第二十八話 非公式対談 下
三十分ほどで、休憩はおしまいになった。
忠震君は出てきたおせんべい(砂糖醤油で焼いたやつ)を見て「お茶だけではなくお茶請けまで……」なんてつぶやいてたけど。
だっておいしいじゃん? 醤油って万能すぎるよね。
それはともかく、改めて話し合いに戻るとしよっか。
「それじゃ、次に聞きたいことは何かな?」
「はい……」
ボクに頷きながら、忠震君は手元に置いた数枚のメモにちらちらと目をやる。位置関係上向きが逆だから読めないんだけど、箇条書きになってるみたいだ。
そして、何を聞くべきか決めたんだろう。彼が口を開いた。
「ここからは、私が個人的にお聞きしたかった質問をさせていただきたいと思います」
「わかったよ。大丈夫、最初にも言った通り何を言われても気にしないから、遠慮なく」
「はい。ではお聞きいたしますが……貴殿は、なぜあまたある国の中から我が国を選ばれたのですか?」
その質問は、さっき休憩前に聞かれたものと全く同じだった。だからボクは、首をかしげる。
「ん? その質問にはさっき答えたよね?」
「仰る通りです。我が国を気に入っていただけたから、そういうことでした。ですが……」
そこで、忠震君の視線がまっすぐボクに注がれた。
その目は、鋭い眼光を宿していた。まるで光ったような、そんな目。
「……私はこう思うのです。食事がおいしい、民を気に入った、平和で過ごしやすい。その理由は、実際に住んでみてからでなければ得られない感想ではないか、と。最初に場所を選定する段階で、それを知ることはできないでしょう?」
「……っ!」
うあ……! た、確かに!
「貴殿は、調査のためにこの世界に来た、と仰いました。つまりこの世界、ひいては我が国についても、最初の段階では何もご存じなかったはず。
仮に貴殿以外に先遣隊のようなものがいて、事前にある程度調べが済んでいたのだとしても、それは貴殿が直接見聞きした経験ではないでしょう。それでは、食事などの感想は得られないはずです。
先遣隊たちがいて、我が国の物品を一度持ち帰っていると考えることもできますが……住民まで持ち帰ることはできないでしょう? 仮にしていたとすれば、それは外交問題です」
立て板に水、ってのはこの国のことわざだったっけか。そんな感じで、忠震君が言葉を続ける。
そして彼は、少し身体を乗り出して、テーブルに肘をついて答えを迫ってきた。
「ですから、私は貴殿がお答えになった理由は……失礼ながら少しおかしい、あるいは理由としては弱い、と愚考致す次第なのですが……いかがでしょうか?」
そう締めくくった彼の目が、また光ったような気がした。メガネがあったら、もっと様になってた気が……って、そんなことはどうでもいいんだ。
ボクは唇に指を当てて、考える。【シンキングタイム】を発動させて、必死に考える。
やばい。忠震君、ボクが思ってた以上に頭が切れる!
なるほど、正弘君が非公式にでも送り込んでくるわけだ。この知的でクールなイケメンは、その見た目に見合う頭脳を持ってるってわけだ……。
どうしようか。素直に白状するってのはもちろんあり得ない。だとしたら他の理由をでっちあげるしかないけど……。
そのためには、忠震君の推測を覆すだけの証拠が必要だ。つまり、彼が引っ掛かりを覚えてる部分は、本国にいながら得られるものだって証明するための証拠が。
そうするにはどうすればいい? 国に対する感想が、遠くにいながら知る方法。それを提示すれば……いけるかな?
食べ物は……それこそ先遣隊が持ち帰ったって言えばいいか。輸送にかかる時間については、瞬間移動系統の魔法を見せればなんとかなるか。
人や暮らしぶりについては……写真や動画がまだこの世界には存在しない(写真はあるんだったっけ?)から、それを見せれば納得してもらえるかな?
問題は、実際に見せろと言われても先遣隊なんて存在しないから、見せられないことだ。うーん……その場合は、本国に保管してるからすぐには見せられないって言えばいいか?
仮にそう答えるなら、さっきの食べ物の輸送については瞬間移動系の魔法とは答えられないな。保存系の魔法って言うのが無難?
