第三十一話 検証実験
おお……総PV20万ありがとうございます……!
さて、日が変わって翌日。改めて、検証実験をすることにしよう。
というわけで今、ボクは昨日と同じく会議室でモニターを眺めていた。傍らにはユヴィルただ一人が付き従っている。
今回の検証では、元々ジュイとフェリパの手を借りる予定だったからね。彼らは今、現場にいる。
その現場の様子を映し出したモニターを、ボクとユヴィルは見てるってわけだね。
現場は、第一フロアのボス部屋。ここにジュイとフェリパがいる。
彼らの他には、昇格したフェリパに代わって設置したボスのコボルトリーダー。それと、検証に協力するって言ってくれた新人4人だ。
この4人、どうやら牢屋敷では他の囚人たちに相当ひどい仕打ちを受けてたらしく、その恨みを晴らしたいと言うのだ。
元々、9人の内誰かに参加してもらうつもりだったから、その申し出は渡り船だった。彼らにはそれぞれが望む武器を与えて、あそこに置くことにしたのだ。
「さて。ジュイ、フェリパ。準備はいいね?」
〈いいよー〉
〈もちろんですわー〉
二人からの返事に頷く。
それからボクは、時空魔法【ホーム】の中から25人を無造作に選んで、あの場所へ放り込んだ。
そして、突然の事態に混乱している実験台たちを尻目に、命令を下す。
「さあ二人とも! っていうか、ジュイ! 思う存分暴れていいよ!」
〈やったー〉
その命令と同時に、ジュイがスキル【咆哮】を放った。かつて簡素なダンジョンの壁や天井を振動させ、至近距離なら並みのモンスターにも相応の衝撃を与えたこのスキル。進化し、レベルも上がった今、その威力はさらに上がっていた。
それは、あらかじめ聞かされていて耳をふさいでいた仲間の4人ですら顔を引きつらせるレベル。当然、無警戒だった実験台たちにとっては、たまったものじゃない。一番ジュイの近くにいた数人が、白目を剥いて気絶した。
そうして、ジュイが勢いよく飛び出していく。【雷撃】と【念動】を同時に扱いながら、爪や牙を駆使して、すれ違いざまに実験台たちに致命傷を与えていく。その暴れっぷりは、いつもの犬っぽい彼とは段違い。まるで野生時代に戻ったかのような獰猛な……そう、狩りだ。
ジュイが実は結構欲求不満だったってのを知ったのは、わりと最近。
元々群れで狩りをおこなう狼でありながら一匹狼だった彼には、どうもスイッチみたいなものがあるらしいんだよね。そう、攻撃性を全開にするスイッチだ。
これがスキルとして顕在化したのが、【裂帛】のスキル。これを使うことで、ジュイには攻撃方面での高いバフがかかると同時に、防御方面でそれに応じたでバフがかかる。そして何より、戦いへの姿勢が改まる。闘争心が前面に出て、今みたいな戦い方をするようになるんだ。
それがこのスキル、ジュイの狼としての闘争本能と深く関係してるせいか、長く使わずにいると無意識のうちにストレスがたまっちゃうらしいのだ。
だからかわかんないけど、フェリパとティルガナが大喧嘩して、それに巻き込まれた時に一番暴れたのは実はジュイだったんだよねえ。本来【裂帛】にそんなマイナス効果、なかったはずなんだけど。
もちろん、超上位種として力を持つボクにしてみれば、それはそこまで大したものじゃなかったんだけど。それでも実力が同格の他の名づけにとっては、十分脅威になりうる威力を発揮してくれたのだ。
あの後、ジュイは随分とすっきりした様子でいつものちょっと残念な子に戻ったんだけど、それを見てボクは悟った。ジュイは定期的にその攻撃性を何かで発散させないと、仲間に被害を出しかねないってね。
というわけで、今回は彼の運動も兼ねている。他の面子と違って、攻撃に完全に特化したジュイがスキルを鍛える機会はそうそうないし、こういうところで思いっきりやってもらおうって思ってさ。
まあ、実験台の連中にしてみれば、その様は絶望以外の何物でもないだろうけどね。
人間に迫る大きさのまっ白い狼が、猛烈な勢いで迫ってくるんだもん。しかも、普通の狼じゃ絶対にできない攻撃をして、だ。蜘蛛の子を散らすように逃げまどうのも無理はない。
でも、そんな彼らの前に盾を構えるフェリパが立ちふさがる。彼女の役割は、相手をその場から逃がさないこと。唯一の逃げ場である入口を守り、時にヘイトを集めて隙を生じさせるのが仕事だ。
そうして生じた隙を、4人の新人が狙う。彼らのほとんどは素人も同然だけど、武器を持った彼らが丸腰の、かつ明らかな隙を見せてる相手に尻込みすることはなかった。
次々に、その場から命が失われていく。ボクの周辺には、死亡した生命体をDEに換えるかどうかのポップがいくつも表示されててんてこまいになる。
死人をDEに換えてる間の観測は、ユヴィルにお任せだ。【頭脳明晰】な彼なら、ボクが目を離しても問題なく状況を見られるだろう。だからこそ、普段はダンジョンの外で活動する彼をわざわざ呼び戻したのだ。
