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第三十二話 開業

 血なまぐさい検証実験から、約一ヶ月が経った。

 この間、ボクはやっぱり江戸城に何度か足を運んで、ダンジョンを解放する上でのインフラ整備なんかに協力してた。その結果、細かいルールを明文化することができて、本日は遂にダンジョンを一般公開する運びになってる。


 ダンジョンの入口は先月既にあった板塀に加えて、水堀が追加されているうえ、入口は完全に建物に覆われた。そしてその周辺を覆う形で、探索者用の設備が複数立ち並ぶようになった。

 ダンジョンのルールをはっきりと幕府に申し渡した段階から、向こうはベラルモースでの迷宮都市(ダンジョンからの利益で経済が成り立つ街)を参考にして、周辺の開発を急ピッチで進めてくれたんだよね。今はもう、小さいけれど立派な迷宮都市って感じになってる。いや、まだ開店はしてないんだけどさ。


 この件にはやっぱり忠震ただなり君があっちこっちに奔走してたみたいで、傍から見てて驚くくらいの速度だったなあ。

 建築資材を注文されたからいくつか用意したけど、それでもこんなに迅速に動くとは思わなかった。正直、次にアメリカが来る頃まではかかるだろうって思ってたから、嬉しい誤算だよ。


 一方、それ以外ではダンジョンの整備にいそしんでた。人が増えたから、やれることも増えたもんね。


 こないだうちに来た9人のうち1人の男が養鶏の経験者だったから、彼はそのままフェリパの直属の部下にして。


 それから大工が4人もいたから、自分たちの家を建てるのは任せた。あ、道具や資材はちゃんと用意したよ。そこまで鬼畜じゃないからね、ボク。

 ただ、日本家屋を作るのは遠慮してもらった。拡張はできるけど、現状限りのあるダンジョン内だ。できるだけ高さのある建築もできるようになってもらいたいんだよね。

 高さにももちろん限界はあるんだけど、使えるスペースはできるだけ使えるようになってもらいたい。だから、ベラルモースの建築を教えてそれに従ってもらった。その分、内装は日本とは比べ物にならない質を保証したけどね。


 すなわち、魔力を利用したインフラだ。上下水道や明かりといったライフラインはもちろん、日用品に至るまでしっかりと。これには全員目を丸くして驚いてたけど、既に順応しつつあったのかそれほど尾は引かなかった。

 この辺りの整備は、かよちゃんに手伝ってもらってボクがやった。まだ魔法は身に着けてない彼女だけど、知識や技術は少しずつ蓄積されてるのは間違いない。おかげで随分と作業は楽をさせてもらった。いい奥さんだよ、ホント。


 残りの4人は特殊なスキルは持ってなかったから、とりあえず開墾作業を任せることにした。人を養うってなると食料が重要になってくるけど、さすがにずっとボクが食料を用意し続けるわけにはいかないからね。

 ここで支給した開墾用の道具も、もちろん魔法道具だ。元々はフェリパが養鶏の片手間でやってた分遅々として進んでなかった開墾は、これでかなりスピードアップした。


 ただ、作付けするものはみんなが慣れてるだろう日本の作物にしたかったんだけど、いかんせん食料をなるべく早く用意したい状況なので、妥協してベラルモースの野菜を中心に用意することにした。

 それは気候に左右されることなく、一年通じて作ることができる野菜で、魔力を込めた水だけで成長するように改良されたもの。そしてその成長速度は、与える魔力の量に比例して早くなる。そんな野菜だ。魔力だけを栄養とするから、連作障害とか面倒なことを考える必要もない。


 まあ、最大の問題は味がないことと、特殊な調理法をしないと毒ってことなんだけど。味については、調味料が豊富な日本ならなんとかしてくれるだろう。調理法については、ボクがしっかり周知徹底すればいいだけの話だし。

 とはいえ、この野菜……マジックポテトって言うんだけど。さらにひと手間かけると、魔力の最大値が増える代物だったりする。そのひと手間が本当に手間すぎるから、富裕層しかできないから、全員に実践するつもりはないんだけど……現状特殊なスキルを持たない4人には実施してみようと思う。