うん……そうだな、それでなんとかなる、か。あとは、代わりに写真や動画をここで実演すればいいか。【アイテムクリエイト】さえあれば、カメラは作れるわけだし。
よし、これで行く……! ええいままよ!
「……残念ながら、その推測はハズレだよ。別に本国にいても、君の言うような感想を得ることはできる。それだけ、この世界とベラルモースは技術力に格差があるんだ」
「そうなのですか……? どのような方法を採ったのか、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
やっぱり聞かれるか……理由まで考えておいて正解だ。
「まず食べ物だけど……これは君が推測した通り、先遣隊が持ち帰ったものだよ。ボクらには魔法があるからね……食べ物を腐らせないで長時間輸送する魔法で、輸送は簡単なのさ。ものが腐るまでには相応の時間があるから、ここでそれを試すするわけにはいかないけど」
「魔法……ですか。それは手妻(手品のこと。江戸時代はこう呼んだ)のような、種のあるものではなく、妖術のような種のないもの、という解釈でよろしいですか?」
「うん、そういう認識で問題ない。たとえば……」
言いながら、ボクは視覚的に一番わかりやすいだろう光魔法【インビジブル】を使った。
「っ!?」
それに対するリアクションは、かつてかよちゃんがしてくれたものといい勝負だった。がたんとイスが倒れる音が部屋に響く。
うん、やっぱり、透明になるってのはわかりやすくていいね。
今回は、種も仕掛けもないってことを教えるために、あえてボクは魔法は解除しないで会話を続ける。
「大丈夫、いなくなったわけじゃないよ。これは単に透明になるだけの魔法だから」
「あ……ああ……そ、そうなのですか……」
見た目は誰もいないイスから、ボクの声が聞こえたことで状況をはっきり認識したんだろう。忠震君は、深いため息をつきながら、イスを倒してしまったことに気づいてそれを慌てて起こしていた。
それを見届けてから、ボクは【インビジブル】を解除する。
「とまあ、こんな感じ」
「よ、よくわかりました……」
「次に人についてだけど……君は写真って知ってるかな? こっちの世界でも、確かヨーロッパのほうにはあるって聞いてるけど」
「写真……ですか? 先だって長崎務めに向かった知り合いから聞いたことがあるような……確か、今の風景を切り取って絵画にするもの、でしたか……?」
「そうだね、大体そんな感じだよ。でも、ベラルモースの写真はこっちのものより数段どころか数十段上だ」
頷きながら、ボクは【アイテムクリエイト】を起動した。
そして手早くマギカメ(マギクスカメラ。魔法を用いた小型カメラ。デジカメの魔法版)をその場に出現させる。
それを忠震君に見せながら、ぱしゃぱしゃと数枚の写真を取っていく。
「これが、ベラルモースの写真機。こんな……感じで……スイッチ一つでいくらでも状況を映像に保管できる」
それから、撮った写真の見方を説明しながらマギカメを忠震君に手渡した。
「こ……これは……! な、なんという……ううむ……!」
忠震君、最初は恐る恐ると言った感じだったのに途中からすごい剣幕になった。一つ一つの映像を見ながら「これさえあれば異国情勢もよりわかりやすく……」とか、「御庭番に預ければ、公儀隠密の仕事もより正確に……」とかつぶやいてる。
どうやら、マギカメが持つ価値を即座に見抜いたみたいだ。うーん、こんなにすぐものを理解するなんて、すごいな。
魔法が存在しない世界だからって、あんまり甘く見ないほうがいいのかもしれない。魔法がなくたって、どういう事象が結果となってるかくらいはわかるってことか……。
「……失礼、少々興奮いたしました。こちらはお返しいたします」
忠震君が落ち着きを取り戻したのは、およそ十分後だった。それだけ彼の知的好奇心を刺激したんだろう。
ボクはマギカメを受け取りながら、笑って見せた。
「これでわかったでしょ? これさえあれば、君たちの暮らしぶりも目で見てわかる形で紹介できる。人の姿かたちならなおさらだ」
「そうですね、そのようです……。失礼いたしました」
「いやいや、いいんだよ気にしないで」
ふぃいいいい、乗り切ったー!
