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第三十話 対価の100人

 さて、とても和やかに終わった調印から、およそ半月。あれからボクは、定期的に江戸城に行ってダンジョンの法則やルール、使用上の注意なんかについて説明をしてる。

 いずれダンジョンを一般開放して、双方にとって利益のある事業とする上で必要なことだからね。もちろん都合の悪いことは意図的に伏せてるけど、別にだましてるわけじゃない。わざと言ってないだけだ。

 それは幕府の方もわかってるのか、最近は結構根掘り葉掘り聞いて来るようになって、会談も時間がかかるようになってきてる。


 戦果? んー、6:4でこっちの勝ちってとこかな? 結構競ってると思う。

 なんてったって、忠震ただなり君が強すぎる。彼、どうもベラルモースの対応を一任されたみたいで、ずっと出張ってくるんだよねえ。まあ、向こうとしては非公式対談であれだけ情報を引き出して、条約締結に向けて奔走した彼を責任者にするのは当然だろうけどさ。


 おかげで、この半月でボクの交渉力の低さを改めて自覚した。最近は、見栄なんか張ってないで交渉役の眷属をちゃんと用意すべきだって、思ってるよ。

 ただ、交渉関係に偏らせた結果、この世界の人間に普通に負けちゃうような戦闘力になるのは困る。

 けど、地球人との交渉のためには人間と似たような外見を持ってるか、人間に変化するスキルが必須になる。この辺の条件を満たす名づけネームドを作るとなると、さすがに相当なDEがだね……。


 ちなみに、正弘君は主にダンジョンを開放する上で必要になるルールや、ボクに渡す対価などの制定、裁可、あるいは取りまとめに移ってるようだ。適材適所だね。


 あと目立つことって言うと、毎回会談の後に家定君にお茶に誘われるくらいかな。いや、最近は彼の態度にも慣れてきてて、普通に楽しんでるよ。

 聞けば最近は、大福に凝ってるらしい。おかげでボクもはまった。あんこを包むおもちの触感が新感覚すぎてたまらない。あんこもおいしい。


 とまあそんな近況だけど、今日は江戸城に行く日じゃない。それよりなにより、大事なことがある日なのだ。


『主よ、池田頼方よりかたが伝馬町牢屋敷に入った。そろそろ例のものたちが来るぞ』

「おっけー」


 ダンジョンの外にいるユヴィルから念話が届き、ボクは返事をしながら調印後に作った会議室へ向かう。

 向かいながら、メンバー全員に会議室へ集まるように指示を出した。


 一人を除き、メニュー越しに来る了解の返事を確認しつつ、部屋に入るボク。

 会議室はその名の通り会議用の部屋なんだけど、スムーズな話し合いのために色んな装置が導入してある。筆頭はモニターかな。今回もこれを使う。


 10日前から、外で偵察任務に当たるユヴィルには小型のビデオカメラを持たせるようにしてる。そしてそのカメラは、データを随時配信できるのだ。モニターは、それに対応してる。

 ゆくゆくは、ユヴィルが率いてる野鳥たちも眷属にして名づけネームド化したいところだな。そして大規模な情報網を構築するのだ。


 ただ、今回はこのカメラは別のところにある。具体的には、亜空間だ……。


「わん」


 モニターの状態を整えたところで、ジュイが部屋に入ってきた。そのまま彼は、……もちろんだけどイスに座ることはできないから、ボクが座る予定の場所のすぐ脇に身体を横たえた。