ほどなくして、ポップが出なくなる。モニターに目を向ければ、どうやら最初の25人は全員片付いたらしい。早っ、10分も経ってないんだけど。
じゃあ、次の25人を実験場に案内しますか。
そうしてすぐに、モニターの中で一方的な虐殺が再開される。特に変わったところはない。さっきとまったく同じことが起きただけだ。
それをあと2回、都合4回繰り返す。
「……91人殺して、獲得DE9万とんで15か。まあまあってところかなー」
DEの残高を見て、ふむんとつぶやく。どうやら、格別たくさんのDEを得られるような特殊な存在はいなかったらしい。
それでも、一度に獲得したDEとしては過去最高だ。今までの貯金と合わせてると、合計はおよそ13万弱になる。これで正弘君からの依頼は無事に済ませられるな。
貯金が一気に4ケタぎりぎりまで落ちちゃうのは、この際仕方ない。幕府からいずれ来る、残り200人をうまく使えばこれはすぐに取り戻せるはずだからね。
まあ、そういうことは一旦置いとくとして……。
「ユヴィル、君はどう見た?」
『ああ。やはりこの世界の人間は弱いな』
頷きながら【念話】を飛ばしてくるユヴィル。けれどその目は、モニターに向けられ続けている。
『最高レベルが29で、平均レベルが20……いくら丸腰だったとはいえ、ベラルモースの人間ならもう少し抵抗したはずだ。少なくとも、素人4人は誰かしら戦闘不能にはされていただろう。この感じなら、ダンジョンの難易度は現行のままでいいんじゃないか?』
「ふむふむ。逆に言うと、第一フロアからしばらくはもう少し易しくしたほうがよさそう、かな?」
『ああ。モンスターではなく、構造や謎解きで難易度を上げる方向で模索したほうがいいと思う』
なるほど、そっちね。
確かに、謎解きなんかもダンジョンの難易度を決める要素だ。むしろそれがメインのダンジョンもあるし、なんだったらそっちに特化しすぎて人をまったく寄せ付けなくなった老舗ダンジョンもある。
とはいえ、そっち方面はボクあんまし得意じゃないからなあ……。これはやっぱり、頭脳労働役を早めに増やしたほうがいいかも。でも、諜報役もほしいんだよなあ。DEが足らないや。
『あとはそうだな……どうもスキルの概念が希薄な気がする』
「んん? それどういうこと?」
『ベラルモースのスキルは、ステータスに表示される順番が決まっている。アクティブスキル、パッシブスキル、サポートスキル、生活スキルという風にな。ベラルモースシステムである【鑑定】を使えば、この世界の人間もこの形式で表示されるのは変わらない』
「そうだね。その法則は日本人相手に使っても変わらなかったよ」
『その中には、【剣技】などのアクティブスキルを持っている人間はそれなりにいたはずだ。今回の100人の中には、素手でも使える【体術】のスキルを持っているものもいただろう? にもかかわらず、彼らは技を発動させなかった』
「……そう言えば、そうだね」
指を口に当てて、ボクは首をかしげる。
ユヴィルの言う通り、彼らは技を発動させなかった。この場合の技とは、【剣技】【体術】と言った技術から繰り出される立ち回りなどのことじゃない。その中における、【多段斬り】【爆裂拳】と言った具体的な技のことだ。
ベラルモースでアクティブスキルって言うと、大半はその中にさらに技が存在する。魔法がその代表例で、木魔法に【アロマセラピー】があるように、時空魔法に【ハイド】があるように、一つのスキルにいくつもの技が内包されてるんだよね。もちろん、そうじゃないやつもあるんだけどさ。
そして、そうした技を駆使して人々は戦う。所持しているアクティブスキルのレベルはもちろん、使うことのできる技の数も、強さのバロメータなんだよ。
ところが、さっきの戦いで技が使われた形跡はない。それは協力してくれた4人も同様だ。
ボクが調べた限り、今回幕府から受け取った100人には【体術】のレベルが3と4の人間が何人かいた。経験上、そのレベルで技が使えない人ってのはありえないはずなのに。
「……なるほど、だからスキルの概念が希薄ってことね」
『ああ。根拠のない推測だが、魔法が廃止されたことでそうなったと言ったところじゃないか?』
「はー、あり得るかもねえ」
ベラルモースと地球の最大の違いは、魔法の有無だし。それが影響してても不思議じゃないよね。
「……でも、ジュイは普通にアクティブスキルも使えるようになってるんだよね」
『そうだな。今の戦いでは主に【噛みつき】【爪撃】【雷撃】を中心に扱っていたみたいだが……それでもスキルの技も使っていた。彼は完全に、こちら側のシステムに組み込まれていると見ていいだろう』
「【眷属指定】をすることで、存在の管理システムは地球からベラルモースに上書きされるってことかなー」