あー、まだ心臓がどくどく言ってるよ。休憩終わってそんなに時間経ってないけど、なんだかすごく疲れた気がする。かなり頭使ったもんなあ。
忠震君はというと、今の話を急いで書きまとめてる。
……あそこまで急いで書かれると、向きが正しくっても今のボクの日本語スキルじゃ読めそうにない。日本語の書き文字は、筆で書いてるからか前後でよく連結してるし、文字一つ一つもかなり崩れてるから読みづらいよね。
まあ、一番読みづらいのはその内容が話し言葉とかけ離れてるってことだと思うけどさ。
あ、書き終わった? えーっと……あ、その顔はまだ終わりじゃなさそうだね?
「もう一つ、お聞かせください」
「うん、なぁに?」
「これも先ほどと同じく、まず私の推測があってそれを確認したくお聞きするのですが……」
うんうん、次は何かな? とりあえず山場は越えたし、どんな質問でも……。
「貴殿が有する能力は、資源だけではなくそれ以外の……たとえばあいてむも作れますね?」
「ぶっ!?」
「おや、大丈夫ですか?」
「けほ……っ、うん、ありがとね……」
「そうですか、なら良いのですが。……で、いかがです?」
うううう、忠震君ってばホントにやり手だなあ!? 推測があって確認するってことは、今までの決して長くはないやりとりだけを材料に、そこまで考えたってことだ。ボクにはちょっと自信がないよ!
っていうか、くそー油断した。こんなリアクションしちゃったら、はいって言ってるも同然じゃないか!
「……そうだよ、君の推測は正解だ。さっきは銀を作って見せたけど、その気になれば何でも作れる。……ああいや、不老不死の薬とか、そういうのはさすがに無理だけど」
こうなったら、もう変に隠すのは無意味どころか逆効果だろう。仕方ない、言えるところまで言っちゃうか。
「やはりそうでしたか……。ではその上でお聞きするのですが、私も確認しました書状には、産出できるものは『資材』としか書かれておりませんでしたが……我々がたとえば最新式の兵器を望んだら、貴殿はどうなさいますか?」
「……資源に比べたら、完成品は作るのに当然手間とコストがかかるのは理解してもらえるよね?」
「それは、もちろん」
「……つまりはそういうことだよ」
「高くはつくが、払うものさえ払えば用意はする……そういう解釈でよろしいですか?」
「うん、そうだね」
って言うより、そう答えざるを得ない。できることを敢えて記載してなかったんだから、それは外交で不義理を働いたってことだ。相手によったら、これだけでも十分交渉が不利になる。ふっかけられないだけマシってものだ。
「よくわかりました。ありがとうございます」
そう言うと、忠震君は笑みも浮かべず頭を下げた。
普通の手合いだったら、今のは笑っちゃいそうになるところな気がするけど。あくまで淡々と仕事をするってこと? ボクにはとてもできないぞ。
こんな人材がいたんだなあ……。これ、もしかしてボクなんかいなくっても、日本は十分外国にも対抗できるんじゃないだろうか?
「……では、次に最後の質問をさせてください」
さらさらと走らせていた筆を止めて、再び忠震君が口を開いた。
最後か。今まであれだけ知性を見せてくれた彼のことだ。一体どんなとんでもない質問が来るんだろう?
