第三十三話 新年
あらすじ:ダンジョンマスター業界が飽和した異世界、ベラルモース出身のクインはダンジョンのない世界ならいけるやんと思い立ち、19世紀半ばの地球にやってきた。そして彼は時の徳川幕府と協力関係を結び、ダンジョンマスターとして生きていくことにしたのだ!
早いもので、ボクが地球にやってきて半年が過ぎた。今日は年が改まるってことで、ダンジョン一同お祝いだ。
……真理の記録を読む限り、日本の暦はまだ不正確らしいけど。そういう細かい話はいいんだよ。
ともあれそんなわけで、新年のお祝い。ただ、この習慣がボクらベラルモース人と日本人で相当違ってて、調整にはそれなりにてこずった。
日本人にとって、新年ってのは年末から元日の朝まで寝ないものらしい。それを聞いた時は、ボクはおろかフェリパやティルガナまで「は?」って言ったくらい、理解できなかった。
話を聞くと、どうやら一年の安全やら何やらを守ってくれる神様を迎える(朝日と共に来るらしい)ため、だとかなんとか。
この神様はどうやら祖霊がいろんなものと習合した結果の産物っぽいけど、それを聞けばなるほどとは思う。
ただ、神が身近にいて、わりとフランクに接してくるベラルモース出身としては、神が管理を放り投げてるこの世界でそんなこと言われても……って感じなんだよなあ。
それに健康の面で考えると、徹夜って普通に身体に悪いからね。そんなことして体調崩されたくないし、わざわざ徹夜して新年初日は大半寝てるっていうのは、いかにも非効率に思える。太陽と共に生活してるんだから、そういうのもったいなくない?
ってわけで、年末年始にかけて起き続けるってのはやめてもらった。どうせダンジョンは彼ら日本人にとっては異国も同然だし、なんだったら時空的にもずれてるあるから、祖霊は来れないんだって説得してさ。
この辺りすごい反発があるかと思ったんだけど、案外そうでもなかった。さすがに冤罪で散々な目にあっただけあって、外への未練はあんまりないらしいんだよね。
あと、巫女経験者のかよちゃんにみんなを代表して祈祷してもらうって話も大きかったかな。
かよちゃんには新年早々働いてもらうことにはなるけど、元々実家でもやってたらしいから、それほどでもないって快諾してくれた。
ただ、条件として神社の建立を出された。これはもう、しょうがないって思うことにした。これくらいはね。宗教には問題もあるけど、人々の精神的な支柱になるって点はボクも認めるところだ。
ちなみに、神社用に用意した資材は一つ分だったんだけど、なぜか住人はそれをやりくりして神社を二つも建ててしまった。館の前に、館を軸として線対称の位置にだ。
なんでって聞いたら、ジュイとユヴィルがいるかららしい。というのも、日本には狼や烏を神の使いとして祭る習慣がある。それが二人もいるならちゃんと二つ造らなきゃ、ってことらしいんだよね。
その分それぞれの神社はかなり小さくなっちゃったけど、住人がそれで満足してるなら、まあいいや。
あとは、年末にみんなでお餅つきをしたよ。なんでも、おもちは例の祖霊への捧げものであると同時に、そのご神体になるっていうことらしくて。これがないと年は越せないなんて言われちゃしょうがない。
ボクの中でおもちって、大福とかのお菓子に使うものってイメージだったんだけど、そうでもないんだね。
そう思うと同時に、作り方を知らなかったから、これは素直にやってもいいって思ったから、ボクたちみんなも参加した。
みんなで一つの臼を囲んでおもちをつくのは、なかなか楽しいイベントだった。まあ、みんなは白いお米でおもちをつくなんて贅沢すぎて申し訳ない、って言ってたけどさ。
……それにしても、やっぱりお米なんだねえ。年中行事でもお米。この国、ホントお米大好きだね!