 それに前後して、


「うぃークイン様来たでー」


 フェリパもやってきた。


「ティルちゃんはかよ様の護衛があるから来られへん言うてましたわ」

「知ってる。まあ彼女はそうだろうね」


 護衛メイドだからね。

 それならかよちゃんもここに連れてくればいいとも思うんだけど、今回はちょっと……いや、かなり血なまぐさいことをする予定だから、彼女には遠慮してもらうことにした。


 ボク自身は、かよちゃんにもダンジョンのことに関わってもらって構わないって思ってるけど、人が死ぬところはさすがにまだ早いと思うんだよね。


「ええなあ、役得ですやん……ま、それはともかく」


 大きい身体(筋肉的な意味で)をイスに預けながら、フェリパが言う。その視線は、ボクじゃなくてモニターに向けられていた。


「うん、本題に入ろうか。見て、こないだ正弘君にお願いしてた人たちが来るよ」


 ボクも頷いて、モニターに目を向ける。

 そこには、申し訳程度に住環境を整えた簡素な空間が映っていた。


 これは、時空魔法【ホーム】で作った亜空間だ。以前、ダンジョン再開前に使ったやつとはまた別の空間だね。ボクくらいのレベルになると、複数の亜空間を所有できるんだよ。ふふん。


 で、そんなところを映してどうするのかっていうと……。


「お、早速一人来たみたいやな」


 フェリパの言葉にボクは頷く。画面には、小汚い恰好の男がどこからともなく出現していた。


 彼が何者かは、後で説明するとして。重要なのは、彼が条約に込められた物品供給の対価だってことだ。

 今回初となる物品供給。正弘君たちに頼まれたのは、ずばり金と銀だった。産出できる量がかなり減ってきたこと、幕府そのものの財政が悪化してることなどから、今の日本は物価の高騰が進んでる。その解消のために、どうしても最初は金銀を、ってことだったのだ。

 量はそれぞれ300貫目(約1140キロ)と500貫目(約1900キロ)。それを質は最低でも5って指定を受けた。


 正直、最初の要求としては相当な量だ。ぶっちゃけ、要請を受けた当初のDE残量じゃ足らなかった。どんだけ財政難なのって話だよなあ。

 とはいえ断る選択肢はないわけで、その対価としてボクは人間を300人要求した。金銀の対価にお金払うって、それじゃ意味ないしね。


 あからさまに人の命を要求してるわけだけど、生き物を殺して得るDEが金銀の元になってることは、向こうには知られてない。向こうは、何もないところからあらゆるものを作り出せる、とんでもない存在って認識でいるはずだ。

 だから、この300人はあくまで労働力って解釈をされてる。その分、特にもめもしなかった。

 まあ、どこのどういう人間を使うかでは少しもめたみたいだけどね。


 その結果選出されたのが、先ほど【ホーム】に出現した男。今も少しずつ、似たような格好の男が増えつつある。予定では、この後100人まで増えるはずだ。要求に足りてないけど、要するに第一便だね。残りは準備でき次第来るらしい。

 で、この100人は全員犯罪者とのこと。目録は先にもらってるけど、内訳は死刑囚が39人、流刑予定囚13人、未決囚が48人。うち、死刑囚の大半は盗賊団とのこと。


 偏ってるって思うかもしれないけど、そもそもこの国には懲役刑や禁固刑がなくって、代わりの流刑や使役刑の他は、死刑くらいしかないんだよね。

 そして幕府が管理してるいわゆる牢屋ってのは、未決囚以外はほとんど死刑囚が入るものなんだとか。この辺り、まだまだ刑法が未熟なのかなって思うね。封建制度を感じる。


 ただ、そういう犯罪者を即刻未知の相手に引き渡すことを実行できたのは、間違いなく封建制度だからだろう。この辺りは、封建制度が何もかも劣ってるってわけじゃないって思うよね。どんなものにだって長所短所はある。


 話を戻そう。


 そんなわけで、今回うちに連れてこられたのは全員重犯罪者だ。当然だけど、そんな人間を一度に100人も護送するのは危険すぎる。

 それに、あらぬ噂が立っても困る。ダンジョン入口は現状、幕府によって板塀などが設置されてて、関係者以外は立ち入り禁止になってるけど、そんなところに犯罪者が連れて行かれたら絶対根も葉もない噂が流れるだろう。ダンジョンは日本の味方って思ってもらいたいから、できるだけ危ない橋は渡りたくないんだよね。


