に入りたい人間につくもの。つまり、彼女は自ら望んで牢屋敷に入ったことになる。
これだけ高レベルの人間が偽名で、しかも自ら望んで、って……明らかにおかしいでしょ」
「それは……みょーな匂いがぷんぷんしまっせぇ」
〈どうかんー〉
『そうだな。もしやその女、スパイか何かではないか?』
満場一致。
そしてユヴィルの推測に、ボクも賛成だ。
『放火などという大それたことをしたのは、確実に投獄されるため。ひいてはダンジョンに送られる重犯罪者に混ざるため……』
「だとすると、問題だなあ」
「何がです? 別に、事前に察知できたんですから、ちょちょいっと絞めたればええですやん」
『いや、問題だ。何せ現状、重犯罪者がダンジョンに送られていることを知っているのは、ごく限られた幕閣だけからな』
「あ……」
「そういうことだね。つまり、幕政に関わる人間が仕掛けてきた可能性がある」
『ただ、それが阿部正弘ら中心人物によるものなのか、それとも彼を疎ましく思う政敵によるものなのかはまだわからんな』
ん、その通りだ。
しかし、ふむ。それは真理の記録への接続をしなくたって、すぐわかるんじゃないかな。
「称号、もう一つあるんだけどさ。水戸徳川家隠密ってあるんだよねえ」
『ほう……それは……完全に当たりじゃないか?』
「せやなあ。隠密ってあれやろ。スパイですやん?」
〈まちがいない〉
「だよねー」
隠密、って日本語を正確に知ってたわけじゃない。ただ、以前忠震君がうちに来た時、ボソッと口走ったのを聞いてただけだ。彼は公儀隠密、って言ったはずだけど、公儀と隠密で別々の単語から成り立ってることくらい、今のボクの日本語レベルなら理解できる。
そして、単語を知ってれば【鑑定】結果には反映される。思わぬところで煩雑な作業を回避できたわけだ。
はてさて、それじゃそんな人間を送り込んできた水戸徳川家ってのはどんなところなのか? ちょっと探ってみようか。
《禁呪【真理の扉】の発動を確認しました》
《【テラリア】世界の真理の記録へ接続……接続に成功しました》
お、一発成功。やったね。
《水戸徳川家について》
《江戸幕府の開祖、徳川家康の十一男、徳川頼房を家祖とする武家の一つ。
成立当初から現在に至るまで、常陸国水戸(茨城県中部と北部地域)を治める。極官は権中納言。
徳川宗家に次ぐ家格を持ち俗に御三家の一つと言われるが、紀州徳川家、尾張徳川家と比べると一段下であり、宗家の後継断絶に際して後継となれる家柄ではない。
ただし江戸常府であること、領国が古くから由緒のある土地柄であることなどから、他分家に迫る存在と認識されている。
現在の当主は徳川慶篤だが、前当主徳川斉昭が依然として実権を握っており、極度の外国人嫌いが根付いている。即時攘夷派閥の中心と言える。
なお領国の石高は公称35万石だが、実際は25~8万石程度である》
《【禁呪】がLv5に上がりました》
おっと。
思わぬところでスキルレベルが上がっちゃったみたいだけど、今はそれを気にしてる場合じゃない。
なるほど。「あの」斉昭君ちね。なるほどなるほど?
「……って感じのところらしいんだけど」
「はい、アウトー」
『うむ。どう考えても、我々に敵意があるグループの首魁だろう』
〈まっくろ〉
「だよねー」
斉昭君は、アメリカとの通商はもちろん、ボクらダンジョンに対しても否定的だ。っていうか、拒絶しまくりだ。
でもボクらについては、秘密協定に基づいて彼程度の役職には本当のことは知られてないはずなんだけどな。条約とは別に結んだ秘密協定で、断固として情報は漏らさないって話で合意してるんだけど……うーん、この世に絶対はないねえ。どこからかはわからないけど、漏えいしてるんだろうなあ。
一応、ただの偶然って可能性もないわけじゃないけど……現状では、限りなく黒に近い。
「で、どないしはります?」
「そうだねえ。レベル的に、ちょっとみんなじゃきついだろうし、ボクが行こう。闇魔法が使えるの、ボクだけだしね」
尋問にはやっぱり闇魔法が一番有効だ。でもうちのメンツ、ダンジョンコアの属性に引きずられてるからか、闇系統のスキル持ってるのボクしかいないんだよね。
そのボクにしたって、闇魔法は一番不得手だ。あんまり大規模なことはできない。
属性を偏らせるのは、こういう時に困るね。今後の教訓にしよう。
「とりあえず、今回の対価が出そろうまでは保留にして……その間に尋問用の部屋を整えてもらおうかな」
「また部屋増やしますん?」
「牢屋は作っといても困らないでしょ。住人が悪さする可能性だってあるんだし」
『同感だ』
「それもそーか」
というわけで、手早くメニューを操作して簡単な牢屋を作る。場所は……この会議室に繋がる形でいいか。
カギはつけないでおこう。物理的なカギは、ね。全部魔法的なカギだけにすれば、この世界の人間は絶対に逃げられないからな。
大勢を収容するのは【ホーム】があるし、いらないかな。あとは独房……えーと、とりあえず2つあればいいかな?
「これでよしと。ユヴィル、悪いけど牢屋の出来確認してくれる?」
『了解』
今はまだ手が離せないからな。ユヴィルなら、問題点があったらしっかり正してくれるだろう。
彼が中空を横切り、新しくできた扉をくぐるのを視界の端でとらえながら、ボクは改めて送られてくる対価たちの検分を続けることにした。
例の藤乃ちゃんは、ちょうど真ん中くらいのタイミングで出てきたから、残りおよそ50人。
さーて、他にどんな人がいるかな? ボクの興味を引くような、すごい……もしくは面白い人がいるといいなあ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
忍者登場。
さあ、果たして彼女はどうなってしまうのか!?(フラグ