で、そんな感じで迎えた新年だけど。朝日(ダンジョンの疑似的なやつだけど)と共にみんなで起き出して、二つの神社の中間に臨時の祠を立てて神事をした。
今回のために専用にしつらえた紅白の巫女服を着て、鈴を打ち鳴らしながら厳かに舞を踊るかよちゃんの姿は、すごく様になってて思わず見とれた。一部の男どもが将来が楽しみだって舌なめずりしてたけど、彼女はボクのものなので手を出したら極刑にすると言っておいた。
そんなことはともかく、この世界の宗教は知らないから、かよちゃんがやった神事も当然ボクが見たことのないものだったわけだけど、それでも厳かで、神々に対する真摯な祈りが込められてることはよくわかった。
これだけの祈りを世界中で捧げられていながら、なんでこの世界の神は管理を捨てちゃったかな。もったいない話だよ。
話を戻そう。
そんな感じで朝は終わって、あとはもうずっと宴会だ。この辺りはベラルモース流だね。
ベラルモースの新年に、特段信仰とかが絡んだ行事はない。なんて言っても、会おうと思えば普通に神様に会える世界だ。
そしてその神様が、「年末年始は仲間内で飲んで食って騒いでるから、面倒な儀式とかされても応じられない」って言っちゃってるものだから……。
うん、例の俗っぽい主神様だ。彼女は、神話時代から一貫して年末年始は働いてない。おかげで、ベラルモースの年末年始は都合15日間……特に年が明けてからの7日間は、まるっとすべての経済活動が止まる。
まあ、最近は1日通じて営業してるコンビニの普及やライフスタイルの変化があるから、そうじゃない人もだいぶ増えてきてるけど。
それはさておき、そんなんだから、もう朝から飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。食材は全部ボクで持ったから、住人にとってはただ飯ただ酒。そりゃあ盛り上がるだろう。
ベラルモースの音楽も流したりして、異文化交流も図りつつ。なんやかんやで楽しい一日になった。
そして夜。
「今年はダンジョンも開業した状態でスタートするし。もっとダンジョンを発展させていくよ! みんな、改めて今年もよろしくね!」
「わおーんっ!!」
『ああ、こちらこそだ』
「はい、よろしくお願いいたします」
「おうさね! まあそんなことより、宴の続きやで!」
ボクは改めて、ダンジョンメンバーだけで宴会を開いていた。
人間の前では言えないことも、あるからね。
「ほいほい、クイン様一杯いきましょうや!」
「ん、ありがとフェリパ」
既に朝からたっぷり飲んでるフェリパだけど、一向に潰れる気配がない。ゴブリンって酒豪だったっけ。それとも彼女個人の資質だろうか。
ちなみに、ボクらアルラウネ種にとって酒……つまりアルコールはガチな致死毒なので飲まない。下戸とかそういうレベルの話じゃなくて、本気で命に関わる。耐毒のスキルが高いとはいっても、油断はできないのだ。だから注がれたのも、酒じゃなくてジュースだ。
ジュイも酒は苦手なのか、もっぱら水だ。ユヴィルはたしなむ程度に、って感じかな。ティルガナは、護衛ですからって言って飲まなかった。
かよちゃん? 飲みたいなら飲ませるけど、遠慮したから彼女も水。ジュースは、甘すぎて苦手らしい。世界樹の花蜜くらいのほんのりとした甘さがいいみたいだ。案外、彼女は辛党っぽい。
個人的には酩酊したかよちゃんが見たかったけど、普段から毎晩それに近い顔見てるから、今回は別にいいや。
そんな彼女と互いに飲み物を注いだり、ご飯を食べたりしながら和やかに過ごす。
『で、主よ。ダンジョンを発展していくと先ほど言ったが、具体的にはどうするつもりだ?』
一方で、マジメな話を振ってくるのはユヴィルらしいといえばらしい。
「せやな、それはうちも聞いときたいとこですわー」
「わふっわふっ」
ジュイはご飯に夢中か……まあいいんだけど。
「そうだね、とりあえずは、今年中に全10フロアまでは増やしたいところだね。探索者用に、モンスターの出ない休憩用のフロアも用意して、より長く潜ってもらえるようにしていきたいな」
『探索者がダンジョン内で夜を明かすようになれば、それだけ定期収入も増えるということだな。仮に10フロアまで拡張するとして、どういう間隔でそうした場所を用意するかも考えないとな』
「地球人はあんま強ぅないもんなー。休憩スポットは必須やろねー」
「個人的には、各スポットには宿屋を作ったりしてもいいかなって思ったりするよ。魔法がないから、この手の設備は普通より多めにした方がいいんじゃないかなって」
『治療役を置いてもいいかもしれんな。あとは、チェックポイントを用意して、一度外に出れるようにするとか……』
〈ドロップした食材はさー、ダンジョン内で使わせたほうがいいとおもうー〉
「いいねソレ、採用しよっかな。やっぱり魔法がないから、かさばるだろうしねえ」
こういう話し合いは、やっぱり大勢でやるに限るね。一人じゃ絶対、ここまで考えつかないだろう。
まさかジュイから建設的な意見が出るとは思わなかったけど。
「あとは、もうちっとばかし開発用の人手が欲しいとこやね。さすがに9人じゃまだ足らんし」
「そうだね。スキル関係の調査もあるし……」