『恐らくは。逆に言えば、ベラルモースシステムに入らなければ魔法を使うことはできない、ということなんだろう』
「そうだねー……かよちゃんがいまだに魔法覚えられないのは、たぶんその辺りが原因だよね」
かよちゃんにはわりとこのダンジョンを再開してから、魔法についていろいろ教えてるんだけど……いまだにスキルの正式取得には至ってない。魔法スキルを持ってはいなくても、スキルの中から技が扱えるジュイを見るに、ユヴィルの推測にはボクも賛成だ。
ということは、かよちゃんが魔法を覚えるには、なんとかして彼女をベラルモースシステムに呼び込む必要がある、ってことか……。
「……【眷属指定】以外に方法ないかなー。ボク、彼女は眷属じゃなくて対等なままがいいんだけど」
『うーむ、どうだろう。すぐには思いつかないな……』
「色々試すしかない、ってことかなー。はー、しょうがないけど、この話は一旦終わりにしとこうか」
今はまだ、材料が足りなさすぎる。憶測に憶測を重ねたってしょうがないし、それ以上のことができる状況じゃないからね。次のことを考えよう。
「次は……ジュイ、フェリパ。魔力の回復はどう?」
〈だめー〉
〈うちもさっぱりやね〉
「ふむー」
返信の内容をユヴィルに伝えつつ、ボクは再び唇に指を当てた。
『予想通りだな。やはりこの世界では、強さや能力に関係なく魔力の自然回復はしないのだろう』
「そのためには、魔力自動回復かそれに類するスキルが不可欠、ってことだねー。うへー、めんどくさー」
元々は地球システムの管理下にあったジュイはまだしも、最初からダンジョンで作ったフェリパさえ自然回復しない。これは結構由々しき事態だ。
現状じゃ、【魔力自動回復】やそれに類するスキルを持たないジュイやフェリパが魔力を回復するには、ボクかティルガナが持つ【魔力譲渡】のスキルを使わないとダメってことだもんねえ。
うすうす感じてはいたことだけど、これでようやくはっきりした。今後モンスターを作る時……ボスキャラや名づけを作る場合には、まず最初に魔力自動回復をつけないとダメだね。もちろん、【眷属指定】で仲間を増やす場合も同様だ。
加えて言うなら、魔法使い系のモンスターを配置するときもよく考えないとダメだなあ。何か回復させる手段を用意しとかないと、ただの役立たずだけが徘徊するフロアになりかねないし。
「次は……フェリパ、協力してくれた4人に例のものの使用感を聞いてくれる?」
〈あいさー〉
例のもの、とは実験に際して4人に着けてもらった腕輪だ。これは、彼らが選んだ武器に関する技術を装着時に限って底上げする魔法道具になってる。
早い話、この腕輪を着けた人間は、それだけで【剣技】のスキルレベルが上がるような類のものだ。剣を選んだ人はいなかったからこのたとえはアレだけど、槍にしても短剣にしても、すべてがスキルを底上げする代物になってる。程度は1だけど、素人、つまりスキルレベルゼロに比べたらその違いは大きい。
ただ……この効果が、ちゃんと地球の人に作用するかどうか、ボクはずっと半信半疑だったんだよね。
〈聞きましたで。どうやらちゃんと、全員が腕輪の効果を実感してるみたいですわ〉
「へえ、そりゃ朗報だ。じゃあ、次はスキルに加えて技が加えられてるやつを使って実験かな」
なるほどなるほど。腕輪の効果はちゃんと発揮されるなら、アクティブスキルが込められた魔法道具を使わせる価値はある。
これでちゃんと使えるなら、モンスターがドロップするアイテムの幅を広げることができる。他にも、地球人に対する交渉の道具としても使えるかな?
『その辺りを突き詰めれば、もしかしたら管理システムを……上書きはできずとも、誤認くらいはさせられるかもな』
「おお、確かに! じゃあ、まずはこの辺りからアプローチしてみることにするよ! 幸い、魔法道具に関してはボク一家言あるしね!」
『そういえば、主は魔法工学者でもあったな』
「うん。できるだけ早くかよちゃんに魔法使わせてあげたいから、がんばるよ」
そう言って笑う。けど、そんなボクに向けられたユヴィルの視線はどこか生暖かった。
なんだろう、解せない。
……ともあれ、だ。
今回の検証実験は、なかなかに有意義なものになった。これからも、疑問な点が出てきたら随時試してみることにしよう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
久しぶりにがっつりダンジョンマスター的な話でした。
地球人は魔法が使えないのか、何かすれば使えるようになるのか?
この質問は掲載当初からいただいていたですが、ようやくそれに対する回答を出せました。
主人公たちの観点ではまだ完全な答えは出ていませんが、一応ここでも言いますと、存在の管理システムをベラルモースのそれに更新できれば使えるようになります。