第二十七話 非公式対談 中
ボクは時空魔法【シンキングタイム】を発動させた。その瞬間、時間の流れが一気に鈍化する。
これは思考を加速する魔法だ。思考に限って、1秒という短い時間を5分に引き延ばすのだ。とっさの判断を迫られた時、頼りになる。まあ身もふたもない言い方をすると、ボードゲームの「待った」だ。
もちろん加速してるのは思考だけだから、身体は着いてこないんだけどね。それもやろうとしたら、別の魔法が必要だ。
それはさておき……どうしようか。
人手不足ってのはホントだけど、ぶっちゃけ人が欲しいのはDEにしたいからだ。わざわざ罪人とかでもいいって言ったのは、そのほうが後腐れがないから。かといって、それを言うのはさすがに避けたい。
一応、証明するための手段にするために昼間フェリパにニワトリを選ばせたけど、あれはあくまで念のため。あれを説明するってのは、要するに命と引き換えにものを得るってこととほぼ同義だからね。いくら封建社会とはいえ、それには相当の反発が予想される。表に出して面倒事になりそうなことは、できれば言いたくないんだよなあ。
となると、モンスターの存在理由は人手とかそんなんじゃないってことは、伝えないといけないかな……。
まあ、彼らについて説明するってことは、ダンジョンに侵入者を入れたいってことを伝えるのとほぼイコール。そしてそれは、日本側にとってもハイリスクではあるけどハイリターンな事業って認知・展開してくれると期待できると思う。
ベラルモースと多少条件は違うけど、モンスター退治で多くの利益を得られるのは、人間にとって大きなメリットになるはず。
そしてこの世界は、異世界転移の上でベラルモースに近いことを条件に選んだ世界。なら、ベラルモースのやり方を伝えれば、あとは勝手に金のなる木扱いしてくれる……んじゃないかな。
そうなったら、こっちも向こうも持ちつ持たれつの関係が出来上がるのは時間の問題だと思う。
うん。とりあえず、モンスターのことは教えてもいいか。希望的観測も結構含んでるけど、人間の本質はさほど変わらない世界だからね。案外何とかなると思うんだ。
「……彼らは、……そうだね、あえて言うなら商品、かな」
結論を出したボクは、【シンキングタイム】を解除してそう答える。
その答えは、忠震君の予想を大きく外すものだったんだろう。彼は、顔をしかめるレベルで眉根を寄せると、恐る恐るって感じで口を開いた。
「あの……すいません、私の聞き間違いでしょうか。今、商品と仰ったように聞こえたのですが……」
「いや、大丈夫聞き間違いじゃないよ。それであってるよ」
「それは……一体、どういう意味でしょうか?」
怪訝そうな視線が突き刺さる。むう、気持ちはわからなくはないけど、そこまでしなくたって。
……いや、短すぎる付き合いだけど、忠震君が冷静で頭のいい人間ってことはわかってる。そんな彼がそういう顔をするくらい、信じがたいこと、なのかな。
ボクは一旦お茶で口を潤してから、改めて口を開いた。
「まあ商品って言っても、彼らを売り出したりとか、そういうわけじゃないんだ。彼らはね、仮初の命で動く人形みたいなものだ。その機能が停止した時……ありていに言えば死んだ時、彼らは消滅して、同時にアイテムに変わるんだよ」
「あい……てむ……?」
「そう。日本語に直訳すれば道具、ってなるんだろうけど、道具に限らないからあえてボクたちの言葉を使わせてもらったよ」
「道具に限らない……とは……?……待てよ、まさか……? まさか、それは資源なども……?」
「その通りー。資源だけじゃない、お金だっていいし、武器防具だっていい。食べ物だって可能だ。そしてモンスターが何を落とすか、どれだけの確率で落とすか、それをボクは自由に決めることができる。さらに、モンスターは理論上無限に出現させることもできるんだ」
「馬鹿な……! そんなことができたら、経済はおろか軍備に関しても常識が根底がひっくりかえってしまう……!」
「本当なんだなー、これが。でもね、忠震君。ボクの故郷……ベラルモースは、この機能が文明の基盤にあるんだ。この機能があって、発展を遂げてきた世界なんだよ。そして今君たちは、その機能を使える機会を手に入れた、この世界唯一の国だ。賢い君なら、これがどういう意味かわかるよね?」
「……ッ!」
「まあ国と国が取引する、って体を採る時は使えないけどさ。その時は、さっきやったように直接ものを出せばいいだけだし」
「……よく、……わかりました……だから『商品』と言うわけですね……」
忠震君が、深いため息と共に絞り出すように言った。相当精神に来たみたいだな。
そりゃあ、条件付きとはいえ望むものを無尽蔵に作り出せるって言われたんだ。この世界の常識じゃありえないだろう。
ふう、どうやら人手がどうのって話はごまかせたかな。ものの材料にするために殺すから人ください、なんて言えないよね。