そこでボクは食事の手を休めて、ふと天井に目を向けた。
「……交渉役と、あとは諜報役の眷属がほしいところだな。欲を言えば、研究役、開発役とかも……」
改めて口にすると、道のりはまだまだ長いな。万全の体制が整うまで、どれだけ時間がかかることか。
それまでは優先順位をしっかり考えて、少しずつやっていくしかないねえ。
「あのう、あと、アメリカのこともあるって、最近仰ってました、よね?」
「ああ、そうだそうだ。それも忘れないうちにやっとかないとなあ」
かよちゃんに大きく頷いて、ボクはつい先日、正弘君とのやり取りを思い出す。
薩摩の国の主から、幕府に対して「どうやらペリー率いるアメリカの艦隊が琉球で整備と補給を入念に行っているようだ」って報告があったらしいのだ。
そしてそれを聞いてから、ボクは定期的に【真理の扉】を使ってアメリカ艦隊の動きを捕捉してる。現状のまま動けば、彼らはもう半月もすればやってくるだろう。その予測は、幕府にも伝えてある。
前々からこれは伝えてたから、正弘君たちの動きは淀みなかった。とはいえ、いくら迅速に行動しても、根本的な技術力に差がありすぎる。防備を固めるために様々な方策を矢継ぎ早に実行してる幕府だけど、それでもまだまだアメリカの軍備には敵わないのだ。
だから、ペリーが万が一力に訴えてきた時には、条約に基づきボクも打って出ることになる。
もちろん何かあってからじゃ遅いから、日米の交渉の際は、警備担当という名目でボクも同行するって約束で、双方が合意してる。
警備担当だから、ボクは直接交渉のテーブルには着かない。あくまで裏方に徹して、サポートをしようってことになってる。具体的には、相手の脅しが本当に牙をむいた時に守るとか、ね。
そのために必要なものの用意なんかは、そろそろしておいた方がいいだろう。いくらボクでも、目の届かない場所は絶対にある。それに、ボクだけなら無傷で勝てる自信があるけど、守りながら戦うとなるとかなりリスクを背負うことになるし。
いや、交渉の場なんだから戦いなんてそうそう起こることはないだろうけどさ。念のためね、念のため。
「……その時は、ボクも結構長期間外に出ることになるだろうから……」
「……はい? なんでしょうか?」
考えを口にしながら、かよちゃんに目を向ける。
彼女が、目をぱちくりさせて首を傾げた。
「その間、ダンジョンの管理はかよちゃんに任せようと思う」
「……ふえぇっ!?」
「大丈夫、ダンジョンの機能なんかはこれから教えてくし、いざって時はみんながいるから……」
ハトが豆鉄砲食らったみたいに驚くかよちゃん。
それをなだめるために二の句を継いだボクの視界には、よしきたって目をまっすぐ向けてくるティルガナがいる。ぶれないやつめ。
「……いるから、大船に乗ったつもりでいてよ。大丈夫、かよちゃんならできるよ」
「せやで。なんかあったら、うちらがなんとかしますさかい」
「ええ。もちろんこのティルガナ、全身全霊をとして奥方様をお支え致します!」
「皆さん……。あ、で、でもっ、あの、私、旦那様みたいなこと、できないですよっ?」
「ああ、この機能は権限を一部他人に譲渡できるんだ。そうすれば、かよちゃんも大体同じことができるようになるよ」
「そ、そうなんですか!?」
そうなのだ。【サブマスター指定】と呼ばれるこの機能は、ダンジョンマスターに代わって各種機能を使える人物を選び、サブマスターにするもの。これさえあれば、誰でも【アイテムクリエイト】や【モンスタークリエイト】ができる。
この権限はダンジョンマスターの裁量でいつでも付与・はく奪ができるけど、かよちゃんを眷属に貶めることはない。そして指定から外せば、職業も元通りになる。
制限は一つ。それら各種機能は、使う上でダンジョンマスターの承認が逐一必要になる。このやり取りは、ダンジョンマスターが外で使える唯一のダンジョン機能になる。
「……そんなわけだから、ダメそうならボクが却下するから大丈夫だよ。それに連絡用の道具はちゃんと用意しておくから、判断に困った時は聞いてくれればいいし」
「……わ、わ、わかり、ました……!」
機能の説明を終えてボクが言うと、かよちゃんは一瞬迷ったような顔をしたけど、すぐにそう言って頷いた。
その表情は緊張のそれだったけど、その中には使命感のような、良いほうの緊張も見える。どうやら、やる気はあるみたいだ。
「うん。かよちゃん、その時も言うけど……留守は任せたよ」
「は、はい! 旦那様がお留守の間、家を守るのは妻の務めですっ!」
「ん、いい返事だ。やっぱり、君をめとって正解だな」
「はう……あ、ありがとうございます……わ、私も……あの」
途中で言葉を詰まらせてもじもじしだすかよちゃんは、相変わらずの破壊力。
ああもう、そんな姿見せられたらたぎってきちゃうじゃないか。ただでさえ今は開放的な気分なんだから。
姫始め……初日からでもいいよね?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というわけで、皆さんお待たせいたしました。「江戸前ダンジョン繁盛記!」、更新再開でございます。
改めて、またよろしくお願いいたします。