 ってわけで、ボクは護送のために、ボクの【ホーム】に対象を転送できる魔法道具を貸し出したのだ。懐中灯のような形をしているこれは、対象に向けてボタンを押すと魔法光が照射され、それに当たったものを【ホーム】に一方通行で送るって寸法だ。

 これを正弘君から貸し与えられたのは、南町奉行の池田頼方って人。大まかに言えば、警察と裁判所を兼ねた部署の長かな。そして彼が、遂に今日刑務所……牢屋敷へと行き、転送を開始したってわけだね。


 あとは、既定の人数に達したら集まった全員を外に出せばいい。


「……うーん、うち好みのイケメンはおらへんなあ」


 腕を組みながら、フェリパが言う。彼女の美的感覚はよくわからないけど、少なくとも刑務所の中で、しかもまっとうな扱いをあまり受けられてない人間が多いんだから、顔立ち以前の問題じゃないかなあ。

 ボクとしては、男ばっかり集められたってむさくるしいだけでちっとも嬉しくないんだけどね。


 なんてことを考えながら、ボクは転送されてくる人間を順次鑑定して行ってる。ここ半月でようやく【鑑定】のレベルが3になり、なんとか完全な失敗はしないようになってきたのだ。これが実にありがたい。


「……まあでも、案の定ろくなやつはいないね」

「そーなんです?」

「うん、リストで知らされてた通り、どいつもこいつも筋金入りのワルだね。救いようがないよ」


 最高レベルが29と、この辺りの人間としては高めではあるんだけどさあ。

 調べる限り、大半が称号に【大量殺人犯】とか【強姦魔】、あるいは【放火魔】とかがついてるんだもん。人としてダメすぎる。

 まあそれはつまり、大体の人間はボクがやるまでもなく幕府が殺してる人間、ってことなんだけどね。だから、ボクがDEに変えちゃったほうがよっぽど社会のためになるってものだ。


 名目上は、「将軍即位による慶事に伴い、恩赦で死刑を使役刑に減刑」って形になってる。だから、選ばれた人たちの中には喜んでる人もいるんじゃないかな。儚い希望でしかないけどさ。


 言いすぎ? 間違ってないと思うけど?


「さいですか。そんなら、遠慮なく検証ができそうですなあ」

「そうだね。ようやくって感じだけどさ」


 フェリパに相槌を打って、ボクは笑う。いや、この場合は嗤うかな?


 ともあれ、連中は普通に全員DEになってもらう。でも、ただ殺すだけじゃ芸がない。だから、この際気になってたことを検証しようと思ってるんだよね。

 何、別に難しい話じゃないよ。ベラルモースの世界システムと、地球の世界システム。双方のシステム内にある存在が併存する今の江戸前ダンジョンで、それぞれがどう機能するのかを知りたいんだ。


「お……?」

「どないしはりましてん?」

「うん、今のあざだらけの男、冤罪みたいだ」

「おんや。そしたらあの人は生かしますか」

「そうだね。さすがにそんな人を殺すわけにはいかないから……そうだなあ、フェリパの手伝いを任せようかな?」

「おー、最近人手足らんっちゅーの覚えててくれはったんですね!」

「まーね」


 頷きながらも、【鑑定】を続けていく。そんな時間が、大体一時間くらい続いた。

 最終的に集まった100人の内訳は、男91人、女9人。うち、冤罪の人が男7人、女2人って結果になった。子供や老人はいない。


 冤罪の数が全体の約1割ってのは、封建制の弊害かな。拷問とかそういうのもあるのかも。軽犯罪まで含めて考えたら、もっと増えるんじゃないかなあ。監視カメラとかが存在しないから、はっきりとした証拠を集めるのが大変なのも影響してるんだろうね。