よし、彼にこのショックが残ってるうちに話題を変えちゃおう。
「他に質問はあるかい?」
「あ……はい、そうですね。これは阿部様が先日貴殿にお尋ねしたことなのですが……なぜ、貴殿はこの国を選ばれたのですか? 我が国以外にも、国はあまたありましょう。その中から、なぜあえて我が国を選ばれたのですか?」
「ああ、その質問ね」
確かにそれは、こないだ正弘君に聞かれたものだ。
なら、これはあの時と同じ回答でいいだろう。
「正弘君には言ったけど……単純に、この国が気に入ったからだよ。特に食べ物がおいしいよね、この国。最近はずっとお米を食べてるくらいなんだ。できれば味噌と醤油の作れる人がほしいなあって思ってるくらいだよ」
そう言って、ボクはにっこりと笑った。
なお、ここ最近のお気に入りは醤油ベースの炊き込みご飯だ。あれは理想のバランス食なんじゃないかって思ってるくらいだよ。
「……左様ですか。それは……この国のものとしては、嬉しいお言葉です……」
ボクに頷く忠震君。
……ん? でもあんまり歯切れがよくないな。何か考えながら、言葉を選んでる感じだぞ。
「もう一つ、よろしいですか?」
「ん? うん、いいよ」
「貴殿はそう仰いましたが……実際のところ、他の国にも拠点を作ろうとは思われないのですか?」
あー、なるほど。確かにそれは疑問として出てくるか。
さっきのモンスターの話を聞いたら余計、それは強くなるだろう。だって、あの仕組みが仮に外国にもできたら、って考えると恐ろしいだろうし。
でも、ボクはそんなつもりはない。そりゃ他の国に興味がないなんてことは断じてないし、今は無理でもダンジョンを増やすことは方法はある。
ただ、それをしちゃったらボクとしてもそれなりのリスクを背負うことになる。
ダンジョンをうっかり制覇されたら、ボクと同格の存在をこの世界に許すことになるからね。そんなことしたら、ゆっくりまったり暮らしたいボクにとっては面倒だ。
かといって、ダンジョンをここから移転させるってのももう考えてない。ダンジョンの【移転】、正確には再展開の際には相応の魔力が必要になることは前に言った。それがダンジョンの規模に比例することも。
つまり、ダンジョンが成長したあとになるだろう外国への移転には、途方もない量の魔力が必要になる可能性が高い。いくらボクが魔法に長けた種族でも、そのリスクは大きすぎる。最悪、再展開ができない可能性だってあるんだから。
とはいえ、そんなシステムの内情に関わる話を漏らすのもリスクだ。何か別の理由をでっちあげないとな……。
ってわけで、【シンキングタイム】。考えて、考えて、体感時間で15分(つまり実時間で3秒)考え抜いて……なんとか、名案かどうかはわからないけど、それっぽい理由をひねり出すことができた。
「ん、それは全然考えてないよ。交渉は一つの国に絞って行う、ってのが本国の方針だからね。まあ、今回の話を断られたらそれはありうるけど……少なくとも、了承してもらえるなら他国には絶対協力しない、ダンジョンの活用は君たち以外にはさせないと断言するよ」
これは、実はまったくの出まかせってわけじゃない。ママのダンジョン対外方針がこれ……の、正反対なのだ。それを参考にした。
ダンジョンから得られる恩恵は、有効活用できれば極めて大きなものになる。そうなったら、いずれどこかの誰かが絶対に思うはずだ。「このダンジョンを踏破して、その権益を独占しよう」ってね。それでは融和派のダンジョンマスターは困るのだ。
これが一国程度だったらさほどの脅威じゃない。問題は、これに向けて一致団結されることだ。そうなった場合、いかにダンジョンが大きかろうと踏破されてしまう可能性が出てくる。
それを防ぐために、ママは複数の国と関係を結んで利益をばらまく(それも絶妙に内容を区別して)ことで、それぞれの国が互いにけん制し合ってダンジョンそのものに目が向かないように立ち回っているのだ。
けど今回、この方針を採ろうという気はボクにはない。それだけ広範囲の外交はめんど……いや正直に言おう。自信がないってのも理由ではある。今こうやって、非公式とはいえ政府の要人たった一人と会話するだけでもわりと頭をフル稼働させてるのに、それが世界全体ってなったら正直、ね……。
それに何より、それをしてしまうと他国に相応の力を与えてしまうことになる。
さっき、ダンジョンを複数持つことはできるってくだりで説明したのとかぶるけど、ダンジョン……それにベラルモースのものを不必要にばらまいたら、ボク自身相応の危険を覚悟しなきゃいけなくなる。
それに、危険はボクだけじゃない。覇権を狙う国にそれが流れたら、どうなることか。おおかた、真っ先に侵略を開始するだろう。それが複数の国だったら? 最悪、泥沼の世界戦争が起こっても不思議じゃないでしょ。