 これがこの世界の人間に魔法を使えるようになってもらう、その第一歩になる……はずだ。彼らにはその礎になってもらいたい。

 仮に魔法が使えるようになったとしても、魔力が足らなかったら結局使えないもんね。成功すれば、彼らはこのダンジョンでの仕事も用意できるしね。


 そして成功した暁には、かよちゃんにこっち側の人間になってもらうのだ。彼女を実験台にするわけにはいかない。彼女にそれを施すのは、安全と確実性が保証されてからだ。


 ちなみに、かよちゃん含め今このダンジョンに住んでる10人は、全員保護指定をかけただけで眷属にはしてない。

 これは前にもちらっと話したけど、彼らから得られる定期収入がバカにならないからだ。眷属指定をすると、この定期収入が得られなくなるからね。


 というわけで、今のダンジョンの様相を、簡単にだけど説明しよう。


 言わなかったけど、実はフロアはもう一つ追加されて全3フロアになってる。第1、第2フロアは普通のダンジョン。下位種のモンスターを中心に配備した、簡単すぎる(ボクの主観)構造になってる。特殊な行動をする奴もほとんどいない。

 なお、ボスは第2フロアに移した。各階に用意するだけの余裕はまだないんだよね。


 第3フロアは、体外用の館が建つ人が生活するためのフロア。ここに、今はなんとか一軒の家が建ったところだ。ここに、今は大工4人と養鶏担当1人の5人が同居するようになった。

 他の4人は、いまだに客室に寝泊まりしてる。早いところ、彼らが自活できるようにしたいところだ。


 とまあ、大まかにだけどこんな感じかな。しばらくは、居住スペースの整備を中心にやってくことになるだろう。


『主よ、どうやら始まるようだ』

「おっけー!」


 と、ここでユヴィルからの【念話】。彼から送られてくる映像をモニターに映せば、入口の上に建った建物の前に並ぶ長蛇の列が。


「うわあっ、すごい人ですね! この人たち、全員がうちに入ってこられるんですか?」

「そーみだいだね。いやあ、幕府のほうもうまく宣伝してくれたみたいだ」


 かよちゃんに頷くボクだけど、自分の顔がゆるんでるのは自覚できる。


 初日からこんなに集まるとは思ってなかったもんね。人集めというか、一般への周知は幕府に丸投げしたんだけど、どうやらうまくやってくれたようで何より。

 あとは、適度に死人を出しつつそれを若干上回る利益を出せばいい。


「……旦那様、並んでる人たちが順番に何か書いてるみたいですけど、あれはなんですか?」

「あああれ? あれは誓約書だよ。中で死んでも文句言わない、誰にも文句言わせないっていう」


 今のは大ざっぱな表現だけど、訂正するほど違うわけじゃない。

 大体は、ダンジョン内で何があっても幕府は責任取らない、中で死んでも知らないよ、その代わり中で手に入れたものは好きにしていいよ、っていう感じの内容だ。これは、ほぼベラルモースでのダンジョン探索者が書かされる誓約書をそのまま利用した。


 まあそう言いつつ、ダンジョンから手に入るアイテム(お金は除く)を適正に買い取って扱えるのは、その情報を現状独占してる幕府の直営店だけなんだけどね。これくらいの癒着は許されるだろう。


 ちなみに、モンスターがドロップするものはお金以外に、幕府からの提案でいろんなものを用意してある。食料とか生活用品とかね。

 今のところそれらは日本で現状手に入れることのできるものだけだけど、いずれは他国のものも出るようにしたい。あるいは……ベラルモースのものがドロップする深層を用意するのもいいかな?