そう思って身構えたボクに投げられた質問は……。
「明確に我が国を支援すると表明してくださった、現状唯一と言ってもいい貴殿にどうしても私的な場でお聞きしたかったことです。貴殿は……日本国は今後、どのような国家となっていくべきでしょうか?」
「……は?」
そんな、これまた予想だにしないものだった。
思わずぽかんと口を開けてしまうボク。
けれど、そんなボクの正面に座る忠震君の顔は、今まで以上に真剣で。黒い瞳に宿る光は、強い使命感と責任感が燃え盛っているようだった。
だから、ボクも姿勢を正す。
これはきっと、政府の要人としての忠震君の質問じゃない。純粋に日本と言う国の行く末を憂慮する、一人の人間としての質問だ。
そう、思った。だから、ボクもその気持ちに真摯に応えるべきだろうと思ったのだ。
「そうだね……まずは、諸侯がそれぞれ一国一城を持ってる状況は早急になんとかするべきだね」
だから、ボクは言う。
「今の日本は、小国がいくつも林立してて、それを幕府と言う機関が上から面倒を見てまとめる連邦国家体制だ。けどこの状況は、どこまで行っても違う国同士の緩い連携でしかない。
この日本って国で、自分たちを日本人だって思ってる人なんてほとんどいないでしょ? みんな、たとえば江戸人、尾張人とかって認識でいるはずだ。これじゃ外国には対抗できないよ。反抗しがちな国もあることは、君たちもわかってるだろうし」
ボクの言葉に、忠震君は口をはさむ気配はない。ただじっと、耳を傾けている。
まあ、理解はできてるだろう。彼の頭がいいことは散々教えられた。続けよう。
「すべての土地と人民が、一つの政府の下でまとまること。それが必要不可欠だと思う。もちろん、その方針には今まで国主として二百年以上やってきた大名たちは絶対に反発するだろうけどね。それをどう扱って、どううまい方向に持って行くかは、君たち政治家の仕事だ。
それから、権力分立の確立、しっかり明文化された憲法の制定、身分制度の撤廃と教育制度の拡充かな。
権力を適切に分散させること……特に立法、司法、行政の三つの権力は、権力の濫用を避けるためにも偏らせないことが重要だと思うよ。
そのために、憲法が必要になる、かな。国家権力を正しく拘束するための、社会が守るべき規範をしっかり作って、全ての民の自由と権利を保障できるようにしていくべきだと思う。
そうすれば、身分に関係なくすべての民にあらゆる機会を用意できる。その中でも、特に教育は大事だよ。全員が等しく教育を受けられること、そして全員が国政に参加する機会を得られること。これは大事なことじゃないかな。
それができてないから、今の幕府には人材が少ないってことは、理解できてるでしょ?」
忠震君が、首肯した。やっぱり、彼はその認識があるみたいだ。
そうだよね、人材がしっかり整ってれば、今の状況でももう少し名案は出てるはずだ。二ヶ月も、ああでもないこうでもないってただ会議を重ねるだけの状況は、少なくともなかったと思うんだ。
「それがわかってるなら……あとは他国の進んだ技術は積極的に取り入れるべき、かな。人のいいところは素直にいいところと認めて受け入れる度量、それは国に限らず人間が長く上手くやっていくためには不可欠なものだ。
けどもちろん、悪いと思ったところははねのけるべき。どんなに進んだ文明だって、悪いところは必ずあるからね。先進的な国だからって、なんでもかんでもそこでやってることは素晴らしいだろうって受け入れまくるのは、愚か者のやることだよ。
だからそれらの違いを見極めて、長短それぞれを的確によりわける目と手を磨く。それができる国になるべきってボクは思うな。でなきゃ日本は遠くない将来、破たんするんじゃないかな」
そこまで言って、ボクはお茶を一口にあおる。
そんなボクの正面で、忠震君はしばらく微動だにせずボクを見つめ続けていた。
けれど数秒後、深い、それこそ腹の底から出したんじゃないかってくらい深いため息をつきながら、背もたれに重々しく身体を預ける。
「……大変よく、わかりました」
そして彼はそう、つぶやくように言った。
かと思ったら、今度はがばっと身体を起こしてすごい勢いで文字を書き始めた。そんなに実になるような意見だったかなあ?
ボクは政治家なんてやったことないし、あくまでベラルモースの教育を受けてきた中で得た知識や考え方に基づいて、思ったことをしゃべっただけなんだけどなー?
まあ、それで満足してもらえるならそれでいっか!
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ベラルモースの教育水準は、大体現代日本と同じくらいです。
修士課程も取ってるクインは、相応の知識と応用力を持ってますが……岩瀬忠震のほうが一枚上手でしたとさ。
ちなみに、明日はリアルの事情で一日家を空けるので、更新自体は予約投稿で対応しますが、感想などの返信は遅れますのでご了承ください。