そんなはずないって? いいや、大いにありうるね。
なんてったって、ヨーロッパ各国ってのは好き放題に他国を蹂躙してきた歴史を持ってる。っていうか、現在進行形でそれをやってる。
代表格はイギリスだ。かの国は圧倒的な武力と技術力を背景に、アフリカ、インドと言った各地に植民地を築いて好き勝手やってる国だからね。
しかも、かつては信仰の名のもとに、現在はお粗末な啓蒙のイデオロギーで自らの行為を正当化してまで、勢力を拡大しようとしてる。いくらなんでも傲慢が過ぎるだろう。
そんな連中に、ダンジョンの恩恵を与えるわけにはいかない。ボクが異世界に来た本当の理由は、何よりのんびり過ごすためなんだから。
それを考えると、ボクが最初にたどり着いたのがこの日本というのは、何か運命めいたものを感じなくもない。
世界に広がる、侵略を是とする帝国主義を持っておらず(近いことを考えてる人がいないわけじゃないけど)、国として完全な独立を保っている。
その上で相応の文化・文明を持ち、困難に立ち向かおうと必死に考えられる政府がある。そして、理性的な付き合いができる。そんな国が、果たして今のこの地球世界にどんだけあるんだろう、って話だ。
まあ、そんなぶっちゃけ話をこの場で言うわけにはいかないんだけどね。世界情勢の話は恩を売れる「情報」と見てくれるかもしれないけど、ダンジョン絡みの話は詐欺と思われかねない。
大雑把に言えば、「おめでとう、あなたたちは異世界の高度な文明と交渉する権利が与えられました!」って言ってるようなものだもんなあ。
それに、その話を聞いて万が一日本が暴走しても困るしね。急に望外の力を手に入れた人間が、それをところ構わず振るうのはそんなに珍しい話でもない。
だから、
「拠点……ダンジョンの構築には特殊な道具が必要になるんだけど、それを一つ作るのには一国を潰してもまだ足らないくらい莫大なお金と時間がいるんだ。他の国にもダンジョンを作るだけの余裕は、さすがにないんだよ。だから一国に絞るのさ」
と、ごまかすことにした。
とは言っても、これは神に誓って本当のこと。ダンジョンコアを一つ作るのに必要な値段は、DEにして実に350垓。【アイテムクリエイト】で作れるアイテムの中でも、下位に16ケタという大差をつけての圧倒的最高額の代物だ。
1万を軽く超える定期収入を毎日得ていて、400年以上もダンジョンマスターをやってて業界の上位にいるママでさえ、3回しか作れてないんだからいかに高い買い物かわかっていただけると思う。
まあ、ダンジョンコア以外でも実はダンジョンは構築できるんだけど……その方法でもDEは500万使う。どっちにしたってすぐできるものじゃない。
「どうせそんな高い代物を使うなら、気に入った場所で使いたいのが人情じゃない?」
「そういうことですか……では貴殿は、本当にただの好意が理由で、我が国を選択されたと?」
「うん、その通りだよ。設置は事後承認になっちゃったけど……ダンジョンそのものが出す利益のことを考えてもらえれば、あの場所でよかったと思ってるんだけど、どう?」
「そうですね……それを知ってしまうと、潜在的に幕府と敵対する可能性のある地域でなくてよかったと思いますね……。三河時代からの譜代である井伊殿には申し訳ないですが……上様の目の届く範囲、という意味ではなかなかの立地だと思います」
よし、言質は取ったぞ。
いやまあ、非公式の場だからさほど意味はないけどさ。それでも、老中首座から密命を受けるだけの優秀な文官が、問題ないって思ったことは大きい。きっと、彼が他の人を説得してくれることだろう。
「ええと……すいません、まだお聞きしたいことはあるのですが、少し記録を整理する時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。せっかくだし、少し休憩はさもっか。お茶のおかわりと……せっかくだ、何かお菓子用意しようか。甘いのと甘くないの、どっちが好き?」
「……では、僭越ながら甘いものを……」
「おっけー、すぐに用意させるよー」
頷くボクに、忠震君はあいさつもそこそこに筆を走らせ始めた。今まで話したことも、逐一メモできてたわけじゃないだろうし、見直して考えたいこともあるだろう。
その姿は、まさに文官の鑑って感じ。……メガネあったほうがより似合う気もするけど。
そんな忠震君を尻目に、ボクも自分のすべきことをする。恐らくはかよちゃんにちょっかいをかけてるだろうティルガナに、お茶とお菓子を大至急持ってくるように連絡を入れるのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみに、主人公が使ったダンジョンコアは、母親が餞別として【アイテムクリエイト】したものです。
属性が高い天のダンジョンコアなので、350垓よりもたぶん高価。