「あ、そうですよね……ここって、普通の人は殺されちゃう場所でしたね……」

「うん。でも、その危険を冒してでも手に入る見返りは大きいからね」

「お金とかが手に入るんですものね……腕っぷしに自信がある人には、いい場所になるかも……?」

「そうだね、ベラルモースじゃそういう職業になってるくらいだから。絶対そうなると思うよ」

「はあー……あ、人が入ってきましたよ旦那様!」


 妙に感心した様子で、かよちゃんが息をつく。その直後に、モニター向こうで列の先頭にいた集団が我先にとダンジョンの中に入っていった。

 途端に、侵入者を告げる音が断続的に響き渡る。ボクはその音を止めつつ、今後はこの警告音を鳴らさないようにメニューから設定を改めた。


 さて、ダンジョンの中に入ったちゃえば彼らの動きはボクには筒抜けだ。

 どうやら、先頭集団は井伊家の人たちみたいだな。よっぽど最初に帰還者を一人も出せなかったのが悔しかったのかな? 見る限り、以前よりもレベルの高い人たちがより多く来てるな。


 早速ゴブリンの群れに遭遇したけど……あー、そんなに驚いてちゃダメだよ。ちゃんと事前に聞いてるでしょ、化け物の巣窟だって。

 数人の負傷者を出して、撃退には成功したみたいだけど。彼らはここでリタイアかな。一応、けがを治療できるくらいのお金は手に入ったんだから、よしとしてよ。


 その後も、探索者たちの様子を大ざっぱに流し見てたけど、やっぱり最初は半信半疑だったのか、モンスターたちに驚いて不覚を取る人が多かったな。

 それでもモンスターが本当にアイテムをドロップするってわかった後は、結構な人が嬉々として奥へ進むようになった。この調子で、もっと飴に食いついてもらいたいな。


 今日は記念すべき開業初日だからね。死者は一人も出さないつもりでいる。大盤振る舞いで、盛大におもてなししてあげるのさ。そんでもって、ダンジョンのことをいい風に言いふらしてもらわないとね。

 明日からは、ダンジョンが本当の顔を見せるようにする。その時、本当の意味でボクは江戸前ダンジョンのダンジョンマスターとして初めて仕事を成したって言えるんじゃないかな。


「旦那様、順調なんですね」

「ん? そうだけど、なんで?」


 そうしてダンジョンの未来に思いをはせながらモニターをあれこれ触ってると、そんなことを言われてボクは首をかしげた。

 傍らのかよちゃんに顔を向けると、そこにはどことなく嬉しそうな顔の彼女がいる。


「だって、旦那様楽しそうです。旦那様にお会いしてから、こんなに楽しそうな顔をされたのって、ほとんどなかったですよ」

「そう? そんなに顔に出てた?」

「うふふ、旦那様って結構顔に出ますよ?」

「そっかー、うーん。そっかー」


 なんだか感情を見抜かれたみたいで気恥ずかしいなあ。や、別に悪い気はしないけどさ。


「これからずっと、順調だといいですね」

「そうだねー。ホント、そうだといいね」


 とはいえ、世の中いつもうまく行くなんてことはありえないからね。必ずどこかに落とし穴があったりするもんだ。

 でも、できる限りそれは回避できるようにがんばるつもりだし、回避できなくっても被害を最小限にできるように努力しないとね。


 今日のこと……ううん、今日までのことは、あくまでスタートラインに立つための努力に過ぎないんだから。大事なのは、この後走り続けることだ。

 何せ、ダンジョンマスターってのはゴールのない仕事だからね。そしてだからこそ、続けていくのはとても大変なことなんだよね。


「……でも、かよちゃんのためなら何があってもボクはがんばれるよ」

「う……っ、も、もう……旦那様はすぐそういうことを言うんですから……」

「あははは、何度だって言うよ。大事な奥さんなんだもの」

「もう……少しは隠してください……」


 そうは言うけど、かよちゃんの顔は嬉しそうなんだよね。最初のころに比べたら恥ずかしいってのは薄れてきたのか、最近は直球な物言いをしてもこういう顔をすることが多くなった。

 そんな彼女を見るのはボクにとって楽しいし、何より癒しだ。守りたい、この笑顔。


 ボクは自分の頬が緩むのを感じながら、今夜は盛大にがんばろうと決意したのだった。


 あ、いや、もちろんダンジョンのほうもね?


ここまで読んでいただきありがとうございます。


ようやく一般公開、開業までこぎつけることができました。長い序章だった……。

というわけで、ちょっと駆け足になってしまいましたが、ここらで一旦区切りをつけて、第一章終了とします。

ちょっとした情報まとめを挟んで、第二章を始めようと思ってます。


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