 ともあれ、冤罪の人間を殺すのはさすがに忍びない。彼らはこのままダンジョンに住みついてもらうかな。


「それじゃ、まずはこの冤罪の9人をこっちに呼ぼうか」


 つぶやきながら、ボクは選別した9人をこの場所に召喚することにした。

 その前に、ティルガナに連絡を入れて料理の用意を頼んでおく。本来ならこの後検証作業に入るつもりだったけど、巻き込みたくない人間がいたならしょうがないさ。それは後回しにしよう。


 で、検証を後回しにするなら、血なまぐさい光景も後回しだ。それに、今から呼び寄せるのは冤罪で投獄されてた人たちだから、危害にもならないでしょ。だからティルガナを読んでも大丈夫だと判断した。

 彼女が来るならかよちゃんも来るだろうけど、たまにはボクたち以外の……普通の人間との接触もないよりはあったほうがいいだろうし。


 ってわけで会議室に呼んだ冤罪の9人だけど、当然っていうか、彼らは盛大に取り乱してくれた。仕方ないので、これはひとまず木魔法【アロマセラピー】などを使ってなんとか落ち着いてもらう。

 それから、事情を説明する。ボクの素性とかも含めて、大体は正弘君たちに言ったことと同じことを説明した。


 全員あんまり理解できてないみたいだったけど、冤罪の彼らを助けるために幕府と一芝居打った(ってことにした)のは理解したみたいだ。

 で、江戸に戻すことはできないけど、うちのダンジョンの中で暮らせるように用意はあるって伝えて、最後に決断を迫る。


 ……まあ、全員二つ返事で了承だったけどね。よっぽど牢屋敷の中が堪えたんだろう。かわいそうに。


「それじゃ、新しい仲間を祝してまずは食事にしよう!」


 重苦しい雰囲気になりはじめてたから、それを払おうとボクはわざと明るく言う。そして、説明の間に完成し始めていた料理をティルガナに運んでもらうことにした。


 出てくる料理は、日本食が中心だ。相手が日本人だから、これくらいは合わせてあげなきゃね。

 ただ、それでも3分の1くらいはベラルモースの要素が混ざってる。それを気に入ってもらえるか、ちょっと不安だったけど……。


 そんなのは杞憂だった。かつてかよちゃんがそうだったように、新人9人はベラルモースの料理を泣きながら平らげてくれたのだ。

 その様はかよちゃんの比じゃなくって、【優しい人】がサブ性格のフェリパは途中から完全に籠絡されてたね。涙ながらに飲み食いに付き合って、親身になって世話をしてた。……家畜にすらあれを発動させなきゃ、ただの気のいい人なんだけどなあ。


 そしてジュイも、かつては野生で食事に苦労した経験があるからか、珍しく食事を譲ったりしてた。あの! 満腹目当てでうちに来たのジュイがだ! 明日はたぶん雷が降る。ところにより槍かな。


 ティルガナは給仕に専念してたから、あんまり感情は前に出してなかったかな。とはいえ、【命知らず】なことを言わないだろうかってボクはひやひやしてたから、それ自体はむしろ喜ぶべきだろう。

 まあ、同じく給仕をやってたかよちゃんにずっと目を向けてたのも、余計なこと言わなかった理由だろうけどね!


 そのかよちゃんは、状況はどうあれ人の役に立ってるのが嬉しいのか、かなりはりきって働いてくれてた。そんなにしなくってもティルガナがいるのになあ。ボクの隣、かなり空いてたんだけどなー……。


 とまあそんな感じで、ボクは新たに9人をダンジョンに迎え入れた。彼らにどういう役割を任せるかはまだ決めてないけど……。

 その前に、明日になったら彼らにもちょっと実験に付き合ってもらおうかな。大丈夫、ちょっと91人殺すのを手伝ってもらうだけさ。


 笑顔の裏にそんな思惑を隠しながら、ボクはかよちゃんに注がれたジュースをあおるのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


貫のキロへの換算ですが、実際のところ1貫は3.75キロなのですね。以前、1貫を約4キロと表記したのは、1貫なら四捨五入で4キロに換算できるからですね。

ただ、今回は桁が多いので、そのあたりを修正する必要があったということで。


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